ゾンビ転生〜パンデミック〜

不死隊見習い

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Season2

朝ーBeginningー

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 ガラクシアに朝日が昇った。普段ならばこの時刻は朝市の準備をする商人たちで賑わっているのだが市場は不気味なまでに静まり返り、そこにはただ死者の群れが闊歩するだけであった。

 ポラリスは普段の習慣から朝日が昇るよりも前に起き、庭園で槍の素振りをしていた。こんな状況だからこそ日々の訓練を反復し不測の事態に備える。また、槍を一振りするごとに彼は自分の緊張が解れていくのを感じた。

「……!おはようございます!!」

 辺りが明るくなり始めるのと同時に管理人小屋から出てきた人物に挨拶をする。

「………熱心だな……」

 シリウスはポラリスの挨拶に目線だけで返すと城壁の見張り窓に向かった。

「はい!こんな時だからこそ鍛錬を怠ってはいけません!……いついかなる時も鍛錬を忘れるな……それが必ず自分を助ける……リック隊長によく言われたものです!!」
「……朝はやけに元気なんだな…」

 熱く話すポラリスを冷たくあしらうと街の様子を伺う。街には人の気配な一切なく、代わりに邪悪な気が満ち溢れていることを彼は感じ取った。
 シリウスは目に魔力を集中し視力を向上させると街のずっと先の貧民街を見た。そこには今日向かう、ネクロマンシー研究会が存在する。
 貧民街までの道にいるアンデットはそれでも数十体しか見られなかった。それはこの街の人口を考えると少なすぎる。恐らく屋内や物陰に潜んでいるのだろう。

(……やはり正面突破は得策ではないか……。時間はかかるだろうが裏道から行ったほうが良さそうだな)

 目的地までのルートを確認しているとポラリスも街の様子を覗き込んで来た。

「……いつもなら商人たちでうるさいぐらい賑わっているのに……やっぱり夢じゃなかったんですね」
「……現実逃避する暇があったら生き延びる方法を考えろ。ただでさえお前は俺やエストレアとは比べられない程、力不足だ。……やはり今日は彼女と二人だけで向かう。お前はここで待機していろ」
「……それは嫌です!!……確かに自分は弱いです……でももう待っているだけは嫌なんです!!……それに……シリウスさんが心配なんです…」
「……俺が!?」

 予想外の言葉に驚く。

「はい。……シリウスさんは剣を覚えてから一度も傷を負ったことがないと聞きます。それが昨日はあんなに傷だらけで帰ってきて……どこか体の調子でも悪いのでしょうか」
「……いや、少し不覚を取っただけだ」

 言いながらも腕の傷を見る。体の魔力を操作することで体の芯の傷はきれいに治ったが末端は治りが遅かった。普段の彼ならば考えられないことである。

「……それに……なんというか……自分たちを避けているというか……一緒にいるのを怖がっているというか……あっ!すいません!!余計なことを!!」
「……いや、こちらこそ心配をかけてすまない。……別に避けているつもりはなかった。……ただ前の仲間を思い出してな…」

 心配そうな顔をするポラリスを見た。七英傑に数えられる自分が若い兵士に心配されている。その力関係の逆転にシリウスは自分を嘲笑した。

「……ついて来るつもりなら訓練は控えろ。奴らは視力が悪い代わりに他の感覚が研ぎ澄まされているようだ。汗の匂いで気付かれるぞ」
「!?す、すいません……」

 シリウスの指摘はもっともであった。水が有限であるこの状況では汗を流すために使ってはいられない。

「ふっ……冗談だよ。どうせ今日、黒幕を倒して脱出できるんだ。気が落ち着くまでやればいい。……そうだ、俺が相手してやろう」
「!?こ、光栄です!!」

 予想外の提案に驚く。シリウスはそこらへんに落ちていた棒切れを拾い上げると剣の様に手に持った。

「お前はその槍でいい。殺す気でかかってこい」
「!!よろしくお願いします!!」

 一礼するとポラリスも構える。
 じりじりとポラリスは間合いを詰めていく。がっちりと構えるポラリスとは対照的にシリウスは脱力し、自分から見ても隙だらけである。しかしその目線は突き刺す様に自分の挙動ひとつひとつを追っていた。

 槍の届く距離に近付くとシリウスに向けて一気に突き刺す。確かに当たるはずだった。シリウスが槍の軌道からなかなか離れなかったので自分自身焦ったほどであった。しかし槍の穂先はシリウスをすり抜ける様に空を切る。

「どうした、殺す気で来いと言ったはずだぞ」

 寸前で避けたシリウスの挑発に触発される様に次々と攻撃を繰り返す。突き、横薙ぎ、振り下ろし、足払い……。これまで教わったことを全て注ぎ込んだ。しかし目の前の七英傑にはその全てがまるで霧の様に当たらない。

「ほう、型はなかなか綺麗だな……だが、それだけだ。圧倒的に実戦経験が足りない。もっと相手をよく見ろ!柔軟な攻撃をしろ!人を切るのを恐れるな!」
「はあ……はあ……」
「どうした!もう息切れか……最近の兵士は生温いのだな」

 その挑発を聞き、疲れ切っていたポラリスは再び自分を奮い立たせる。再び同じ技を繰り返す。ずっと城での訓練をしてきた自分にはこれしかできない。しかし今度はシリウスの言う通り相手の動きをよく観察して時には攻撃に緩急をつけ、時にはフェイントをかけ、相手を翻弄しようとする。

 最初は余裕だったシリウスの顔つきが次第に変わっていく。段々とポラリスの攻撃に危機感を覚える自分に気がついた。

「!!」
 
 その時であった。初めてシリウスはポラリスの攻撃を持っていた棒で防いだ。ポラリスの動きに隙ができると持っていた棒をポラリスに振り下ろした。

(!!しまった!!)

 その攻撃はシリウス自身の意思とは関係なく行われた。シリウスの本能が目の前の若い兵士を少なからず脅威と認めたのである。

 しかしその攻撃は横から割り込んだ何者かに止められた。

「……何をしている……。」
「…エストレアか。……そんな怖い顔をするな。ただの組手だ」

 エストレアは怒った様な顔でシリウスを睨み棒を持った右手を強く掴む。シリウスはその腕を振り解くとポラリスに向いた。彼は息を切らせもう動けそうになかった。

「……大丈夫か?」
「は、はい……急に動いたもんで息が切れただけです。ちょっと休めば大丈夫です」

 息を切らしながら言う。

「今の感覚を忘れるな。……それと今回の相手は複数だ。体力が保たないならば無理するな。俺と彼女も居る。」
「は、はい!!ありがとうございました!!」
「……朝食の用意ができた。……食べたら出発しよう。」

 エストレアとポラリスは管理人小屋に戻った。一人残ったシリウスは右手に持った棒を眺める。

これは使うつもりはなかったんだが……!?)

 腕の傷が僅かに治っていることに気がついた。
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