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ひかりに手をかざす。
一瞬として同じひかりはない。けれども、そのひかりの色で、形で、いつかのことを思い出す。変わっていっても、もう見えなくても、大切なことはしっかりと私の中にのこっているのだ。
あれから一年が経った。
三葉先輩と付き合わないんだったら私と付き合えとさんざん喚き柚木さんは卒業していった。七は川北さんと付き合うことにしたらしいけれど、貴重な休日デートの日も夜には必ず家へ帰ってくる。「晩ご飯は百ちゃんと一緒がいいの」とのことだ。そういうことを許してくれる川北さんはやはり大人だと思う。彼の、いつかのやさしいまなざしを思い出す。
私はというと――
「部長、もう練習時間終わりですよ」
まるい目をした彼は首を傾げながら投げかけてくる。日が長くなってきたとはいえ、部室の外はもう真っ暗だった。
「もう少し残るから」
私が言うと、彼はまるい目をさらにまるくして言った。
「部長はほんとうにギターが好きなんですね」
そういう言い方をするんだ、と面食らっているあいだに彼はテキパキと帰る準備をすませドアの前に立っていた。
「部長も後から来てくださいね。僕の家、分かりますよね」
言うなりくるりと背を向け、ぞろぞろとみんなが出ていくのについていった。と思ったら急にドアの陰からひょこりと顔を覗かせて言った。
「気をつけて来てくださいよ。部長は、その、綺麗なんですから。心配です」
私のことを好きだという彼は、揺れのない、素直な瞳をしている。その言葉に、瞳に、ぐっと胸がおさえつけられたように痛んだ。一人きりになった部室で涙を押し込み、呼吸を整える。それから「今日は帰れないと思う」と七にメッセージを送ったところで窓の外から彼の大きな声が聞こえてきた。
「雪や!」
窓の外を覗くと、もう三月だというのに牡丹雪がふわふわと舞っていた。
窓辺に私の姿を見つけて、彼は両手をぶんぶん振ってきた。子どもみたいなその仕草に思わず笑ってしまう。私はそれをとても可愛いらしいと思った。ひらひらと手を振り返してから彼に背を向けて、椅子に腰かけ弦を弾く。何度も何度も、同じフレーズを繰り返した。
練習を終え、ギターを背負い誰もいないキャンパスを歩いていたところで、名前を呼ばれた。
「百」
三葉先輩だった。ゆらゆらと揺れながら落ちてくる真っ白な雪が舞う中で、先輩は真っ暗なキャンパスに立ち尽くしていた。
嘘みたいに美しい光景だった。
きっと、あの日の煙たちが結晶になって、私に、先輩に、平等に降り注いでいるのだ。そう思った。
「三葉」
そこに現れたのはマサトだった。私に気づいた彼女は澄んだ瞳で私を見つめてからへこりと頭を下げる。
頭を上げた瞬間、大きな雪の粒が彼女の長い前髪にかかった。先輩は細い指でさっとその雪の粒を払う。それは払われる前に、先輩の指先ですっと溶けていった。彼女は反射的にぎゅっと目を閉じてから、やがて恥ずかしそうに目を伏せた。それはひとりの可愛らしい女の子の姿だった。それを先輩はやわらかな瞳で見つめていた。
これで良かった。私は、これで良かったのだと思った。
そしてふと、七に会いたい、と思った。
ああそうだ、彼の部屋へ行く前に少し帰ろう。私たちの部屋に。
「さようなら」
彼らに背を向け、私は彼女のいる部屋へと歩みを進めた。
一瞬として同じひかりはない。けれども、そのひかりの色で、形で、いつかのことを思い出す。変わっていっても、もう見えなくても、大切なことはしっかりと私の中にのこっているのだ。
あれから一年が経った。
三葉先輩と付き合わないんだったら私と付き合えとさんざん喚き柚木さんは卒業していった。七は川北さんと付き合うことにしたらしいけれど、貴重な休日デートの日も夜には必ず家へ帰ってくる。「晩ご飯は百ちゃんと一緒がいいの」とのことだ。そういうことを許してくれる川北さんはやはり大人だと思う。彼の、いつかのやさしいまなざしを思い出す。
私はというと――
「部長、もう練習時間終わりですよ」
まるい目をした彼は首を傾げながら投げかけてくる。日が長くなってきたとはいえ、部室の外はもう真っ暗だった。
「もう少し残るから」
私が言うと、彼はまるい目をさらにまるくして言った。
「部長はほんとうにギターが好きなんですね」
そういう言い方をするんだ、と面食らっているあいだに彼はテキパキと帰る準備をすませドアの前に立っていた。
「部長も後から来てくださいね。僕の家、分かりますよね」
言うなりくるりと背を向け、ぞろぞろとみんなが出ていくのについていった。と思ったら急にドアの陰からひょこりと顔を覗かせて言った。
「気をつけて来てくださいよ。部長は、その、綺麗なんですから。心配です」
私のことを好きだという彼は、揺れのない、素直な瞳をしている。その言葉に、瞳に、ぐっと胸がおさえつけられたように痛んだ。一人きりになった部室で涙を押し込み、呼吸を整える。それから「今日は帰れないと思う」と七にメッセージを送ったところで窓の外から彼の大きな声が聞こえてきた。
「雪や!」
窓の外を覗くと、もう三月だというのに牡丹雪がふわふわと舞っていた。
窓辺に私の姿を見つけて、彼は両手をぶんぶん振ってきた。子どもみたいなその仕草に思わず笑ってしまう。私はそれをとても可愛いらしいと思った。ひらひらと手を振り返してから彼に背を向けて、椅子に腰かけ弦を弾く。何度も何度も、同じフレーズを繰り返した。
練習を終え、ギターを背負い誰もいないキャンパスを歩いていたところで、名前を呼ばれた。
「百」
三葉先輩だった。ゆらゆらと揺れながら落ちてくる真っ白な雪が舞う中で、先輩は真っ暗なキャンパスに立ち尽くしていた。
嘘みたいに美しい光景だった。
きっと、あの日の煙たちが結晶になって、私に、先輩に、平等に降り注いでいるのだ。そう思った。
「三葉」
そこに現れたのはマサトだった。私に気づいた彼女は澄んだ瞳で私を見つめてからへこりと頭を下げる。
頭を上げた瞬間、大きな雪の粒が彼女の長い前髪にかかった。先輩は細い指でさっとその雪の粒を払う。それは払われる前に、先輩の指先ですっと溶けていった。彼女は反射的にぎゅっと目を閉じてから、やがて恥ずかしそうに目を伏せた。それはひとりの可愛らしい女の子の姿だった。それを先輩はやわらかな瞳で見つめていた。
これで良かった。私は、これで良かったのだと思った。
そしてふと、七に会いたい、と思った。
ああそうだ、彼の部屋へ行く前に少し帰ろう。私たちの部屋に。
「さようなら」
彼らに背を向け、私は彼女のいる部屋へと歩みを進めた。
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