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Final Season
男ーBetelgeuseー
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「はぁ……はぁ……」
鐘を鳴らしてから何分経っただろうか。ナナシは時計塔の最上階で階段を登った疲れから息を切らし座り込んでいた。
「ははっ。大分集まってきたな」
窓から外を覗くと時計塔の周りは一面ゾンビで埋め尽くされ、扉を破壊しようとする者、よじ登ろうとする者など様々であった。
いずれにしても長くは保たないだろう。
「旦那達、無事に逃げたかな……」
ナナシは自身への救助など少しも期待していなかった。元々盗人である自分を危険を冒してまで助ける理由がポラリス達には何一つ無いと思ったからである。
しかし、ナナシの胸に満ちるのは仲間への失望でも死への恐怖でもなく、ただ人のために何かを成した達成感であった。それは彼が今まで成し遂げたどんな盗みの仕事よりも大きな、そして暖かい物であった。
「さて、どうやって終わらすかな」
ナナシが自身の最期の瞬間について思いを馳せている時、彼の脳内にシリウスの声が響いた。
『!?やっと繋がったか』
「勇者の旦那!?」
『すまない、慣れない魔力で探知が遅れた。ナナシ、無事か!?』
シリウスの声にナナシの胸に今度は熱い何かが涙と共に溢れ出した。
『もう少し耐えてくれ。先程、国王がそっちに向かった』
「王様が!?……いったいどうやって?」
『それが……俺も信じられないんだが……』
その時、時計塔全体が大きく揺れると外壁を何かが登る気配がし、数秒後、最上階の壁が登ってきた何かに破壊され、それがナナシの前に姿を現す。
「な……」
『おい、ナナシ!!どうした!!何があった!?』
目の前に現れた巨大な怪物に、ナナシはシリウスの言葉を捉えることができなかった。
「あんたは……ビル……!?」
肥大化した肉体と紅く光る瞳。それは狂戦士を発動したビルであった。
「ぐるるるる」
ビルは血が混じったよだれを垂らしながら血走った目でナナシを見ると唸りながら身を屈めた。
次の瞬間にはビルは突進し、瞬きも終わらぬうちにその巨体はナナシの目の前まで迫っていた。
「くそっ!!」
ナナシは本能で避け、捕まりはしなかったものの、ナナシの体はビルの肩に吹き飛ばされてそのまま壁に叩きつけられた。
「ぐ……うう……」
壁からずるずると落ちるとナナシはその場で蹲る。恐らく骨の数本は砕け散りもう立ち上がることは出来ないだろう。
そんなナナシに情けをかけることなく、ビルは倒れる彼の下にその足を進めた。
「くそっ。……やっと生きたいと思ったんだ。……生きていいって言ってくれる人がやっと見つかったんだ。……こんなところで……こんなところで死んでたまるか……」
「ぐるるる!?」
ビルは不思議そうに辺りを見回す。先ほどまで目の前で倒れていたはずのナナシの姿が急に消えたのである。
素質を使ったナナシは何とかビルから逃れようと這いながら距離を取ろうとした。しかし、瀕死の状態でそう長く能力が続くはずもなくナナシの存在はすぐにビルに捉えられた。
ビルは再びナナシの下へ歩みを始める。
ナナシは迫りくる死を睨みつけた。その目には恐怖は無くただ自身の死に対す反抗心が宿っていた。
「……絶対生き延びてやる。……絶対にだ……」
勿論、ビルはナナシの心情などお構いなく目の前まで近づくと拳をその頭に向けて振り下ろした。しかし、それでもナナシは目を背けない。
その時、ナナシの視界の端から黒い影が飛び出すとビルの体に強くぶつかり、吹き飛ばした。
「な……なんだこりゃ……」
ナナシの前に立つのは巨大な人造兵であった。黒く染色された丸太のように太く、大きな体からはこれまた太い腕と脚が取り付けられており、装甲の間からは熱い蒸気が噴出されていた。
ナナシが茫然としていると頭部に取り付けられた紫色に光る|目がナナシを捉えるとゴーレムの胸部が開いた。
「……お、王様!?」
そこに現れたのは国王であった。ナナシは更に訳が分からなくなり再び茫然としているとゴーレムは彼の体を軽々と持ち上げ、国王の乗る操縦席へと放り投げ、胸部は閉じた。
「馬鹿者!!早く乗らんか!!」
「え、えぇ。……あの、王様、これは?」
「説明は後じゃ!!」
国王は目の前のレバーを動かすと再び立ち上がったビルと向き合う。
「このまま脱出するぞ!!」
こちらに突進してくるビルに応じる様にゴーレムの背中と足の裏から魔力を炎の様に噴出して僅かに飛び上がるとそのままビルに向かって行った。
「揺れるぞ!!掴まっていろ!!」
ゴーレムは勢いを殺すことなく、ビルの頭部に右腕を叩き込んで潰すとそのまま壁を突き抜け、飛び去っていった。
「ひぃ!!……飛んでる!?……こいつは一体……」
「……ああ、こいつはな……」
国王はナナシに向けて説明を始める。
人造兵はガラクシアがドワーフの国だった時に彼らによって作られたものであり、土で作られた体に魔力を込めることによってその体は硬く、そして自律して動く。
特に国王が乗る機体は人が乗って操縦できる様に改造されており、アルタイルが鍛錬の相手として闘技場の地下に格納していたものであった。
国王は幼い時に闘技場の地下室に忍び込み、眠りにつくこのゴーレムを目にするや心奪われ、それ以来独学でゴーレムの機構について調べては修理をしていた。
国王が何とか修理したとは言え、作られてから千年以上も経つゴーレムが動くのはドワーフの技術が流石と言うほかないだろう。
「王女がうるさいからしばらく見ていなかったが……まさかこいつと空を飛ぶことになるとはな」
国王は名残惜しそうに操縦レバーを撫でた。ナナシはそんな国王に自身の疑問をぶつける。
「あ、あの……何で俺なんかを……?」
「……お主も儂の大切な民じゃ。……ナナシは偽名じゃろう。お主の本当の本当の名を教えてくれんかの?」
国王の言葉にナナシは涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を国王に埋めた。
「こ、これ!!やめんか!!」
「ベ……ベテルギウスです!!」
「……!!」
ナナシの本当の名を聞き、国王は押し黙る。
「俺の……俺の本当の名前はベテルギウスです!!」
「ベテルギウス……良い名をつけたのだな、月の影達は……」
「? あの、それは一体……」
「それ、城が見えてきたぞ。しっかり掴まっているように。生憎、地面への着陸は初めてでの……」
ベテルギウスの疑問に被せる様にゴーレムを急降下させるとそのまま城へと突っ込んでいった。
鐘を鳴らしてから何分経っただろうか。ナナシは時計塔の最上階で階段を登った疲れから息を切らし座り込んでいた。
「ははっ。大分集まってきたな」
窓から外を覗くと時計塔の周りは一面ゾンビで埋め尽くされ、扉を破壊しようとする者、よじ登ろうとする者など様々であった。
いずれにしても長くは保たないだろう。
「旦那達、無事に逃げたかな……」
ナナシは自身への救助など少しも期待していなかった。元々盗人である自分を危険を冒してまで助ける理由がポラリス達には何一つ無いと思ったからである。
しかし、ナナシの胸に満ちるのは仲間への失望でも死への恐怖でもなく、ただ人のために何かを成した達成感であった。それは彼が今まで成し遂げたどんな盗みの仕事よりも大きな、そして暖かい物であった。
「さて、どうやって終わらすかな」
ナナシが自身の最期の瞬間について思いを馳せている時、彼の脳内にシリウスの声が響いた。
『!?やっと繋がったか』
「勇者の旦那!?」
『すまない、慣れない魔力で探知が遅れた。ナナシ、無事か!?』
シリウスの声にナナシの胸に今度は熱い何かが涙と共に溢れ出した。
『もう少し耐えてくれ。先程、国王がそっちに向かった』
「王様が!?……いったいどうやって?」
『それが……俺も信じられないんだが……』
その時、時計塔全体が大きく揺れると外壁を何かが登る気配がし、数秒後、最上階の壁が登ってきた何かに破壊され、それがナナシの前に姿を現す。
「な……」
『おい、ナナシ!!どうした!!何があった!?』
目の前に現れた巨大な怪物に、ナナシはシリウスの言葉を捉えることができなかった。
「あんたは……ビル……!?」
肥大化した肉体と紅く光る瞳。それは狂戦士を発動したビルであった。
「ぐるるるる」
ビルは血が混じったよだれを垂らしながら血走った目でナナシを見ると唸りながら身を屈めた。
次の瞬間にはビルは突進し、瞬きも終わらぬうちにその巨体はナナシの目の前まで迫っていた。
「くそっ!!」
ナナシは本能で避け、捕まりはしなかったものの、ナナシの体はビルの肩に吹き飛ばされてそのまま壁に叩きつけられた。
「ぐ……うう……」
壁からずるずると落ちるとナナシはその場で蹲る。恐らく骨の数本は砕け散りもう立ち上がることは出来ないだろう。
そんなナナシに情けをかけることなく、ビルは倒れる彼の下にその足を進めた。
「くそっ。……やっと生きたいと思ったんだ。……生きていいって言ってくれる人がやっと見つかったんだ。……こんなところで……こんなところで死んでたまるか……」
「ぐるるる!?」
ビルは不思議そうに辺りを見回す。先ほどまで目の前で倒れていたはずのナナシの姿が急に消えたのである。
素質を使ったナナシは何とかビルから逃れようと這いながら距離を取ろうとした。しかし、瀕死の状態でそう長く能力が続くはずもなくナナシの存在はすぐにビルに捉えられた。
ビルは再びナナシの下へ歩みを始める。
ナナシは迫りくる死を睨みつけた。その目には恐怖は無くただ自身の死に対す反抗心が宿っていた。
「……絶対生き延びてやる。……絶対にだ……」
勿論、ビルはナナシの心情などお構いなく目の前まで近づくと拳をその頭に向けて振り下ろした。しかし、それでもナナシは目を背けない。
その時、ナナシの視界の端から黒い影が飛び出すとビルの体に強くぶつかり、吹き飛ばした。
「な……なんだこりゃ……」
ナナシの前に立つのは巨大な人造兵であった。黒く染色された丸太のように太く、大きな体からはこれまた太い腕と脚が取り付けられており、装甲の間からは熱い蒸気が噴出されていた。
ナナシが茫然としていると頭部に取り付けられた紫色に光る|目がナナシを捉えるとゴーレムの胸部が開いた。
「……お、王様!?」
そこに現れたのは国王であった。ナナシは更に訳が分からなくなり再び茫然としているとゴーレムは彼の体を軽々と持ち上げ、国王の乗る操縦席へと放り投げ、胸部は閉じた。
「馬鹿者!!早く乗らんか!!」
「え、えぇ。……あの、王様、これは?」
「説明は後じゃ!!」
国王は目の前のレバーを動かすと再び立ち上がったビルと向き合う。
「このまま脱出するぞ!!」
こちらに突進してくるビルに応じる様にゴーレムの背中と足の裏から魔力を炎の様に噴出して僅かに飛び上がるとそのままビルに向かって行った。
「揺れるぞ!!掴まっていろ!!」
ゴーレムは勢いを殺すことなく、ビルの頭部に右腕を叩き込んで潰すとそのまま壁を突き抜け、飛び去っていった。
「ひぃ!!……飛んでる!?……こいつは一体……」
「……ああ、こいつはな……」
国王はナナシに向けて説明を始める。
人造兵はガラクシアがドワーフの国だった時に彼らによって作られたものであり、土で作られた体に魔力を込めることによってその体は硬く、そして自律して動く。
特に国王が乗る機体は人が乗って操縦できる様に改造されており、アルタイルが鍛錬の相手として闘技場の地下に格納していたものであった。
国王は幼い時に闘技場の地下室に忍び込み、眠りにつくこのゴーレムを目にするや心奪われ、それ以来独学でゴーレムの機構について調べては修理をしていた。
国王が何とか修理したとは言え、作られてから千年以上も経つゴーレムが動くのはドワーフの技術が流石と言うほかないだろう。
「王女がうるさいからしばらく見ていなかったが……まさかこいつと空を飛ぶことになるとはな」
国王は名残惜しそうに操縦レバーを撫でた。ナナシはそんな国王に自身の疑問をぶつける。
「あ、あの……何で俺なんかを……?」
「……お主も儂の大切な民じゃ。……ナナシは偽名じゃろう。お主の本当の本当の名を教えてくれんかの?」
国王の言葉にナナシは涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を国王に埋めた。
「こ、これ!!やめんか!!」
「ベ……ベテルギウスです!!」
「……!!」
ナナシの本当の名を聞き、国王は押し黙る。
「俺の……俺の本当の名前はベテルギウスです!!」
「ベテルギウス……良い名をつけたのだな、月の影達は……」
「? あの、それは一体……」
「それ、城が見えてきたぞ。しっかり掴まっているように。生憎、地面への着陸は初めてでの……」
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