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Season2
月の影ーShadowー
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ポラリスが去ったのち、シリウスたちは国王たちにこれまでの話をした。
「信じられん……教会がそのようなことを……」
「……父上は教会が教皇デネブの復活を目論んでいたことはご存知でしたか?」
「……ああ。だがそれはあくまでも教義的な意味であったはずじゃ。我々が真の苦難を前にしたとき、英雄が復活し導いてくれると。……まさか異界の力で復活するとは……」
「何故デネブはこの国の破滅を望むのでしょうか」
「……さっぱりわからぬ」
カーネルもデネブとロメロ司祭の話を盗み聞きしただけで、その真意は分からなかった。
「……教会は月の影達に任せて我々はこちらの防衛に専念しましょう」
「信じられん!!メルセデス殿がダイムラー様を!!」
戦士ギルドの内乱を知り、ビルは頭を抱える。
「確かにメルセデス殿はギルドの王国による運営を快く思っていなかった。だがまさか実の父親を手にかけるほどとは……」
「……奴らは明日にも攻めてくるだろう。ビル、戦えるか?」
「問題ない。……だがその前にやるべきことがある」
ビルは大斧を手に立ち上がるとその切っ先をナナシに向けた。
「ひぃ!!?」
「恐らく食糧庫から食料を奪ったのも戦士ギルドの者だろう。……内通者は今の時点で消しておくべきだ」
大斧を構え、ナナシに近づいていく。しかし、シリウスが両者の間に入り、その処刑を止めた。
「……なんのつもりかな?」
「……あいつは最後に俺に皆を守れと言っていた」
「その男も“皆”の中に入っているとでも?」
「ああ、少なくともあいつの中ではな。……それにまだこいつが内通者と決まったわけではない」
シリウスは決して譲らまいと鋭い視線をビルに送ると彼はたじろぎ、武器を納めた。
庭園の面々は明日起こるであろう衝突に向けて策を練ることとなった。
この日、ガラクシアの夜空は雲に覆われ、その間からわずかに顔を出す月だけが辺りを照らしていた。
月の影は夜の闇に紛れ、家々の屋根を軽々と飛んでいくとガラクシアの北東に位置する教区、その中心にある大聖堂へと向かっていた。
「来たか、月の影」
道中、先に向かっていた暗殺ギルドマスター、月下の蝶と合流する。彼女とは駆け出しの頃からの旧知の仲であり月の影自身、最も信頼できる相手であった。
「一刻も早く教会を討ち、闇を払わねばならん」
「……月下の蝶、なぜそこまで先を急ぐ?」
教会が黒幕であることを知ると月下の蝶は脇目を振らずに大聖堂に向かった。それは普段、慎重な彼女らしからぬ行動である。
「何を言っている。この国の未曾有の危機、一刻も速く収束させ王の安全を確保せねばならん」
「……そうだな。見えてきたぞ大聖堂だ」
聖職者や教会関係者の住宅や多くの教会が立ち並ぶ教区で飛び抜けて天高くそびえる大聖堂。まだ距離があるはずのそこから漂うなんとも言えない気配に二人は息を呑んだ。
大聖堂に到着するとゆっくりとその門を開け中に入る。中は真夜中であるにも関わらず照明の魔石でほんのりと明るく、一面に取り付けられた三英雄の伝説を物語るステンドグラスを煌めかせていた。
二人はその異様な空間に息を呑む。数百人は入るであろう無数に並べられた長椅子には隙間なく信者が座り、手を合わせ、俯き何かを祈る。
大聖堂の奥の祭壇に建てられた教皇デネブを象った巨大な彫像。その足元にある玉座のような椅子に何者かが座っている。
そこは“空の皇座”と呼ばれ、教皇のみが座ることができる。教皇の座は未来永劫デネブにあるため本来、誰も座ることは許されない。
しかしそこに座る男はどこか退屈そうにくつろぐ。白い長髪に白い肌。上半身は白いジャケットを羽織っただけという格好で左胸から血管が浮き出て脈を打っていた。
「やあ、待ちくたびれたよ」
男は手を一回叩くとゆっくりと立ち上がった。
「……お前がデネブか?」
「いかにも、私こそが三英雄にして世界の救世主。教皇デネブである」
デネブは祭壇を大袈裟な手振りで歩き回る。その様子に警戒しながら二人はゆっくりと近づいていく。
「ふっ。まるでペテン師だな」
「おや、今の時代でも私は三英雄として崇められていると聞いたんだがね。皆の衆、どう思う」
デネブはわざとらしく目を見開くと祈る信者達に尋ねる。信者達は何も応じずただデネブに手を合わせていた。
「1000年前はどうだか知らんが今のお前は英雄ではない。ただのイカれた狂人だ!!」
デネブの隙を窺い、月の影は数本のナイフを投げる。ナイフは一直線にデネブに向かうと思われたが何本かは不規則な軌道を描き四方から彼を襲う。
デネブはどこからか取り出した小ぶりのショートソードで軽くナイフを撃ち落とすと月の影に向かって不敵に笑う。
刹那、その心臓を背後から刃が貫く。その根本は月下の蝶が握っていた。
デネブは血を吐くとそのまま倒れ込み、動かなくなった。
「……存外あっけなかったな……幻術じゃないのか……」
「いや、感触は確かにあった。覚醒魔法も常にかけている。……三英雄も所詮は伝説にすぎなかったわけだな」
「おやおや、随分な物言いじゃないか」
デネブの死体を覗き込む二人の背後から肩を組むようにデネブが顔を出した。
(!!!??)
二人は慌てて振り払い、距離を取る。月の影、月下の蝶は両者とも歴戦の猛者であり、敵に背後を許したのは数十年ぶりであった。それほどデネブはまるで無から湧いたかのようにいきなり現れた。
(なんなんだ!?幻術!?いや、月下の蝶の覚醒魔法は本物だ。……死体も消えていない……幻術ではなかったのか!?)
「幻術?そんなチンケなものではない。そうだな……言うなれば“奇跡”だ」
デネブは自身の死体に手をかざすと死体は灰になって消えていった。
「こいつ……俺の心を……」
「落ち着け、月の影。大方、影武者でも使っていたのだろう」
「ふっ。信用がないんだな」
二人は武器を構えると背筋に冷たい汗をかきながら怪物に向かった。
「信じられん……教会がそのようなことを……」
「……父上は教会が教皇デネブの復活を目論んでいたことはご存知でしたか?」
「……ああ。だがそれはあくまでも教義的な意味であったはずじゃ。我々が真の苦難を前にしたとき、英雄が復活し導いてくれると。……まさか異界の力で復活するとは……」
「何故デネブはこの国の破滅を望むのでしょうか」
「……さっぱりわからぬ」
カーネルもデネブとロメロ司祭の話を盗み聞きしただけで、その真意は分からなかった。
「……教会は月の影達に任せて我々はこちらの防衛に専念しましょう」
「信じられん!!メルセデス殿がダイムラー様を!!」
戦士ギルドの内乱を知り、ビルは頭を抱える。
「確かにメルセデス殿はギルドの王国による運営を快く思っていなかった。だがまさか実の父親を手にかけるほどとは……」
「……奴らは明日にも攻めてくるだろう。ビル、戦えるか?」
「問題ない。……だがその前にやるべきことがある」
ビルは大斧を手に立ち上がるとその切っ先をナナシに向けた。
「ひぃ!!?」
「恐らく食糧庫から食料を奪ったのも戦士ギルドの者だろう。……内通者は今の時点で消しておくべきだ」
大斧を構え、ナナシに近づいていく。しかし、シリウスが両者の間に入り、その処刑を止めた。
「……なんのつもりかな?」
「……あいつは最後に俺に皆を守れと言っていた」
「その男も“皆”の中に入っているとでも?」
「ああ、少なくともあいつの中ではな。……それにまだこいつが内通者と決まったわけではない」
シリウスは決して譲らまいと鋭い視線をビルに送ると彼はたじろぎ、武器を納めた。
庭園の面々は明日起こるであろう衝突に向けて策を練ることとなった。
この日、ガラクシアの夜空は雲に覆われ、その間からわずかに顔を出す月だけが辺りを照らしていた。
月の影は夜の闇に紛れ、家々の屋根を軽々と飛んでいくとガラクシアの北東に位置する教区、その中心にある大聖堂へと向かっていた。
「来たか、月の影」
道中、先に向かっていた暗殺ギルドマスター、月下の蝶と合流する。彼女とは駆け出しの頃からの旧知の仲であり月の影自身、最も信頼できる相手であった。
「一刻も早く教会を討ち、闇を払わねばならん」
「……月下の蝶、なぜそこまで先を急ぐ?」
教会が黒幕であることを知ると月下の蝶は脇目を振らずに大聖堂に向かった。それは普段、慎重な彼女らしからぬ行動である。
「何を言っている。この国の未曾有の危機、一刻も速く収束させ王の安全を確保せねばならん」
「……そうだな。見えてきたぞ大聖堂だ」
聖職者や教会関係者の住宅や多くの教会が立ち並ぶ教区で飛び抜けて天高くそびえる大聖堂。まだ距離があるはずのそこから漂うなんとも言えない気配に二人は息を呑んだ。
大聖堂に到着するとゆっくりとその門を開け中に入る。中は真夜中であるにも関わらず照明の魔石でほんのりと明るく、一面に取り付けられた三英雄の伝説を物語るステンドグラスを煌めかせていた。
二人はその異様な空間に息を呑む。数百人は入るであろう無数に並べられた長椅子には隙間なく信者が座り、手を合わせ、俯き何かを祈る。
大聖堂の奥の祭壇に建てられた教皇デネブを象った巨大な彫像。その足元にある玉座のような椅子に何者かが座っている。
そこは“空の皇座”と呼ばれ、教皇のみが座ることができる。教皇の座は未来永劫デネブにあるため本来、誰も座ることは許されない。
しかしそこに座る男はどこか退屈そうにくつろぐ。白い長髪に白い肌。上半身は白いジャケットを羽織っただけという格好で左胸から血管が浮き出て脈を打っていた。
「やあ、待ちくたびれたよ」
男は手を一回叩くとゆっくりと立ち上がった。
「……お前がデネブか?」
「いかにも、私こそが三英雄にして世界の救世主。教皇デネブである」
デネブは祭壇を大袈裟な手振りで歩き回る。その様子に警戒しながら二人はゆっくりと近づいていく。
「ふっ。まるでペテン師だな」
「おや、今の時代でも私は三英雄として崇められていると聞いたんだがね。皆の衆、どう思う」
デネブはわざとらしく目を見開くと祈る信者達に尋ねる。信者達は何も応じずただデネブに手を合わせていた。
「1000年前はどうだか知らんが今のお前は英雄ではない。ただのイカれた狂人だ!!」
デネブの隙を窺い、月の影は数本のナイフを投げる。ナイフは一直線にデネブに向かうと思われたが何本かは不規則な軌道を描き四方から彼を襲う。
デネブはどこからか取り出した小ぶりのショートソードで軽くナイフを撃ち落とすと月の影に向かって不敵に笑う。
刹那、その心臓を背後から刃が貫く。その根本は月下の蝶が握っていた。
デネブは血を吐くとそのまま倒れ込み、動かなくなった。
「……存外あっけなかったな……幻術じゃないのか……」
「いや、感触は確かにあった。覚醒魔法も常にかけている。……三英雄も所詮は伝説にすぎなかったわけだな」
「おやおや、随分な物言いじゃないか」
デネブの死体を覗き込む二人の背後から肩を組むようにデネブが顔を出した。
(!!!??)
二人は慌てて振り払い、距離を取る。月の影、月下の蝶は両者とも歴戦の猛者であり、敵に背後を許したのは数十年ぶりであった。それほどデネブはまるで無から湧いたかのようにいきなり現れた。
(なんなんだ!?幻術!?いや、月下の蝶の覚醒魔法は本物だ。……死体も消えていない……幻術ではなかったのか!?)
「幻術?そんなチンケなものではない。そうだな……言うなれば“奇跡”だ」
デネブは自身の死体に手をかざすと死体は灰になって消えていった。
「こいつ……俺の心を……」
「落ち着け、月の影。大方、影武者でも使っていたのだろう」
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