平和に生き残りたいだけなんです

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四度目の世界

28.

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 むかしむかしのお話の続きがあったりする。
 振られてしまった醜い姉のお話だ。

 送り返されて悲しんだ姉は、一晩のうちで子供を授かった男と妹の話を聞いて、更に悲しんだ。
 そして送り返されたことをひどく恥じて、姿を隠すようにひっそり暮らした。
 父親が男に呪いに近い言葉を与えたと聞いた姉は、妹の幸せを願い、そして自分が幸せになれないのなら、せめて多くの人たちが幸せになれるよう祈るだけだと、毎日とある場所で祈るようになったという。妹思いの心優しき姉の話。
 しかし、男と妹の話が有名なせいで、姉の話は霞んで歪む。

「どうか、彼とあの女を別れさせて」
「どうかあの人の想い人とはうまくいかないようにさせて」

 ドロドロとした負の感情の願いばかり。
 姉の心も、だんだん歪んでいく…──。

「あーくん」
『はい』

 部屋に戻ってから、ぼんやりソファーに座って考えていた桜華が、天津の名前を呼んだ。

「私は、あーくんって呼んでもいいの?」
『アナタのお好きに』
「でもさ…あーくんは神様なんでしょう?」
『……』

 返事がない。
 いつものわかりませんが来るかと思っていたけれど、無言なのは初めてかもしれない。

「答えないってことは当たってるってことだよね」

 くすくすと笑いながら、桜華は姿勢を正した。
 神様相手に今まであれこれ頼んでいたことが、ずっと気になっていた。
 ぐっちゃぐちゃのぎったんぎったんにしてやると思ったことはあるが、いくらなんでも神様相手にそれはダメだろう。

「本当にそうなら、今までの非礼をお許しください」
『お、おやめください!アナタが謝る必要はないのです!』

 ぶわりと魔力が周りで揺らめいたのを感じたと思ったら、目の前に着物を着た長髪の男の姿が現れ、頭を下げようとしていた桜華の肩に触れて止めさせる。

「わっ…」

 いきなり現れた天津に驚き、ソファーの背もたれの部分に頭を打った。痛くて顔を顰めるが、肩に触れたままの手が見え、そろりと天津の顔を覗き込むよう見上げた。

「謝るのは私の方です。アナタが繰り返し生き返っているのは私の呪いのせいかもしれないのですから」

 泣きそうな表情を浮かべ、何度も謝りながら桜華の頭を撫でる天津。
 何処かで見た覚えがある。

「ああ、あれはあーくんだったのか」

 数日前に見た夢の中の男の人は天津だったんだなあ、と桜華は手を伸ばして天津の頬にぺたりと触れてみる。

「すごいー。触れる!触ったら手が焼けちゃうのかと思ったけど焼けないや」
「そう思ったのなら無闇に触らない方がよいかと…」
「あはは!あーくんだ!」

 いつもと同じ物言いに桜華は本物だと笑った。

「ねえ、あーくんの呪いってなに?」
「結構前に話をした一目惚れをした神の話を覚えていますか?」

 娘たちの父親の呪いの言葉で、不老不死だった自分たちに寿命が出来て、妻になった妹や、生まれてきた子供たちは寿命がきて死んでしまった。その孫たちも。しかしどうしてか天津だけ生き残ってしまった。いくら死のうとしても死ねなかったのだ。

「自分で死のうとしたの…?」
「はい」
「………」

 桜華は何も言わず、天津の手をぎゅっと握りしめると悲しそうに俯いた。そんな桜華の手を優しく指を絡めて握り返す。

「絶望の淵に突き落とされて、私は隠れて暮らすようになりました」

 逝かれるくらいならば、誰とも関わらず、ひとり静かに暮らしたら、あんな想いをしなくてはいいのではないかと思って。

「そんな時に、弱っていたアナタを見つけたのです」
「私を?」

 顔を少し上げて首を傾げた桜華に頷き、天津は握られていない方の手で桜華の頭を撫でてやった。

「美しかった妻に似ていました。最初は繋がりがあるのかと調べたけれど、なんの繋がりもありませんでした」

 妻に似ている桜華の事が気になり、遠くで眺めて過ごす日々。
 その時の桜華は、ひどい働き方をしていた。
 朝早くから仕事が始まり、日付が変わる頃に仕事が終わる。
 疲れ切っていた桜華を見ていることが出来ず、少しでも疲れが取れるようにと、何度か桜華が寝ている時に回復の魔法を使った。

「安らかに眠っているアナタの寝顔が見れるだけで私は幸せだったのです」
「あーくん…」
「しかし、私が関わってはいけなかった」

 倒れた桜華の無事を強く願ってしまったから?
 桜華に回復魔法を使ってしまったから?
 そもそも、桜華のことを見つけてはいけなかったのだろうか…。

「アナタが死んで、悲しむ間もなく、気付いた時にはアナタが赤ん坊に生まれ変わった世界に飛ばされていました」
「え?あーくんも、あの時に一緒に飛ばされたってこと??」
「はい。どうやって飛ばされたのかはわかりませんでした」

 しゅんとする天津。
 そんな天津に桜華は微笑んでお礼を言う。

「ありがとう、あーくん」

 そんな前から助けてもらっていたとは思わなかった。天津は呪いというけども、物語風にいえば神の加護だ。なにそれ凄くない?

「桜華」

 繋いでいた手を引っ張られてソファーから落ちそうになるが、ふわりと身体が浮いて天津に横抱きに持ち上げられた。
 人生二度目のお姫様抱っこ。

「なんで抱っこされた!?」

 ふわふわ浮遊感がして、怖くて天津の首に腕を回して落ちないように抱き着いた。

「なんでこんなふわふわしてるの?あーくん魔法使ってる?」
「この羽衣のせいですね」
「はごろ…羽衣!?天女さまの話とかで聞く有名なアレ…!?」

 そういえば天津は着物を着ている。
 よく天女の羽衣とか腕から背中辺りにふわふわしているのを思い浮かぶが、その想像通りのものが目の前にあって、桜華は興奮して指でつんつんと羽衣をつついていた。紙よりも薄っぺらく、つるサラっとしたシルクみたいな手触りだった。

「これあったら飛べるの?」
「飛べます。なくても風魔法を使えば飛べますけど」
「わあ、すごい!」

 飛んでほしいというキラキラした眼差しで見つめられ、天津は微笑みながら頷くと、子供のようにはしゃぎ喜ぶ桜華。
 姿を消す魔法を使い、ドアを開くとベランダに出る。

「怖かったらすぐに言ってくださいね」

 部屋の中を少し浮遊するだけだと思っていたのに、外に出て飛ぼうとしている天津に、心臓がばくばくしはじめた。
 姿を消しただけで、声は聞こえるはず。悲鳴をあげないようにしなければならない。

「う、ぁッッ……!!」

 天津がにっこり笑ってベランダから飛び降りるものだから、ぎゃあああ!落ちる!と声にならない声で叫んで天津にしがみついた。それに満足したのか、すぐにふわふわと浮かび上がっていく。

「面白かったですか?」
「えっと、うん……スリルはいらないかな」

 アパートの屋根の上まで飛んで、天津は桜華を抱えたまま屋根の上に腰掛けて、膝の上へ桜華を座らせる。

「着物汚れちゃうよ?」
「後で汚れを落とせば大丈夫です」
「なら、私もおりて横に座るよ」
「ダメです。汚れてしまいますので」
「なんで!?」

 言ってることがおかしくない!?
 足をジタバタ動かしてみるけれど離してくれる気はないようだ。
 天津が顔を近づけてきて、耳元で囁くように言う。

「姿を消しただけで、声も音も聞こえてしまいます」

 良い子だから暴れないでくださいと言い聞かせるように言うものだから頬を膨らます。

「私は子供じゃないもん…あーくんお母さんみたい」
「いつも思うのですが、それをいうなら父親ではないんですか?」
「ううん、お母さんみたい」
「………」

 無表情だが、たぶん嫌なんだろうな。
 桜華は天津の顔を見て小さく笑った。

「あーくん?怒った?」

 笑っていた桜華だが、黙ったまま桜華を見ている天津が心配になり、顔を覗き込んでくる。
 自分に名前をつけてくれて、その名前を呼んでくれる唇が小さく動く。

(見ているだけで良かったのに)

 そっと桜華の頬に触れる。
 こうして一度触れてしまえば、もっと触れたいと欲が出た。
 心配そうに見ている桜華に微笑み、顎を掴み上へ向かせ天津は顔を近付けた。柔らかそうな唇に自分の唇で塞いだ。
 驚いた桜華の身体がびくりとして、慌てて離れようと手が動くのでその手を取ると、先程繋いでいたよう手を絡めて握った。

「んあっ」

 驚きと苦しさに開いた口に熱い舌を捩じ込み小さな舌を絡め取る。

 いつも眺めているだけだった。
 触れてしまえば自分の呪いがまた桜華自身を苦しめるのではないかと怖かった。
 誰かに犯されるのを涙を流し我慢して、誰かに愛されているのをただ黙って我慢して。

 唇を離して、くたりと力が抜けきった桜華の身体を抱え直す。
 
「子供相手にこんなことはしませんよ?」
「っ…!!」

 そう耳元で囁き、瞼に軽くキスをする。顔を真っ赤にして暴れる桜華をなだめながら天津は部屋へと戻った。


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