平和に生き残りたいだけなんです

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四度目の世界

25.

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 侑斗が通うという学校の校門前。
 想像していたよりも多くの人の視線が感じる。
 桜華以外にも親が迎えにきていたり、他校の生徒が待っていたりしているようだが、制服でもなく、私服で同じくらいの子が立っているからか、気になるのだろう。

「あの子、誰かの妹なのかな?」
「あの人のお姉さんかも?」
「彼氏を待ってるんじゃない?」

 聞き耳で聞こえてくる会話に苦笑した。

『私は聞き耳を使った覚えは無いけど?』
『さあ、なんのことでしょうか』
『はあ!?』
『アナタは鈍感なので必要かと』

 なんだそれ。
 本当に中身人間じゃない?機械が機嫌悪くなるなんて聞いたことがないよ。
 はああ、と大きな溜息をついた。
 外出させたくないなら天津が話し相手になってとお願いしたら、沢山の話をしてくれたのだが、絵本のような話ばかりで途中から退屈になり、早めに家を出ると言ったら機嫌が悪くなってしまった。

「ねえ、昨日の駅の人ですよね」

 もじもじとしながら声をかけてくるショートカットの女の子。その後ろにもセミロングの子とポニーテールの子が立っている。
 昨日、振られた子と一緒にいた女の子達だ。

「昨日、あの子といた…」
「うん。昨日はごめんなさい。里奈と南くんが付き合ってると思ってたから…」
「ごめんなさい!」
「ごめんなさい!」

 三人に謝られるとは思ってなかったので、ぽかんと三人を見つめる。

「え?いや、大丈夫。大丈夫です。謝らなくても」

 両手と首を振りながら謝らないでと焦る桜華。

「謝らなきゃだよ」
「そうだよ」
「あの二人が付き合ってるって聞いてたのに、桃があの写真送ってくるから浮気じゃんってなったのに」
「嘘だったってヒドイよね」
「この子、とばっちりもいいとこじゃん」

 三人が話し始めて、それを桜華は眺めていた。
 女子高生相手に話をするのは久しぶりかもしれない。自分も同じ年なのに、この子達は可愛らしいなあとお婆さんのような気持ちになる。

「ねえ、名前は?」
「わ、わたし?」
「そう。私は桔梗。髪の短い方が」
「すみれだよ!」
「ポニテの方は椿」

 桔梗と言ってたセミロングの女の子が、いきなり桜華のほうを見て名前を聞いてきた。
 すみれも椿も、よろしくねと笑ってくる。

「みんな花の名前なんだね」
「そうそう。同じクラスで花トリオって先生に言われてるの」
「あ、私は桜華です」
「じゃあ、四人とも花の名前になるじゃん」
「四人トリオ?」
「四人じゃトリオじゃないよ」
「バカじゃんww」

 ツボったのか、すみれが椿の肩をバシバシ叩いて笑っている。

「ほら、二人とも桜華ちゃんが固まってるから」
「あ、ごめん。いつもこんな感じだから…」
「仲良しなんだね。いいなあ」
「桜華ちゃんは他の学校?今日は休みなの?」
「ううん。学校行ってないよ。今日は待ち合わせ」
「そうなんだ」

 学校行ってないのが羨ましいとすみれが言い、その頭を椿が叩く。

「失礼でしょうが!」
「だって学校嫌いなんだもん…」

 口をとがらせながらすみれが言う。

「ごめんなさい。この二人の漫才、いつもやかましくて」
『漫才じゃない!』

 二人がハモり、桜華がくすくす笑う。
 いいなあ。こういうの。
 今まで女の子達と、こんなに話すことはなかった。
 なんで学校に行ってないの?と桔梗が聞きたくても聞けない感じで、こちらを見ていた。

「両親がこの前、事故で死んだの」
「!?」
「え?た、大変じゃん」
「親戚のお家で暮らしてるの?」
「ううん、一人暮らしはじめたよ。この近くなの」

 いけないことを聞いてしまったのでは?と三人は顔を見合わせて、揃って頭を下げてきた。
 その様子にぎょっとする。

「ごめんなさい!辛いだろうに聞いてしまって」
「ごめん…」
「大変なのに羨ましいって…」
「えっ?ええ?ちょ、大丈夫、大丈夫だから頭上げて」

 何事だ?と帰る生徒が、チラチラとこちらを見ながら通り過ぎていくので、桜華はあたふたしながら桔梗の肩を掴んで頭を上げさせた。

「ねえ、桜華ちゃん。よかったら番号交換しない?」
「椿、ずるい!私もしたい!」

 カバンからスマホを取り出して椿が言ってくるので桜華はいいよと頷いた。

「メッセージ送れるアプリとかいれてる?」
「うん、これなら入ってる」
「それなら大丈夫かな。そっちの方も友達追加してもいい?」
「いいよ」

 またこのスマホに友達追加されて桜華は嬉しくてスマホの画面を見つめた。
 女の子と交換したのは初めてかもしれない。
 はじめの世界はバイトばかりでロクな学生時代ではなかったし、あとの世界でも、だいたいは、いつも葵のせいで仲良くはなれなかった。

「お迎えっていうことは南くん?」
「うん、昨日、買い物できなかったから…」
「あの後、大変だったね」
「桜華ちゃんが歩いてった方でしょ?事件あったのって。大丈夫だった?」
「うん。大丈夫」

 目の前で人が倒れたとは言えないので頷いた。
 テレビで同じのばっかりやってるよーとすみれがうんざり気味に、お気に入りのドラマもそれで潰れたと話している。

「南くん、先生に呼ばれてたから、それが終わったら来るかも」
「バカだよね。授業集中しないで怒られてたの」
「集中…してなかったんだ…」

 結局はメッセージやってるのバレて怒られてんじゃんと桜華は苦笑した。
 桔梗は先程と同じ聞きたそうに桜華を見てモジモジしていたが、気になったのか思い切って尋ねてきた。

「ねえ、やっぱり二人は付き合ってるの?」
「誰と誰が?」
「南くんと桜華ちゃん」

 すみれも椿も、それを聞いちゃう!?と驚いた顔をして桔梗を見ている。

「だって手繋いでたし。桃の送ってきた写真も抱き合ってたじゃん」
「だきあ…つ、つ、付き合ってないよ!幼馴染?みたいなもので、引っ越してきて再会のハグみたいなものだよ」

 あたふたと三人に説明をする。
 ふーん、と信じてなさそうな返事をするので、ムッとなり、目をぎゅっと瞑って勢いよく言う。

「す…好きな人いるから違うよ!」
「え!なになに恋バナ?すみれ大好き!」
「へえ?桜華、好きな人いるんだ?」

 喜ぶすみれとは違う男の声が聞こえて、ばっと背後を見ると侑斗が立っていた。

「南くん、先生の呼び出し終わったの?」
「うん。明日、資料室の掃除手伝えってさ」
「スマホ没収されなくて良かったね」

 椿と侑斗がしゃべっている。
 驚いて固まっている桜華の肩を掴んで「どんな人?どんな人?」と、すみれがはしゃいでいた。

「なんの話をしてたの?」

 侑斗が桜華の背後から、ぎゅうっと抱きついて聞いてくる。声が思ったよりも近くてびくりと反応してしまった。

「しかも花トリオと一緒に。また嫌なこと言われたりしてない?」
「ひどい!すみれ達は謝って仲良しになってただけだよ!」
「そうよ。南くんが里奈と付き合ってると思ってたから…桜華ちゃん?」

 桔梗が侑斗の腕の中で固まったままの桜華をチラリと見て心配そうに名前を呼ぶ。
 その声にハッとして我に返ると慌てて「大丈夫、なんでもない」と笑った。

「いきなり侑斗くんがいるから驚いちゃった」

 どうしてだろう。
 侑斗が来たあの時の声に、ぞわりとした感じがした。
 でも駅前で感じたものとは違う。そもそも侑斗とは一緒にいたのだから彼ではない。女性のものだと天津も言っていた。

「彼女たちとお友達になったの」
「お友達…」

 嬉しい!と喜んで、前から飛びついてくるすみれ。
 離れろよ!と侑斗は背後から手を伸ばしてすみれの頭を押し退けようとしているし、すみれはすみれで離すものかと桜華に抱き着く腕を強めた。

「桃が送ってきた時の写真、想像してたのと違うってわかったわ」
「私も…」
「どういう意味だよ」

 椿と桔梗が侑斗を見ながらそう呟いたのを、ジト目で侑斗が聞いた。しかし桜華を離す気はないようだ。

「ほらこれよ。見た?」
「学年グループメッセにも送られてたよね」
「そうそう。桃もよくやるわ」

 椿が侑斗に見せようとスマホの画面を差し出してきたので、桜華も覗いてみた。

『山下さんと付き合ってるのに浮気?』

 そういうメッセージの後に送られていた写真は、みんなが部屋の片付けを手伝ってくれた日の、侑斗が泣いた時のやつだった。
 侑斗は黙ったまま、スライドさせて前後の流れを読んでいる。

「なんだこれ。俺、グループのほう見ないからな」
「誰が告白しても付き合わなかった南くんが里奈と付き合い始めた!って流れた時も凄かったけど、この時もすごかったんだから」

 彼女を擁護しようとする人や、くだらないものを流すなと怒っている人など、いっぱい書き込まれて流れていた。

「この、桃って人はどんな人?」

 覗き込んで眺めた感じだと、この桃って人が皆のことを焚きつけているような発言ばかりしている。

「俺らのクラスと同じやつだな。あんま話したことない」
「桃は南くんファンクラブのひとりだよ。本人目の前にしたら話せなくなるでしょ」
「ファンクラブとかなんだよそれ…」
「侑斗くん、モテモテなんだね」

 そんなのあるなんて知らなかったと驚愕している侑斗に、くすくす笑いながら桜華が言ったら、抱き着く力を強めて首に顔を埋めてきた。

「好きじゃないやつらに好かれても嬉しくないでしょ」

 口を尖らせて呟かれた言葉。

「録音して、ファンクラブの人達に聞かせてやりたい」
「卒倒ものよね」 
「椿ちゃん、桔梗ちゃん…」

 スマホの録音機能を開くと、ほら、もう一度?と桔梗が侑斗に言っていた。
この二人と侑斗は仲が悪いんだろうか…チクチクしてるなあと桜華は苦笑した。

「あ、桃が出てきたよ。あの三つ編みしてる子だよ」

 すみれが校門のほうを指差すので、そちらの方に視線をやって桜華は驚いた。

「桃…って…」

 おかしい。おかしいでしょ。

「岸田、桃…?」
「え?そうだよ。桜華ちゃん知ってるの?」

 すみれが頷いて不思議そうに見上げてきた。
 どうやら他人の空似とかではないようだ。
 名前を聞いた時から嫌な予感はしていた。この名前とは縁があるのかなと。
 桃がこちらに気付いたのか、同じく驚いた表情で立ち止まった。そしてキッとキツイ目をして睨んでくる。

「知ってるもなにも…」

 私を殺した張本人だよ。
 言葉に出来ずに、桜華は抱き着いた二人を退かすと、桃に微笑みかけて近付いていった。


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