28 / 28
Side effect
しおりを挟む
医務室にいるのは、アリアとサクラ。
記録が残らないよう気を回したうえで、ふたりはとある薬について話していた。
「——副作用、ですか?」
「ああ、あの自白剤は、使用した者だけでなく、そばにいる者にも影響が出る。揮発性が高いからか……私が効きやすいからなのかは、断定できないね」
「再度試すわけにもいきませんからね……」
「……そうだな」
空間に映し出されたデータをなぞりながら、アリアが思案する顔つきで、
「バーチャル試験で、周囲の者も設定してみましょう。距離や接触の程度など、条件によって大きく変化が出るかも知れませんね」
「ああ、節電が解除されたら、試してみるといい」
「差し支えなければ、彼女が服用した分量だけでなく、サクラさんの彼女との距離や接触の程度をお聞きしてもよろしいですか?」
「——悪いが、よく覚えていなくてね」
「今、口頭でなくとも……映像データでも構いませんよ?」
「私室での出来事は残していない」
「……おや。となると、彼女の服用に関するデータは……客観性の高いものは、無いということでしょうか?」
「そうなるね」
「そうですか……」
残念そうなアリアの顔に、サクラの興味深げな視線が注がれている。
「お前は、私を非難しないんだね?」
「……ええ、自白剤については……私も、最初の段階で使うべきではないか、と……思っていましたので。……同罪です」
「最初の段階というのは、食堂で偽の毒を飲ませようとしたときか?」
「いえ」
アリアの目は、サクラを見ない。
言うべきかどうか、迷うように目線を落としている。
ためらいを含んだ唇は、重く開いた。
「……お姫様が、ここに訪れた日です」
アリアの声が、低く響いた。
目線をサクラに向けることはなかった。青い眼に曝されることを、恐れるように。
「……アリア、」
「はい、なんでしょう?」
「ティアが口にした毒物の混入ルートは、分かっていない」
「? ……ええ、そうですね。ティアさんから、調べる必要はないと言われて……調査は止めましたが……続けますか?」
「——いや、それは私が行おうか」
不意に、サクラは微笑んだ。
場違いな笑顔を目の端に捉えたアリアは、ついそちらに目を向けていた。
「……サクラさんが、ですか?」
「ああ、私が調べよう」
「そうですか……では、お任せします」
やわらかな微笑に、安心したように笑みを返したアリアだったが、そのあとのサクラの言葉に凍りついた。
「——お前は、ティアがここに来る前から、あの子のことを知っていたね?」
ビオラを奏でるかのような、甘く深い、なめらかな音。
それは質問ではなく、確認の響き。
アリアの動揺に向けて、サクラは尋ねる。
「私が知らないとでも思っていたか?」
「……いえ……ただ、話題に出すべきではないかと……思っていましたから。ここは、宗教を禁止されていましたので……」
「それは昔の話だろう? 私は禁止していないよ」
「そう……ですね。でも、私も……母が信仰していただけですから、ティアさんと面識はないのです……」
「ティアの反応を見るに、そうなのかも知れないね?」
「……毒物の混入について、私を疑っているのでしょうか?」
「——いいや」
そこだけは、妙に明瞭な響きで否定を返した。何か思うところがあるのか、サクラはアリアを観察していた目を止めて、脳裏のイメージを追うように焦点をぼやけさせる。
「他の者には言っていないが、毒物を手に入れて、かつ混入可能だった者が、ひとりいる」
「それは……もちろん、お姫様ではないのですよね?」
「ああ」
ビオラの響きは、アリアの予想にない仮定を口にした。
「——ミヅキには、可能だった」
彼らの、小さな弟。
黒い髪に、白い肌、黒い眼。サクラに似ているようで、まったく似ていない。母親の血を強く引き継いだ——今では亡き、末っ子の兄弟。
彼が、ティアが飲んだ紅茶の、最初の所持者だった。
記録が残らないよう気を回したうえで、ふたりはとある薬について話していた。
「——副作用、ですか?」
「ああ、あの自白剤は、使用した者だけでなく、そばにいる者にも影響が出る。揮発性が高いからか……私が効きやすいからなのかは、断定できないね」
「再度試すわけにもいきませんからね……」
「……そうだな」
空間に映し出されたデータをなぞりながら、アリアが思案する顔つきで、
「バーチャル試験で、周囲の者も設定してみましょう。距離や接触の程度など、条件によって大きく変化が出るかも知れませんね」
「ああ、節電が解除されたら、試してみるといい」
「差し支えなければ、彼女が服用した分量だけでなく、サクラさんの彼女との距離や接触の程度をお聞きしてもよろしいですか?」
「——悪いが、よく覚えていなくてね」
「今、口頭でなくとも……映像データでも構いませんよ?」
「私室での出来事は残していない」
「……おや。となると、彼女の服用に関するデータは……客観性の高いものは、無いということでしょうか?」
「そうなるね」
「そうですか……」
残念そうなアリアの顔に、サクラの興味深げな視線が注がれている。
「お前は、私を非難しないんだね?」
「……ええ、自白剤については……私も、最初の段階で使うべきではないか、と……思っていましたので。……同罪です」
「最初の段階というのは、食堂で偽の毒を飲ませようとしたときか?」
「いえ」
アリアの目は、サクラを見ない。
言うべきかどうか、迷うように目線を落としている。
ためらいを含んだ唇は、重く開いた。
「……お姫様が、ここに訪れた日です」
アリアの声が、低く響いた。
目線をサクラに向けることはなかった。青い眼に曝されることを、恐れるように。
「……アリア、」
「はい、なんでしょう?」
「ティアが口にした毒物の混入ルートは、分かっていない」
「? ……ええ、そうですね。ティアさんから、調べる必要はないと言われて……調査は止めましたが……続けますか?」
「——いや、それは私が行おうか」
不意に、サクラは微笑んだ。
場違いな笑顔を目の端に捉えたアリアは、ついそちらに目を向けていた。
「……サクラさんが、ですか?」
「ああ、私が調べよう」
「そうですか……では、お任せします」
やわらかな微笑に、安心したように笑みを返したアリアだったが、そのあとのサクラの言葉に凍りついた。
「——お前は、ティアがここに来る前から、あの子のことを知っていたね?」
ビオラを奏でるかのような、甘く深い、なめらかな音。
それは質問ではなく、確認の響き。
アリアの動揺に向けて、サクラは尋ねる。
「私が知らないとでも思っていたか?」
「……いえ……ただ、話題に出すべきではないかと……思っていましたから。ここは、宗教を禁止されていましたので……」
「それは昔の話だろう? 私は禁止していないよ」
「そう……ですね。でも、私も……母が信仰していただけですから、ティアさんと面識はないのです……」
「ティアの反応を見るに、そうなのかも知れないね?」
「……毒物の混入について、私を疑っているのでしょうか?」
「——いいや」
そこだけは、妙に明瞭な響きで否定を返した。何か思うところがあるのか、サクラはアリアを観察していた目を止めて、脳裏のイメージを追うように焦点をぼやけさせる。
「他の者には言っていないが、毒物を手に入れて、かつ混入可能だった者が、ひとりいる」
「それは……もちろん、お姫様ではないのですよね?」
「ああ」
ビオラの響きは、アリアの予想にない仮定を口にした。
「——ミヅキには、可能だった」
彼らの、小さな弟。
黒い髪に、白い肌、黒い眼。サクラに似ているようで、まったく似ていない。母親の血を強く引き継いだ——今では亡き、末っ子の兄弟。
彼が、ティアが飲んだ紅茶の、最初の所持者だった。
40
お気に入りに追加
78
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(15件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!



『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
退会済ユーザのコメントです
本編がほんとにほんとに大好きです!!
もっと読みたくて応援頑張ろうと思いました!٩( 'ω' )و
続編いつまでも待ってます!
ゆに様
Xにて連絡すべきか迷ったのですが、一応こちらで。
おかげさまでifストーリーにて自由に書きたい放題やらせていただいております。
エール数も多く、好評のようです。
本当にありがとうございます。
またいつでも、要望がありましたら教えてくださいね!