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四度目の世界
15.
しおりを挟む桜華はあんぐりと口を開けて固まった。
固まる桜華の背を押して退けると、早く入れよと部屋の中へと龍鵬が入っていく。東も桜華の横に立ち、驚きの表情を見て満足そうにニコニコ笑顔だ。
「私の部屋が私の部屋じゃない」
「なに寝惚けたこと言ってんだ」
「お気に召しませんでしたか?」
「い、いえ、そんなんじゃなくて…凄すぎて…」
待ち合わせをしていた桜華の部屋に龍鵬と二人で向かい、アパートの前にいた東と合流して部屋に入ったら、一昨日までの部屋とは全然違うことに驚いた。
なんということでしょう。白い壁に、ダンボールとローテーブルくらいしか無かった部屋の中が、東の店でカタログを見たような感じのままのものが部屋に置かれていた。
壁が青っぽくなっているし、ところどころ木の板の壁にもなっている。家具も何もかもお洒落すぎて桜華は「すごい…」しか言葉が出てこなくなっていた。
「一応、壁など諸々のことは大家さんに許可はいただいてあるのでご心配なく」
ものすごく気に入られてしまったのか、大家さんのお宅もお願いされてしまって、俺としては仕事が増えて嬉しいと東は喜んでいた。
「ダンボールはそのままになってますから、それ片付けちゃいましょう」
「あっ、はい」
「触られたくないものなどはありますか?」
「えっと…あの赤い文字のやつ以外は大丈夫です」
あの赤い文字のやつは下着類が入ってるから二人には見せたらダメだ。
ここに向かう途中で龍鵬に言われたのだ。
『洋服とか、まだダンボールの中なんだろ?』
『うん』
『それは絶対お前が自分で片付けろよ?』
そう言われて、え?なんで?って顔をして龍鵬を見たら、大きなため息をつかれた。
『お前…着替えの時もそうだったけど、し、下着とかあるだろう、よ。俺だけじゃなくて、しのぶもいるんだから…』
『量ないですし、そんなの別に気にしな…』
『ちょっとは気にしろって言っただろ!?』
なんかこの前も言われたなあと思いながら、桜華はぷいっとそっぽを向いた。
そんな事があったので、赤い箱を片付けるために持ち上げようと桜華が手を箱に置いたところで、背後から無言で龍鵬が現れたので少しビックリした。そのままその箱を軽々と持ち上げて、ベッド横のキャビネットの前へと運んでくれる。
「あ、ありがとうございます」
「ああ」
昨日の食事前の事があってから、龍鵬は何事もなかったかのように接してきた。だけど必要以上に会話をしようともしないし、無意識だろうけど自分を避けようとしている龍鵬にイラッとした。
「何を考えてるのかわかんない」
『私にはアナタの考えてる事もわかりませんが』
「うるさい」
今は二人がいるのに話しかけてくるなと、あちらに聞こえないように小声で天津に注意した。注意したのに天津はうるさい。昨日もそうだった。料理中ずっと小言だらけだったのだ。
桜華は溜息つくとダンボールの中の最後の洋服をクローゼットにしまう。
作業が終わったので、二人のいる方へと向かうと、東がキッチンで物を棚にしまっていた。龍鵬の姿はない。
「ありがとうございます」
「終わりましたか?俺の方も終わります」
「龍さんは?」
「煙草切らしたとコンビニに行っちゃいましたね。ついでに俺らの飲み物もお願いしときました」
煙草吸うんだなと桜華は首を傾げた。そんな煙草の匂いはしなかった気がするけど…気付かなかっただけだろうか。
「食器などキッチン用品が少なくないですか?」
「それくらいあればいいと思ってたけど…」
「んー、もう少しあったら色々作れますよ」
これもあるし。そう東が指差したのは最新型のオーブンレンジだった。
よく見たら、キッチンにある家電は天津が色々調べてくれたリストの中で一番価格が高めのところにあった物だらけだった。桜華は頬がひくひくして、それを隠すように顔を手で覆った。
「あ、あの…全部でいくらくらい…?」
値段を聞くのが少し怖い…。
龍鵬は、あんな風に言って誤魔化そうとしていたけど、龍鵬がいない今が東に聞くチャンスだと桜華は恐る恐る尋ねた。すると東は困ったような笑顔で桜華を見てくる。
「あれ?先輩から聞いてません?引越し祝いということで、今回費用は鏡さんが気にしなくていいですよ。俺と先輩で支払い済ですので」
「!?」
龍鵬が言っていたアレは冗談とかではなかったのか。
知り合って数日しか経ってないのに、こんな風にしてもらうわけにはいかない。壊した携帯を弁償するとは訳が違う。
「鏡さん」
どうしたらいいのか桜華が暗い表情で俯いていたら、東は作業していた手を止めると、桜華に近寄り、両手で頬を包み込むようにして上を向かせる。
「先輩が誰かを連れて店に来るのは初めてなんです」
「え?」
「それにあの家に泊まらせるということも滅多にありません」
「え…?」
にっこりと笑い、わかりますか?と言い聞かせるように東は桜華に言う。
「どうやら鏡さんは先輩のお気に入りらしいですからね。珍しいものを見せてもらったサービスですよ」
「お気に入りって…」
「それに俺も。鏡さんみたいな可愛らしいお客さんは大歓迎ですから」
パチッとウィンクをする。
どう反応したらいいのか困惑する桜華に東はクスクスと笑って手を離した。
「それでも気になるなら出世払いということでどうでしょう?」
「…出世払い?」
「ええ。インテリアなどで困っている方がいたら、先輩が鏡さんを俺に紹介してくれたように、鏡さんもその人を俺に紹介してくれればいいんです」
宣伝です。それなら出来るでしょ?そう言いながら、ジャケットの内ポケットから名刺を数枚ほど出して桜華に渡した。
手にした名刺を見てから、こくんと頷いた。
「ひとり暮らしは慣れるまで大変かもしれないですが、何か困ったことがあったら俺や先輩に遠慮なく言ってくださいね。力になりますから」
「あ…ありがとうございます…」
「ご両親のものはあちらに置きました。あとで整理してあげてくださいね」
「はい」
部屋の一角に仏壇が用意されていて、位牌や写真、花などが置かれていた。無宗教歴が長い桜華には縁がないもので全然わからないのだが、両親のことを調べてくれたのか、どうやら一式揃っているようだった。
さすがに俺らでは触ることが出来なかったと言われ、置かれていた箱を少し開けて覗くと、両親のアルバムや遺品らしきものが入っていた。
(この世界のお父さんとお母さんのもの…)
桜華にはこの両親と過した時の記憶が全くない。楽しそうに遊ぶ親子三人の写真を見て胸が苦しくなる。
今にも泣きそうな桜華が心配で、東が手を伸ばした時、ガチャっと玄関の扉が開いた。
「こんにちはー!」
元気で明るい声が部屋に響いた。
その声にビクッとして玄関のほうを見れば、やっほー!と手を振って挨拶する南と、疲れきった表情で玄関の扉にもたれて寄りかかる龍鵬がいた。
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