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第2章 冒険の旅へ

元聖騎士メイドの鞘は脇腹を穿つ

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「良いのか? レイクロス、ついていかなくて」


 いつも『あの格好』で掃除を始めるレイクロスにハルが声をかける。
 あの格好というのは、あまりに似合わないはずなのに何故か堂にいっている三角巾にエプロン姿の事だ。
 しかし、レイクロスは意外とこの格好を気に入っているのか休憩中もこの姿でいる事が多い。
 

「ついていく、というのはアルフレッドと聖母……リオナの事かい?」
「ああ、そいつら以外いないだろ。大体、放っておいたらアルフとリオナはくっついてしまうぞ」
「そこは問題ない、私が願うのは『聖母』の幸せだ」
「レイクロスの言うことはよく分からないな」


 レイクロスの語る聖母の幸せというのは、魔女インファニアス自身の幸せだ。
 リオナとインファニアスは同一人物でありながら、同一人物ではない。
 やがてリオナはインファニアスへと覚醒してリオナの人格と融合をするが、その融合体も厳密に言えばインファニアスではない。
 レイクロスの慕う聖母とはインファニアスの魂や記憶そのものである。


「私はリオナにも先代の器にも、その前の器にも興味がない。私の心を奪ったのは聖母、その人さ。それに——」
「それに?」
「私が修行をつけたアルフレッドは、面白く仕上がっている」

◆◆◆◆◆◆◆


「すまないね、手伝ってもらって」
「この村には世話になりましたから」


 アルフとリオナはディアの村で復興作業を手伝っていた。
 どうやら1週間前の襲撃以来、ウォルテンド騎士団からの追撃は受けていないらしく着実に復興が進んでいた。
 

「流れ者の俺を温かく受け入れてくれた村長に、俺に料理を振る舞ってくれたマスター……みんな、死んでしまったんですね」


 今回の襲撃を機にこの村を出ていく若者も多いらしく、復興したところでやがてこのディアの村は破綻する事だろう。
 交通の便もそんなに良いわけではない、あの時ジミーが語っていた通り大した特産物もなければれ文化的な遺産もない。
 だからといって、殺していいなんて話にはならないはずだ。


「美味いもんは果物くらい、タンパク源は輸入便り、栄えてないし娯楽も少ない。それでもさぁ、ここは俺の生まれ育った土地なんだ」
「少し、分かります」
「お兄さん、故郷は?」
「王都近辺から少し外れたところで、自然の多い場所ですよ」
「おや、貴族様かい?」
「追い出された身なんで、元がつきますけど」
「何やらかしたんだか知らないが、元貴族なら今は平民。おんなじ下っ端として応援してるよ」

 
 焼けた木材を運んでいる中年の男性はアルフの肩を叩き、廃材置き場へと運んでいく。


 元貴族なら今は平民。
 元人間でも今は魔女の眷属なら、もう仲間だとレイクロスは言っていた。
 なら、眷属なら元人間であってもう仲間とは言ってくれないのだろうな。
 アルフはそんな事をぼんやりと考えていた。


「リオナ、そろそろ行こうか。路銀も少なくなってきたし」
「え、ええ……アルフさんがそう言うなら」
「そろそろ親父も痺れを切らす頃だろうし、数年ぶりの里帰りをするか」


 ダインは実家で待つと言っていた。
 王都ではなく、実家という事は王都のある大陸中心部から大きく外れた大陸の西端にあるアークブラッド領だ。
 

「あの、アルフさんの地元ってアークブラッド領ですよね? だったらあの……助力を頼める人がいます」
「助力?」
「私の専属メイドで、元ウォルテンド聖騎士団の遊撃部隊隊長を務めた事もあるシエノ・ディープグラムという人なんですけど」
「シエノ……ディープグラム? シエノ……まさか、伝説の!?」
「伝説!?」


 アルフは一気に顔が真っ青になる。
 シエノ・ディープグラムといえば、ダインが気に入っていたという聖騎士の中でも実力者なのだが……ダイン顔負けの戦闘狂であり、相当の変わり者だったと聞く。


「シエノ・ディープグラム、直接会った事はないが彼女には様々な逸話がある。一見すると物腰が柔らかく、容姿端麗だが超肉食派かつ武闘派でかなりの実力者だった」
「私も貴族の嗜みとして剣術を学んだ事がありますけど、恐ろしいほどのスパルタで……」
「シエノさんに剣術を学んだのか!?」
「あ、はい。といっても単なる道場剣術で、3ヶ月くらいでギブアップしちゃいましたけど」
「そ、そうか……」


 シエノはウォルテンド騎士養成学校の剣術指南の教官を務めた事があるが、あまりに苛烈なレッスンだった事から次々に候補生達が精神的にも肉体的にもドロップアウトしていった事で有名だ。
 聖騎士の職を辞した話はアルフも聞いていたが、まさかリオナの専属メイドになっていたとは。
 アルフはあまりの突飛な情報に頭が混乱してきた。


「しかし、どういう事だ? リオナの専属メイドって? え、どうしてメイド!?」
「花嫁修行がしたくてメイドになったらしいんですけど……とにかく、強烈な人でして」
「たった5年間だけ働いていた聖騎士時代にも逸話をいくつも残したくらいだからな」
「その、実はシエノさん。私のことが異常なまでに好きなんです」


 アルフは固まる。
 異常なまでに「好き」だと、それはどういうことなんだ。
 次から次に意味の分からない情報が言葉として頭に流れ込んでくる。
 いや、本当にどういうことなんだ?
 

「す、好きっていうのは……?」
「実は何度も求愛されて、なのに生活指導はやたらとスパルタで……」
「それは、辛いな。いや、辛い……多分、辛いな」
「私、家出をしていて一方的に魔導通信機の受信をロックしてますけど……私の方からシエノさんに連絡をつければ、今日中には私の元へ来るかと」


◆◆◆◆◆◆◆


 ウエスフィールド大陸の港町、ザムサックで屋台料理を楽しむ事にした。
 どのみち、王都のあるセント・イーヴァス大陸に着いてしまえばウォルテンド聖騎士団との戦闘になる。
 決戦直前の最後の晩餐というわけではないが、道中の魔物狩りで手に入れた金である程度料理を楽しむ程度の余裕はある。
 屋台料理はザムサックの名物であり、安くてジャンキーだがとにかく味が良いと評判だ。
 アルフが芋を丸ごと高熱の油で揚げた芋揚げを買って、リオナと二人で食べようとした時、雄叫びが聞こえた。
 雄叫び、というか女の声だが雄叫びだ。
 

「アルフレッド・アークブラッドオォォォォォォォォォ!! 貴様ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「え?」


 え?
 というリアクションしか取ることが出来なかった。
 何故なら、この土地でアルフの名前を知っている人間などほとんどいないはずで。
 女性の知り合いなどリオナくらいしかいない。
 というか、何が起こっているのか分かっていない。
 まさに不意打ちを喰らったといった感じだ。


「リオナ様を、返せええええぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 鞘が飛んできた。
 という事をアルフが認識する暇もなく、その鞘が脇腹にクリーンヒットした。
 鞘が飛ぶだけなら大した事ないと思うかもしれないが、殺意の篭った投擲というのは人間に死をもたらしかねないものだ。
 それが聖騎士として世界を股にかけ暴れ回った人間だというのなら、その威力たるやオーガすら裸足で逃げ出すほどだ。
 まあ、オーガは靴を履かないのだが。


「ぐわああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ギュルギュルと回転運動しながら剣の鞘がアルフの脇腹を抉り続け、アルフはその鞘に翻弄されながら一回、二回、三回と地面にバウンドし、吹き飛ばされ続ける。


「あ、アルフさーーーん!!」


 リオナのアルフを呼ぶ声が、平和な屋台市場に木霊する。
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