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第1章 始まりの章

約束

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 レイクロスには考えなければならない事があった。
 まず、敬愛してある聖母が本気で自分を殺しにかかってきている事。
 そして、頭上の隕石だ。
 小石程度の岩石ならばまだしも、岩……いや、岩盤——ちょっとした岩山のようなサイズだ。
  

「落ちれば大陸が消し飛ぶな、そうかればまず私が助からないが……もっと困るのは、聖母……リオナがこの段階で死ぬ事か」


 火の玉や氷の刃を乱れ撃ちしつつ、詠唱を続ける魔女に改めて畏敬の念を抱く。
 防御魔法のリフレクションシールドを展開し、それを捌きつつ上空の隕石の破壊を試みる。


烈空衝撃砲フルインパクトブラスター!!」
「狂乱の飢餓戦士の血刃よ、穢れし血肉を切り裂き己が糧とせよ!! ブラッディエッジストリーム!!」


 地属性の重力に光属性の雷光を合わせ、両腕で練り上げた闘気と共に撃ち出すレイクロスの烈空衝撃砲フルインパクトブラスターはレイクロスの技の中でも破壊力に特化したものだ。
 それと同時にレイクロスに向かって放たれたブラッディエッジストリームは、レイクロスの「読み」によって躱される。
  

「チッ……!!」


 魔女とレイクロスは同時に舌打ちをする。
 隕石には目に見えてヒビが入るが、まだ破壊には至らない。
 魔女はブラッディエッジストリームでレイクロスを攻め立てようとするが、レイクロスに悉く躱される。
 まるでレイクロスに自分の思考を読まれているような、そんな気持ち悪さを覚える。
 しかし、レイクロスからすれば魔女の思考を読むなど朝飯前だ。
 何故なら、レイクロスは時間にして数百年もの間魔女と行動を共にしているからである。
 この魔女は人格が生まれたばかりだが、魂は前世と共通している。 故に転生しても直らない「癖」というものはどうしてもある。
 そこから逆算すれば魔女が取る行動など簡単に読み取る事が出来る。


「お前は……気持ち悪いな」
「お褒めに預かり光栄です、聖母よ」
「そういうところが、気持ちが悪い!!」


 魔女の攻撃ならば、回避し続ければいずれは魔女のエレメント素子も尽きて魔導術を撃つことが出来なくなる。
 完全に覚醒したのならエレメント素子は理論上無尽蔵だが、今の魔女はただの子供の肉体で限界がすぐに来る事は目に見えている。
 しかし、今の感情に振り回されて暴走している状態はエレメント素子がゼロの状態で魔導術を撃って身体が限界を迎えて死んでしまう危険性もある。
 そうなればレイクロスの命は助かるが、再び100年に渡り転生を待たなければならなくなる……そうなってしまえば本末転倒だ。
 そもそも出会って2日の男が殺されてここまで感情的になるなど予想をしていなかった、これまでの魔女はもっと冷酷な一面を持ち合わせていたが——レイクロスは深く考えるのをやめることにした。
  が、改めて思う。


「アルフレッドを殺すべきではなかったな……」


 舌打ちしつつ、そう呟く。
  

「森羅万象に宿りし根源たる力よ、力を流転させ破壊の化身と化せ!!」
「チッ……重力系魔導術の詠唱か!!」

 レイクロスは魔女の攻撃を次々と躱しつつ、エレメント・コードを記入しつつ詠唱を進める。
 魔導術の詠唱は即ち精霊との契約であり、高い集中力を必要とするため常人であれば身体を動かしながらの詠唱など不可能だ。
 しかし、レイクロスはそれを簡単にやってのける。
 彼は人間でなく魔女の眷属であるためだが、理由はそれだけではない。


「聖母よ、今は記憶が混濁しているだろうから分からないだろうが……私は貴女のために修練を積んできた。貴女が眠っていた間も、私はやがて生まれてくる貴女のためだけに生きてきたのだ。 そう簡単に止められると思ってもらっては困るな」
「喋るなッ!!」


 360度、全方位からの水の矢をレイクロスに向かって撃つ魔女。
 しかし、レイクロスは魔導エネルギーで形成された光の剣でそれを全て砕く。
 魔女のイメージでは水の矢が数十本突き刺さり、全身が穴だらけになっているはずだった。

「くっ……!!」
「息切れかな? 聖母よ」
「だ、黙れ……うぅ……」


 魔女は苦しそうに胸の辺りを抑えている、もはやエレメント素子が生命を維持出来ないほどの状態になってきているのだろう。


「では、あの禍々しい隕石を破壊させてもらおう。 グラビトンバースト!!」


 先ほど詠唱を完了させておいた魔導術を発動する。
 重力は物体の中央に向かって働くものだが、このグラビトンバーストは対象の中央に働いている重力の力場を外側に向けさせる魔導術だ。
 レイクロスの目論見通り、ヒビの入った隕石が爆発四散するが……。


「破片は落ちるまでに燃え尽きてくれれば良いが、多少の被害は免れない……か」


 レイクロス達、ネメシス騎士団の目的な無差別の破壊ではなく歪んだ秩序の破壊である。
 無意味な被害は極力食い止めるべきだが、こうなってしまった以上仕方がない部分はある。
 アルフを殺してしまった事は自分のミスである、幹部達や被害者達に謝罪をすると同時に自らを罰するべきだろう。


「くぅ……ううぅ!! うああぁぁぁぁぁぁ!!」
「聖母?」


 魔女が突然悶え、苦しみ始めた。
 肉体に限界が来たのだろうか、レイクロスは戦闘用にアクティブにしていたエレメントを人戦闘モードに切り替える。
 エレメントの戦闘モードは全身の血液を加速させる事でエレメント素子を属性エレメントへと効率よく変化させ魔導エネルギーを放てるようになるが、このモードを長時間維持すると肉体を傷つけエレメント素子切れを引き起こしてしまう。
 アルフレッドとの戦いは実力の3割も引き出していないからともかく、魔女との戦いは最大クラスの魔導術や奥義を駆使したためやや倦怠感が出てきたので内心ではレイクロスは胸を撫で下ろしている。
 手持ちに携行用の栄養補助のスナックがある事を思い出し魔女に食べさせようとするが水分が足りないのか上手く食べられないらしい。
 

「聖母よ、まずはお茶だ」
「ち、違う……私は、リオナ……」
「ではリオナよ、お茶を飲んで……ゆっくりでいい」


 水筒内の茶をカップに注ぎ、少しずつ口の中を濡らすように飲ませる。
 息を落ち着かせてからスナックを食べさせる。


「ま、不味い……」
「死にたくはないでしょう」
「うぅ……」


 人格が魔女『インファニアス』に染まろうとしていたが、彼女の身体が弱った事で本来の人格であるリオナに戻ったのだろうか?


「レイクロスさん……」
「なんでしょうか?」
「スナックを食べ終えたら、アルフさんを……眷属にする方法を教えてください」
「なっ……!?」


 これもまた、完全に想定していなかった発言だ。
 しかし、レイクロスはリオナの言いたいことも理解はできる。
 人間は身体機能が完全に停止しても、魂さえ冥界に持っていかれなければ眷属として蘇生可能だ。
 だがそれは、同時に人間ではなくなり生命としての尊厳が奪われ「人間」として生きていくことが困難になる。
 しかし、眷属に変えるという事は曲がりなりにも彼なりの正義を貫いていたアルフレッドを無理矢理悪の道へと引きずり込もうというのと同じだ。


「仲間が増えるのは大いに結構、しかし——」
「アルフさんは聖騎士としての修練を積んできた。 魔女の眷属になるのは本人にとっても不本意かもしれません。 でも、それでも……私は——」
「良いでしょう、しかしこれは聖母——いや、リオナの判断だ。 私は責任を取りません」
「分かりました、お願いします」


◆◆◆◆◆◆◆

 レイクロスとリオナの眷属契約により、レイクロスの内蔵エレメント素子をリオナに明け渡す。
 眷属化の魔導術は膨大なエレメント素子を消費する、栄養スナック程度の回復力ではリオナの命に関わる。
 レイクロスはもはや魔導術を一つも使えないような状態だが、命に関わるほどではない。


「では、これよりレクチャーを開始します。とはいえ、魔女専用の魔導術なので私は理論を知っているだけ。術を行使するのはあくまで聖母よ……あなた自身だ」
「分かりました」


 人間を魔女の眷属にする方法は、魔女の魂と人間の魂を結合させる事だ。
 魂を構成するものは「感情」「記憶」「血液」だ。
 魔女のみが行使できる全ての属性を混ぜた『星』属性魔導術によって、魔女の眷属は生まれる。
  

「生命の書き換え、それこそが星属性の最大の特徴です」
「全ての元素の基となった地水火風の4属性に、心を媒介とする光と闇……基礎6属性全てを包括する星属性ですね」
「星属性は禁術とされているが、魔女の真似をしようとした愚か者が後を絶たないらしく星属性関連の書籍は一部の国立大学の図書館の禁書区域に封印される程になった程だ」


 確かに、魔導術を学ぶものなら魔女は憎むべき存在というよりは一種の憧れに近い感情を持つ事はリオナも理解できた。
 最も、今となっては魔女の転生者という証拠がこれでもかと突きつけられてしまったので不思議な感じだが。


「まずは『アルフレッドの魂』そのものを視る事だ。 当然、肉眼の話ではない事は理解出来ますね?」
「エレメントアイですね」
「その通りです、そして自分の魂とアルフレッドの魂を認識してそれを結びつける」

 エレメントアイ、自身の視界を霊的な視界へと一時的に変化させる魔導術だ。
 主に悪霊や精霊の存在を探る際に使うものだが、死んだばかりの人間や通常の霊が見られるほど便利な代物ではないがリオナほどの魔導術師になれば話は違ってくる。


「精度は最大に、認識出来たらそれを固定する」
「分かりました!」


 魂の固定、捕縛系の術であれば可能だろうか? と、リオナがそう考えるとあっさり成功する。
 生きている人間ならば魂を固定されるなど、たまったものではないだろうが死んでしまった今は魂自体が「意識不明の状態」だ。
 リオナからしたら全くの未経験だが、何となく出来てしまうのは魔女の記憶が断片的に残っているからだろうか?
 しかし、リオナはそんな自分を不気味に思っても今はアルフを蘇生させることに専念する。


「次は自分の魂と、アルフレッドの魂を繋げる作業。 繋げやすい部分は、感覚ですね。 私は一切の未経験なので、アドバイスは出来ません」
「ですよね……」


 不意に、怖くなる。
 魔女である自分以上に魔女に詳しいレイクロスでさえ知らない術式であり、人の命を冒涜する魔導術の発動。
 人の命を「救う」のではなく「書き換える術」である。
 しかも自身の魂と、アルフの命を混ぜこぜにするのだ。


「行きますよ、アルフさん……!!」


 当然、命が壊れているアルフには聞こえやしない。
 たった1日だけでも一緒にいて優しくしてくれたアルフに縋るような想いで、そう声をかけた。

◆◆◆◆◆◆◆


 人間の魂と魂が繋がる場所、リオナの意識は現実世界ではなく精神世界と呼ぶべきか?
 そんな形容しづらい場所を歩いていた。
 薄暗く、地面とも水上とも言いづらいがまるで——


「なんか、廃虚みたい……」


 ところどころに浮かぶ記憶のカケラだろうか?
 家や公園の遊具、折れた剣や壊れた盾、魔導書などがあちこちにプカプカと浮かんでいる。
 これはアルフが死んでしまっているからこんな状態なのだろうか?


「神は人間に言葉を遺した。 死は哀しむものではないと——か。 言葉としては慰めにはなるけど、こんなの見ちゃうとな」


 一刻も早く、生き返らせないと——
 魂を固定した以上、そう簡単に冥界に送られる事はないけれど魂の固定は悪霊化する危険性も孕んでいる。
 魂と魂を繋げた状態で悪霊となった場合、自分自身も危険だ。
 精神崩壊を招いたり、魔物化してしまう可能性もある。
 魂を繋げたまま悪霊化したケースは聞いたことがないが、恐らくロクな結果を招かないだろう。
 急ぎ足で、アルフの魂の核となる場所へと急ぐ。


「あれかな……?」


 魂の固定に使った捕縛系魔導術の光が見える、目印がわりになるのは想定していなかったのでこれはリオナにとっては嬉しい誤算だ。


「アルフさん……」


 アルフの魂の核はぐったりとしている、まるで枯れた花のような印象だ。
 眷属化の魔導術をかけるため、捕縛系魔導術を解除する。
 眷属化が成立すれば、眷属をいつでも魔導術でコントロール出来るようになるが魂と魂が直接繋がった状態は解除される。
  

「今から私は、あなたに酷いことをします。 聖騎士になるために修行を続けてきたあなたを聖騎士の敵にしてしまいます」
「アルフさんは良い人だから、きっと聖騎士の友達もいますよね。 そんな人達ともお別れしなきゃいけないかもしれません」
「死んだものを無理やり生き返らせるのは人道に反していると——そう言うかもしれません」
「私を恨むかもしれません、それでも……私はあなたに生きていてほしい。 だから、私はあなたを……眷属にします」


 気付けば、涙が流れ落ちていた。
 不安だからなのか、悲しいのかは分からない。
 恨まれても構わないと思っていたけれど、どうしようもなく怖くなった。
  

「リオナ……泣かないでいい」
 

 魂と魂が結合したからだろうか?
 まだ、魔導術を行使していないにも関わらずアルフの魂の核がそっとリオナの頭を撫でた。
 肌の色艶も先ほどの枯れた花のような印象から少し変わっている。
 しかし、頭を撫で終えると再びガクッと糸の切れた人形のようになってしまう。


「ありがとうございます、アルフさん……私達、これからはずっと一緒です!! これからどうなるか全くわかりませんが、何があってもアルフさんを守ります!!」


 たった1日だけの相棒の関係は終わりを迎えた。
 リオナとアルフはこれからは運命共同体となるが、リオナは改めて確信する。
 私とアルフさんなら、きっとこれから何があっても大丈夫だと——


「我と汝、これより悠久の旅路へと赴く。 我は誓う、永遠の時を共に——同じ景色を、同じ目線で、同じ心で共生し続けることを」


 魔女の記憶にあった詠唱文はまるでプロポーズのようだとリオナは思った。
 実際のところ、そうなのだろう。
 魔女の歴史について調べた時、魔女は大勢の人間に囲まれていたが婚歴は一切ないという記述があった。
 眷属化とは心と心を絆で結ぶのだ、それはもう結婚しているも同然だ。


「エターナル・エンゲージ!!」


 永遠の盟約、これが眷属化の魔導術の名だ。
 視界に様々な色の光が広がっていく、まるで世界中に祝福されているかのような感覚だ。
 身体が浮き、繋がった精神世界が崩壊していく……生きているアルフの精神世界はどんな景色なのだろうか? と、ふと考えた。
 しかし、覗かなくてもこれからは永遠に共にいるのだ。
 リオナはこの気持ちいい感覚に身を委ねていった。
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