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四度目の世界

6.

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 桜が満開の中、ぼんやりと立っている。四度目の世界で目覚めた森林公園に似た場所だが違うようだ。
 目の前には白と赤の着物を着て、長い白髪をひとつに束ねた男が立っていて、悲しそうな目で自分を見つめている。なんでそんな目で見てくるのだろうと問おうとしたけど、声がうまく出なくて首を傾げた。
 男は「すまない」と一言謝ると桜華の頭を撫でた。
 聞き覚えのある声だった。
 何かを喋っているけれど、その声は自分には聞こえない。話しかけようとしても喋れない。もどかしさと悔しさで勝手に涙がこぼれてくる。

「泣かないで。アナタの笑った顔のほうが好きだ」

 指先で涙をぬぐわれ、そう言われる。

 ハッと目が覚めたら朝だった。
 なんか夢を見ていた気がするけれど、はっきりと思い出せない。
 携帯の画面を見たら10時を過ぎていた。

「すっごい寝た!寝すぎでしょ!お腹空いてる!」

 夜も食べず寝てしまったからか、お腹がぐーぐーと鳴っている。

「あっ…レンジないじゃん。温められない」
『魔法を使えば良いかと』
「え、あ、そうか。機械さん喋れるんだった」

 突然、声が聞こえてきて驚いてしまった。

「魔法使っても家は燃えない?」
『ファイヤーウォールでも使う気ですか?』
「いや、流石に火の海にはしないけども」

 ファイヤーウォールは名前の通り、詠唱者の周囲を火の壁で囲む魔法だ。

『弁当を持った状態でウォームを使えば温めることが出来るかと』
「なにそれ。使ったことないよ?」
『使用可能です』
「…ウォーム!」

 言われた通りに弁当を持ち、ふわっと温めるイメージで魔法を使ってみた。ほんのり温かくなっている。どうやら成功したらしい。

「やった!いただきまーす」
『食事前に手洗いうがいをした方が良いかと』

 そう言えば昨日帰ってきてそのままだったのを思い出して、箸を置いて洗面台へと向かって手を洗う。ついでに顔も洗ってスッキリ。
 腹が減っては戦ができぬ。これからどうするか考えようと思っても何も浮かばない。いや、お腹いっぱいだとしても何も思い浮かばなそうだけど。桜華は、もぐもぐと食べながら考えてみるけども、どうしたらいいのかさっぱりだった。

「どうして私、死なないんだろう」
『……』
「ねえ、機械さん。なんで私ここに来たのかわかる?」
『わかりません』

 いつもの返答に苦笑した。

「機械さんって呼んでるけど名前あるの?」
『わかりません』
「え?わからないの?困らない?」
『困りませんね』
「んー。んんんー。じゃあ、私が名前つけてもいいの?」
『アナタのお好きに』

 ぱあ!っと顔を輝かせて何にしようかと考える。
 こういう名前を考えるのってわくわくするよね。

「じゃあポチ」
『却下です』
「お好きにって言ったじゃん」

 口を尖らせて考える。
 機械さんって呼ぶのに慣れてしまったけれど、会話も出来るとわかったことだし、きっと名前で呼ぶ方が仲良く出来るだろう。
 テーブルの上にあったメモ用紙に色んな名前を書きなぐっていく。その中で気に入ったものにまるをして頷いた。

「あまつ。うん、天と津って書いて天津。男の人の声だし、あーくんだね。これで決定!」
『何故そのような名前にしようとしたのですか?』
「んー、なんとなく?思いつき?響きがいいじゃん。天の声!神様みたい!」
『…そうですか』
「これからの事、考えたってわからないや。とりあえずこの暮らしを何とかしないと。今日も買い物かなあ」

 ご馳走様でした。そう手を合わせて立ち上がると空箱をゴミ箱へと捨てた。

「あーくん、外で会話するのは変な目で見られるから、携帯で会話出来たりしないの?このメッセージアプリみたいに」

 メニュー開くのも、他の人には見えないものだから人がいるところでは操作することは出来ない。
 天津と会話するのも同じだ。
 昨日、外に出てわかったことは、天津の声は他の人には聞こえないため、一人で話しているとジロジロと見られる。携帯片手にイヤホンでもしておけばハンズフリー通話に見れるかもしれないが、それはそれで面倒だ。
 それに文字であれば、昨日の店員いらずの長い説明を聞いてぐったりすることもないだろう。

『可能です』

 ピローンと携帯が鳴り、画面を見ると、メニューアイコンに狐のマークのアプリが追加されていた。
 なにこれ可愛い。
 天津が考えたのだろうか?元々あったもの?

『外出中はこのアプリでやり取りすることが可能です』
「話せる時は話しかけるね」
『わかりました』

 着替えたら、買い物に行こうかな。着るものも少ない。ついでに買ってこよう。
 ぐっすり寝たからか、体がいつも以上に軽かった。
 この調子なら買い物は今日終わらせられるかもしれないと張り切って家を出た。
 しかし、三度も不幸続きの人生だ。そう上手くはいかない。

「あ、あ、あぁぁぁあ~!携帯があ…!」

 道路に落ちて粉々になった携帯を、どうもすることもできず涙目で見つめた。


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