26 / 82
四度目の世界
25.
しおりを挟む侑斗が通うという学校の校門前。
想像していたよりも多くの人の視線が感じる。
桜華以外にも親が迎えにきていたり、他校の生徒が待っていたりしているようだが、制服でもなく、私服で同じくらいの子が立っているからか、気になるのだろう。
「あの子、誰かの妹なのかな?」
「あの人のお姉さんかも?」
「彼氏を待ってるんじゃない?」
聞き耳で聞こえてくる会話に苦笑した。
『私は聞き耳を使った覚えは無いけど?』
『さあ、なんのことでしょうか』
『はあ!?』
『アナタは鈍感なので必要かと』
なんだそれ。
本当に中身人間じゃない?機械が機嫌悪くなるなんて聞いたことがないよ。
はああ、と大きな溜息をついた。
外出させたくないなら天津が話し相手になってとお願いしたら、沢山の話をしてくれたのだが、絵本のような話ばかりで途中から退屈になり、早めに家を出ると言ったら機嫌が悪くなってしまった。
「ねえ、昨日の駅の人ですよね」
もじもじとしながら声をかけてくるショートカットの女の子。その後ろにもセミロングの子とポニーテールの子が立っている。
昨日、振られた子と一緒にいた女の子達だ。
「昨日、あの子といた…」
「うん。昨日はごめんなさい。里奈と南くんが付き合ってると思ってたから…」
「ごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
三人に謝られるとは思ってなかったので、ぽかんと三人を見つめる。
「え?いや、大丈夫。大丈夫です。謝らなくても」
両手と首を振りながら謝らないでと焦る桜華。
「謝らなきゃだよ」
「そうだよ」
「あの二人が付き合ってるって聞いてたのに、桃があの写真送ってくるから浮気じゃんってなったのに」
「嘘だったってヒドイよね」
「この子、とばっちりもいいとこじゃん」
三人が話し始めて、それを桜華は眺めていた。
女子高生相手に話をするのは久しぶりかもしれない。自分も同じ年なのに、この子達は可愛らしいなあとお婆さんのような気持ちになる。
「ねえ、名前は?」
「わ、わたし?」
「そう。私は桔梗。髪の短い方が」
「すみれだよ!」
「ポニテの方は椿」
桔梗と言ってたセミロングの女の子が、いきなり桜華のほうを見て名前を聞いてきた。
すみれも椿も、よろしくねと笑ってくる。
「みんな花の名前なんだね」
「そうそう。同じクラスで花トリオって先生に言われてるの」
「あ、私は桜華です」
「じゃあ、四人とも花の名前になるじゃん」
「四人トリオ?」
「四人じゃトリオじゃないよ」
「バカじゃんww」
ツボったのか、すみれが椿の肩をバシバシ叩いて笑っている。
「ほら、二人とも桜華ちゃんが固まってるから」
「あ、ごめん。いつもこんな感じだから…」
「仲良しなんだね。いいなあ」
「桜華ちゃんは他の学校?今日は休みなの?」
「ううん。学校行ってないよ。今日は待ち合わせ」
「そうなんだ」
学校行ってないのが羨ましいとすみれが言い、その頭を椿が叩く。
「失礼でしょうが!」
「だって学校嫌いなんだもん…」
口をとがらせながらすみれが言う。
「ごめんなさい。この二人の漫才、いつもやかましくて」
『漫才じゃない!』
二人がハモり、桜華がくすくす笑う。
いいなあ。こういうの。
今まで女の子達と、こんなに話すことはなかった。
なんで学校に行ってないの?と桔梗が聞きたくても聞けない感じで、こちらを見ていた。
「両親がこの前、事故で死んだの」
「!?」
「え?た、大変じゃん」
「親戚のお家で暮らしてるの?」
「ううん、一人暮らしはじめたよ。この近くなの」
いけないことを聞いてしまったのでは?と三人は顔を見合わせて、揃って頭を下げてきた。
その様子にぎょっとする。
「ごめんなさい!辛いだろうに聞いてしまって」
「ごめん…」
「大変なのに羨ましいって…」
「えっ?ええ?ちょ、大丈夫、大丈夫だから頭上げて」
何事だ?と帰る生徒が、チラチラとこちらを見ながら通り過ぎていくので、桜華はあたふたしながら桔梗の肩を掴んで頭を上げさせた。
「ねえ、桜華ちゃん。よかったら番号交換しない?」
「椿、ずるい!私もしたい!」
カバンからスマホを取り出して椿が言ってくるので桜華はいいよと頷いた。
「メッセージ送れるアプリとかいれてる?」
「うん、これなら入ってる」
「それなら大丈夫かな。そっちの方も友達追加してもいい?」
「いいよ」
またこのスマホに友達追加されて桜華は嬉しくてスマホの画面を見つめた。
女の子と交換したのは初めてかもしれない。
はじめの世界はバイトばかりでロクな学生時代ではなかったし、あとの世界でも、だいたいは、いつも葵のせいで仲良くはなれなかった。
「お迎えっていうことは南くん?」
「うん、昨日、買い物できなかったから…」
「あの後、大変だったね」
「桜華ちゃんが歩いてった方でしょ?事件あったのって。大丈夫だった?」
「うん。大丈夫」
目の前で人が倒れたとは言えないので頷いた。
テレビで同じのばっかりやってるよーとすみれがうんざり気味に、お気に入りのドラマもそれで潰れたと話している。
「南くん、先生に呼ばれてたから、それが終わったら来るかも」
「バカだよね。授業集中しないで怒られてたの」
「集中…してなかったんだ…」
結局はメッセージやってるのバレて怒られてんじゃんと桜華は苦笑した。
桔梗は先程と同じ聞きたそうに桜華を見てモジモジしていたが、気になったのか思い切って尋ねてきた。
「ねえ、やっぱり二人は付き合ってるの?」
「誰と誰が?」
「南くんと桜華ちゃん」
すみれも椿も、それを聞いちゃう!?と驚いた顔をして桔梗を見ている。
「だって手繋いでたし。桃の送ってきた写真も抱き合ってたじゃん」
「だきあ…つ、つ、付き合ってないよ!幼馴染?みたいなもので、引っ越してきて再会のハグみたいなものだよ」
あたふたと三人に説明をする。
ふーん、と信じてなさそうな返事をするので、ムッとなり、目をぎゅっと瞑って勢いよく言う。
「す…好きな人いるから違うよ!」
「え!なになに恋バナ?すみれ大好き!」
「へえ?桜華、好きな人いるんだ?」
喜ぶすみれとは違う男の声が聞こえて、ばっと背後を見ると侑斗が立っていた。
「南くん、先生の呼び出し終わったの?」
「うん。明日、資料室の掃除手伝えってさ」
「スマホ没収されなくて良かったね」
椿と侑斗がしゃべっている。
驚いて固まっている桜華の肩を掴んで「どんな人?どんな人?」と、すみれがはしゃいでいた。
「なんの話をしてたの?」
侑斗が桜華の背後から、ぎゅうっと抱きついて聞いてくる。声が思ったよりも近くてびくりと反応してしまった。
「しかも花トリオと一緒に。また嫌なこと言われたりしてない?」
「ひどい!すみれ達は謝って仲良しになってただけだよ!」
「そうよ。南くんが里奈と付き合ってると思ってたから…桜華ちゃん?」
桔梗が侑斗の腕の中で固まったままの桜華をチラリと見て心配そうに名前を呼ぶ。
その声にハッとして我に返ると慌てて「大丈夫、なんでもない」と笑った。
「いきなり侑斗くんがいるから驚いちゃった」
どうしてだろう。
侑斗が来たあの時の声に、ぞわりとした感じがした。
でも駅前で感じたものとは違う。そもそも侑斗とは一緒にいたのだから彼ではない。女性のものだと天津も言っていた。
「彼女たちとお友達になったの」
「お友達…」
嬉しい!と喜んで、前から飛びついてくるすみれ。
離れろよ!と侑斗は背後から手を伸ばしてすみれの頭を押し退けようとしているし、すみれはすみれで離すものかと桜華に抱き着く腕を強めた。
「桃が送ってきた時の写真、想像してたのと違うってわかったわ」
「私も…」
「どういう意味だよ」
椿と桔梗が侑斗を見ながらそう呟いたのを、ジト目で侑斗が聞いた。しかし桜華を離す気はないようだ。
「ほらこれよ。見た?」
「学年グループメッセにも送られてたよね」
「そうそう。桃もよくやるわ」
椿が侑斗に見せようとスマホの画面を差し出してきたので、桜華も覗いてみた。
『山下さんと付き合ってるのに浮気?』
そういうメッセージの後に送られていた写真は、みんなが部屋の片付けを手伝ってくれた日の、侑斗が泣いた時のやつだった。
侑斗は黙ったまま、スライドさせて前後の流れを読んでいる。
「なんだこれ。俺、グループのほう見ないからな」
「誰が告白しても付き合わなかった南くんが里奈と付き合い始めた!って流れた時も凄かったけど、この時もすごかったんだから」
彼女を擁護しようとする人や、くだらないものを流すなと怒っている人など、いっぱい書き込まれて流れていた。
「この、桃って人はどんな人?」
覗き込んで眺めた感じだと、この桃って人が皆のことを焚きつけているような発言ばかりしている。
「俺らのクラスと同じやつだな。あんま話したことない」
「桃は南くんファンクラブのひとりだよ。本人目の前にしたら話せなくなるでしょ」
「ファンクラブとかなんだよそれ…」
「侑斗くん、モテモテなんだね」
そんなのあるなんて知らなかったと驚愕している侑斗に、くすくす笑いながら桜華が言ったら、抱き着く力を強めて首に顔を埋めてきた。
「好きじゃないやつらに好かれても嬉しくないでしょ」
口を尖らせて呟かれた言葉。
「録音して、ファンクラブの人達に聞かせてやりたい」
「卒倒ものよね」
「椿ちゃん、桔梗ちゃん…」
スマホの録音機能を開くと、ほら、もう一度?と桔梗が侑斗に言っていた。
この二人と侑斗は仲が悪いんだろうか…チクチクしてるなあと桜華は苦笑した。
「あ、桃が出てきたよ。あの三つ編みしてる子だよ」
すみれが校門のほうを指差すので、そちらの方に視線をやって桜華は驚いた。
「桃…って…」
おかしい。おかしいでしょ。
「岸田、桃…?」
「え?そうだよ。桜華ちゃん知ってるの?」
すみれが頷いて不思議そうに見上げてきた。
どうやら他人の空似とかではないようだ。
名前を聞いた時から嫌な予感はしていた。この名前とは縁があるのかなと。
桃がこちらに気付いたのか、同じく驚いた表情で立ち止まった。そしてキッとキツイ目をして睨んでくる。
「知ってるもなにも…」
私を殺した張本人だよ。
言葉に出来ずに、桜華は抱き着いた二人を退かすと、桃に微笑みかけて近付いていった。
10
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから
咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。
そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。
しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる