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四度目の世界
19.
しおりを挟む葵のおかげで女の人の問題は慣れている。
慣れてしまえばキャンキャン吠える彼女たちを(また言ってるよ、この子達…飽きないなあ…)のような生暖かな目で見ることも出来るが、慣れてるとはいえ、面倒な事は嫌いなので巻き込まれたくない。
鋼のメンタルなのかと言われれば、そうでもない。陰口など言われたら傷つくものは傷つくのでやめてもらいたい。
(まさかこの世界でも、こんな体験するとは思わなかった)
目の前に立つはブレザーを着たツインテールの可愛い女子高生。
可愛らしい顔には似合わないキツイ目をして桜華を睨んで見ている。
(平和にと思ったけど、あーくんの言うように本当にフラグが立ってしまった)
はあ…と大袈裟に大きな溜息をつくと、彼女はビクリと肩を震わせ吠える。
「な、なんとか言ったらどうなんですか!」
「…何を?」
買い物に行こうと駅前へ出かけた桜華を待っていたのは彼女だ。
駅前の改札口の辺りで声をかけてきた。
しかも突然『わ、わ、私の彼氏を取らないで!』とは一体どういうことだろうかと、桜華は混乱した。
周囲の視線が痛い。こんな場所で、しかもこんな話題だ。じろじろ見られるに決まっている。
「いきなり誰か知らない人に声をかけられ、君の彼氏が誰なのかもわからず、何を言えばいいのですか?」
「そっ、それはそうだけど…」
このくらいの女の子たちは、後先考えずに感情をぶつけてくるお年頃なのだろう。葵の時もそうだった。
「君の彼氏は誰?」
「南くんよ」
桜華に臆することなく言われて、彼女は戸惑いながら小さく答える。
彼女が女子高生という時点で、ある程度は察していたが、南の名前を聞いて再び溜息が出てしまった。
「どうして私に言いに来たのか、さっぱり心当たりがないんだけど…」
いくら幼馴染だったとはいえ、再開して数日しか経っていない。何故そんな風に思われるのか…
『心当たりはいくつもありますよね』
「え?」
天津が急に話しかけてくるものだから反応してしまった。
「あなたが抱き着いて南くんを困らせてるところを見たって友達がいるんだから!」
そう言われて、あれのことかー!!と額に手をやった。天津があんな反応をしたのも桜華は理解した。
(あれは私が抱きついてるというより、抱きつかれたってほうが正しいよ!?)
南に抱きつかれたのは二度あった。
どっちかの時に、彼女の友達に見られていたんだろう。
噂とは真実とは違い、尾ひれがついて広まるというが…何故そのようになったのだろうかと頭痛がした。
「抱きつかれたけど、別にそんな意味じゃなかったし」
「なっ…」
「やっぱり!あれは南くんなんじゃん!」
「桃の言う通りだったね!」
遠くから様子を見ていたのだろう彼女の友達たちが数名出てきて、彼女を囲み慰めはじめる。
「えっと…?もういい?」
桜華は何を見せられてるんだろうかと思って声をかける。早く買い物を終わらせて帰りたい。
「君、侑斗くんの彼女さんなんでしょ。あ。うん、大丈夫だよ。取るつもりもなければ、あれは再会のハグみたいなものだしね?あ、あん…しん…して…?ねえ、なんでそんな睨んでくるの、侑斗くん」
彼女たちに話している途中で、彼女らの背後に南が近寄ってきたのが見えた。背後に立ち、それを黙って聞いていた南は、みるみる表情が強ばっていく。
南の両隣には男の子二人。南の友達なのか二人とも、おろおろとしながら、それぞれ南の腕と肩を掴んでとめている。
「え?南くん!?」
彼女たちが驚いて振り向く。
それを無視して南が男の子の手を振りほどくと、桜華のほうに来て「大丈夫?」と顔を覗き込んでくる。
そんな南の様子に桜華は声をかける人を間違えてはいないか?と焦った。
「何してるの?」
「買い物行く途中だけど…いや、それより」
彼女なんでしょ?なんとかしないといけないのでは?という意味で南を見つめた。
見つめ返されて、伝わったのか、いつものようにニッコリと笑うと彼女達の方を向いた。
「山下たちは?何してるの?」
「私たちはこの子に…」
「ここのところ、俺に彼女が出来たとか、誰かさんが彼女なのに浮気してるとか、その話と関係あったりする?」
彼女たちは黙ってしまった。
「おかしいな。俺は彼女なんていないはずだけど。なあ?山下?」
「わ、私は」
「里奈は付き合ってるって!」
「俺、断ったのに何で付き合うことになってるの?」
なるほど、そういうことかと桜華は彼女たちを見て苦笑した。
(モテる人も大変だな)
つまり、桜華に話しかけてきた彼女は、先週の間に南に一度告白して振られている。本当の彼女ではない。
しかし、この彼女は振られたというのに、何を考えているのか『付き合いはじめたのよ』と自慢気に友達たちに話していたということだ。
それが噂になって徐々に広まっていたのに、今度は桜華とのハグを見られて、この『彼女がいるのに南は他の女の子と抱き合ってた』という別の噂も週末のうちに広まっていたわけだ。
桜華の存在が邪魔で、確かめようと彼女たちは話しかけてきたのだろう。
「こわ…」
なにこれ。最近の子たち怖すぎでしょ。
思わず声にしてしまい、それが南に聞こえてしまったようだ。そっと頭を撫でられた。
「黙って様子見てたけど、こうやって桜華にまで手を出すなら俺も…」
「ち、違うわ!私はっ…」
「ストップ!私は別に話しかけられただけでなんともないよ」
あのキラキラまぶしい笑顔の南とは違う人なんではないかというくらいに怒気を含んだ声に表情。桜華は、ぎゅっと南の制服の袖の部分を掴んだ。
彼女たちは怯えている。振られたという彼女は今にも泣きそうだ。
改札から出てくる人達の『高校生同士の修羅場?』とコソコソ囁いているのが聞こえてくる。聞き耳のスキルは、こういう時に困る。聞こえてこなくていい余計な音までも拾ってしまう。
「なんともないから。買い物…行ってもいい…?」
これ以上、この場所は嫌だ。
そう言うと彼女たちも周りの目に気付いたのか恥ずかしそうに焦り出す。
「俺も行っていい?」
「いいけど。でも、その…いいの?」
「いいよ。なあ、俺もう行くわ」
「あ、あぁ、わかった。また明日な」
「またな」
男の子たちに声をかけると、南は彼女たちを無視して桜華の手を取ると引っ張ってその場を去ろうとした。
「ちょっ」
いきなり手を繋がれたことに驚いて離れようとするけど、思ったよりも強い力で手が離れなかった。
「手!手!離して!」
「繋ぎたい」
「なっ、また誤解…」
「関係ない」
関係あるよ!!と突っ込みたい気持ちが強かったが、無視された彼女たちのショックを受けた表情が見え何も言えなかった。
「何処に行こうとしてたの?」
「下着と服を買いに行こうかと」
「し、下着…」
着いて行ったとしても、俺、入れなくないか?と南は一瞬思ったが、下着の時だけ外で待ってれば、服は一緒に選べるだろうと何も言わなかった。
「桜華、俺の学校のやつらがごめん」
「ううん、本当に話しかけられただけだから」
あんな感じのやつには慣れてるのと桜華は笑った。むしろ、噂になってごめんねと謝ってくる。
そんな桜華に南は繋いだ手に力が入った。
「慣れてるって何?」
「学校行ってる時、隣の子も侑斗くんみたいにモテモテでね。付き合ってるんじゃないかって間違われて呼び出されたりとか頻繁にあったよ」
「間違われて…?」
「しつこい子がいたら私に逃げてきたり、私を理由に断ったりしてたから。その子たちは誤解したんだよ」
そのおかげで自分は殺された。
さすがにこれは南には言えないけれど。
面倒だねと桜華は俯いた。
『殺気を感知。警戒してください』
天津がそう言う。
桜華も、どこからかわからないけど、ぞわりとする視線を感じ、ガバッと顔を上げて周囲を見る。
突然、キョロキョロしだす桜華を驚いた表情で見て名前を呼んでくる南。
「どこかわかんない」
『人が多すぎて特定できません』
「私か、侑斗くんかどっちだろう」
『女性のものでした。狙われてるのはアナタの可能性のほうが高いです』
女性ということは、さっきの彼女たちだろうか?
今の場所は改札からは離れた場所だし、彼女たちのものではない可能性もある。
「桜華…?」
「あ、ごめん。なんもない」
「何もないってことは無いでしょ…」
大丈夫?と心配そうに見てくる南に、仕方ないなと溜息をついて頷くと本当のことを話す。
「なんかね、見られてた気がしただけだよ」
「ええ?誰に?」
「んー、わかんない…気のせいかも…」
とりあえず、店に行こうかと歩き出した。
その時だ。
背後から、どさりという音がして二人とも振り返る。
「み、見たらダメ!」
切羽詰まった声で繋いだ手が引っ張られ、南は桜華を胸の中に隠すように抱きしめた。
しかし見えてしまった。男性の胸が抉れていて、地面を真っ赤に染めて倒れていた。あの様子では既に死んでいるだろう。
周りの人達のざわめきに悲鳴が聞こえる。
南も見てしまったのだろう。桜華を抱きしめる腕が震えている。
『魔法が使われた模様』
桜華は天津の言葉に頭が真っ白になる。
天津は今なんと言った?
「誰の…?」
『わかりません』
静かに聞くが、求めた答えは得られなかった。
もちろん自分は使っていない。
この世界で魔法を使える存在が他にもいる。
しかも、あの殺気の後だ。
狙いは自分かもしれない。あの男の人は、ただ巻き込まれた可能性のほうが高い。
桜華はきつく目を瞑り、震える南の背中を撫でた。
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