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四度目の世界
39.
しおりを挟むさすが花の金曜日。
夜も更けてきて、駅の近くだから飲み歩く会社帰りのサラリーマンや若者たちの姿が多い。
店を出てから東とふたり肩を並べて桜華の家へと向かって歩いていた。
桜華の手にはケーキの入った箱が入った袋が握られていた。店を出る時に「あまり食べれなかっただろう?あとで食べな」と渉に渡されたのだ。龍鵬と同じで、渉も見た目とは違って優しい人なのかもしれない。
「東さんはボーデンの街の王子様だったんですよね?」
「そうですね」
すごいと目を輝かせてる桜華に困ったように笑う。
「少し、鏡さんの家に着くまで昔話をしましょうか」
聞きたい!と勢いよく頷いた。
「どうして東さんは王子なのに北に向かってたの?」
気になっていたことをズバっと聞いてくる桜華に、どう話そうかと少し考えてから東は頷いてから話し始めた。
「王妃…俺の母は、俺が幼い頃に亡くなりました」
「病気?」
「そうですね。鏡さんにわかりやすく言えば、母は元々身体が弱かったんですが、最期は食道がんで亡くなりました。ボーデンには、がんを治療する方法はありませんでしたからね」
風邪などの軽い症状のものは薬草などで薬を作れる。リヒトの街で、桜華は薬を売って稼いでいた。
魔法で治療するには普通の人では手が出せないような高額のお金が必要だったので、街では薬で治す人がほとんどだった。
(光魔法でも治らないものもあるんだ…)
ぼんやりそんなことを考えながら歩く桜華に、危ないですよと言って、当たり前のように自然に手を握り繋いできた東。嫌ではなかったので、そのまま気にせずに話を聞いた。
「母が亡くなり、割とすぐに次の王妃が来ました。彼女には既に二人の子供がいたんです」
なんでそんな人が王妃に選ばれるんだ!?と、不思議に思ってしまった。それが顔に出てたのか、東はちゃんと説明してくれる。
「彼女はメイドで、王の護衛をしていた騎士の夫人でした。しかし彼は王の護衛中に亡くなってしまいました。彼女はその後しばらく働きながら一人で子供を育てていたんです」
「なんか物語っぽいですね」
「そうですね。そんな彼女の一生懸命な姿に惹かれ、自分を守って亡くなった彼のことを考え、王は彼女を王妃にした、という話が住民たちに広まり、手が加えられて物語や劇にもなってましたね」
それは知らなかったなあ。
リリーさんに、そんなんだから田舎者って言われるのよと突っ込まれそうだ。
「しかしそれは真実ではありません」
なにその某サスペンス劇場みたいな展開。
「王妃になった彼女は、父との間にひとり男の子を授かりました。そしたらあれですよね。彼女からしてみれば前妻との子供である王太子の俺は邪魔な存在です」
「そんな…」
「ふふ、いいんですよ。俺もね、実は王妃や連れ子たちのことは好きではありませんでしたから」
おあいこなんです。そう笑う東に顔を顰めた。
「生まれてきた弟は俺のことを慕って懐いてきて可愛かったのですが、王妃と連れ子たちが好き勝手やってるのに我慢ができなくなり、父に…王に言ってやったんです。連れてきたのはあなたなのだから、しっかり見てろと。そしたら激怒してしまいましてね」
あの時、扇子で口元を隠している王妃の顔を忘れはしない。怪しい笑みを浮かべて見つめてきていて、ゾッとした。
「魔族との小競り合いが多かった時期だったので、剣術が得意だった俺に、何事も経験とかなんとか上手いこと言って王を唆し、王妃は俺を戦地へと向かわせました」
「王子様なのに…?」
「まあ、その時は12、13になったころですかね。剣術は得意で、マスターレベルだったので余裕ですよ」
「えっ……?」
中学生くらいでマスターレベルってすごいのでは…?だって街の人たちが話してるのを聞いたことがある。
マスターに選ばれる為には、それなりの試練をクリアしなければいけないし、騎士団長でさえマスターになるのは難しいんだと。
試練とは別に、神の加護を得なければなれないので、マスターはボーデン国には数人しかいないと聞いた。
「神の加護を得るためには、ボーデンの街にある大神殿で、特別な試練を受けなければならなかったのですが、王妃のせいで受けれませんでした。だから俺も正式なマスターではありません」
「なるほど…」
話を聞けば聞くほど王妃が酷い人のように思える。
「魔族と戦って凱旋するたび、俺の味方が徐々に増えていったんです。あの時の王妃の悔しそうな顔…ざまぁーみろって感じでした」
東は笑いながら話しているが、聞いてる桜華は、そわそわと続きが気になって落ち着かない様子だ。
「そんな時です。風の噂で勇者の痣を持つ者が見つかったと聞きました」
「え?龍さん?」
「そうです。やはり先輩はそこまで鏡さんに話してあるのですね…。あの人、勇者の話を知っていたのに、面倒なことは嫌だからって、痣を隠しながら隠れて暮らしてたそうですよ…」
「うわぁ…」
忌々しいと言うくらい痣を嫌っているようだし、なんとなく納得してしまった。
「メーヴェという街で暮らしてた先輩を、王たちは騎士たちに命令して半ば無理矢理にボーデンへと連れて来たんです」
「海に近い街って聞きました」
「そうです。魚料理が美味しいところですね」
いいなあと桜華が羨ましそうに呟いていた。
「リヒトは森ですからね」
「海行ったことない…」
「今度、行きますか?先輩と南くんも誘って」
「はい!」
よほど嬉しいのか、桜華はこくこくと頷き、繋がれた手がぎゅっと強めに握られて、東は笑いながらその手を優しく握り返す。
「勇者を罪人のように縛って連れてきて、王たちは俺に言いました。『この者と共に北にある魔族の城へ向かえ』と…」
しかも護衛の騎士も魔法使いも連れていく許可がおりなかったのだ。そんな対応に反対した者たちもいたが、結局は王妃がマスターの件を持ち出してきて、『神が王太子に与えた試練』だと周囲を丸め込んで二人だけで向かうことになった。
「そんな…ひどい…」
「先輩は喜んでましたけどね。あんな鎧を纏ったヤツらがウロウロしてたら邪魔だと」
「り、龍さん言いそう…」
流石だなあ。
護衛を連れずに行けたのも、二人ともそれだけ強かったということだろう。
「丁度、着きましたね」
気付けばもう桜華のアパート前だった。
繋いでいた手が離れ、そっと頭を撫でられた。
「送ってくださってありがとうございます」
「いいえ。久しぶりに会えて嬉しかったです。あんな報告もありましたし、鏡さんが回帰者だと知れましたし」
「あんな…」
龍鵬が言っていたことを思い出して顔を赤くした。
くすくす笑いながら優しい眼差しで見つめられて、桜華はドキドキした。
その顔で、その表情はヤバイでしょ。他の女の人たちだったらメロメロになってるだろうなあ。
「話の続きはまた今度ですね。話していたお兄さんの件は、絶対ひとりで行動しないように。俺か先輩を必ず呼んでください」
わかりましたか?と顔を覗き込んで、子供に言い聞かすように言ってくる東に、わかりましたと返事をする。龍鵬も同じようなことを言っていた。
「また連絡しますね。おやすみなさい」
「東さんも帰り気をつけて。おやすみなさい」
桜華は手を振って、軽く頭を下げてから小走りでアパートの中へと入っていく。その後ろ姿を見えなくなるまで東は見送った。
自分が誘ったのだが…回帰者とはいえ、この世界ではまだ子供である桜華を、このように遅い時間まで外出させてしまったことを悔やむ。
見えなくなったところで、東は店に寄ってから帰ろうと駅の方へと歩き始めた。
(喋りすぎただろうか…)
自分の育った国を知っている人がいたことが嬉しかった。ましてそれがずっと憧れていた人が気にしてる女の子とくれば尚更だ。
スマホを壊して弁償したという女子高生くらいの女の子が引越ししたばかりで困ってるから見てやってくれと頼まれた時も驚いたが、勇者だ王子だと近寄ってくる女の人たちを、面倒だと冷ややかな態度で遠ざけていた龍鵬が、あんなに大切そうに見守る姿を見た時は、変なものでも食べておかしくなってしまったのではないか?と疑ったくらいだ。
(鏡さんも、とても良い子だ)
あの子はボーデンにいた頃は三度目と言っていた。自分たちよりも多く回帰していることになる。どんな理由で呪われたにしろ、この世界では二人とも幸せになって欲しいと東は思った。
ドンッ
考え事をしていたからか、すれ違い様に人にぶつかってしまった。
バランスを崩してしまい、転倒してしまうと思ったところで、ガッシリとした手が伸びてきて腕と腰辺りを捕まれて相手の方へと引き寄せられた。
ずいぶん自分よりも大きな身体だ。転ぶこともなく、ぶつかった相手の腕の中にすっぽりと収まった。
「あっ、す、すみません」
東はハッと我に返り、その腕の中から慌てて身を離すとぶつかった相手に謝った。
「…しのぶか?」
聞き覚えのある低めの声に名を呼ばれ、顔を見上げて相手を見て東は顔を顰めた。
「ハル…?」
名前を呼ぶ声が震えた。
思わず後退りしようとしたが、男がそれよりも先に東のことを抱きしめたので動けなくなった。
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