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四度目の世界
37.
しおりを挟む北野は留守のようだった。
夜まで龍鵬と過ごし、二十一時頃に二人で行ってみたはいいけれど居ないようだったので、桜華の部屋に戻ってきた。
「いつもお姉さんと遅い時間に帰ってきたりしてるから難しいのかな」
「それなら葵の兄が休みの時か、出かける前に行くのがいいかもな」
「いそうだなって思ったら連絡します」
「ああ」
横に座る桜華の顔を難しい顔で見つめる。
「お前だけで行くなよ?」
わかってるだろうな?と言われて桜華はうんざりした。
「何度目ですか?わかってますよ。心配しすぎです」
『言ってもアナタは聞かないからでは…』
「あーくん、うるさい!」
天津のいつものお母さんのような小言も更に聞こえてきて桜華はムカついてきて吠えた。それを頭を撫でながら龍鵬は桜華のことを宥める。
(こいつらは仲が悪いのか…?)
それよりも龍鵬は、この声の正体が一体なんなのか気になってしまう。桜華は補助機能と説明していたが…明らかに違うだろう。
ポケットに入ってたスマホの着信音が部屋に響き、龍鵬は取り出して画面を開いて見た。
「悪い。ちょっと電話してくる」
「はい」
立ち上がるとベランダの方へと出ていった。
画面を開いた時にチラリと見えた名前は東だった。
呼び出しされたら仕事に行ってしまうとわかってはいるが、あの刑事からの電話ではないことに安堵してる自分に苦笑した。龍鵬に行って欲しくないと思っている。
(なんでそんなこと…)
あんな怪我するような危険な目にあってほしくない。その思いもあるのだけど、行って欲しくないと強く思うのは…別の意味だ。
(寂しいな…)
なんて自分勝手な想い。
ひとりには慣れていたはずだ。慣れていたはずなのに、なんでこんなにも傍にいたいと思うのだろうか。
「桜華」
ドアが少し開けられ、顔を覗かせながら名前を呼ばれて、ハッと龍鵬のほうを見た。
「しのぶが飯まだらしいから行くか?俺らは食ったって言ったら、デザートでもどうかってよ」
「行く!行きます!」
「太るぞ」
『太りますよ』
喜んで即答すると、龍鵬と天津が二人同時に言ったので、手元にあったクッションを龍鵬に投げつけた。笑いながらクッションを軽く受け止め、それを持ったまま再びベランダへ戻っていく。
「あーくんはしばらく姿を見せるの禁止だから」
『何故ですか』
「私が言った時には嫌って言ったくせに!勝手に龍さんにペラペラと…!」
喋らなくていいことまで勝手に喋ったことはひどいと思う。殺されたことは話すつもりはなかった。
「それ破ったら口聞かないもん」
「……」
腕を組んでぷくっと子供のように頬を膨らまして言う。しかし天津には効果があったようで喋らなくなってしまった。
「駅に近いとこにある店だから行くか」
「はい」
ベランダから戻ってきた龍鵬は、そう言いながらドアの鍵をかけるとカーテンを閉じる。投げつけられたクッションをソファーに戻した。桜華も立ち上がると出かける準備をして、東と待ち合わせをしている店へと向かった。
桜華の住むアパートから近い踏切を渡って数分歩いた場所にある緑がモサッとしている店があった。
え?開店してんの?廃墟とかじゃない?と思われるんでないの…?と思っちゃうほどのモサモサした感じだった。
ぽかんと店を見ていたら、行くぞと後ろから頭を小突かれる。ドアを開けて店の中へ入っていく龍鵬に慌てて着いていく。
「いらっしゃいませって…龍鵬か。しのぶなら奥の席にいるぜ」
「おう」
「可愛いお嬢さんを連れてるね?」
店員らしき人が、笑顔で「いらっしゃいませ」と挨拶してくるので、ぺこりと頭をさげて挨拶をする。
紫色に染められ、流行っている髪型。よくみれば薄ら化粧もされている。
侑斗と同じで明るい人そうだが、侑斗とは全然違う。この陽キャな感じが苦手かもしれない。
珍しいものを見るような目で見られて、桜華は困惑して龍鵬の背中に隠れた。
「あらら。嫌われた?」
「おい、やめろ。こいつは俺のだから手出すなよ」
「…え?なんて言った?僕の幻聴??」
「桜華、この通路を真っ直ぐ進んだ先に個室がひとつある。そこに先に行ってろ」
こいつと話してから行くという龍鵬に頷いて、店員に、もう一度ぺこりとお辞儀してから通路を進んで行った。
店の中も温室の中にいるのではないかと思えるほど観葉植物や花がたくさんあり、わくわくしながら通路を進み、突き当たった場所にあったドアをそろりと開けて中を覗き込んだ。
「あ、鏡さん」
ソファー席のようで個室の中も観葉植物などで飾られている。お洒落な空間の中、にっこり笑って手招きしている東が座っていた。
またもや場違いなのでは…?と桜華は入るのを躊躇うと、それに気付いたのか東は立ち上がって近付いてきた。ドアノブを握ったままの桜華の手を優しく掴み、リードするようにソファーへと座らせる。
なにこの対応。どこぞの王子様みたい。
ああ、そうか。この人は王子様だったなと東を見ながら、ぼんやりと思う。
「鏡さん?」
「あ、はい。ごめんなさい。こういうお店に来るの初めてで緊張して」
「ここは知り合いの店なんです。個室もありますし、落ち着けるかなと思いましたが…逆効果だったかな?」
「いえ!素敵なお店です。お花とかいっぱいで温室みたいで楽しいです」
桜華の言葉に嬉しそうな様子の東。
「先輩と来たのですよね?先輩は?」
「入口でお店の人と話してると思います」
「ああ、なるほど」
テーブルの上に置かれていたメニューを差し出してきた。
「先に注文しちゃいましょうか。あの人に捕まると長くなりそうです」
「あ、はい…」
美味しそうなものが多くて悩みに悩んだ結果、フルーツパフェとノンカフェインの紅茶を注文した。夜だからノンカフェインのがいいだろう。
東もカクテルとチーズなどを注文していた。
「お部屋はどうですか?不便だったりするところはありませんか?」
「すっごい過ごしやすいです。ありがとうございます」
「それなら良かった」
天井の星のシールのお礼もしたり、天井から水が出てきた失敗の話をしたりしていたら、注文したものを持ちながら龍鵬が部屋に入ってきた。
「すまない。あいつと話してたら長引いた」
「わかってたので平気ですよ。ほら、鏡さん食べてて」
「い、いただきます!」
前に置かれたパフェをぱくりと一口食べて、幸せそうに笑う桜華を撫でながら龍鵬が桜華の隣に座ったのを、不思議そうに見つめてくる東に龍鵬は嫌そうに顔を顰めた。
「なんだよ」
「別に。なんも言ってませんが?」
カクテルを東に渡し、龍鵬は自分で持ってきたグラスを前に置いた。
「お酒…?」
グラスの上にグレープフルーツが置いてあり、ストローが真ん中の部分に突き刺さっている。面白いなあと言いながら聞いてみると遠ざけられた。
「度数低めのカクテルだからって、お前はまだ飲めないぞ」
「飲みたくて聞いたわけじゃないもん…」
不貞腐れながらパフェを食べる。くすくすと東は笑った。
「あ、そうだ。先輩の言ってたファイル持ってきましたよ」
格好良いデザインのトートバックをテーブルの上に置いた。
「あー、ありがとな。もう必要なくなったわ」
「……さっきの電話で言ってくれても良かったのでは?」
「わりぃわりぃ、すっかり忘れてた。いいよ、また見るから。俺が持ち帰る」
重いものを持ってきたのにと睨む東に謝りながらバックをぽんぽんと叩いて自分の座ってる横に置いた。
「必要なくなったって…何かわかったんですか?」
「ああ。まあ、進展はあったな」
龍鵬はパフェの上に乗ってるフルーツが、もりもりすぎて食べるのに苦戦している桜華をチラリと見る。
「こいつがリヒトの街の森の中に住んでたらしいぞ」
「え?ま、まさか。そんな…!」
いきなり教えたら驚くに決まってるだろうに。
せっかくの綺麗な顔が、ものすごく歪んで悲しそうな目で見てくる東に、桜華は呆れて龍鵬の足の脛の辺りを軽く蹴っ飛ばした。蹴ったのに何ともないようだ。前に蹴った時も思ったが頑丈すぎない?
「か、鏡さんも回帰者ってことですか?」
「しかも暁の店で働くってよ」
行ったら桜華がいてビックリしたと龍鵬は溜息をついた。
「なんて巡り合わせ」
「それだけじゃない」
言っていいのか?と桜華を見てくる龍鵬に、桜華は持っていたスプーンを皿の上に置いた。
「リヒトにいたのは三度目の世界です。一度目と二度目の世界で、二人が探している葵の幼馴染でした」
真っ直ぐに東の目を見て自分で話した。
東が信じられないという表情で固まってしまっている。やがて顔を両手で覆うと膝に突っ伏してしまった。
「あ、東さん!?」
そんなにショックだったのだろうか。
慌てて東の横に移動して背中を擦った。
「っ…すみません。俺のせいでリヒトの街を救えなかった」
色が変わるくらいに手が強く握られている。
苦しそうに、悔しそうに謝る東の声に、王子であったあなたのせいではないのにと涙が出そうになった。
襲ってきた魔物たちが悪い。そうさせた葵が一番悪い。
だからなんとしても見つけなければならないんだと桜華は東が落ち着くまで背中を撫で続けた。
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