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四度目の世界

24.

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 龍鵬から解放されて起きたのは十時過ぎた頃だった。
 信じられない。あの後のことを思い出すだけで恥ずかしくて発狂しそうになる。砂糖のような甘ったるい空気にとけかけた。いや、とけていたかもしれない。
 桜華は、げっそりしながら遅い朝ご飯の用意をしていた。
 珈琲をいれた二人分のカップをダイニングテーブルの上に置いた。
 時間も遅いから簡単にサラダとトーストとヨーグルトの朝食。

『ニュースの時間です』

 テレビはチャンネルを変えても、どこも同じ昨日の事件のことばかりやっていた。
 刃物で刺されたりする傷害事件とかではなく、胸を抉られている原因不明の不思議な事件だから余計メディアは騒いでるのだろう。

「ごはんできました」
「おう」

 ベランダのドアを開け、煙草を吸っていた龍鵬に声をかける。そして龍鵬が中に戻ってきてから揃って「いただきます」をして食べ始めた。

「お前は今日どうするんだ?」
「バイトを探そうかと」

 外出は控えた方がいいだろう。
 家で出来そうなことを考えて、そろそろ働ける場所を探さないといけないと思った。学校はいい思い出がないので避けたい。

「学校は?あいつの行ってるところ近いぞ」

 嫌だと首を振った。

「勉強なら家でもできます」

 何度もやっていることだし、忘れてるとしても読めばわかるだろう。最強の家庭教師もついている。

「青春しなくていいのか?」
「青春って…。学校行って、もし好きな人とか出来ちゃってもいいんですか?」
「それは駄目だ」

 即答する龍鵬が可笑しくて吹き出した。

「大丈夫ですよ。働きたいです」
「俺が面倒見てもいいんだぞ?」
「もうじゅうぶんです!」

 この部屋を見よ!と手を広げた。これ以上なにかしてもらうとか勘弁してほしい。
 納得がいかないという表情をしていた龍鵬だが、それを無視して朝ご飯を食べてしまう。
 食べ終わった頃、龍鵬のスマホが鳴った。
 悪い、話してくるとベランダに珈琲の入ったカップを持ち、煙草を咥えながら向かっていくのを、桜華も珈琲をゆっくり飲みながら眺めた。

「バイトを探すっても、先に魔法のこと調べないと」

 昨日、魔法が使われたのは確かだ。
 自分以外の人が魔法を使えることに興味があるし、どうして乱暴なことをするのか気になってしまった。

『危険です。やめたほうが…』
「私のせいかもしれない」
『アナタのせいではありません』 
「わからないじゃん。だから調べるんだよ」

 じっと龍鵬を見つめると、電話相手にイライラしてるのか、髪を掻きながら怒鳴ってるようだった。

「トラブルかな」
『聞き耳を使いますか?』
「んん、いや、それはやめておこう」

 あそこまでイライラしているのは初めて見るし気になるけど、龍鵬相手に使いたくない。
 ごちそうさまと手を合わせて、キッチンで食器を片付けていたら、いつの間にか龍鵬が戻ってきていて、龍鵬が使っていたカップを運んできてくれていた。

「ごっそうさん」

 そう言って桜華にカップを渡すと、背後から腰に腕を回して抱き着くと頭に顎を乗せた。

「邪魔です」
「聞こえねえな。はー。落ち着く。でも呼び出されたから行かねぇと…」

 桜華は蛇口の水を一旦止めてタオルで手を拭くと龍鵬を見上げてお礼を言う。

「来てくれてありがとうございました」
「ちゃんと連絡しろよ」
「うん」

 軽く口付けされ、頭をぽんぽんと撫でると玄関に向かい靴を履く。

「龍さん、気をつけて」

 怪我も治っていなかった。
 天津が打撲と言っていたので、軽いものだと思っていたけど、風呂の時に見えた横腹辺りの打撲痕は酷いものだった。

「また来る。お前の飯うまいけど、今度は俺がご馳走するよ」
「あ、そうだ。東さんも龍さん誘ってご飯行こうって」
「なら、あいつにも声かけとくわ。じゃあな」
「うん。行ってらっしゃい」

 手を振って笑顔で見送る。
 見送った後、ソファーに戻って腰掛けた。
 桜華は羞恥のあまりに両手で顔を覆って膝に突っ伏した。
 初めてキスをした。正確には初めてではないが、あれを初めてと言いたくない。
 龍鵬は桜華はまだ未成年だからと最後まではしなかったけれど、いろんなところを触られた気がする。
 そんなところまで格好良いのか…と蕩けた頭で思っていたのは覚えている。

「夢じゃないよね」
『起きていますね』
「そういうことじゃないよ、あーくん…」

 ぽつりと呟いたことに天津が返事をしてきて長い溜息をつく。ずるずると滑るようソファーに横になるとテレビを眺めた。

「どこから見られてたのかな」
『人が多い場所で特定するのは難しいです』
「なんか…なんていうのか…知ってる感じがした」
『知っているとは?』
「わかんない。知ってる感じがしたの」

 ぞわりとした視線を感じた時、その視線を以前もどこかで感じた事があった気もした。
 例えば…嫉妬?
 そうだ。葵のことが好きだった女の子達の嫉妬などの負の感情も、あんな感じだった。
 だとしたら、やはり侑斗と一緒だという学校のあの子達の誰かだったのだろうか。
 改札口からロータリーまでは結構距離があったはずだけど…。
 あれこれ考えてもわからないものはわからない。
 リモコンに手を伸ばしてテレビを消した。

「侑斗くんに会いに行ってみようかな」
『外出は控えた方が良いと言ったはずですが…?』
「学校に行けばわかる気がするの」
『……用心してください』

 わかってるよ、と言って起き上がるとスマホを手に取る。

『おはよう。放課後、時間ある?』

 侑斗にメッセージを送った。
 今の時間は授業中だろう。昼休みにでも返事がくればいいかなと思っていたのに、何故かすぐに返事がきた。

『桜華、おはよう!大丈夫?今日もバイト休みだからあるある!』
『うん、大丈夫だよ。買い物付き合ってくれる?』
『いいよ。昨日行けなかったし。駅前で待ち合わせる?』
『ううん、終わる頃に迎えに行ってもいい?』
『マジで?早く終わんないかなー』

 そわそわしているスタンプがいくつも送られてきて笑ってしまった。

『授業中じゃないの?邪魔してごめんね』
『みんな動画みながらだから気付かれないんだ』
『気付かれたら怒られちゃうよ。頑張って。また放課後に』

 了解のスタンプが送られてきた。
 タブレットやパソコンで勉強できるなんて便利な世の中になったんだなあ。
 まあ、これで無事に学校まで行く約束出来た。部外者が学校まで迎えに行くと視線が痛そうだが、その点はもう慣れっこだ。
 あの殺気の主がいればわかるだろうし。

「それまでにバイト探しちゃおう」

 侑斗はピザ屋と言っていた。
 何が良いだろうか。
 はじめの世界は事務仕事をしていた。ブラックすぎて過労死してしまった。
 一度目と二度目の世界は、葵と一緒にコンビニでバイトをしていた。大変な目にあったことがあるので嫌だ。
 三度目は自分でものを作って、街に売っていたから参考にもならない。
 どうせなら未経験のものがいいだろう。
 スマホでバイトを色々探してみる。沢山ありすぎて、どれがいいのかわからないし迷う。

「これなんかいいかも」
『ここから二駅、駅から徒歩五分ほどの場所にある喫茶店のようです』

 ピロンと音が鳴るので画面を開くと、天津が調べてくれたのか店内の様子が写った画像やメニューなどが表示される。
 純喫茶のお店で、店の作りがレトロで落ち着いた雰囲気だ。桜華は一目見て惹かれた。

「ここに応募してみよう」

 二駅離れてるが、たった二駅だ。
 情報を記入するところがあったが、基本情報のところは天津が一瞬で入力してくれて、桜華は「すごいね…ありがとう…」と、こんなことも出来るのかと驚いた様子だった。
 落ちた時のために数件探し保存をしておく。
 探すのと応募するので時間がかかるかなと思っていたけど、天津のおかげでものの数十分で終わってしまった。

「終わって暇だな…。まだお昼前だし、ご飯遅かったからお腹空いてないし…駅前見てこようかな」
『外出は控えた方が良いと何度も』
「わかってるけど!じゃあ、あーくん、何かお話して?」
『何かとは…?』
「何でもいいよ。前みたいに昔話でもいい」

 桜華が、わくわくしながら座っているので、天津は仕方なさそうに話し始めた。

『むかしむかしのお話です─』

 桜華が好きそうな温かいハッピーエンドの童話を話してあげた天津だった。


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