平和に生き残りたいだけなんです

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四度目の世界

42.

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 なんでそんな格好…!?だとか。なにそのラ〇トセーバーみたいなやつ!?だとか。ドア真っ二つに斬ったら大家さんに怒られてしまう!!だとか…色々とツッコミたいところが多すぎるのだけど…今はそれどころではない。

「東さん!あーくんが死んじゃう!!」

 東に向かって叫んだら、桜華の前にいる塊と天津を見て状況を確認したのか、険しい顔をして部屋に上がってきた。そこらじゅう水浸しだ。床が濡れていて靴下に染みる。べちゃべちゃで気持ち悪い。

「これは…」

 東に天津の姿が見えているようだ。
 天津が見えるようにしているのだろうか?それともこの塊のせいなのだろうか?
 塊を離そうとしている桜華を一旦離れさせて、首をギチギチに掴まれてる天津を見て、塊に触れてみるが、ヌメヌメとした感触で気持ち悪さに顔を顰める。上手く掴めなかった。

「あずま…しの、ぶ。光で女神を…」
「なんで俺の名前…」

 そんな様子を見かねて東に天津が掠れた声で言った。女神はまだ高笑いをして天津から手を離さない。

「これが女神?」

 こんな禍々しい塊が女神だなんて…。
 ぐっと手を握り、その手を女神に向けかざして魔力を練る。
 前世では剣術は得意だった。逆に魔法のほうは苦手だった。一応、王族の血を受け継いでいるから光魔法は使えた。
 剣術も光魔法も上手く使いこなしていた龍鵬が憧れだった。
 この世界になってからは使ったことがない。ちゃんと使えるか心配になった。

「鏡さん、目を瞑って」

 そう言われて、ぎゅっと目を瞑った。
 桜華が目を閉じたのを、しっかり確認してから魔法を放つ。

「闇を祓え!ライティング!」
『ギャァァァァァア!!!』

 目を閉じてても眩しいくらいの光が部屋の中を照らし、塊は天津を離し、目を押さえながら断末魔のような悲鳴をあげて、そして消えた。
 消えたのを確認してから桜華の肩をぽんと叩いて知らせた。体をビクッとさせて、そっと目を開いて塊が消えていることに驚いた様子だ。

「え!?き、消えた…?」
「はい。はあ…ちゃんと使えた…良かった…」

 不安すぎて手が震えていた。
 その手の震えを桜華にバレないように握りしめた。

「あーくん大丈夫?」

 女神が触れていた首は赤黒く変色していて、見た感じは痛そうなのだが、天津は何ともなさそうに座っていた。

「痛くないの?」
「痛くはありません。闇の力に触れて、ちょっと呪われただけです」
「なにそれ!やばくない!?」

 ちょっとって?ちょっと呪われたって、ちょっとじゃないよね?なんでそんな平然としてられるの!?

「あの…俺の名前を知っていましたが、その方は…」

 桜華と天津の二人は声をかけてきた東のほうへ振り返る。そういえば助けてくれたんだった。

「私は天津と申します。桜華の補助をしています」
「補助…」

 先輩が知ったら機嫌悪くなるのではないかと天津を見て思った。こんなに綺麗な人がお気に入りの子の補助をしているとなると、あの人暴れるんじゃないか?

「えっと…その…私の補助魔法のひとつといったところでしょうか」
「え?魔法?人ではない?」

 神だとは言えない。桜華はこくんと頷いた。

「普段は声だけなんです。たまに人の姿になって出てきます。あ、龍さんにも話しました」
「先輩も知ってるんですね…」

 よかったと胸を撫で下ろす。
 そんな魔法があるなんて初めて知った。
 天津のことをまじまじと見ている東に、さっきまでの出来事て張り詰めてたものがなくなり、力が抜けたのか桜華はへにゃりと床に座り込んだ。そんな桜華を東は支えてベッドに座らせる。

「あ…ドアどうしよう…」
「すみません、焦ってたので強引に開けてしまいました」

 すぐに取引先の業者に連絡して修理しますと東はズボンのポケットから電話を取り出して玄関のほうへと向かい、誰かと話し始めた。

(行動が早い…)

 東の細いながらも鍛えられているのだろう背中を見つめながら天津に話しかけた。

「ねえ、なんで女神来たのかな」
「わかりません」

 ですよねー。
 そりゃそうだよ。最近、天津が神様だと知って驚いたばかりなのに、今度は女神様が登場?なにそれ怖いから。
 ここに来てからというもの、落ち着いて過ごすことが出来ていない。勘弁してほしい。

「その…呪い?とかいうのは、どうやって治せる?」
「わかりません…」
「ええっ?ど、どうしよう…?わ、私でも治せるかな?」
「先程、解呪しようとしましたが効果はありませんでした」
「ねえ!何がちょっとなの!?全然ちょっとじゃないじゃん!!」

 さっきのちょっとは何だったんだと桜華は怒りながら天津を見たら、とても困った顔をしていた。
 天津もなんで突然、自分の前に女神が現れたのかわからないし、どうして魔法の効果が出ないのかわかってないようだ。
 桜華は何も言うことが出来ず、大きく息を吐き出してから天津の首に手を伸ばして、そっと触れる。

「痛くないんだよね…?」
「はい」
「……とりあえず、あーくんが無事でよかった」

 触れてた手を、そのまま首に回してきつく抱き締めた。小さな声で「ほんとよかった」と呟いて震える桜華を抱き返し、優しく頭を撫でた。

「桜華」
「…うん?なに?」

 名前を呼ばれたから、少し離れて顔を見たら、天津が微笑んでいた。
 なにその笑顔?
 桜華は嫌な予感がして天津から離れようとしたけども、がっしりと捕まえられて逃げることができなかった。

「アナタがキスをしてくれたら呪いが解けるかもしれません」
「はあ!?」
「物語などには、よくあるでしょう?」

 ちょんちょんと口を指で差しながら目を閉じて桜華がキスをするのを待つ。
 物語でよくある呪われた王子様にお姫様が口付けをしたら呪いが解けた…なんてやつのことを天津は言っているのだろう。
 そんな天津に桜華は掛け布団を掴んで天津に頭から掛けた。

「そ、そういうのはだめって言ったじゃん!離して!!」
「ちょっとした冗談じゃないですか」

 天津のちょっとはちょっとではないでしょうが!と、桜華は離れようと暴れた。天津は布団から顔を出して笑うと桜華の手を握る。

「アナタに魔法を教えなければいけませんね」
「なにいきなり」
「あんな大事な時に失敗するとは思いませんでした」
「あ、あれは…!ドロドロだったから…水ならと…思って」

 魔力をコントロールすれば、適性があるものであれば、どのような魔法であっても使用は可能だ。しかし先程の桜華のように焦って使おうとすれば、イメージしていたものとは違う魔法となることがある。魔力のコントロールは簡単のように思えて、かなり難しいことだ。
 天津が桜華に与えようとしているものは、一般の人には使えない魔法。

 普通であれば適性する魔力の型を覚える。
 先程のライティングであれば『闇を祓うために光を放って浄化する』というイメージする型を最初から覚えるだけだ。
 自分の持つ魔力の量にも関係しており、覚えられる魔法も、使用できる魔法にも限りがある。
 しかし天津が桜華に与えたものは、それ以上のこともできる代物だということだ。

「森の中で暮らすために覚えるものとは違います。魔物を倒すためでもない。女神の存在が、私やアナタに…いえ、それがなくてもするつもりでしたが…これから教える魔法は覚えておかなければいけません」

 手の甲に、ちゅっと口付けをした。

「それより先に、その者達をどうにかしないといけないと思いますが」
「え?」

 玄関の方を見てそう言うので視線を向けると、電話を終えて戻ってきた東が立っていた。心配そうに二人を見ている。その後ろには物凄く不機嫌そうな龍鵬もいた。
 なんでそんな目で見てくるのだろうかと首を傾げて考えて、いま自分がどのような状態なのか理解して、ガバッと勢いよく天津から離れた。

「あ、え、ち、違っ…」
「えーっと…ま、魔法…なんです…よね…?」
「……」

 それとなく東がフォローしようとしたが龍鵬は黙ったまま二人を見ていた。
 自分で言ってはみたが、魔法が桜華を抱き締めキスするものか?
 よりによって、こんなタイミングで戻ってきてしまったことを東は少し後悔した。


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