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四度目の世界

26.

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 恋をすると盲目的になるとはいうけれど、理性や常識を失うくらい恋に恋して自分自身が傷付くのはどうかと思うと桜華は思った。
 葵の彼女の桃という女の子もそうだった。
 ただ『彼女』というだけで、なんの特別なものでもない。毎日違う女の子と帰宅して、毎日違う女の子と仲良く過ごす。
 そんな葵に、健気にも好き好きアピールをする桃を哀れだなと思っていた。
 自分だったら殴っているだろうが、葵が他の子と歩いていても、桃は黙って我慢して見ないフリをしていた。理解ができない存在。

「ねえ、久しぶりだね。岸田さん」

 桜華は笑顔でそう言うと、びくりと肩を震わせ目を逸らされる。

「どなたですか」

 小声で言われ、桜華はそう来るかと思った。
 あんなきつい目で睨んできておいてよく言うなあ。

「葵はいないの?」

 そんな風にシラを切るならと、桜華はわざと葵の名前を出してみる。
 どうして彼女がこの世界にいるのかという疑問もあるけれど、それは一旦置いておいて、とりあえず葵もいるのかを確認したかった。
 彼女が本物であるのなら、葵だって、この世界にいたとしてもおかしくはない。自分がいるように。

「侑斗くんのファンクラブに入ってるってことは、今回は葵とは付き合ってないん…」
「お…お前が!葵くんの名前を呼ぶな!侑斗くんなんて呼ぶな!!」

 桃が突然叫ぶ。周りの空気がぶわりと揺らめいたのを感じた。駅前の時の殺気と同じだ。
 やはり桃がそうだった。桜華は手をきつく握りしめた。

『桜華、それ以上刺激をしてはいけません』

 天津の声がした。
 叫び声に、校門から出てくる生徒たちはチラチラと見ながら関わらないようにと立ち去ろうとするものや、遠くの方でヒソヒソ囁きながら様子を見てくるものもいるようだ。
 侑斗たちも驚いて駆け足で近寄ってくる。

(何故この女から女神の匂いが…)

 天津が再び桜華へ警告する。

『ここは人が多すぎます。この者がそうだとしても、危険に変わりありません。刺激するのはいけません』
「でも!」
『いけません。彼女から女神の匂いがします。魔法を使われたら被害が大きくなるとアナタならお分かりになるでしょう?』

 いい子だから…。そんな風にも聞こえる天津の言い方に不意に力が抜けた。
 わかっている。
 桃は人をひとり殺せるくらいの魔力を持っていることは桜華にもわかっていた。

「どうしたの?」

 大丈夫?と侑斗が桜華の肩に手をやり顔を覗き込んでくる。それに桜華は頷いた。
 みんなを危険に巻き込むわけにはいかない。

「み、南くん…」

 桃の頬が赤く染まる。
 ああ、この顔を知っている。よく見ていたから。
 あの殺気を知っている感じがしたのも、桃だったからだろう。

「岸田さんと知り合いだったの。なんでもないよ」
「なんでもないって…あんな声…」
「前に喧嘩別れして、さっきもそれで。ねえ、岸田さん」
「えっ…あ、あ、うん…そうです…」

 気まずそうにそう言うと、桃は「じゃあ…」と走って去ってしまう。
 桜華は咄嗟に手を掴もうと伸ばしたが届かなかった。

「侑斗くん…」

 がばっと勢いよく振り向いて侑斗を見た。

「ごめん!買い物、また今度行こう!みんなもまたね!」
「え?ちょ、桜華!?」

 そう謝ると、桃の後を追うように侑斗の返事も待たずに走って行ってしまう。
 残された侑斗は、ぽかんと口を開けて走る桜華の背中を見つめる。

「モテる男もフラレるんだね」
「好きな人がいるのに片思いとか」
「ッ…だぁ!もう!うるさいな!」

 桔梗と椿の会話に舌打ちをすると、侑斗は乱暴に前髪をかきあげて走り始めた。


 走っても、走っても追いつかない。
 桃が学校の近くの大きな公園の中に入っていくのが見えたので桜華も追って中へと入っていく。
 野球のグランドやテニスコートが並ぶ道を抜けると緑に囲まれた池とガゼボのような建物があった。その中で桃は疲れたのか、肩で息をしながらベンチに座っている。
 桜華はそっと近付いた。

「来ないで!」

 桃が睨んで叫んでくる。
 その目は涙で潤んでいて、桜華は黙ったまま少し離れた位置で立ち止まった。

「なんでお前が…」
「それは私の台詞でもあるよね」

 困ったようにそう言えば、気に入らなかったのか座ってる横に置き去りにされていた空き缶を掴むと桜華に投げてきた。あっぶな!と、桜華は、ひょいと避けた。

「教えてあげるわ!お前が!お前さえいなくなれば…!私は…愛されると思ったのに…!!」

 顔を両手で覆いながら泣き叫び続ける桃。
 一度目の世界で桃に突き落とされた時のことを言っているのだろう。

「お前が死んだあと私は葵くんに殺されたのよ!」
「……は?葵に殺された?」

 考えてもいなかったことに思考が停止する。
 何故、桃が葵に殺されなければいけないのだろうか?

「何度も…何度も…何度も!く…狂ったように…わ、笑いながらっ!葵くんが私を刺してきた!!」

 どうして、なんでと呟きながら泣いている桃を見て、桜華は二度目の死の時の葵を思い出して身体が勝手に震え始める。
 しっかりしろ!と自分の身体を両手で抱きしめるようにして、桜華は首を振った。

「なんで岸田さんが?」
「お前のせいよ!私がお前を突き落としたと知って、葵くんは…」

 どうして彼女を殺したのか理由を聞いてみれば、余計にわからなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

『彼はアナタを愛していた』

 知っているはずです。そう天津が言う。
 二度目の死のときの事だろう。
 桃と同じように刃物で刺されて殺された。

「葵くんが…今度こそ見てくれると思ったのに…私を愛してくれると思ったのに…願っても無意味だったのよ…」

 桃の言葉に桜華は近寄って肩を掴んだ。

「願った?なにを?」
「は?な、なによ?近付かな…」
「誰に?何を願ったの?」

 離してと肩を掴んでいる桜華の手を退かそうとして爪が手にあたり引っ掻き傷のようになってしまったけれど、桜華はそれを気にもせず、真っ直ぐに桃を見て尋ねてくる。そんな桜華が怖いと顔を顰めた。

「じ…神社で…愛されたいって…」

 それだけではわからない。
 自分は願ったのだ。
 死ぬ間際に、願い、祈り、今ここにいる。
 桃もそうかと思って聞いたが…わからないまま。
 何度死んでも死ねない理由がわかると思ったのに。

「気付いたら学校にいたのよ。しかも大学生じゃなくて高校生よ?信じられる?」

 信じるよ。だって自分なんか赤ん坊の時だってあったんだから。桜華はそう思いながら苦笑する。

「神様がやり直せと叶えてくれたのかと思ったのに、なんでお前がまた私の邪魔をするの…」

 地面と足元を見ながら、ぽろぽろ涙を流す桃にポケットに入っていたミニタオルで涙を拭いてやる。
 嫌がり顔を背けようとしたが、顎を片手で掴んで固定させて目を拭いてやった。

「どのくらい前にここにいたの?」
「い…一年も経ってない…」

 去年、違うクラスだった侑斗を好きになり、ファンクラブまで入って見守ってきて、今年は同じクラスになれたと思っていた時に、里奈という女が抜け駆けをして告白していたところを偶然通りかかった。
 そんな女が振られていたのに、侑斗と付き合うことになったと話していたのを聞いて桃は許せなかった。
 今度は自分が殺した相手と侑斗が抱き合ってるところにも偶然通りかかったと話をする桃に、桜華は額を押さえた。

(そんな偶然が二度も起こるわけがないでしょ)

 なんだその偶然は。

 それから邪魔だと思った桜華を再び殺そうとしたところ、後ろにいた男に風が当たってしまったと言っていた。

「魔法…そうだ、あんな魔法、どうして使えるの」
「知らないわ!お前を殺したいと思ったら声が聞こえたのよ!そしたら強い風が…おじさんが倒れていて…」
「声?」

 駅前で里奈たちと揉めているのを偶然通りかかって、いい気味だと眺めていたら、侑斗がそれをかばい、手を繋いで歩いて行ってしまう姿を見て、殺したいと強く思った。その時に聞こえてきた低い女の声。

『願え、願え、何を願う?』

 殺したいと願ったら、男が胸が抉られる形で倒れていて、怖くなった桃はその場から逃げるように去ったと言う。

(声がしたって…あーくんと同じってこと?)

 天津の声がしたのは二度目の世界の時からだ。
 しかし、それは願ったわけではない。

(あーくんは女神の匂いがしたと言ってたなあ)

 もしかしたら、天津はアシスタント機能でも機械なんかでもなく、神ということだろうか?
 一瞬で何でも出来てしまうのも神だからだろうか?

(やばすぎない?)

 神様を使い、あれこれ頼んで過ごしてきたのではないかと、桜華は顔を青くさせた。


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