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四度目の世界
13.
しおりを挟む目覚めたら龍鵬の腕の中でもなく、ソファーの上でもなく、客室らしき部屋のベッドの上だった。
(ふっわふわ!なんだこの布団…家のあるやつと全然違う…)
もふもふと枕の柔らかさを堪能しつつ、ふと横を見ると、サイドテーブルの上にはメモと鍵が置かれていた。桜華はそれを覗き込んだ。
『ずいぶんとぐっすりだったな。悪いが急用で出かける。夕方までには戻ると思うから自由に過ごしてくれ』
桜華は鍵とメモを見つめて顔を顰めた。まだ出会って間もない相手に鍵を渡すとか不用心すぎやしませんか?信用されているんだと思うと嬉しいけれど、複雑だなあと桜華は溜息をついた。
「今は何時だろう」
『午前11時半です』
「うわ、どんだけ寝たの…」
『西条龍鵬が出かける時に、何度かアナタに声をかけていましたが起きませんでした』
敵がいない世界だからといい、この世界にきてから寝坊は何度もするし、少し寝すぎじゃないだろうか?龍鵬が声をかけてくれたのにも全然気付けなかったのかと、桜華は肩を落とした。
「悪い事しちゃったなあ…龍さんも朝まで寝てたの?」
『午前0時に起床。アナタを寝かせてから電話をかけ直し、すぐ出かけました』
「そっか。少しでも休めたようでよかった」
夜中に出かけるなんて、よほど大事な用事だったのだろうか?
桜華はとりあえず身支度をしてから、龍鵬が用意してくれたのであろうお弁当がリビングのテーブルにあったので食べた。
ソファーに座って、今日はどうしようかと考える。
「どうしようかな…」
他人の家にひとりでいるのは落ち着かない。
立ち上がってキッチンの冷蔵庫を開けたら、お酒とミネラルウォーターしか入っていなかった。
「なにか作ってあげようかな」
冷蔵庫の中に食材らしきものが全くないということは、普段は外食ばかりしてるのだろう。
棚を確認したら、お鍋とフライパンあるし、お皿もある。材料と調味料さえあれば、簡単なものを作れるだろう。
「この辺りで買い物できるところある?」
『八百屋が近いです』
「オレンジくれたおじさんのところか。あの商店街で揃えられるかな。行ってみよう」
桜華は鍵とカバンを持つと、しっかり戸締りしてあるかよく確認をしてから出かけた。
一応、龍さんにも『買い物に行く』とメッセージを送ると、すぐに『気をつけろよ』と一言だけ返事が返ってきた。
八百屋に寄る前に駅前を散策して、あとは八百屋で野菜を買い、その近くにあった肉屋で肉を手に入れた。どちらの店も、優しく気さくなおばさんで、桜華が一人暮らしをしていると知ると、野菜や肉を少し多めに入れてくれた。
「買いすぎかな。結構重い…」
根菜ばかり買ったので腕がしんどい。袋を地面に置いて一休みしていたら、背後から突然肩を叩かれて、びっくりして一歩後退って振り返ると、そこにはにっこり笑顔のお兄さんが立っていた。
「こんにちはー!」
「!?」
「あ、ピザ届けた者です!っても覚えてないか…」
「いや、はい。覚えてます」
元気よく挨拶される。
よく見たらピザを届けてくれた時に小銭落としてたお兄さんだった。
しゅんと眉毛を垂れ下げた表情をされてしまい、桜華は慌てた。
「大喧嘩あった時のお客さんだって思わず声かけちゃったんですよね。俺の知り合いに似てるから覚えてたんだ。不審者みたいになってごめんなさい」
ナンパとかじゃないから!と手を合わせてすまなそうにするお兄さんに、桜華は大丈夫ですと頷いた。それを見たお兄さんは、ぱあっと表情を輝かせてから安心したように笑った。
(ま、まぶし…)
届けに来た時も思ったが明るい人だな。太陽みたいな人。龍鵬が大型犬なら、このお兄さんは小型犬のようだと桜華は考えた。
「それ買い物したんです?」
「あ、夜ご飯です」
「重そうだね。家まで持ちましょーか?」
あのアパートなら少し歩くだろうし。そう言って袋を持とうとしてくれたので、桜華は首を振った。
「友達の家に行く途中なので…」
「彼氏さん?」
「いや、違っ」
「そうなんだ、良かった」
「え?」
「今日はバイトないし、どうせ暇だから送っていきます」
にっこり笑って、地面に置いてあった袋をふたつも持ってくれる。この調子だと断れなさそうだ。桜華は「ありがとうございます」とお兄さんにお礼を言った。
「俺は南。南侑斗っていうんだ。鏡さんはいくつ?」
「名前…」
なぜ知ってるんだろう?と首を傾げたら、南はピザ届けたからと笑った。そういえばそうだった。
「私は17です」
「同じだ。タメ口でもいいです?俺にもそうして」
「う、うん」
袋をふたつ持ってくれたので、だいぶ楽になった。桜華と南は、たわいも無い話をしながら龍鵬の家に向かって歩く。
南はこの近くの学校に通っているらしく、学校帰りにあのピザ屋でバイトをしているのだと言っていた。
「俺の友達だった人に鏡さんが似ているんだ」
「私に?」
「うん。その子は小学校の時に引っ越したから、もう何年も会ってないけどね。届けに行った時、鏡さんがその子に似てて、すごいビックリした」
ここに来る前の記憶がない。もしかしたら自分がその南が言う友達なのかもしれないという事に少し不安になる。
「あーくん」
南には聞こえないよう天津に声をかけた。天津は桜華が聞きたいことを理解したのか、いつもと変わらぬ素早さで答えてくれる。
『アナタの以前のデータを調べたところ、南侑斗の母親がアナタの母親の友人だった可能性ありますので、南侑斗にも会っていたかもしれません』
(マジかあー!これアウトじゃん。そんな記憶は全くないよ)
前の時は必要な記憶がある状態だったりしたが、今回はない。南に無理に話を合わせることも出来なくはないが、どこかでボロが出そうで危険だ。
「た、たぶん私かも…?前にこの辺りに住んでたみたいだから。でも高熱が出たことがあって、その時から小さい時の記憶とか曖昧なんだ…覚えてなくてごめんね…」
「そっか」
思いつきで誤魔化してはみるが、なんだか申し訳なくて桜華が謝ると、南は桜華の顔をじっと見つめて寂しそうな顔で笑った。その顔を見て胸が痛む。
「ねえ、本は好き?」
「本?好きだよ」
「ならさ、今度、本が沢山ある場所があるんだ。連れてってあげるよ。思い出すかもしれない」
「図書館?」
「違うけどそんな感じの所かな。よく行ってたよ」
「わあ、楽しみ」
本は昔から読むのが好きだった。
三度目の世界では、本は存在していたけど手に入れるのは難しいもので、あまり読む機会がなかった。読書なんて久しぶりだ。素直に嬉しい。
今度の休みに行こうかと約束をして、細かいことは後で決めようとメッセージアプリのIDを交換した。
この世界に来てから登録者が二人目。天津をいれたら三人目だけど…天津はひとりと数えていいものなのか迷うところだ。
「春菜さんは元気?」
「この間、母と父が事故で亡くなって」
「えっ!?」
桜華の言葉に驚いて立ち止まる南。
当たり前だけど母親の名前も知ってるんだなあ…と、桜華も立ち止まって顔を顰めて桜華を見てくる南に苦笑した。
「き、恭介さんも?じゃあ、今は…」
「うん、あそこの家に引っ越してきたばかり。一人暮らしだよ」
初日にデータを見た時、親戚関係はいないようだったので楽だったのを思い出す。
南は黙ったまま袋を下に置いたかと思えば、ガバッと勢いよく抱きついてきて、桜華は驚いて持っていた袋を落としそうになった。
「南くん!?」
「なんて言えばいいかわからなくて…ごめん…」
「い、いや、うん、大丈夫。大丈夫だけど」
マンションの前だから、人がいるので離れて欲しい。ああ、ほら。おばさん達が「青春ねえ」と勘違いして生暖かい目でチラチラ見てきてるから早く離れて欲しい!と桜華は恥ずかしくて泣きそうになった。
「み、南くん…離して…?」
「あ、ごめん」
南は顔を真っ赤にしながら離れていき、再び袋を持つと、複雑そうな顔で私を見てくる。
「今度、お線香あげたい」
「うん。まだ片付いてないから、それが終わってからでもよければ」
「そうだね。俺でよければ困ったことあれば手伝うからなんでも言って」
「あ、ありがとう」
またあの明るい笑顔の南になり、桜華は内心ほっとした。
南も龍鵬も、出会う人達みんな優しくしてくれて、桜華は胸の中が温かくなる。三度目の世界の街の人達もそうだった。
始まりの世界、一度目と二度目の世界ではこういう人達には、あまり出会えなかった。
「ここだから」
「じゃあ、また後で連絡するよ」
「うん、わかった。ありが…」
「桜華?」
お礼を言い終わる前に、背後から呼ばれたので振り返ったらスーツ姿の龍鵬が立っていた。
「龍さん」
「よう。トモダチか?」
「うん。買いすぎて荷物が重くて困ってたら助けてくれたの」
「呼び出せばいいだろ」
まだスマホ使えないと言ったら、そうだったなと龍鵬は近寄ってくる。桜華が持つ袋を「持つぞ」と奪い、もう片手のほうを南の方に伸ばした。
「ありがとな。困ってる女を助けるなんていい男だな」
「ッッ…!!」
もしかしたら怖がるかもしれない。そう思って桜華は南のほうを見ると、桜華が心配するようなことはなさそうだ。南の龍鵬のことを見る目が輝いていた。
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