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料理人のプライド
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最近の彼女は、サクラから希少かつ美味しいものを貰うことが多い。それはメルウィンにとっても喜ばしいことで、回り回って兄弟たちにも還元される。
——そう、喜ばしいことのはず。
「おいしい!」
やわらかな発音で、賞賛の言葉が聞こえた。いつもメルウィンが楽しみにしている言葉なのだが……今日は、すこし違う。
おおよそ昼食の時間。
食堂にはメルウィンと彼女が並んで食事を取っていて、反対にはセトとティアがいた。ティアは朝食でもあると思う。プラチナブロンドはゆるく三つ編みにされている。
そんなティアの前には、ブラウンのシチュー。シンプルなそれをすすっている彼も、また彼女のように「ほんとだ。すごく美味しいね」明るい顔で応えた。
いちおうセトにも同じ物が出されていたが、彼の前には普通の料理もたくさん並んでいて、シチューは一瞬で消えていった。「へぇ、意外と美味いんだな」それくらいの感想はあった。
彼らが食べていたのは、加工食品。といっても、マシンによる加工食ではなく、いわゆるレトルト食品に近い。高級な食材を詰め込んだ嗜好品で、流通は限られていたが……どうやら過去にハウスにいた所員が集めていた物らしく、例によってサクラの所持品のなか忘れられていた物のひとつだった。
ティアとセトの意見にうなずいていた彼女が、隣のメルウィンを振り向き、
「めるうぃんは、どう?」
「……とても、美味しいです」
「よかった」
ふんわりと顔をほころばせる彼女に、メルウィンも笑ってみせたが……。
ちらりと目を投げたティアだけが、何かを察したようだった。
「アリスさん、このシチュー、好きですか?」
「はい、とてもおいしいと、おもう」
「そうなんですね……」
まじめな顔でうなずいたメルウィンが、シチューをすくって、もうひとくち。口に含んだまま、そのまじめな顔は、よりいっそうキリリとした顔つきに。
(……焼いた牛肉、鶏ガラ、トマト、玉ねぎ、にんじん、……セロリ、ローリエ、赤ワインは……カベルネソーヴィニョンとシラーズ、かな? 香りが飛んでいてよく分からないけど……この程度なら……)
にこにことした彼女の顔を見ているセト(彼は最近このために無意識に食事の時間を合わせているだろうと思われる)の横で、ティアはメルウィンの様子を眺めつつ、ぽそりと、
「(メル君、ぜったいに同じもの作る気だよ。なんならそれを超えようとしてる……)」
そのつぶやきに、セトはよく理解できず「へぇ、すげぇな?」軽い返答。ティアは思わず半眼で見返したが、ため息に切り替えた。
「君たちさ……無意識すぎるよね」
「は?」
「うん、気にしないで、ひとりごと」
好きなひとの笑顔を見たくて、食事の席を合わせる青年。
彼女の趣味とまで評されている、料理の座を守りたい青年。
それぞれ主体になる感情は異なるとしても——いや、どうだろうか?——無意識にそそぐ想いは、当の本人に気づかれそうもない。
それよりも、
「——ウサちゃん、見っけ! スノーモービルで隣の山までドライブデートしねェ?」
食堂のドアが開いたかと思うと、目の疲れる髪色と服装の彼が。
メルウィンとセトの表情が明らかに変化した。前者は困ったように、後者は不愉快そうに。それぞれ眉を寄せていた。
「……すのーもーびる?」
「雪景色がキレイらし~よ。オレは興味ねェけど、ウサギちゃんはそォゆ~のスキだろ?」
それは見てみたいかも。期待がうっすらとにじむ瞳に、ロキは機嫌よく彼女を攫っていく。
「——あの、アリスさん」
それを引き留めるように、珍しくメルウィンが声をかけた。
振り返る彼女に、ブラウンの眼を優しく細めて、
「温かいスープを用意して、待ってます。気をつけて、早めに帰ってきてくださいね」
「はい——ありがとう」
(えェ? 簡易ホーム持っていってキャンプでもよくねェ?)そんなロキの企みは、メルウィンによって阻止された。
なんとも鮮やかな手腕だな、と。
思わぬ伏兵に、舌を巻くティアだった。
——そう、喜ばしいことのはず。
「おいしい!」
やわらかな発音で、賞賛の言葉が聞こえた。いつもメルウィンが楽しみにしている言葉なのだが……今日は、すこし違う。
おおよそ昼食の時間。
食堂にはメルウィンと彼女が並んで食事を取っていて、反対にはセトとティアがいた。ティアは朝食でもあると思う。プラチナブロンドはゆるく三つ編みにされている。
そんなティアの前には、ブラウンのシチュー。シンプルなそれをすすっている彼も、また彼女のように「ほんとだ。すごく美味しいね」明るい顔で応えた。
いちおうセトにも同じ物が出されていたが、彼の前には普通の料理もたくさん並んでいて、シチューは一瞬で消えていった。「へぇ、意外と美味いんだな」それくらいの感想はあった。
彼らが食べていたのは、加工食品。といっても、マシンによる加工食ではなく、いわゆるレトルト食品に近い。高級な食材を詰め込んだ嗜好品で、流通は限られていたが……どうやら過去にハウスにいた所員が集めていた物らしく、例によってサクラの所持品のなか忘れられていた物のひとつだった。
ティアとセトの意見にうなずいていた彼女が、隣のメルウィンを振り向き、
「めるうぃんは、どう?」
「……とても、美味しいです」
「よかった」
ふんわりと顔をほころばせる彼女に、メルウィンも笑ってみせたが……。
ちらりと目を投げたティアだけが、何かを察したようだった。
「アリスさん、このシチュー、好きですか?」
「はい、とてもおいしいと、おもう」
「そうなんですね……」
まじめな顔でうなずいたメルウィンが、シチューをすくって、もうひとくち。口に含んだまま、そのまじめな顔は、よりいっそうキリリとした顔つきに。
(……焼いた牛肉、鶏ガラ、トマト、玉ねぎ、にんじん、……セロリ、ローリエ、赤ワインは……カベルネソーヴィニョンとシラーズ、かな? 香りが飛んでいてよく分からないけど……この程度なら……)
にこにことした彼女の顔を見ているセト(彼は最近このために無意識に食事の時間を合わせているだろうと思われる)の横で、ティアはメルウィンの様子を眺めつつ、ぽそりと、
「(メル君、ぜったいに同じもの作る気だよ。なんならそれを超えようとしてる……)」
そのつぶやきに、セトはよく理解できず「へぇ、すげぇな?」軽い返答。ティアは思わず半眼で見返したが、ため息に切り替えた。
「君たちさ……無意識すぎるよね」
「は?」
「うん、気にしないで、ひとりごと」
好きなひとの笑顔を見たくて、食事の席を合わせる青年。
彼女の趣味とまで評されている、料理の座を守りたい青年。
それぞれ主体になる感情は異なるとしても——いや、どうだろうか?——無意識にそそぐ想いは、当の本人に気づかれそうもない。
それよりも、
「——ウサちゃん、見っけ! スノーモービルで隣の山までドライブデートしねェ?」
食堂のドアが開いたかと思うと、目の疲れる髪色と服装の彼が。
メルウィンとセトの表情が明らかに変化した。前者は困ったように、後者は不愉快そうに。それぞれ眉を寄せていた。
「……すのーもーびる?」
「雪景色がキレイらし~よ。オレは興味ねェけど、ウサギちゃんはそォゆ~のスキだろ?」
それは見てみたいかも。期待がうっすらとにじむ瞳に、ロキは機嫌よく彼女を攫っていく。
「——あの、アリスさん」
それを引き留めるように、珍しくメルウィンが声をかけた。
振り返る彼女に、ブラウンの眼を優しく細めて、
「温かいスープを用意して、待ってます。気をつけて、早めに帰ってきてくださいね」
「はい——ありがとう」
(えェ? 簡易ホーム持っていってキャンプでもよくねェ?)そんなロキの企みは、メルウィンによって阻止された。
なんとも鮮やかな手腕だな、と。
思わぬ伏兵に、舌を巻くティアだった。
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