紅色のガラス玉

空城誠

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エピローグ

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 鏡から目をそらすと、外はだいぶ明るくなってしまっていた。思ったより長く傷心に浸っていたようだ……。近頃はやっと本来の姿を取り戻している右腕をひと撫でして、眠る前に水でも飲もうと外に出る。

「おっ、ウォルス! ただいま!」

 なんと素晴らしいタイミングであったか。丁度、グレアムが何度目かの旅から帰ってきた。恰好にこそ旅の疲れがみえるものの、グレアム自身はかわらず元気そうで安心する。

「おかえり、グレアム。――右腕はだいぶ良いぞ」
「ああ、それはよかった」

 常に仏頂面である私も、グレアムの前では頬くらい緩む。ついでにグレアムの分の水も汲み、二人連れだって城の中に入った。
 グレアムは旅から帰ってくるたび、旅先の面白い話を聞かせてくれる。ひとしきり無駄話をした後、紅色のガラス玉についての情報共有をするのがセオリーになっていた。今回もそうなるだろうと思っていたのだが、グレアムの様子が違っていた。水を飲み、簡単な食事を食べて、私を抱きかかえたのだ。

「お、おい、何をする!?」
「……」

 グレアムは私の抵抗をものともせず、滑るような速さで地下室へと向かう。地下室に行く用といえば一つしかないので、察した私は恥ずかしさで耳まで赤くなった。
 ヴァンパイアになってから知った事は沢山あるが、あの日人間の私とした行為も、ヴァンパイアになってから小屋でした行為も、まったく全力ではなかったのだという事を、この城に来て初めて知った。なにしろ、ベッドが破壊されてしまうほどの激しいものだったからだ。私も、夢中になってしまえば激しくはなるが、それは人間の激しさとは比べ物にならない。いつしか地下室には家具がなくなり、布だをひいている。冷たい石の壁と床には無数の爪痕があり、その情事がどれほど激しいのかを物語っていた。

「……グレアム?」

 地下室についても私を抱きかかえたままのグレアムに、そっと話しかける。グレアムは暫くそのままにした後、唐突に組み伏してきた。そしてお互いの服を脱がせる。そのまま一戦交えた後、ぽつりぽつりと今回の旅の話をし始めた。
 私たちが対ヴァンパイア用の道具を使っているとばれてから管理体制が強固になり、聖水も神の光も調達できないから別の案を探す。それは前回の旅までの課題だった。
 しかし今回は、とうとう解決策を見出してきたのだという。それは聖域にある為、探すのも侵入するのも大変かもしれないが、聖水の湧く湖に肉片を落とす、というものだった。たしかにそれなら確実にレディを滅することが出来る。

「大変かもしれないが、それでいいか?」
「もちろん。それに私が考えつく事など、火山に落とすとかそれくらいだったからな……」

 グレアムが苦労して見つけてきてくれた打開策に文句なんてあるはずがない。私は感謝の言葉とともに、グレアムの唇に唇を寄せた。

「それで? 嬉しさのあまり説明する前に抱きたくなった、と?」

 そのまま裸だったので、グレアムに馬乗りになると少し恥ずかしい。だが、もうその位では私も止められない。

「まあ、うん、そうだ……」

 歯切れの悪い返事をして、目線をそらすグレアムのソレに手を伸ばす。こんな状況なのに、いやむしろこんな状況だからか、一度果てたはずのソレはまた固くなっていた。

「なるほど。じゃあ、右腕が良くなった記念に、たまには私から攻めてあげようか」

 この行為が終わって、城を出たら……私は血濡れの伯爵から、ただのヴァンパイアのウォルスに戻る。グレアムとの旅は久しぶりだが、うまくやれるだろう。だから、出ていくまでは思う存分楽しむ事にした。
 最後の旅になるかもしれない聖域への旅には、不思議と不安な気持ちがわかない。もちろんグレアムが一緒だというのもそうだが、やっと仇討ちが終わると思うと、安堵の方が強かった。

 ――ああ、全てが終わったら、両親の墓にでも行こうか。

 私はもう既にやり遂げた気分になり、これからどうしようか、グレアムとどう過ごすかなど、そればかりを考えていた。




 緩やかに続く海岸線を見下ろせる山の上に、古ぼけた城が建っている。そこに住むのは、もうすぐただのヴァンパイアに戻る血濡れの伯爵とその恋人。
 他のヴァンパイアとはちょっと違う二人は、再び旅に出るまでかなりの日数を要した。その理由は、もう二人にしかわからない。

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