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Season3
変化ーHopeー
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ただただ、当てもなく歩く。その先に目的地など無い。
城からはもう十分な距離を歩いた。ここで決着をつければ皆に迷惑をかけることもないだろう。
すれ違うゾンビたちは自分に見向きもしない。もう、仲間だと思っているのだろうか。もしかしたら気づいていないだけですでに自分は彼らの仲間なのかもしれない。
カーネルさんからもらった薬のお陰か最初は体の怠さや熱は抑え気味であったが、今は自分が本当に歩いているのかさえ疑問を持つほど目の前が揺れる。
アイリーンさんの働いていた酒場までたどり着いた。思えばこの騒動に巻き込まれたのはつい昨日のことである。それなのにひどく長く感じる。
さらに歩く。こんなにゆっくりと街を歩くのも存外、機会がないかもしれない。ここら辺は城から離れすぎているため流石に風景に見覚えがない。このままこの街の外壁まで歩いてみるのもいいかもしれない。
いや、ポラリス。ここで終わりにするべきだ。自分がまだ人間であると自分で思えるうちに。
城からこっそりと持ち出したナイフを喉元に当てる。ひんやりと冷たい感触が伝わったかと思うとすぐに自身の血で温かくなる。
しかし、薄皮を切るだけで刃先はそれ以上進まない。否、進めることができない。
ナイフを地に落とし、ぐったりとうなだれたと思えば顔を地面にこすりつけて泣きじゃくる。だだをこねる子供のように。
ただただ泣きじゃくる。それは死への恐怖に対してだけではない。自身に降りかかった理不尽。それを終わらせることのできない自分の弱さ。そして結局何者にもなれなかった自分の人生への虚無感。
再び立ち上がり、ただただ歩く。その先に目的地など無い。
まさに自分の人生のようである。英雄になりたいなどとほざいていたが結局はただの兵士も満足に演じられなかった。
思えば自分は本当に英雄になりたかったのだろうか。自分が何者でもないのが、ただ怖かっただけではないのだろうか。
恐らく、何かになれていれば自分は英雄などもう目指していなかっただろう。自分が何者にも成れないのを知っているからこそ、その事実から目を背けるためにひたすら訓練に励んだ。
だが、自分は向いていなかった。何故自分は兵士などになったのだろうか。何かになりたければ他の道を歩んだほうが断然楽である。
その時、激しい頭痛が襲う。今まで慢性的な症状しか出ていなかったので急激な痛みに膝をつき、もがく。
頭痛が忘れていた、否、覚えているはずのない記憶を呼び覚ます。
戦火で燃える村。そこに響く赤子の泣き声。これは自分の声だろうか。ひどく不安な感情だけが呼び覚まされる。
遠くから男の声が聞こえる。段々と近づいてきて、ついに目の前に姿を現した。その男の格好はガラクシア近衛隊のものであった。
男は優しく笑うと赤子の自分を抱き上げる。もう不安は消え去り、ただ安堵だけが残った。赤子ながらに目の前の男に尊敬の念を感じた。
記憶の中の兵士の顔には見覚えがない。城の書庫で読み込んだ名を挙げた兵士の肖像画の中にもだ。恐らくこの兵士は何者でもない、ただの兵士なのだろう。しかし、自分にとってはまさに英雄である。自分だけの英雄。
この人のようになりたい。たった一人でもいい、誰かの心に残り続けるような。
なんだ、結局は英雄になりたかったんじゃないか。彼のような兵士に。だから兵士を目指したのか。
自分の記憶で納得するとはなんとも間抜けな話である。存外、兵士となった理由は自分勝手なわがままな動機であった。
だが、もう遅い。頭痛がより強くなっていく。近衛隊の訓練では感じたことがないほど早く、激しく高鳴る。いつの間にか吐いていた血が池のように溜まっていた。
自分の中の変化を感じる。何か新しいものが湧き上がるような。
終わりの見えない苦痛の中に、何故か微かな安らぎを感じた。
城からはもう十分な距離を歩いた。ここで決着をつければ皆に迷惑をかけることもないだろう。
すれ違うゾンビたちは自分に見向きもしない。もう、仲間だと思っているのだろうか。もしかしたら気づいていないだけですでに自分は彼らの仲間なのかもしれない。
カーネルさんからもらった薬のお陰か最初は体の怠さや熱は抑え気味であったが、今は自分が本当に歩いているのかさえ疑問を持つほど目の前が揺れる。
アイリーンさんの働いていた酒場までたどり着いた。思えばこの騒動に巻き込まれたのはつい昨日のことである。それなのにひどく長く感じる。
さらに歩く。こんなにゆっくりと街を歩くのも存外、機会がないかもしれない。ここら辺は城から離れすぎているため流石に風景に見覚えがない。このままこの街の外壁まで歩いてみるのもいいかもしれない。
いや、ポラリス。ここで終わりにするべきだ。自分がまだ人間であると自分で思えるうちに。
城からこっそりと持ち出したナイフを喉元に当てる。ひんやりと冷たい感触が伝わったかと思うとすぐに自身の血で温かくなる。
しかし、薄皮を切るだけで刃先はそれ以上進まない。否、進めることができない。
ナイフを地に落とし、ぐったりとうなだれたと思えば顔を地面にこすりつけて泣きじゃくる。だだをこねる子供のように。
ただただ泣きじゃくる。それは死への恐怖に対してだけではない。自身に降りかかった理不尽。それを終わらせることのできない自分の弱さ。そして結局何者にもなれなかった自分の人生への虚無感。
再び立ち上がり、ただただ歩く。その先に目的地など無い。
まさに自分の人生のようである。英雄になりたいなどとほざいていたが結局はただの兵士も満足に演じられなかった。
思えば自分は本当に英雄になりたかったのだろうか。自分が何者でもないのが、ただ怖かっただけではないのだろうか。
恐らく、何かになれていれば自分は英雄などもう目指していなかっただろう。自分が何者にも成れないのを知っているからこそ、その事実から目を背けるためにひたすら訓練に励んだ。
だが、自分は向いていなかった。何故自分は兵士などになったのだろうか。何かになりたければ他の道を歩んだほうが断然楽である。
その時、激しい頭痛が襲う。今まで慢性的な症状しか出ていなかったので急激な痛みに膝をつき、もがく。
頭痛が忘れていた、否、覚えているはずのない記憶を呼び覚ます。
戦火で燃える村。そこに響く赤子の泣き声。これは自分の声だろうか。ひどく不安な感情だけが呼び覚まされる。
遠くから男の声が聞こえる。段々と近づいてきて、ついに目の前に姿を現した。その男の格好はガラクシア近衛隊のものであった。
男は優しく笑うと赤子の自分を抱き上げる。もう不安は消え去り、ただ安堵だけが残った。赤子ながらに目の前の男に尊敬の念を感じた。
記憶の中の兵士の顔には見覚えがない。城の書庫で読み込んだ名を挙げた兵士の肖像画の中にもだ。恐らくこの兵士は何者でもない、ただの兵士なのだろう。しかし、自分にとってはまさに英雄である。自分だけの英雄。
この人のようになりたい。たった一人でもいい、誰かの心に残り続けるような。
なんだ、結局は英雄になりたかったんじゃないか。彼のような兵士に。だから兵士を目指したのか。
自分の記憶で納得するとはなんとも間抜けな話である。存外、兵士となった理由は自分勝手なわがままな動機であった。
だが、もう遅い。頭痛がより強くなっていく。近衛隊の訓練では感じたことがないほど早く、激しく高鳴る。いつの間にか吐いていた血が池のように溜まっていた。
自分の中の変化を感じる。何か新しいものが湧き上がるような。
終わりの見えない苦痛の中に、何故か微かな安らぎを感じた。
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