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四度目の世界

11.

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 本を読むのが好きだった。いろんな物語があるのが好きだった。

「桜華は願い事が一つだけ叶うなら何を願う?」

 そう聞かれたのは何時だっただろう。一度目の時だったか、はじまりの時だったか。
 桜華は読んでいた本を見つめて、そっと触れる。

「この主人公達のようになりたい」

 たとえばこの主人公のように…勇者になって冒険がしたい。色んな景色を見て旅がしたい。素敵な人に出会って愛し、愛されたい。困ってる人を救うヒーローになりたい。色んな知識を得て研究に没頭したり。
 たぶん、あげたらキリがないねと笑った。

「欲張りすぎじゃない?」
「えー?そうかな?」
「ひとつだけだよ?」
「全部含まれてんじゃん」
「ずっる!」

 聞いてきた男の子は窓際の壁に寄りかって座ると顔を顰めて桜華を見てきた。そんな男の子の隣に桜華も座った。

「でもそうだなぁ。色んな世界に行きたいかな。そしたら全部叶うじゃん」
「じゃあ、俺はお前と一緒に着いていくよ。ひとりじゃ心配だから」
「どこに?」
「どこにでも」

 小指と小指を絡ませて、にっこり笑いあって。本に囲まれた秘密基地で小さな約束をした。
 懐かしい、懐かしい、小さな記憶の欠片。

 ピンポーン。

 玄関のチャイムの音が聞こえる。
 なんだろう。懐かしい夢を見てた気がする。

『来客です。西条龍鵬が外で待っています』

 天津が何か言ってる。

『桜華』

 うるさいなあ。ホントお母さんみたい。
 桜花は布団を頭まで被って体を丸めた。
 もうちょっとあの懐かしい夢を見ていたかったかもしれない。

『困った子だ…ここまで寝起きが悪いとは…』

 ピンポーン。

 もう一度チャイムが鳴ったところで意識が覚醒して飛び起きた。携帯の時計を見たら10時を過ぎたところだった。

(やっばい。また寝坊した!!)

 桜華は青ざめた顔でベッドから降りる。

「はーい!」

 大声で返事をして、パジャマのままだけど慌てて玄関に向かってドアを開けたら、驚いた表情した龍鵬が立っていた。

「やっぱ寝てたのか」

 桜華は龍鵬を見て固まった。
 昨日は黒スーツにサングラスだったけれど、今日は普通にシンプルなシャツにボトムなカジュアルコーデ。サングラスしてるけど、よく街にいるカッコイイお兄さんって感じで似合っていて驚いた。

「桜華?まだ寝ぼけてんのか?」
「ううん。龍さんがカッコイイから見惚れてた」
「ばっ…馬鹿なこと言ってないで顔洗ってこい。飯買ってきたから一緒に食おうぜ」
「本当なのに」

 照れながらサングラスをとると胸ポケットにしまい、中に入るぞと桜華を押しのけて部屋に入っていく。

(龍さんの目、やっぱりキレイ。サングラスで隠しちゃうのもったいないな)

 キッチンの流し台に持ってきた袋を置いて、中から紙に包まれたものを取り出している。パンの良い匂いがしてくる。その匂いで余計にお腹空いてきた。さっさと顔を洗ってこよう!と桜華は洗面台のほうに向かった。

「なんだお前、ひとりでピザ食ってたのかよ」
「んん、んんんー!」
「何言ってるのかわかんねぇよ」

 顔洗ってる時に喋れない。洗い終わってから脱衣所で着替えた。
 部屋に服を取りに戻り、その場で着替えようとした桜華を慌てて龍鵬が服一緒に桜華を掴むと脱衣所に押し込んだ。

「お前バカだろ…」
「別に気にしないのに」
「女なんだから、ちょっとは気にしろ!?」

 桜華が着替えてる間に、龍鵬がお湯を沸かしてカフェオレを入れてくれたようだ。
 駅前にあるパン屋のハムサンドが有名で美味しいらしい。
 桜華は「いただきます」と手を合わせてからハムサンドにかぶりついた。からしマヨがきいてて美味しい。他のも美味しいものが売ってるらしいので今度行ってみることにした。

「あ、龍さん」
「なんだ?」
「おはようございます。遅刻してすみません」
「ん、おはよう」

 龍鵬が手を伸ばしてきて「ついてるぞ」とティッシュで口を拭いてくれた。この感じは…なんだろう。面倒見が良すぎないかな?と桜華は苦笑する。

「ピザ食べてもいいですよってさっき言ったの」
「なんで一人なのにデカイの頼むんだよ」
「久しぶりに、どっちも食べたかったんだもん」
「温めできねーのに」
「あっ、そうか」

 龍鵬がいたらウォームが使えないことに気付く。
 レンジないのは部屋を見たらすぐにわかるし、こっそり魔法を使うにしろ、天津に頼むにしろ、なんで急にピザが温まってんのかと怪しまれそうだ。

「帰ったら食べる」
「レンジ優先だな」
「今日どこに行くんですか?駅の近くにあった電気屋さん?」
「後輩がやってる店」
「昨日のお店は…」
「あれは昔に世話になった人の店」

 近所の情報も詳しかったし、龍鵬は顔が広そうだ。

「インテリアコーディネーターをやってるやつがいる。そいつは仕事もはやい。カタログから好みなの探せば数日で全部やってくれるぜ。ここまで何もないならその方が揃えるの楽だろ」
「わあ…素敵です…」

 思ってたのと違う小洒落た職業が出てきて驚いた。あとでそいつに見せるから、スマホで部屋全体の写真を撮れと言われたので頷いた。

 朝ご飯も食べ終わり、天津が調べてくれた各サイズをメモして、写真もバッチリ撮った。
 そろそろ出かけようと部屋を出発したのは正午過ぎる頃になってしまっていた。寝坊してしまって申し訳ないなと桜華は溜息をついた。

「桜華、先に出とくぞ。戸締りしっかりしろよ」
「はい」

 龍鵬も天津と同じで母のようなことを言う。
 ちゃんとチェックをしてから外に出ようとドアを開いた時に、隣の部屋の北野も丁度出かけるのか桜華と目が合った。
 今日も北野はイケメンだ。
 トレンチコートを羽織り、髪型もぴちっとセットされてて、まるでホストのようだ。にっこりと笑って話しかけてきた。

「こんにちは。君もお出かけかな?」
「北野さん、こんにちは。買い物に行くところです」        
「…彼氏と?」

 ちょっと離れた場所で、手すりに肘をついて景色を眺めてる龍鵬をちらりと視線を送り尋ねてくる。

「え?違います。あんな素敵な方が彼氏とか…私にはもったいないですし」
「はは!君、面白いね。昨日はうるさくてごめんね」
「いいえ。お怪我はありませんでしたか?」
「うん、平気だよ」
「じ、じゃあ、待たせてるので」
「気をつけて行ってらっしゃい」

 ペコッとお辞儀をして鍵をかけると、龍鵬のほうへ小走りで向かう。

「お待たせしました」
「行くか」
「はい!」

 なんとなくだけど、北野さんは苦手だ。
 話していると幼馴染だった男、葵のことを思い出す。
 隣の家に住み、母親同士が同い年で、桜華と葵も同い年。しかも子供たちの誕生日が近いため、会う機会も多かった。自然と親同士が仲良しになっていった。
 しかし、桜華と葵は仲が良いというわけではなかった。
 葵は小さい頃から我が強くて、気の弱かった桜華を下僕かなにかだと勘違いしているのか、よくいじめて泣かせて…。なので桜華は出来るなら関わりたくなかった。
 少し成長して学生になってからも、北野のように葵も毎日違う女子を連れ歩いて、しつこい女子がいたら桜華と約束があるからとか何とか言って、断るダシにされ、女子達の嫉妬の目やら嫌がらせが絶えない日々だった。
 挙句の果てには、その女子のひとりであった葵の彼女に突き落とされ、出来るだけ二人に近寄らず過ごせば、今度は葵に突き刺されて殺された。あんな散々な目にあった一度目と二度目。思い出したくもないと桜華はきつく目を閉じて、ぶるりと震えた体を抱きしめた。

 北野さんには悪いけども、視線が合うだけで、あの時、あいつの笑っていたあの目が思い浮かんでしまい、全身にぞわぞわとしたものが走る。

「桜華?」
「…あっ、えっ」
「大丈夫か?」

 俯いて地面を眺めながら歩いていたら、龍鵬に声をかけられてハッと視線をあげて顔を見ると、心配そうに桜華を見ていた。桜華は慌てて頷いた。

「大丈夫。大丈夫ですよ。ぼーっとしてました」
「まだ眠いのか?」
「うーん、そうなのかも」

 龍鵬は額にデコピンをして、「ちゃんと寝ないと大きくなれないぞ」と桜華の手を掴んで引き寄せると、そのまま繋いで歩き出した。
 口を拭かれた時も思ったけれど、やっぱり龍鵬は子供扱いしすぎじゃないか?と桜華は不満に感じ、頬を膨らませる。

「あっちの信号渡った先だ。ほら、行くぞ」

 ぐいぐい先に歩いていく龍鵬の耳が少し赤い。完全には子供扱いされてるわけではなさそうだ。

(手を繋ぐのも照れるのかぁ…可愛すぎでしょ…)

 桜華は龍鵬の手をぎゅっと握って、にんまり笑うと横に並んで歩いた。デコピンされた額は痛かったけれど、照れている龍鵬を見たら痛さも不満も何処かに吹っ飛んでいった。


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