ゾンビ転生〜パンデミック〜

不死隊見習い

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Season2

帰還ーDepartureー

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「カレンちゃん……お父さんは気の毒だったね」
「……いえ!父さんは大いなる使命のために月の影様達を逃したんです!!カレンにとっても自慢の父さんです!!」

 カレンが笑顔で答える。しかしその笑顔はどこか張り付けたものに感じた。

「……でも、父さんが泥棒になったのもカレンのため。盗賊ギルドに入ってからも大いなる使命のために頑張ってた。……父さん、幸せだったのかな……」

 カレンの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。ポラリスは彼女を抱き寄せ、頭を撫でた。

「……レオールさんは最後までカレンちゃんを守ろうとしていたって月の影さんが言ってた。きっとカレンちゃんが生きていてくれるだけで幸せだったんじゃないかな」

 ポラリスの言葉を聞き、カレンは大声で泣いた。ポラリスは彼女が泣き止むまで抱きしめ続けた。


「……無事、帰還できるだろうか。」

 玄関にしゃがみ、考え込むシリウスにエストレアが意見を求める。
 
 ネクロマンシー研究会を囲むフェンスの周りには突入時と同様にゾンビが大量に群れていた。

「……ここから出るのは月の影が裏道に開けた穴が使える。……そこからは……いざとなったら俺の魔法で蹴散らす」
「無理するな、魔力欠乏症だろう。すぐにバテてしまう。」

 魔力欠乏症は体の魔力がほぼ0になってしまった状態である。症状としては目眩や吐き気、身体能力の低下、魔力の回復が通常よりも各段に遅くなる。

「……私も魔力で体を活性化させれば右腕も使えるし普段通り動ける。」
「お前も無理するな……とも言ってられないか。いざとなったら頼む」

 エストレアは黙って頷く。

 月の影が開けた穴から裏道に出る。表よりも数は少ないもののそれでも何匹かのゾンビとの戦闘は避けられなかった。負傷と疲労故にシリウスとエストレアの動きが鈍くなっている上、守る対象が二人増えたことでポラリスも戦闘に参加する機会も増え、精一杯の働きをみせた。

「……城までもうすぐだ。油断するな」

 貧民街を抜け、城下町に入る。エストレアが十分に動けない分、シリウスへの負担が増えたため息が荒い。
 
 シリウスがある小屋のそばを通った時、小屋の壁がいきなり崩れて巨大な影が彼を襲った。
 大きな図体に長い鼻、それはトロールであった。恐らく見世物小屋で飼われていたものだろう。トロールは不細工に太い4本の指でシリウスを掴むとそのまま向かいの家の壁を突き抜けていった。

「シリウス!!」
「エストレアさん!!こちらにも来ます!!」

 兵士の格好をしたゾンビがエストレア達を取り囲んでいた。

「エストレア!!こっちは大丈夫だ!」

 シリウスが叫ぶ。その言葉を信じ、エストレアは三人に駆け寄ろうとするもゾンビ達に阻まれ、自由に動けない。

「ポラリス!私の近くへ!」
「二人とも、走って!」

 ポラリスは交戦しながら二人の避難を促す。相手は自分と同様の兵士のゾンビ。中には見知った顔もいたが何も考えないようにがむしゃらに槍を振るう。

「きゃ!!」

 カレンが逃げる際、転んでしまった。カーネルが助けに入ろうとするもゾンビ達に阻まれて近づけない様だ。
 転んだ彼女に一体のゾンビが近づいてくる。ポラリスは急いで彼女に駆け寄るとゾンビとの間に入り込み槍で貫こうとする。
 しかし、その顔を見てポラリスは動きを止めてしまった。

「え……シェーン……先輩?」

 自身の恩人の頭を槍で貫くことを彼の体は一瞬拒絶してしまった。シェーンははその隙を見逃さず、無防備なポラリスに掴みかかると首筋に噛みつこうと揉み合いになった。

「くっ!!シェーン先輩、すみません……」

 全力でシェーンを押しのけると体制を崩したその顔に槍を貫く。

「っ!!」

 戦闘が終わって初めて気づくその痛み。ポラリスは恐る恐る右腕を見ると、そこには赤く痛々しい噛み跡が残っていた。ポラリスの背筋に冷たい何かが襲いかかる。

「ポラリス!!大丈夫か。」
「は、はい」

 ゾンビを大方倒し終えたエストレアが駆けつけるがポラリスは咄嗟にその傷口を隠す。その行動は彼にとっても疑問であったがゾンビに噛まれた事実を告白することを彼の体が否定した。

「ポラリス、顔色が悪いようだが。」
「だ、大丈夫です。さ、カレンちゃん立てるかい?」
「はい。ポラリスさん、私のためにすみません……」

 落ち込むカレンに空元気の姿を見せるとトロールを仕留め終えたシリウスと合流する。

 その後、城にたどり着くまでポラリスは打ち明けることができなかった。


「お前たち、よく誰も欠けることなく帰ってきた!!」

 国王が三人の帰還を出迎えるとポラリスはカーネルとカレンの紹介をした。

「ポラリス君!!こんな大怪我までして……」

 アイリーンが駆け寄ってくる。今思えば彼女には心配をかけてばかりであった。ポラリスは右腕の噛み跡ギュッと掴むと管理人小屋に集まった人たちの顔を見回た。アイリーン、ビル、ジョシュ、ルーナ、ナナシ、ルシウス国王、アンドロメダ王女、カレン、カーネル、シリウス、エストレア。短い間だがその思い出を噛み締めた。何を間違えても自分の恐怖心から危険に晒していいはずがない。
 ポラリスは決心をすると皆の注目を自分に集め、腕の噛み跡を見せた。

「皆さん、すみません。自分はここまでのようです」

 突然の告白に皆、目を丸くする。

「そんな、嘘でしょ……ポラリス君!!」

 アイリーンが涙を浮かべてポラリスに抱きつく。ジョシュとルーナも駆け寄ってきた。

「兵隊のお兄ちゃんも死んじゃうの?」

 ジョシュの質問にポラリスは答えることができず、ただ笑顔を貼り付けて二人を撫でることしかできなかった。

「カーネル!!なんとかならないのか!!」
「シリウス、エストレア!!そいつは危険よ!さっさと斬り殺しなさい!」
「母上は黙っていて下さい!!」

 激情するシリウスに王女は唖然とする。エストレアは未だに事態が飲み込めない様子でただ呆然としていた。

「……残念だが一度噛まれては治療の方法はない……ワクチンはまだ完成していないんだ」
「そんな……一体どうすれば……」

 シリウスは言葉を失い、かつての仲間たちのことを思い出し手が震えた。カーネルも悔しそうに壁を殴りつける。

「シリウスさん……皆さんの手は煩わせません。自分一人、どこか遠くでけじめをつけます」

 ポラリスは旅立つ準備を終えると皆に最後の別れを告げる。

「アイリーンさん、いつも心配かけてすみませんでした。ジョシュとルーナちゃんも元気でね」
「何言ってるの!あなたを心配するのが私の仕事みたいなものだもの。……いつも人より無茶しちゃって……いつも人より頑張っちゃって……」

 再び涙を流すとポラリスに抱きつく。

「お兄ちゃん。僕がお兄ちゃんの代わりに皆を守るから安心してね!!」
「ああ、任せたよ」
「お兄ちゃん、これ御守り。あげるね」

 胸を張るジョシュの頭を撫で、ルーナからは花で作った小さなブレスレットを貰う。どうやらアイリーンと作ったらしい。アイリーンからはお腹が空いたら食べるようにサンドイッチを作ってもらった。正直、とてもありがたかった。


「ポラリス君。よく恐怖に打ち勝ち告白した。君こそ兵士の鏡だ」
「ビルさん。どうか御無事で」

 ビルと熱い握手を交わす。


「ナナシさんも御元気で」
「旦那ぁ、何もできなくてすまねぇ」
「そんな!ナナシさんがいなきゃあの巨人は倒せなかったですよ!」

 鼻をすすり泣きそうなナナシを元気付ける。


「ポラリスさん。ごめんなさい……カレンのせいで……」

 カレンは大粒の涙を流して謝罪する。

「いや、カレンちゃんのせいじゃないよ。自分がまだまだ未熟だった。それだけだよ。」

 それでも泣き続けるカレンの頭にそっと手を乗せる。

「お父さんのためにも……君は生きてくれ」

 カレンは黙って小さく頷いた。


「……悪いな。医者だってのに何もできなくて」
「いえ、こうなったのは自分の責任です」
「……餞別だ。受け取ってくれ」
「?これは?」
「咳や熱など……ゾンビ化前の症状を抑えられる。……抑えるだけでゾンビ化そのものは止まらんが」
「ありがとうございます!」

 それはネクロマンシー研究会で回収したカーネルの私物の一つであった。


「ポラリス……こんなことになって本当に残念だ」
「王様……すみません……」

 国王の後ろで王女が睨みつけていたが国王の表情は慈愛に満ちた優しいものであった。
 国王はポラリスの肩に手を置くと治癒魔法をかけた。

「せめてもの贈り物じゃ。……そなたに……その最後の時まで勇者アルタイルの加護があらんことを」
「!!……ありがたきお言葉……」
 

 シリウスは黙って手を差し出した。ポラリスはそれに応じて握手を交わす。

「……今まで何回も助けていただきありがとうございました」
「俺も何回も助けられたよ……。だが、最後の最後で何もできなかった……」
「……自分勝手なのは承知していますが、どうか自分の代わりに皆さんを守ってください。……そして生きてこの国から出れることを祈っています」
「……お前はお人好しだな。むかつくほど」

 手を離すと何もいわずポラリスの肩に手を置いた。


「……もうお別れなんて、私は信じない……。」
「……すみません」

 エストレアはポラリスを力強く抱擁すると戸惑いながらもポラリスも抱き返す。彼女の肩は心なしか震えていた。


「皆さん、今までお世話になりました!ラウム王国ガラクシア近衛隊ポラリス、皆さんの安全を心からお祈りします!!」

 直立し、敬礼すると庭園の門を開けて外に出る。後ろから何人か大声で泣く声が聞こえたが振り返りはしなかった。
 急に咳き込み、口を押さえた手を見ると血が混ざっていた。
 頭が痛い。気温は暖かいはずなのに体は寒い。風邪をひかないポラリスにとっては全く慣れない症状であった。

 重い足取りで城の外に向かう。自身の死に場所を求めて。
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