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四度目の世界
20.
しおりを挟むあの後、救急車がすぐに来たが、その前に倒れていた男の人は死亡していたそうだ。
周囲にいた人達は警察に話を聞かれたりしていて、帰宅する人達や様子を見に来る人達で、しばらく駅前は騒然としていた。
南を迎えに来た母親らしき人は、南の横に立つ桜華の姿を見た途端に走ってくると、桜華をきつく抱きしめて泣きはじめる。
なんだろう。この…なんていうか…南と同じだなって感じる勢いは…。
「息子の俺より桜華が先とかマジ信じられない」
ぽつりと呟く南に、抱きしめられて戸惑う桜華。南も突然抱きしめてきたりするし、親子だなあと思ってしまった。
「桜華ちゃん!こんなに大きくなって…大丈夫だった?怪我してない?」
「母さん!桜華が困ってるだろ!」
「春菜と恭介が事故にあったって聞いたから心配で」
「あ、あの」
「ああ、この子の母親の七海よ。この子から聞いたわ。小さい頃のこと覚えてないって聞いてたのに、ごめんなさい…。春菜たちの事故のこと知らなかったから…」
涙を流しながら心配そうに喋る七海を見て、桜華も思わず泣きそうになった。
桜華はわからないけれど、この人はこんな風に泣いてくれるほど死んだ両親のことが好きだったんだろう。その子供のことも心配してくれるほどに仲良しな関係だったんだろうな。記憶がなくて寂しい。
「もう!返せよ!」
べりっと七海を引き剥がして、侑斗は桜華を自分の方へと抱き寄せた。
「母親から奪うとかひどくない!?」
「よく言うよ!自分の息子の心配より桜華のところにいったくせに!」
「当たり前じゃない!春菜の子なんだから!」
小型犬同士の喧嘩にしか見えない。
抜け出せない侑斗の腕の中で、あたふたしながら二人をとめていた。
家まで送っていくという二人に、危険かもしれないから断ろうとしたが無理だった。あの勢いには勝てないと思う。
七海にアパート横まで車で送ってもらい、侑斗が部屋まで着いていくと聞かないので、七海は車なので車内で待つと言う。桜華は改めて頭を下げてお礼を言った。
そんな桜華に七海は「今度ゆっくり遊びに来てね」と笑って言ってくれた。その笑顔は侑斗と同じでキラキラしていて目元は泣いたから赤くなっているけど、可愛いお母さんという感じ。
はい、と桜華は返事をして車から出た。
「桜華、また連絡するから」
「うん」
「その…元気だして?」
カバンからイチゴ味の飴の袋をゴソッと出すと桜華に渡した。
「ありがとう。侑斗くん、ひとりにならないようにして」
「桜華もね」
「うん…」
「買い物できなかったね。俺でよければ付き合うから。荷物持ちくらいは出来る」
「うん、その時は呼ぶね」
結局、部屋まで送ってくれた侑斗に、お礼を言って別れたあと、部屋の中に入った途端に桜華は力が抜けたように床にぺたりと座り込んだ。
「ねえ、あーくん」
『なんでしょう』
「私のせい…?」
『アナタのせいではありません』
誰かに見られていたのは確かだ。しかも桜華たちの背後の人が死んだ。
桜華か侑斗が狙われたのかもしれないが、それがはずれて男の人に魔法が当たってしまったのかもしれない。
「他にも魔法が使える人がいるんだ…」
『稀にアナタのような魔力を持つ人間は存在します。しかし全員が使えるわけではありません』
「そうなんだ…」
『しばらくは外出を控えた方が良いかと』
「うん…」
これまでの世界で、魔法を使う人を見たことはなかった。
三度目の世界では魔法の存在はあっても、桜華がいた街や森の辺りでは使える人がいなかった。何日もかけて行く城下町などには、魔法が使える人達の働く場所のようなものがあると誰かに話は聞いたことがあった。
見てみたいなあとは思ってたけど、結局のところ、そんな機会などなく死んでしまったわけで、魔法を使える人を見たことがない。
魔法を、あんな風に人を殺すために使うとは考えてもなかった桜華なので、いろいろとショックだった。
(私が死んでいたかもしれない。それに侑斗くんが死んでたかもしれない…。それは嫌だな)
この世界に来て、まだ一週間も経ってないくらいなのに、色んな出来事がありすぎじゃない?
桜華は何とか立ち上がるとソファーに行って座り、カバンをテーブルの上に置いた。
テレビをつけると、もう先程の事件のことがやっている。
置いたときのはずみで、カバンのポケットに入っていたスマホが飛び出したのかテーブルにあるのが見えたので手にした。
「何時だろう」
時計を見ようと画面を開くと、着信15件、メッセージ30件という知らせがあり、桜華は「え?」と固まる。多くない??
『13件の西条龍鵬の着信。あとは東しのぶからの着信になります』
「なんで龍さんたちが」
思いつくのは侑斗の存在。
一番上にあった東に電話をかけると、すぐに出た。
「あ、東さ…」
『無事ですか?お怪我してません?』
心配そうな東に苦笑する。
「はい。大丈夫です」
『南くんにテレビでやってる事件のことを聞いて心配で』
「やっぱり」
思った通り、侑斗が二人に連絡したのだろう。
あまり知られたくはなかった。
『やっぱり?』
「今、スマホみたのですが龍さんの着信数に驚きました」
『ああ、きっと先輩も鏡さんのことが心配だったんですよ』
話を聞いて驚きましたと、東が話していた。
この感じなら、龍鵬も全部知ってるんだろうなと、何故か電話をかけるのが恐ろしいと思ってしまった。
しばらく東と話をしたら、だいぶ落ち着いてきた。
自分が思ってるより気が動転していたのだろう。
「元気でてきました。ありがとうございます」
『それなら良かったです。今度先輩誘ってご飯でも行きましょうか』
「わー、楽しみです」
そんな話をして電話を切った。
今まで、こんなに人の温かさを感じたことはあっただろうかと、どさりと横に倒れてソファーに寝転がった。
『寝たら駄目ですからね』
「わかってるよ」
『そう言ってアナタ何度も』
「眠くないから大丈夫だよ」
いつもそのまま寝てしまってるから、天津が口うるさい母親みたいになってしまっている。ごめんねと心の中で謝ると目を閉じた。
目を閉じると倒れた男の人の姿が頭の中にチラついた。
桜華はガバッと起き上がって、風呂にでも入ろうと浴室に向かって浴槽を洗うと、お湯もためようと壁のスイッチを押した。
すると急に天井から水が降ってきた。
何でそんなところから!?
「つっめたっ…!!!」
止めるためにもう一度ボタンを押して、なんのボタンだったのか良く見てみたら『オーバーヘッドシャワー』と書かれていた。
よく海外ドラマとかホテルで見るやつじゃん!
普段そんなの使わないよ…!!
「あーあ…」
びしょびしょになってしまった服を脱いでタオルを取ろうとしたら棚にひとつもない。
今日は厄日か何かかな??
「洗濯物、外じゃん…」
濡れた服を着直そうかと見たが嫌だった。着にくそうだし、なにより気持ち悪そうだ。
『風邪引きたいのですか?』
天津の呆れた声が聞こえてきた次の瞬間、濡れた髪も身体も瞬時に乾いた。
(なにその魔法!?そんなの使ったことないよ?)
桜華は驚いて乾いた腕を見て触った。
「たまに、あーくんが最強なんじゃないかと思う時があるよ」
『最強ではありません』
「なんでも覚えちゃうじゃん。私にも教えてほしいよ」
『覚えることは可能ですが、アナタの適性は火です』
「適性なんてあるの?」
『はい、あります』
そんなもの初めて聞いた。
今まで何も知らずに、何となくで魔法を使っていたんだなあ。
乾かす魔法は風魔法らしい。
今の桜華は火・水・光魔法は、だいたい使えるとのことだった。使ったことのないものばかりだけど。
『光と闇の属性だけは、どちらかひとつのみ習得可能となっております』
「私は光だから闇は覚えられないってこと?」
『そうなりますね』
でも光魔法を習得したのが今の世界に来た時なので、どんな魔法があるのかは全然知らない。
一気には覚えられる自信はないので、天津に少しずつ教えてもらうことにした。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴る。
こんな遅い時間に誰だろう。
『来客です。西条龍鵬が待っております』
「え?龍さん?あっ、やばい…!」
龍鵬の名前を聞いて、しまった!と焦る。東には電話をしたが、着信が沢山あった龍鵬のほうに電話をしていなかった。
怒っているだろうか。メッセージのほうはまだ確認していないが、通知数がたくさんあった。
全てが龍鵬ではないにしろ、心配かけてしまっただろうなと、慌てて返事をして玄関へ向かいドアに手をかけた。
その瞬間…
『その格好で対応するのはいかがなものかと…』
天津の声が聞こえて、本日二度目の、しまった!だった。
濡れた服を脱いで、いくらキャミソールを着た状態とはいえ下着姿。
「ち、ちょっと待っ…」
ドアを開けかけたところで、着替えてからと思い再び閉めようとしたが、ぬっと伸びてきた龍鵬の手によって凄い力で扉が開かれ、その勢いで倒れかけた桜華の身体は、龍鵬によって強く抱きしめられていた。
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