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その勇者の名は
ep.2 ただし条件がある
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刻々と時間が過ぎて辺りの家から暖色の明かりが漏れ始めた頃、腰を下ろして休憩していた2人のもとに年端もいかない子供たちが現れた。
「あれ、お姉ちゃんたちは誰? お兄ちゃんの知り合い?」
「お兄ちゃんというのはセンリさんのことですか?」
「へへ、そうだよー!」
エスカの問いに横から男の子が答えた。
「ふふ、答えてくれてありがとう。私はエスカと言います。センリさんに会いにきたのですが、なかなか会ってくれなくて……。あなたたちはどうしてここに?」
「今日はセンリ兄ちゃんの家にお泊りの日だから!」
「……お泊り?」
「神父様が忙しい時はね、センリお兄ちゃんの家に行くことになってるんだ!」
「……そうなんですね」
エスカとオルベールは彼らが教会の子供たちだということをようやく理解した。
「ただいまー!」
子供の1人が元気よく玄関の扉を開けて中に入っていった。それに続くように他の子どもたちも中に入っていく。
「お姉ちゃんたちも行こうっ」
「えっ、ですが……」
女の子に手を引かれてエスカは家の中に入った。オルベールは辺りを見回してから中に入った。
子供たちに連れられて2人は台所までやってきた。そこには調理中のセンリがいた。
「どうしてここにお前たちがいる」
「ごめんなさい。すぐに出ていきます」
エスカは慌てて帰ろうとした。ここまで彼女を連れてきた女の子は帰らないでと言わんばかりにエスカの服の裾をぎゅっと引っ張った。
「どうして駄目なの? お姉ちゃんたちも一緒がいいよ」
女の子は悲しそうな顏でセンリに言った。すると他の子供たちも彼女たちと一緒がいいと言い始めた。
それを見てセンリは「……勝手にしろ」と呟き調理を再開した。
子供たちはわっと喜んで珍しい来訪者に群がり質問攻めした。エスカはできるだけセンリを刺激しないように小さな声で一つ一つ答えていった。オルベールは部屋の隅に立ってその様子を見守っていた。
###
夕飯ができたとセンリが伝えると子供たちは椅子に座った。テーブルの上には人数分の皿が置かれていた。エスカとオルベールの分も含まれている。
「……よいのですか?」
エスカは恐る恐る聞いた。センリは何も答えず席に着いた。沈黙が答えだと受け取りエスカとオルベールは椅子に座った。
今日の夕飯は野菜たっぷりのシチューだった。それを見てエスカはふとあることを思いついた。
「オルベール、あれを使いましょう」
「御意」
即座に理解してオルベールは袋から大量のパンを取りだして食卓に置いた。子供たちは嬉しそうに笑みをこぼした。
「合わせたらきっともっと美味しくなります」
子供たちはエスカに向かって口々に感謝を口にした。センリは無表情のまま子供たちの顔を見ていた。
###
夕飯を食べ終わって満足した子供たちはセンリに言われて2階に上がった。2階には客室がありそこを子供たちが使うのだ。
子供たちを見送ったセンリは夕飯の後片付けを始めた。エスカは何も言われなくても無視されても率先してそれを手伝った。オルベールというと、エスカに全て私がやると言われたせいで見守ることしかできなかった。
「……ふぅ、終わりましたね」
綺麗に片付いて満足そうなエスカ。センリはどこからともなく巻き煙草を手に持ってきた。それから窓を開けて煙草を吸い始めた。口から吐きだされる白煙は夜の闇にふっと消えていく。
「あの、私たちは帰りますね。夕食ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
エスカたちがそう言い残して帰ろうとするとセンリが「待てよ」と呼び止めた。
「どうせお前たちずっと家の前に居座るんだろう?」
「……それは、その、はい……。お話を聞いていただけるまでは……」
「部屋で話を聞いてやる。ただしお前1人で来い」
「……分かりました」
エスカはオルベールに視線を送り、センリの後についていった。
センリの部屋は1階の奥にあった。そこは元々部屋ではなく物置部屋だった。そのためあちらこちらに改装した跡が残っていた。部屋は本で溢れていてその多くは魔術書や歴史書。机の上には勉強した痕跡があった。
「本がお好きなんですね。私も本は」
言い終える前にセンリがエスカの喉元を掴んでそのまま壁に打ちつけた。突然のことにエスカは全く反応できず打ちつけられた衝撃で咳込んだ。
「アガスティア王国の王女様がよく俺に面を見せられたな。その意味分かってるのか」
憎しみのこもった低い声。
アガスティア王国は先の大戦で人間側として主導した国であり、七賢者の長が住んでいた国でもある。そして勇者の一族を追放した事件の中心にいた国でもあった。
「……それは重々承知しております。私たちがあなたの一族にしたことは幾万回謝ろうとも決して許されぬ罪」
「だったらなぜここに来た」
「あなたにしかできないことをお願いしにきました」
「俺にしかできないだと……?」
「はい。私たちの国、いえ、世界に再び魔族の脅威が訪れようとしています。それを止めるためにはどうしてもあなたの力が」
「ふざけるなッ! !」
センリは目を見開いて声を荒らげた。そして喉元を掴んだままエスカを横に投げ飛ばした。エスカは音を立てて床に倒れ込んだ。
「力を貸せだと? どの口がほざく」
蘇る過去の記憶。先祖だけでなく彼はアガスティアから訪れたという者に家族も奪われていた。そこからはたった独りで地べたを這いつくばるような地獄を経験し、ようやく安住の場所を見つけた。それなのに。
「……お怒りはご尤もです。私たちはあなたたちの力を借りて……裏切った。そして再びあなたの力を頼りにしようとしている。けれど私たちにはそれしか術がないのです」
「知るか。勝手に滅びろ」
「お願いします……! どうか、どうか……!」
エスカはセンリに縋りつきながら懇願した。
「離れろッ!」
センリはエスカを無理やり引き剥がした。だがしかしエスカは諦めずに何度も何度も縋りついて懇願した。そうするとふとセンリの動きが止まった。エスカが見上げるとそこには冷酷な顔があった。
「分かった。聞いてやるよ」
その言葉を聞いた瞬間、エスカはパッと顔を明るくして立ち上がった。が、その明るさはすぐに消え失せることとなる。
「ただし条件がある。国王に会わせろ」
「父上に……ですか?」
「ああ。会ってぶっ殺してやる」
「あれ、お姉ちゃんたちは誰? お兄ちゃんの知り合い?」
「お兄ちゃんというのはセンリさんのことですか?」
「へへ、そうだよー!」
エスカの問いに横から男の子が答えた。
「ふふ、答えてくれてありがとう。私はエスカと言います。センリさんに会いにきたのですが、なかなか会ってくれなくて……。あなたたちはどうしてここに?」
「今日はセンリ兄ちゃんの家にお泊りの日だから!」
「……お泊り?」
「神父様が忙しい時はね、センリお兄ちゃんの家に行くことになってるんだ!」
「……そうなんですね」
エスカとオルベールは彼らが教会の子供たちだということをようやく理解した。
「ただいまー!」
子供の1人が元気よく玄関の扉を開けて中に入っていった。それに続くように他の子どもたちも中に入っていく。
「お姉ちゃんたちも行こうっ」
「えっ、ですが……」
女の子に手を引かれてエスカは家の中に入った。オルベールは辺りを見回してから中に入った。
子供たちに連れられて2人は台所までやってきた。そこには調理中のセンリがいた。
「どうしてここにお前たちがいる」
「ごめんなさい。すぐに出ていきます」
エスカは慌てて帰ろうとした。ここまで彼女を連れてきた女の子は帰らないでと言わんばかりにエスカの服の裾をぎゅっと引っ張った。
「どうして駄目なの? お姉ちゃんたちも一緒がいいよ」
女の子は悲しそうな顏でセンリに言った。すると他の子供たちも彼女たちと一緒がいいと言い始めた。
それを見てセンリは「……勝手にしろ」と呟き調理を再開した。
子供たちはわっと喜んで珍しい来訪者に群がり質問攻めした。エスカはできるだけセンリを刺激しないように小さな声で一つ一つ答えていった。オルベールは部屋の隅に立ってその様子を見守っていた。
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夕飯ができたとセンリが伝えると子供たちは椅子に座った。テーブルの上には人数分の皿が置かれていた。エスカとオルベールの分も含まれている。
「……よいのですか?」
エスカは恐る恐る聞いた。センリは何も答えず席に着いた。沈黙が答えだと受け取りエスカとオルベールは椅子に座った。
今日の夕飯は野菜たっぷりのシチューだった。それを見てエスカはふとあることを思いついた。
「オルベール、あれを使いましょう」
「御意」
即座に理解してオルベールは袋から大量のパンを取りだして食卓に置いた。子供たちは嬉しそうに笑みをこぼした。
「合わせたらきっともっと美味しくなります」
子供たちはエスカに向かって口々に感謝を口にした。センリは無表情のまま子供たちの顔を見ていた。
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夕飯を食べ終わって満足した子供たちはセンリに言われて2階に上がった。2階には客室がありそこを子供たちが使うのだ。
子供たちを見送ったセンリは夕飯の後片付けを始めた。エスカは何も言われなくても無視されても率先してそれを手伝った。オルベールというと、エスカに全て私がやると言われたせいで見守ることしかできなかった。
「……ふぅ、終わりましたね」
綺麗に片付いて満足そうなエスカ。センリはどこからともなく巻き煙草を手に持ってきた。それから窓を開けて煙草を吸い始めた。口から吐きだされる白煙は夜の闇にふっと消えていく。
「あの、私たちは帰りますね。夕食ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
エスカたちがそう言い残して帰ろうとするとセンリが「待てよ」と呼び止めた。
「どうせお前たちずっと家の前に居座るんだろう?」
「……それは、その、はい……。お話を聞いていただけるまでは……」
「部屋で話を聞いてやる。ただしお前1人で来い」
「……分かりました」
エスカはオルベールに視線を送り、センリの後についていった。
センリの部屋は1階の奥にあった。そこは元々部屋ではなく物置部屋だった。そのためあちらこちらに改装した跡が残っていた。部屋は本で溢れていてその多くは魔術書や歴史書。机の上には勉強した痕跡があった。
「本がお好きなんですね。私も本は」
言い終える前にセンリがエスカの喉元を掴んでそのまま壁に打ちつけた。突然のことにエスカは全く反応できず打ちつけられた衝撃で咳込んだ。
「アガスティア王国の王女様がよく俺に面を見せられたな。その意味分かってるのか」
憎しみのこもった低い声。
アガスティア王国は先の大戦で人間側として主導した国であり、七賢者の長が住んでいた国でもある。そして勇者の一族を追放した事件の中心にいた国でもあった。
「……それは重々承知しております。私たちがあなたの一族にしたことは幾万回謝ろうとも決して許されぬ罪」
「だったらなぜここに来た」
「あなたにしかできないことをお願いしにきました」
「俺にしかできないだと……?」
「はい。私たちの国、いえ、世界に再び魔族の脅威が訪れようとしています。それを止めるためにはどうしてもあなたの力が」
「ふざけるなッ! !」
センリは目を見開いて声を荒らげた。そして喉元を掴んだままエスカを横に投げ飛ばした。エスカは音を立てて床に倒れ込んだ。
「力を貸せだと? どの口がほざく」
蘇る過去の記憶。先祖だけでなく彼はアガスティアから訪れたという者に家族も奪われていた。そこからはたった独りで地べたを這いつくばるような地獄を経験し、ようやく安住の場所を見つけた。それなのに。
「……お怒りはご尤もです。私たちはあなたたちの力を借りて……裏切った。そして再びあなたの力を頼りにしようとしている。けれど私たちにはそれしか術がないのです」
「知るか。勝手に滅びろ」
「お願いします……! どうか、どうか……!」
エスカはセンリに縋りつきながら懇願した。
「離れろッ!」
センリはエスカを無理やり引き剥がした。だがしかしエスカは諦めずに何度も何度も縋りついて懇願した。そうするとふとセンリの動きが止まった。エスカが見上げるとそこには冷酷な顔があった。
「分かった。聞いてやるよ」
その言葉を聞いた瞬間、エスカはパッと顔を明るくして立ち上がった。が、その明るさはすぐに消え失せることとなる。
「ただし条件がある。国王に会わせろ」
「父上に……ですか?」
「ああ。会ってぶっ殺してやる」
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