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四度目の世界
32.
しおりを挟む情報が多すぎて頭の処理が追いつかない。
回帰者?しかも下の二人もと言っていたから、あの無精髭の男の人も同じということだ。
「あの、店長さん…」
「はい?」
「回帰者って、なんですか」
聞きにくそうに俯いて尋ねてくる桜華に、ああーと頷き、聖夜は再びソファーに座った。
「君は知らないのですね。呪われた魂のことを」
「呪われた魂…?」
さっきの女の子も言っていた。
桜華は頷くと、聖夜が話してくれた。
「とある神様の呪いの言葉が始まりです」
どくんと心臓が鳴る。胸が苦しい感じがする。
自分ではない。たぶん天津だ。
「ある神様は一目惚れをした女神様をお嫁さんにしたかったので女神様の父親にお願いをしたら、姉妹二人をお嫁さんにしてくれと二人の女神様を神様の元に送りました」
聖夜が話している内容は、前に天津に聞いた話と同じだった。妹だけを嫁にして、姉を送り返して、父親が怒り不老不死だった天津たちに寿命という呪いを与えた。
「姉の女神様は妹たちが幸せになるように毎日毎日祈りました。寿命という呪いを父親に与えられた他の者も、自分が幸せになれないのなら、それ以上に幸せになれるようにと祈りました」
聖夜は桜華を見て笑った。
「しかし、どうだろう?」
「え?」
「時が経つと話なんていくらでも変わるよね」
手を合わせて祈る仕草をする聖夜。
「姉の女神様のご利益は縁切りと縁結びの二つがあると言われてるんだ。これがどういう意味かわかるかい?」
桜華は首を横に振った。
「神様と妹の女神様の話は有名だ。姉の女神様の話は霞んで歪み、縁切りの方で有名になっていったんだ」
「それと呪われた魂はどう関係が…」
「君は縁切りで思い浮かぶのは、どんな願いかな?」
「えっ…?人間関係…?」
突然そう言われて思いついたのは、人間関係の願いだ。葵と出会わない世界で生きたいと二度目の世界の時に願ったこともある。
「そうだね。あとは病気、自分自身のこともある」
健康を願って。煙草や酒をやめられるように。
色々な縁切りの願いがある。
「その中で姉の女神様に『別れさせてほしい。あの人たちが上手くいきませんように』という願いばかりする人達が多くなったんだ」
「……」
神社で願い事をしたと桃が言っていた。
まさかこれの事だろうか?と桜華は顔を顰める。
「人を呪わばなんとやら。神社という神聖な場所で、負の感情を発散させれば、その呪いはやがて自分に返ってくる」
「それが呪われた魂、ですか?」
「まあ、まだわからないことが多いし、正確な情報ではないけれど。回帰者たちの間ではそういう風に伝わってるよ」
そうだとしたらおかしくないかな?
はじめの世界で縁切りの願いなどしてはいない。
『やはり私の呪いがアナタへ…』
「違う」
天津も同じ事を考えていたのだろう。声が聞こえてきて咄嗟に答えてしまった。聖夜には聞こえていなかったようで、桜華に渡す書類をまとめている。
「回帰者の方は、声が聞こえますか?」
「声?」
「ひとりしかまだ会ったことないけど、力が使われた時に『願え』という声が聞こえたって」
天津のことは言わない方が良いだろう。
桃の話を聖夜にして反応を見てみることにしたのだが、聖夜は難しい表情になる。
「そういう声を聞いたことはないし、たぶん他の人のそういった話も聞いたことはない」
全員が聞こえるわけではないってこと…?
天津は特別というか、話の中の本人だし。
桃が聞いた声は?女神様のにおいがしたと言っていたし、姉の女神様のほうのことなのだろうか。
「頭の中ぐっちゃぐちゃ…」
桜華が大きな溜息をついたら、聖夜はくすくす笑った。
「これからゆっくり知ればいいんですよ。私でよければ知ってることは教えます」
書類が入った封筒を手渡され、提出するものには付箋を貼りましたので書いて今度来る時に持ってきてくださいねと説明される。
「ここは回帰者たちが来て情報共有したりする場でもあるので、君の役に立つ情報も聞けるかもしれません」
なにそれすごい。ゲームで言う冒険者ギルドみたいな場所じゃないか。そんな場所で働けるなんて思ってもみなかった。
(偶然……?)
いやいやいや。まさかまさか。桃みたいな偶然が…そんな偶然が重なるなんて。嫌な考えが頭の隅でちらつくので桜華は頭を振った。
「採用ってことで、透にもご挨拶に行きましょうか。君と話したがってましたし」
「はい」
「ちょうどおやつの時間です。元気が出るケーキをご馳走しましょう」
「元気…?」
階段を降りながら聖夜がポケットからキラキラした液体が入った小瓶を取り出した。
「これが私の能力です」
「能力…魔法のことですか?」
「君は魔法派ですか。回帰者たちはこの力を能力と呼んでいます。たまに魔法と呼ぶ人たちもいますけどね」
たぶん転移転生した場所によるのでしょう、と聖夜は言う。
現代だったら魔法なんて、あまり使われないだろうし。三度目のような中世風な場所であれば魔法があったからそう呼ぶようになる。
「回帰者で能力を持つものは少ないです」
「みんなが使えるわけじゃないんですか?」
「そうですね。たまに二つ能力を持つ人がいますが…数名しか知りません…」
「え?二つ…?」
二つで!?
魔法が使える人は少ないというのはわかっていたつもりだが…。あれ?なに?自分は魔法三属性使えるよ?それにコントロールすればなんでも出来ると、あーくんが言っていたじゃん。
「あーくん…?」
『私がアナタに魔法を与えました』
普通だと思ってたのが普通じゃなかったやつなのでは?と桜華は頭を抱えて叫びたくなったのを我慢する。
「おかえり!聖夜!」
店に戻ると、聖夜に飛びついてきた女の子。
先程までいたお客さんたちはもう帰ったのか、無精髭の男の人だけが残っていた。
「このお姉さん、ここで働くの?」
「ええ、来週から」
「やった!僕は都筑 透!よろしくね、お姉さん」
聖夜に抱っこしてもらっている状態で、両手を挙げて喜ぶ透。小学校低学年のようにも見えて、一体この子はいくつなのかと不思議に思いながらお辞儀をする。
「鏡 桜華です。よろしくお願いします」
「こちらのおじさんは桜丘 十夜。こんなだらしなくても一応…刑事さんです。ここに来る回帰者の中でも回数が一番多く、様々な知識を持っているので、鏡さんも遠慮なく使ってくださいね」
「おい、聖夜てめぇ…」
「間違ったことは言ってないだろう?」
舌打ちして立ち上がるとドアの方へと歩いて行ってしまう。
「終わったんだろ?俺は戻るぞ」
「ああ、ありがとう」
「そこの新人、そのチビを甘やかしたらダメだからな。子供に見えて、もう30過ぎたおばさんだから」
そう言って去って行ってしまった。
最後の言葉を聞いて、桜華は思わず透のことを二度見してしまう。そして驚きが後から来て思わず叫んでしまった。
「えっ!?30過ぎ!?」
自分よりも年下かと思っていたのに、年上だったことが信じられられなかった。
「十夜のバカ!なんで乙女の年齢バラすかなあ!?」
「乙女って歳ではないですけどね」
聖夜は暴れる透のことを降ろすと、珈琲を淹れ、そのカップの中に小さじで小瓶の液体を混ぜる。
「それは?」
「私が能力を使って調合したものです。疲れが取れ、元気になりますよ」
「漢方みたいなもの…?」
「それに近いものですかね」
桜華も薬草を調合して売ってたりしたけど、それとはまた違うものかもしれない。
透はカウンターの席に桜華を座らせ、聖夜から珈琲とケーキを受け取ると桜華の前へ置いた。
「わあ…美味しそう。いただきます」
「聖夜の作るものは美味しいよ」
ショートケーキを一口食べる。
甘さ控えめで食べやすいし美味しい。
「とても美味しいです」
ぱあっと目を輝かせて聖夜を見たら、嬉しそうに笑う。
「ねえねえ、桜華ちゃんは何の…」
「おい、暁!あの情報正しいのか!?」
店のベルをカランと大きく鳴らせ、ドアが勢いよく開かれた。ビクッと驚き、怒鳴りながら入ってくる男の人の方を振り向いてみれば知った顔。
「龍さん?」
桜華の呼ぶ声に龍鵬も桜華へ視線を向けて驚いている。
「は?なんで桜華がここにいるんだ?」
「いや、それはこっちも聞きたいくらいですけど…」
店の中に入ってきて、桜華の横のイスに座る。
いつもの黒いスーツ。サングラスを取るとポケットにしまって聖夜を睨んでいる。
そんな龍鵬を気にもせず聖夜はニコニコ笑顔だ。
「西条と知り合いかな?」
「は、はい、色々あって……」
「おい、暁」
「アルバイト募集してただろう?面接に来てくれた子だよ」
「はあ!?」
そう言えば探してたな、と龍鵬はテーブルに肘をつき額に手をやると大きく息を吐き出した。
「なんでここに…」
そんな偶然があるだろうか。
また偶然。こんな偶然が何度も起こるわけがない。
桜華は最後の一口を食べて、ごちそうさまでしたと手を合わせた。
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