平和に生き残りたいだけなんです

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四度目の世界

41.

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 そろそろ眠ろうと思ってベッドに横になる。
 天井の東が貼ってくれた星型のシールを見つめながら、ぼんやりしていた。

『二件、メッセージが届きました』

 こんな時間に?
 誰だろうとサイドテーブルに置いてあるスマホに手を伸ばしてメッセージアプリを開く。

『今、鏡さんの家の隣にいます。隣の男は俺の知り合いでした。少し話を聞いてみます』

 東からのメッセージだった。
 はあ?!と飛び起きて、もう一度届いたメッセージを読み返す。
 人にはひとりで行動するなと言ったくせに、知り合いだからといってひとりで行ってしまうのは危なくないだろうかとスマホを握りしめた。

「聞き耳、使ったら聞こえるかな?」
『可能ですが、他の部屋からの音も拾うため、アナタへの負担が大きいです』
「あー、そっか…気持ち悪くなるからやめておこう…」

 大丈夫かな。どうしようかなとブツブツ呟きながらスマホの画面を見つめている。
 そんな桜華の前に天津は姿を現すと手を握った。

「大丈夫でしょう。東しのぶが危ないようでしたら知らせます」

 桜華を安心させるために背中を撫でて落ち着かせる。
 危険な感じは、桜華もある程度であればわかるので、素直に頷くと天津の肩に頭を乗せて抱き着いた。
 そんな桜華に少し驚くが、ふっと笑うと抱え直してベッドヘッドに寄りかかって座った。

「次のメッセージは春野すみれからです」
「すみれちゃん?」

 侑斗のクラスメイトの花トリオのひとり。
 そういえば連絡先交換してたんだ。

『久しぶり!明日、時間ある?空いてたら神社のお祭りがあるから一緒にいかない?桔梗と椿も来るの。桃と南くんにも声かけたけど全然相手にしてくれないから、桜華ちゃんからも言って!』

 かわいいキャラが必死にお願いしているスタンプも送られてきている。
 みんなでお祭りに行きたいんであろうすみれの必死さが伝わってきて桜華は笑う。

「お祭りかあ…」

 お祭りなんてどのくらい行ってないだろう?
 二度目の世界で小学生くらいの時に葵と行ったっきりかもしれない。

「楽しそうだし行こうかな」
「明日、祭りがある神社までは徒歩15分ほどかかりそうです。この辺りでは大きい神社のようなので屋台など沢山あるかもしれませんね」
「わあ!いいね!」

 すみれに『久しぶりだね!楽しそうだから一緒に行ってもいい?二人にも声かけてみるよ』と返事を送っておいた。
 ついでに、侑斗と桃にも『お祭り、一緒に行こう?あまり行ったことないからみんなで行ってみたいんだ』と送ってみた。

「一緒に行けるといいなあ」

 スマホをサイドテーブルに戻す。
 可視化モードの天津に目をやると、いつもの着物姿ではなく、Tシャツにジーパンというラフな格好をしていた。

「それは?」
「アナタが読んでいた雑誌に載っていたものです」
「いいね。似合ってる」

 にっこり笑いながら言ったら、天津が少し照れたように俯く。

「どうせなら、あーくんも一緒に行けたらいいのにね」
「それは…」

 天津をじっと見てから、一緒に行けてもこんなイケメンじゃ落ち着かないわと桜華は苦笑した。
 あの三人と歩いた時も、女の人の視線は凄かったけども…たぶん天津はそれよりも大変な気がする。
 なんていうのか…神々しいのだ。気品溢れる綺麗な大人の人って感じで、こんな人と歩いていたら自分の存在なんて霞んでしまうだろう。

(まあ、神様だしなあ…)

 当たり前といえば当たり前なので、失礼なこと思ってる気がするけど。

「可能ではあります」

 声も他の人に聞こえるようにするのと同じだと説明されて、確かにそうだなーと聞いていた。

「明日はアナタの友達と楽しんでください」

 楽しそうな桜華を見られれば、それだけで自分は嬉しい。
 頭を撫でてから、その手をするりと頬に移動させる。

「今度アナタの時間を私にください。一緒に出かけましょう」

 頬に添えられた天津の手に、桜華は自分の手を重ねて頷いた。

「うん。約束ね!行きたい場所、あとで一緒に調べよう」
「はい」

 嬉しそうな天津の様子に桜華は何処に行けば喜んでくれるだろうかなと考えながら欠伸をした。

「もう遅いです。早く寝ないと起きれませんよ」
「出たよ。あーくんママ」
「ママ…」

 眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をする天津。
 最近はお母さんみたいなことを言われるのも少なくなってきたと思っていたのだが、久しぶりに聞くと何だか『いつものあーくんだな』って落ち着く感じがした。
 機械さんではなく神様だとわかってからというものの、キスをされ、愛してると言われ、襲われそうにもなった。いつもの天津というよりは、変態神様と身を構えてしまうことの方が多い。
 ゴソゴソと布団に潜る。
 布団から顔を出して、再び天津の顔を見た。
 じっと見つめる桜華の頭を優しく撫でる。その手がじんわりと温かいので魔法を使ってくれてるんだなとわかる。

「おやすみなさい、桜華」
「あーくん、おやすみ」

 少しでも休まるように。
 そうやって桜華が眠るまでずっと横に座って見守る天津だった。

 桜華が眠り、しばらくしてから、ふと魔力を感じで意識をそちらに向けると、その魔力は東のものだとわかった。
 使われた魔力も駅前の時と同じ女神の匂いがした。

(眠りの魔法…?)

 攻撃されたわけではなさそうだ。
 西条龍鵬もそうだが、東しのぶという者も相当強いと思われる。桜華は心配していたが放っておいても構わないだろう。

(女神の目的は何なのだろうか)

 あの喫茶店に行ってから、天津は自分を含めた呪われた魂の者たちを、この世界に、この街へと意図的に集めているのではと想像していた。
 ここまで女神の匂いが強い世界は、今まであまりなかった。
 天津は自分の手を握りしめる。

(桜華が繰り返し転移している中で、私も多少は力を得ることが出来た)

 これも桜華のおかげである。教えたりしているうちに天津自身も得るものがあったようだ。
 女神が何を企んでいようと自分は桜華のことを守るだけだ。見守ることしか出来なかった今までとは違う。

「桜華」

 名前を呼んでも起きない。
 朝までぐっすり眠るのは前からそうだったのだが、ここまでひどくはなかったはずだ。どこか悪いわけでもない。

「桜華、起きて下さい」

 魔法を感知しただけで危険はなさそうなので起こさなくても別に良い。揺さぶっても起きなさそうなので天津は起こすことを諦めて、そっと髪を梳くように撫でる。

(こんなにも…)

 愛しそうに一房の髪を手に取ると口付けをする。
 それでも足らず、桜華の唇を撫でた。薄く開かれた唇に誘われるように自分の唇を押し当てる。

 もっと。
 もっと。
 触れていたい。愛してあげたい。
 天津は暴走しかけた乱暴な気持ちを、ぐっと抑え込んで桜華から離れた。

(これ以上は駄目だ)

 一旦、可視化を解除して冷静になろうとした時だった。

『──…え。願え』

 ぶわりと女神の匂いが強くなった。
 天津は匂いのする方へと振り向けば、どこからともなく目の前に姿を現した黒くドロドロとした人の形をした塊。
 ねばつく手を天津の首へ絡ませ耳元で囁く。

『ア、ァ、アァ…愛しいアナタ…』
「!! アナタは…」
『何を願う?何が願い?』

 離れようとするが体が思うように動かない。
 この匂いのせいだろうか。

『アハハハ!!何を願い、何を求めル?』

 笑いながら願いを言わせようとする塊を睨みながら天津は叫ぶ。

「私はアナタに頼むような願いなどない!」

 動け!動け!と動かない身体を無理に動かそうと力を入れるが指一本すら動かせない。

「あーくん!」

 いつの間にか起きていた桜華が天津の名前を叫ぶと、塊に向かって手をかざし魔法を使った。

 バシャア!!

 冷たい水がぶっかけられ、部屋中が水浸しになった。
 引っ付かれていた天津も水がかかり、何が起きたのかと、ぽかんと桜華を見つめた。

「あ、あれ!?おかしいな?も、もっと違うのイメージしたはずなのに……」

 どうやら魔法に失敗したようだ。仕方がないことだった。暮らすのに便利な魔法ぐらいしか桜華には教えていない。
 黒い塊は今もブツブツと呟きながら天津にねっとりとまとわりついてくる。どうしよう…と、あたふたと焦っている桜華。

「光魔法です!浄化するイメージで…!」
「じ、浄化ってどんなイメージ!?」

 焦っているから余計に混乱して上手くイメージ出来ないようだ。そんな桜華に天津は落ち着いてくださいと声をかける。

『アハハハ!アハハ!ワタシは、ずっとずっと、アナタとサクヤを!!』
「ぐっ…」

 狂ったように笑い始める塊に桜華は背筋がぞわりとした。
 そのまま塊は両手を天津の首にかけると強い力で絞める。

「天津!!」

 神様って死んじゃう!?
 わかんない!でもあーくんを助けなきゃ!!

 そう天津の首を絞めている塊の手を引き剥がそうと桜華は飛びついた。どろりとした感触が気持ち悪い。引き剥がそうとしてもビクともしない。
 目に涙を溜めながら必死に天津の名前を呼ぶ。

 次の瞬間…

 ドンッ!!

 玄関のドアが真っ二つになって凄い音で倒れて開かれた。

(え?え?何?!うちのドアが…!!)

 また敵だろうか?今はそれどころじゃないよ!?っていうか真夜中なのに近所迷惑なんじゃないだろうかと混乱しまくって変なことまで考えはじめる桜華は玄関の方を見た。

「鏡さん!」

 ワイシャツのボタンが外れ、鍛え上げられた胸筋と腹筋がちらりと見えている。そして手には某映画の光の剣のようなものを持つ東が、そこに立っていた…。
  
 
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