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四度目の世界
23.
しおりを挟む朝起きたら目の前に整った顔があるのは心臓に悪い。
変な声を上げそうになったのを、咄嗟に口を押さえて我慢した自分は偉いと思う。
(なんで龍さんがここで寝てるんだっけ)
起きて離れようと思ったが、桜華の身体には龍鵬の長い腕と足が巻き付いていて動けない。
(そうだった。抱き枕ぎゅうって抱きしめるタイプの人だ…)
仕方がないから、そのまま眠っている龍鵬を見つめた。寝てるとキラキラしたあの青い宝石みたいな目が見れないのは残念だなと目元をなぞるように指で撫でる。
(びっくりしたなあ)
昨日、シャワーを浴びていたら、突然風呂のドアが開く音がして、目を擦って開けば、目の前にはニヤニヤした龍鵬が立っていた。
驚いて言葉にならない言葉で文句を言ったが、出ていくことはなかった。
そのまま暴れる桜華を押さえ込んで、途中だった頭と身体も洗ってしまう。桜華を先に湯に入らせると、龍鵬も頭と身体を洗い、それから一緒に湯に浸かった。少し狭かったけど、二人で一緒に入ることが出来た。
背中越しに感じるお湯とは違う龍鵬の温もりにドキドキしっぱなしだった桜華は、これ以上一緒にいたらのぼせて鼻血が出そうと言って飛び出して行き、残された龍鵬はやっぱり笑っていた。
(父親とも入ったことなかったのに)
あの冗談を本気にして入ってくるとは思わなかった。手を繋ぐだけで真っ赤になるくらいの人が一緒に風呂って…おかしいだろう…。
その後、一緒に晩ご飯を作って食べてから食休みをして…。
桜華は記憶がそこで途切れていて、思い出そうとしても思い出せない。また寝てしまったのだろうか。
「何時だろう…」
『午前八時三分です』
「起こした方がいいのかな」
『わかりません』
ですよねー。
そう思いながら、身体に巻き付いた腕を外そうと試みたものの無理だった。
「龍さーん…朝だよー…?」
頬を指でつつきながら声をかけると、ぱちりと目が開いた。
「おはようさん」
寝起きの声で龍鵬が嬉しそうな表情で言うものだから、不意にときめいてしまった。
「お、おはようございます」
「お前が寝たから、布団に寝かせようとしたら離してくれなくて。どうせなら一緒に寝ちまうかって泊まらしてもらったわ。悪いな」
「いつもごめんなさい…」
「いや。ちゃんと寝れたか?」
頷いた。朝までぐっすり寝てました。
寝る子は育つと言うでしょ。身長でも伸びたらいいのになあ、と桜華は思った。
「そうか、良かった」
頬を撫で、そのまま瞼に唇をあてる。
桜華は恥ずかしくて、ぷいっと顔を背けた。
背けた先、ちょうど目の前にあった黒色の刺青が目についた。
チンピラのような人は背中に刺青などあると思ったが、龍鵬は肩から腕にかけて大きな黒色の刺青があった。
「こういう柄は自分で決めるのですか?」
「これか?」
「はい」
「これは…」
遠慮がちに刺青がある腕に触れると、その手を掴まれた。
言いにくそうにしている龍鵬に、聞いてはいけない事だったろうかと、すまなそうな目で龍鵬を見た。
「ああ、そんな顔すんな。これは刺青じゃない」
「え?」
「知ってるか?コレは成長すんだぜ?」
「え…?成長?」
「生まれた時にはあった。こんな小さかったコレも、身体が大きく成長していくにつれコレも大きくなっていくんだ。不思議だろ?」
笑いながら言う龍鵬に、桜華は揶揄われたのだろうかと思った。
「魔法の痣?」
「魔法か。そんなところだな。ったく忌々しい…」
吐き出された小さな呟きを聞き取ってしまった。どうやら龍鵬は痣が好きではなさそうだ。
桜華は痣を見つめた。
黒色の剣と盾。その二つを包み込むように広がる大きな翼。
素敵なんだけどなあ。
「剣と盾…?」
ふと何かがひっかかった感じがして龍鵬をパッと見た。
いやいや。まさか。
「龍さんも厨二病ってやつでしたか」
「お前……」
にんまり言う桜華に、龍鵬は勢いをつけて上半身を起き上がらせると、両手でガシガシと髪を乱暴に掻き混ぜた。
ぐわんぐわん揺れ動く視界に、やめて!と手から逃げるように横に移動しようとしたが、龍鵬の腕が伸びてきて、元の位置…龍鵬の腕の中に戻ってきてしまう。
そして頭も目覚めてきたのか、回された腕と背中に感じる熱で、龍鵬は上を着ていないことに気付いた。
「と…とりあえずシャツ着てください…!!」
「あ?なんでだ?」
なんでだ?じゃないよ!と桜華は心の中で叫んだ。
ぎゅっと目を瞑って、両手で胸を押し返した。
「目に毒です!」
「毒って…。なあ、桜華、それはお前も同じだけどな?」
「は?」
ぺらっと布団が少し捲られて、自分がまたキャミソールとパンツ姿だということに気付いた。
「なんで!?」
「パジャマに着替えさせようと思ったけど見当たらねえし。勝手にクローゼット触るのもあれだからよ」
「着てた服でいいのに!」
捲られた布団を、さっと戻して隠すように身体を丸めて潜り込んだ。目の前に龍鵬の身体が見えるが目を閉じてしまえば関係ない。
「目の前で着替えようとしてたヤツが、なんで照れてんだよ」
「だって昨日、龍さんがっ…」
「俺が?」
目を開け、潜った状態で顔をあげると、ニヤニヤしながら覗き込んでる龍鵬が見えた。
口をぱくぱくさせて、耐えきれなくなった桜華は思い切り目の前にあった龍鵬の胸を手で叩いた。
「痛っ…」
「えっ、あ、ごめんなさい!」
思い切り叩きすぎたらしく、痛がる龍鵬に桜華は慌てて叩いたところを擦りながら謝った。
ニッと笑うとその手と腰を掴まれ、布団から引きずり出された。
自分のほうへと引き寄せて、そっと背中から尻へ手を這わせた。怪しい手つきに、桜華は頬を膨らませて睨んだ。
「なにして」
「昨日も触ったんだから別にいいだろ」
「洗っただけだもん!」
「ここも、ここも。俺が洗ってキレイにしてやったろ?」
尻を撫で回すだけでは終わらず、首筋に顔を埋めると唇を這わせた。擽ったくてぞわぞわする。
「りゅ…龍さんのえろおやじっ」
龍鵬の言い方がおっさんくさくて、手のところにあった髪をむぎゅっと掴んで止めさせようとするが、顔をあげて桜華の方を見ると、今度は額や頬、鼻の頭にキスをされる。
甘ったるい行為に桜華は混乱していた。
「うぅ…」
「嫌か?」
髪を梳くように頭を優しく撫でながら聞いてくる。
龍鵬が返事を待つように見つめてくるので、桜華はきつく目を瞑りながら首を横に振った。
「かわいいやつ」
そう言って、頭を撫でていた大きな手が後頭部を押さえて上を向かせた。次の瞬間には柔らかなものと唇が触れ合っていた。
その柔らかいものが龍鵬のものだと理解したとき、驚いてパチリと目を開いた。
色んなところにキスをされていたが、口にはされてはいなかったのに。
ちゅっと音を立てて離れる唇に目がいき、桜華は湯気が出るのではないかというくらい顔を真っ赤にさせた。
龍鵬はお構いなしにもう一度抱きしめて、首筋に顔を埋めると鎖骨の辺りに吸い付く。ちくりとした痛みが走り顔を顰めた。
「俺のもんって印な」
多分、キスマークとやらをつけられたのだろう。
満足気に笑う龍鵬に、きゅんとして桜華は呻いた。
やっぱり龍鵬は狼というより大型犬のようだなと思いながら、桜華も龍鵬の痣の辺りに吸い付いてみる。
しかしうまく痕をつけることが出来ずに、薄く朱い印がついただけだった。
龍鵬はこの痣が好きではなさそうだが、前の世界では勇者はこの痣を持って生まれたと聞いたことがある。
とてもかっこいいじゃないか。
龍鵬が嫌いな分、自分が好きになればいいと、そう思って龍鵬みたいに印をつけようと思ったのに。
「お前なにしてんだ」
「難しいな。これで龍さんも私のもんですから…むぐっ」
言い終わる前に噛み付くようなキスをされた。
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