平和に生き残りたいだけなんです

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四度目の世界

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 毎日のようにやっていた駅前事件のニュースも進展がないからか徐々に減っている。
 あれだけ毎日のように何かあったりしていたが、ここ数日は何事もなく平和に過ごすことが出来ている。
 これを除けばだけど。

「離して!!」
「どうしてですか?」
「ど、どうしてって…いいから離して!わかるじゃん!」
「わかりません」

 この変態神様!!と言ってやりたいが、相手は神様だと知った以上、なんかバチが当たりそうで怖いからそんな事は言えない桜華だった。
 それが分かっているのか分かっていないのか、天津は家の中で可視化するようになって桜華を困らせる。
 風呂上がりにソファーに座ってアイスを食べながらテレビを見て寛いでいたら、突然姿を現して桜華を抱きかかえてソファーに座る。

「どうして抱っこするの?」
「いけませんか?」
「いけません!」

 そもそも何故こんな風にされるのか理解できない。

「西条龍鵬とは、このように過ごしていたではありませんか」
「なっ…そ、そうだけど…」

 確かに言われてみれば龍鵬も桜華を抱きかかえて座ろうとしていた。それを天津は見ていたわけで。
 見ていた…?あれを?全部??

「こ、このへんた…」

 変態神様と言いかけたのだけど、最後までは言えなかった。
 腕にアイスが溶けて垂れていたのを、そっと桜華の腕を持ち上げ、天津は桜華に見せつけるように舌を出すとゆっくり舐め上げた。
 皮膚が薄い場所を舐められ、ぞわりと肌が粟立つ。

「わっ、なにして…!」
「早く食べないからですよ」

 手に持ってたアイスを奪われて、天津は食べかけのアイスを一口食べるとテーブルの上にある皿の上へと置いた。甘くて冷たいと呟いている。アイス食べたいなら冷凍庫に入ってるのに。

「もー!いいから早く離して!」

 立ち上がろうとするが、するりと腕が伸びてきて捕まり、また元の位置に戻った。

「あーくん!?」

 怒るよ!?と振り向いて睨もうとしたら思ったよりも近くに天津の顔があり、その瞬間やばいと思って身体を仰け反らせる。しかし体重を自分で支えきれなくなり後ろに倒れていった。
 数日前、あんなキスをされたから警戒して身体が勝手に反応してしまった。

(うあっ!落ちる!)

 天津は桜華をグッと引き寄せるが、バランスが崩れて支えきれず、痛くないようにとソファーへと倒れた。

「うぐっ」

 天津のおかげでソファーから落ちずに痛くはなかったが、天津に押しつぶされる形になり変な声が出た。桜華は退かそうと腕に力を込めるがビクともしない。

「ね、ねえ…それ!着物!重くないの…?」

 もさっとして、どさっとして、暑いし重い。何故そんなものを普通に着ていられるんだと桜華は思って尋ねた。
 天津は桜華が息苦しくないように腕を立てて、身体を横に移動させる。

「慣れですかね」
「慣れるものなの…?でもここでは普通の服がいいと思う」
「普通のものですか?」
「うん。あんな感じ?」

 丁度、CMがやっていたので、男の人が着ているもので天津が似合いそうだなと思った服を指差した。
 少し考えるようにテレビを見つめる天津。
 何でもいいから上から退いてくれ。
 動いてくれないかなと桜華は天津を待つ。

「わかりました」

 何が?と思った次の瞬間には、着物姿ではなく、白いシャツにブルーデニムのパンツ姿の天津がいた。
 ぱらりとひとつに結んだ髪が落ちてきて桜華の頬を擽る。

「は…?」

 何が起こったの?と目が点になる。

「確かに。これは動きやすくて良いですね」

 どうですか?似合ってます?と聞いてくるので桜華は驚きながらも頷くと、天津は満足そうに微笑んでくる。
 本当…この神様、何でもありだなあ…。

「とにかく離して!アイス溶けちゃったじゃん…!」
「凍らせればいいのでは?」
「氷の魔法なんて覚えてないよ」
「水魔法の応用です。アナタなら可能ですね。固めて凍らせるイメージをすれば元通りになります」

 手伝うから試しにやってみてくださいと言われて、起き上がり座り直すと、テーブルの上にあった皿を天津が持つ。桜華はアイスの棒を持って、でろんでろんに溶けた液体を見つめて、アイスの形をイメージした。

「ゆっくりでいいですよ」

 皿を持っていない方の手で桜華の肩に手をやると、そっと囁きながら、一緒に魔力を込める。
 すると、だんだん液体が浮かび上がってきて、アイスの棒へと集まると形が出来てきた。

「そう。上手です。今度は凍らせるイメージ」
「凍らせる…」
「一気に凍らせると爆発しかねないので、これもゆっくりでいいです」

 ピシッと液体が一瞬で凍る。
 思ったよりも魔力を込めすぎたようだ。

「できた」

 喜んで齧り付いてみたが、やはり魔力を込めすぎたのか硬すぎて噛めない。

「難しい…」

 がっくりと肩を落とす桜華の頭を撫でると、アイスを持つ手に自分の手を重ねて、天津は魔力をアイスに流し込んだ。
 重なる手から、じんわりと天津の温かい魔力を感じた。

「食べてみてください」

 そう言われたので、もう一度、恐る恐る齧ってみたら、普通にシャリシャリのアイスに戻っていた。

「魔力のコントロールさえ身につけば、その者の適正などもありますが、どんな魔法でも使えるようになります」

 凄いなあと思いながら、最後の一口を食べて、アイスの棒を皿の上に置いた。

「ただ魔法は感情にも大きく影響されます。理解できますね?」

 駅前での出来事のことを言っているのだろう。桃が殺意を持って魔法を使用したから犠牲となった者がいる。
 桜華はこくんと頷いた。

「ありがとう、あーくん」

 お礼を言いながら振り返った瞬間、天津がキスをしてきた。
 しまったと思った時には既に後頭部と腰を掴まれていて離れることが出来なかった。

(ちょっ…また!?)

 焦る桜華をよそに天津は忍び込ませた舌を、アイスを食べていたからか冷えて甘く感じる舌へと絡め合わせる。

「んんん…ぅ!」

 天津の長く深いキスに桜華は何も考えられなくなってくる。
 必死に胸元のシャツを握りしめて押して抵抗していたが、その手がくたりと力が抜けたところで天津はやっと唇を離した。
 とろんとした瞳で天津を見つめていた。
 天津は桜華を抱き上げてベッドへ運んで横たわらせた。

「私だと警戒はするのですね?」

 当たり前だ!と桜華は起き上がって文句を言おうとしたが、その前に天津は馬乗りになり足の間に桜華の身体を挟んで動けないようにした。

「あーくん!」
「桜華、私はアナタを愛してます」
「あいし…は?え?あ、愛してます!?」

 なんでいきなり告白された?
 しかも愛してる相手に馬乗りになりながら言うことか?
 ぽちぽちと順番に着ているシャツのボタンを外していく天津に、この神様が本気で何を考えてるのかわからなくて怖くなった。
 ボタンを外す手をぎゅうっと握って止めさせる。

「あ、あーくん、だめ!」

 天津を泣きそうな表情で見つめながら首を横に振った。しかし天津はその手を退かして、強く強く抱き締めてくるだけで止まらない。

「私はずっとアナタを見てきました。こうして触れるまでは見ているだけで、それだけで良いと思っていました」

 愛しそうに見つめられ、頬を優しく撫でられる。

「北野葵に犯されているアナタを、西条龍鵬に触られていたアナタを黙って見ていることしか出来なかった私が、」
「ち、ちょ、ちょっと待って?あーくん、待ってってば!」

 色々と頭の処理が追いつかないから、お願いだから待って欲しい。天津は今なんと言った?犯された?誰に?自分は知らない。アイツ…死体を犯したってことか?なにそれ怖い。

「待ちません」

 天津に射るような眼差しで見つめられて身体が動かなくなる。熱い。全身の血が沸騰するようだ。

「ねえ、なにか…使ったの?」
「言ったばかりですよ?」

 力が入らず、天津の服を掴んでる手が離れて、すとんとシーツに落ちる。

「コントロールさえ身につければ何でも出来てしまうと」

 感情にも影響されるとも言っていた。
 天津は今、たぶん正常な状態では無い。そんなの見ればわかる。だって龍鵬に言わせれば男はオオカミだ。天津は獲物を狙うオオカミの目をしている。

「あーくん…!」

 首筋に吸い付いて噛み付いてくる。まるで肉食獣のようだ。
 驚いて身をすくめた。
 何度も甘噛みをして付いた歯型を、ねっとりと舐め上げられる。
 優しく頭や耳を撫でていた手が、シャツの裾から手を入れ素肌を撫でてきて、この神様どこまでやるつもりだと桜華は焦った。

(どうしよう?どうしよう!このままだと…)

 脇腹辺りを撫でられて擽ったくて身を捩る。
 首筋を舐めている天津の耳が目の前に見えて、桜華はハッと思いつく。

(使い方がわからない。でも……)

 きゅっと口を結び、気合を入れてから、そっと天津の耳に口を寄せた。そして遠慮がちに耳を食む。
 ぴくりと天津は手を止めて、少し身を離すと桜華を見つめた。

「あまつ、」

 とても恥ずかしい。
 恥ずかしいけれど、やらなければやられる!
 そう思いながら、言葉に魔力を込めた。

「ねえ、あーくん。一緒に寝よ…?」

 とびきり甘い声で、耳元に口を寄せて囁く。子守唄のように。

「桜華…それは……」

 効果があったのか、ゆらりと身体が揺れ、言い終える前に天津は桜華の上へと倒れてきた。どうやら眠っているようだ。天津が眠ったからか魔法が解けて動くようになった身体。
 すーっと天津の身体が仄かに光って、そして消えていった。

「できた…」

 桜華は両手で顔を覆い、はあああっと大きく息を吐き出した。


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