39 / 82
四度目の世界
38.
しおりを挟む「取り乱してしまってすみません」
気恥ずかしそうに少し顔を上げて桜華を見て笑ってきた東に桜華は首を振って大丈夫だと言う。だいぶ落ち着いてきたようだった。
「驚いてしまい…」
「急にあんな風に言われたら誰でもそうなると思います」
龍鵬を責めるように言うが、本人は気にしておらず、桜華が食べていたパフェの果物を手でつまんでパクッと口に放り込んで食べている。勝手に食べないで!と手を伸ばしてパフェを自分の方へと引き寄せた。
「葵を知ってるかもしれない人が隣にいて」
「鏡さんのアパートの?」
「そうです。あそこ引越してから二度くらいしか見かけたことないんですけど…葵のお兄さんのはず」
「………」
やはり東は驚いた表情で桜華を見ていて、龍鵬は舌打ちをすると東の額に手を伸ばして思い切りデコピンをした。
「…っっ!痛いじゃないですか!」
ものすごい音がした。
自分がやられてないのに痛そうで、サッと額を手で隠した桜華。やられた東の額は赤くなっており、涙目で何すんですかと怒って睨んでいた。
「進展があったんだから喜べ。あと桜華をそんな見んな」
「は…?」
「目潰しよりはいいだろ?」
「いや、先輩…まさかとは思ってましたが…」
ニヤっと笑った龍鵬は、立ち上がると座っていた桜華を軽々と抱き上げる。驚いて暴れる桜華を無視して座っていた場所に戻ると、いつもの様に膝の上に座らせて、まるでぬいぐるみを抱くように桜華を後ろから抱きしめる姿の龍鵬に東は固まった。
「まあ、そうだな。これはもう俺のだから、見つめるの禁止な」
お前のキラキラビームは危険だ。ふざけているわけでもなく、真剣に言うところがまた龍鵬らしくて東は苦笑した。
東がいるのに何を考えているのだろう。
「龍さん!?」
「別にいいだろ。しのぶは俺の家族みたいもんだから遅かれ早かれ言うつもりだったし」
「先輩…」
「ちなみに兄貴と渉には言ってあるし、あのうるさい小僧にも言ってある」
「早すぎですよ。鏡さんが着いていけてない感じになってますけど…?」
何の話?という感じで戸惑いの表情をしながら龍鵬を見上げる。
「兄貴って…スマホ買ったお店の…?ってか言うってなんですか?」
「ほら、混乱してるじゃないですか」
呆れた。そんな東にうるせぇなと言って、龍鵬は乱暴にガシガシと頭を掻きながら桜華を見て話し始めた。
「あー…兄貴はスマホ買った店のオッサンいただろう?あの人だ。渉は兄貴の弟で、さっき入口で会ったろ?」
「紫の髪の人…?」
「そうそう。そいつな。二人とも回帰者でボーデンの頃から世話になってる」
あの人たちも回帰者なのか。
思ったよりも回帰者が多いんだなあと桜華は思った。気付かないだけで他にもそういう人たちは沢山いるのかもしれない。
「言ったってことは…」
「お前、危なっかしいからな。俺のもんだって言ったら、あいつらも手を出さないだろ」
「渉は昔から可愛い子を見ると口説いてきますからね」
優しく頭を撫でられて桜華はその手に擦り寄りたくなったが東がいる。むぐぐと目をきつく瞑って我慢した。ダメだ。なんでこんなちょっと頭撫でられたくらいで甘えたくなるのか。
「こ…小僧って言った!侑斗くんにも言ったの!?」
「当たり前だろ。名前で呼び合うくらい仲良しだもんな?」
うるさいくらい送られてくるメッセージの名前が、いつの間にか鏡さんから桜華に変わっていた。
ゲームやこんなことがあったなど、たわいもない話をするが桜華の話がほとんどだ。
はっきりと言葉にしてはいないが、そうとわかりやすいのは、まだ南が子供だからだろうか。それとも自分もそうだからわかってしまうのだろうか。
「大人気ない」
「なんとでも言え」
ぼそりと呟かれた東の言葉を鼻で笑い、桜華の首に顔を埋めた。
「先輩のこんな姿を見るとは思わなかったですね」
「こんな姿?」
「いつも戦ってる先輩しか見てなかったので…」
「うるせえな、いいだろ」
「ええ。俺は嬉しいんですよ」
ボーデンの街で貴族の人や娼婦がいる場所に連れていかれて、キレイな人に迫られても相手にしなかった龍鵬だったという話を桜華はパフェを食べながら聞いた。
そしてまだ離してくれない龍鵬の顔を見上げて首を傾げて聞いた。
「龍さんってロリコン?」
「ロリ……はあ??」
「ぷっ…ははっ!先輩がロリコン…!」
「しのぶ!笑うんじゃねえ!お前も変なこと言うな!」
「ええ?だってお姉さんに囲まれてるイメージだったのに。それじゃないならロリコンじゃ…いったあ!」
割と本気でデコピンをされた。東にしていたデコピンよりも良い音がした気がする。
文句を言おうと振り向いた所で、龍鵬のスマホが鳴った。桜華はピタリと動きをとめた。龍鵬は画面を確認して桜華の頭を撫でてから横に座らせると、東をチラっと見て立ち上がるとドアから出て行った。
「お仕事かな」
「そうみたいですね」
いろいろと話していると、東も龍鵬が桜丘の手伝いをしている事は知っているようだった。
ここ最近は葵を見かけたという情報が入り、それからは怪我をしているというのに、ろくに休みもせず葵を探していて困っていたと話す。
「あの怪我も俺のせいなんですよ」
「え?」
「いつもそう。俺を庇って怪我を負うんです。もう護られる存在ではないんですけどね…頼りないのかな」
しゅんと肩を落として落ち込んでいる東。
決して弱いわけではない。自分の身は自分で守れる。なのにあの人は自分を犠牲にしてまで他人を守ろうとするところがある。どこまでいっても勇者なのだ。
「俺も先輩を守れたらいいのですが…」
「龍さんは素敵な仲間がいて羨ましいです」
大袈裟に大きな溜息をついて、残っていたパフェに突き刺さっていたチョコのお菓子を一口齧った。
「いいなあ。私が魔法使いで、侑斗くんがシーフで、みんなで冒険したかったなぁ」
「前に話してたやつですか?」
「そうです!あーくんが回復でいてくれるならパーティの完成ですよ!」
回復がいないと死んでしまうって話だったけど、天津が回復してくれたらいいじゃないかと閃いた。
『桜華…』
自分も仲間に入れてくれるのかと嬉しそうな天津の呼ぶ声が聞こえてきて、にっこり笑顔で東を見た。
「どうして葵が魔族と手を組んだのかわからないけど、今回は私が魔法使いで、東さんと龍さんの仲間です!」
ビシッと指を差して言う。
人のことを指差してはいけませんという天津の小言が聞こえてきたけど今は無視だ。
「私は弱いです!」
自信満々に言う桜華に、東は突然なにを言い出すんだろうと豆鉄砲を食らった鳩のような目で桜華を見た。
「なので東さんは龍さんと私を守ってください!頼りにしてますよ?もちろん私も二人を守ります…から……」
何かに気付き、ドアを見つめながら徐々に声が小さくなっていく。東もドアのほうを見てみれば龍鵬と渉が、ドアに寄りかかりながらニヤニヤと笑って聞いていた。
「どうした?続けないのか?」
いつから聞いていた!?
「な?いいやつだろ?」
こういうヤツなんだよと龍鵬がフッと笑った。
笑う龍鵬を見て、東も渉も驚いた。
長い付き合いになるが、龍鵬がこんな風に笑えることを知らなかった。
愛想笑いなどは、立場上よくしていたが、こんな穏やかで愛しそうに笑っている龍鵬は初めて見るかもしれない。
「兄貴が見たら倒れそうだな」
「そうですね」
渉が東の横に座ってそう言ってきたので東は頷いた。龍鵬は真っ赤になって照れている桜華の傍に行き、頬をつついたりしている。
「呼ばれたから行ってくる。しのぶに送ってもらえ」
「わかりました」
「えっ?近いし自分で帰れますよ!」
「この辺りの夜は一人で歩くのは危険です。俺の家の通り道でもありますからお気になさらず」
王子スマイルが眩しい。
桜華は諦めて素直に願いしますと頭を下げた。
「僕が送ってってもいいぜ?」
「殺されたいのか?お前は店があるだろ?」
龍鵬は渉の方に歩いていくと、ガシッと頭を鷲掴みにして耳元で優しく囁いた。
「わあーやだなあー?その冗談なのか本気なのかわからない力加減ヤメテくんない?」
べちっと手を振り払って、くしゃくしゃになった髪をかきあげる。
「さっさと行けよー。あのオッサンうっさいからな」
「ああ。悪いな、またな」
「行ってらっしゃい」
「気をつけて」
カバンを持つと出ていった。急いでいるみたいだったな?もう少しちゃんと挨拶すればよかったなと閉まるドアを見ていた。渉という店員も出て行くのかと思ったが、一向に立ち上がらないし出て行こうともしない。チラッと見たら桜華を見つめてニヤニヤしているので視線を慌ててそらした。
「僕、桜華ちゃんに嫌われてない?」
なんで?僕なんもしてなくねえ?と、わざとらしく泣き真似をしながら東に抱きついた。
「視界に入れるのも不愉快な存在?」
「お前も、ひでえな!」
「本能的に渉が危険だって思うんじゃないかな」
「そこまで言う!?」
くすくす笑いながら抱きついている渉の頬に手をやって離そうとしている。容赦ない東の行為に、怒るでもなく、ふざけながら必死にくっついている渉。この人たちは仲が良いのだろうか、悪いのだろうか。
「そろそろ帰りましょうか」
「はい」
「支払いは龍鵬がしてったぜ」
「珍しいですね」
たぶんきっと桜華がいるだからだろうな…と、東と渉の二人は帰る用意をしている桜華を見ながら同じことを考えていた。
10
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。


【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから
咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。
そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。
しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる