ゾンビ転生〜パンデミック〜

不死隊見習い

文字の大きさ
上 下
64 / 106
Season3

変化ーHopeー

しおりを挟む
 ただただ、当てもなく歩く。その先に目的地など無い。
 
 城からはもう十分な距離を歩いた。ここで決着をつければ皆に迷惑をかけることもないだろう。

 すれ違うゾンビたちは自分に見向きもしない。もう、仲間だと思っているのだろうか。もしかしたら気づいていないだけですでに自分は彼らの仲間なのかもしれない。
 カーネルさんからもらった薬のお陰か最初は体の怠さや熱は抑え気味であったが、今は自分が本当に歩いているのかさえ疑問を持つほど目の前が揺れる。
 
 アイリーンさんの働いていた酒場までたどり着いた。思えばこの騒動に巻き込まれたのはつい昨日のことである。それなのにひどく長く感じる。

 さらに歩く。こんなにゆっくりと街を歩くのも存外、機会がないかもしれない。ここら辺は城から離れすぎているため流石に風景に見覚えがない。このままこの街ガラクシアの外壁まで歩いてみるのもいいかもしれない。

 いや、ポラリス。ここで終わりにするべきだ。自分がまだ人間であると自分で思えるうちに。

 城からこっそりと持ち出したナイフを喉元に当てる。ひんやりと冷たい感触が伝わったかと思うとすぐに自身の血で温かくなる。
 しかし、薄皮を切るだけで刃先はそれ以上進まない。否、進めることができない。
 
 ナイフを地に落とし、ぐったりとうなだれたと思えば顔を地面にこすりつけて泣きじゃくる。だだをこねる子供のように。
 
 ただただ泣きじゃくる。それは死への恐怖に対してだけではない。自身に降りかかった理不尽。それを終わらせることのできない自分の弱さ。そして結局何者にもなれなかった自分の人生への虚無感。

 再び立ち上がり、ただただ歩く。その先に目的地など無い。

 まさに自分の人生のようである。英雄になりたいなどとほざいていたが結局はただの兵士も満足に演じられなかった。

 思えば自分は本当に英雄になりたかったのだろうか。自分が何者でもないのが、ただ怖かっただけではないのだろうか。
 恐らく、何かになれていれば自分は英雄などもう目指していなかっただろう。自分が何者にも成れないのを知っているからこそ、その事実から目を背けるためにひたすら訓練に励んだ。

 だが、自分は向いていなかった。何故自分は兵士などになったのだろうか。何かになりたければ他の道を歩んだほうが断然楽である。

 その時、激しい頭痛が襲う。今まで慢性的な症状しか出ていなかったので急激な痛みに膝をつき、もがく。

 頭痛が忘れていた、否、覚えているはずのない記憶を呼び覚ます。
 戦火で燃える村。そこに響く赤子の泣き声。これは自分の声だろうか。ひどく不安な感情だけが呼び覚まされる。
 遠くから男の声が聞こえる。段々と近づいてきて、ついに目の前に姿を現した。その男の格好はガラクシア近衛隊のものであった。
 男は優しく笑うと赤子の自分を抱き上げる。もう不安は消え去り、ただ安堵だけが残った。赤子ながらに目の前の男に尊敬の念を感じた。

 記憶の中の兵士の顔には見覚えがない。城の書庫で読み込んだ名を挙げた兵士の肖像画の中にもだ。恐らくこの兵士は何者でもない、ただの兵士なのだろう。しかし、自分にとってはまさに英雄である。自分だけの英雄。

 この人のようになりたい。たった一人でもいい、誰かの心に残り続けるような。
 なんだ、結局は英雄になりたかったんじゃないか。彼のような兵士に。だから兵士を目指したのか。
 自分の記憶で納得するとはなんとも間抜けな話である。存外、兵士となった理由は自分勝手なわがままな動機であった。
 
 だが、もう遅い。頭痛がより強くなっていく。近衛隊の訓練では感じたことがないほど早く、激しく高鳴る。いつの間にか吐いていた血が池のように溜まっていた。
 自分の中の変化を感じる。何か新しいものが湧き上がるような。

 終わりの見えない苦痛の中に、何故か微かな安らぎを感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

処理中です...