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ふたりだけのお茶会
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カマをかける——というのは、詐欺師の常套手段。ティアは、自分は詐欺師ではないと信じているけれど、まあよく使う。
「サクラさんって、どうしてセト君を追い出したいんだろうね~?」
ティーカップをソーサーに戻す動作に合わせて、軽い響きで問いかけた。共に紅茶を飲んでいた彼女は、思案する顔つきで「わたしも、りゆうをしりたい……」答えてから、はたり。気づいたようで、瞳を大きくしたまま固まった。
ティアの私室、レースのクロスが掛かったテーブルには、高価なバター(らしい)を使ったパイの茶菓子。薄くキャラメリゼされた表面が、カリッと楽しい食感をくれる。これでバターは使いきったとのこと。
そのバターの出どころである、彼の話題。
止まってしまった彼女の顔に、ティアは苦笑ぎみに微笑んだ。
「……そっか、やっぱりこれは内緒なんだ?」
「……てぃあは、しってた?」
「うん、直接サクラさんに脅されたからね。セト君を追い出すのを邪魔するな——って」
「………………」
「アリスちゃんは、いつ知ったの?」
「……〈ぱーてぃ〉の、日に」
「サクラさんを迎えに行ったときかな?」
「はい」
サクリとパイを噛み砕いて、甘やかな余韻を紅茶で覆い隠す。傍らの窓には凍てつくような星空。
言おうかどうか。迷いを見せつつ、彼女は口を開いた。
「さくらさんは……せとが、……さくらさんといるときのせとが、いやだと……いってました」
「うん? よく分からないね?」
「……〈いしゅく〉する、と」
「……萎縮?」
「はい」
「あぁ、たしかに——セト君は、サクラさんに対して従順だね」
「……はい」
「……それなら、今の状態はサクラさんからしたら望ましいのかな? あのふたり、ずっと冷戦状態だよね。必要最低限しか話してないし」
「………………」
「……君のせいじゃないよ? サクラさんの自業自得なんだから、気にしないで」
ティアのフォローは響いていないようで、彼女は思いつめた顔をしている。彼女がどこまで把握しているか知らないが、現在サクラの権限のレベルは低下していて、周りの反発が大きすぎるから追放する権利もない。よってティアはサクラへの恐れもなく……わりあい好き勝手に行動している。スキーの待機中でも警告されなかった。サクラの盤上から、駒としてのティアは外されたということだろうか。
「……アリスちゃん、」
落ちていた彼女の目が、そろりと上がる。その瞳に、誰かを恨む色はない。むしろそこには、案じるような——。
「サクラさんの……眼鏡を、見たことがある?」
「? ……いいえ」
「僕さ、ちょっと隙を見て触ったことがあるんだけどね……サクラさんって、紙の本を手にしているときは、文字に重ねて映像を見てるんだよ」
「えいぞう?」
「うん、過去の——誰かの思い出だね。サクラさんって、人の頭のなか……とくに、脳に残る記憶を研究してたらしいんだ。死んだ人の脳から、その人の生前の映像記憶を見られるマシンも作り上げてる。……ほんと、神様みたいなことをしてるね?」
「……しんだひとの、きおく」
「うん。……サクラさんは、人間を知りたいのかもしれないね」
「………………」
「……サクラさんが、セト君を追い出したい理由なんて、僕には見当もつかないけど……」
——いや、どうだろうか。現状で、ティアの頭にはいくつか仮説が浮かんでいる。検証するすべはないが……
「——きみは、気にしなくていいんだよ。彼らのために、アリスちゃんが何かを犠牲にする必要なんてないんだから。……好きにすごそうよ。一緒に、ね」
優しく笑ってみせたが、彼女の表情は難しいまま。
(昨夜、サクラさんの部屋に行ったでしょ? 僕、見ちゃったんだよね。サクラさんのことは、もう放っておいていいんだよ)
——なんて言うつもりだったのに、言える感じじゃない。
向かいの双眸は、優しい黒。自分のことよりも、誰かの為になることを願っている。
「……きみは、〈お母さん〉だね」
「……?」
傾いた頭。今日の髪型は、すっきり。ひとつにくくられている。
「君の本質だよ。〈慈悲〉かなって思ってたけど、それよりは〈慈愛〉で、よりはっきり表すなら——母。母性を覚えた相手には、怒れなくなる。どんな悪いことをしても、赦してしまう。絶対的な味方。……困ったね?」
「……わたしが、〈おかあさん〉?」
「そう、そんな感じ」
「……だれの?」
「誰かな? いちばん手が掛かるのは、ロキ君だろうけど……」
——もしかしたら、君にとっては、サクラさんだったりしてね。
その先は、伝えなかった。
彼女は、「ろきは、こども……わたしも、おもうときが、ある。……これは、ないしょ」小さく笑って、紅茶に口をつけた。ふんわりと香る、温かなアロマ。
「うん、でも……僕のことは、子供に見ないでね? 対等に見てね?」
「はい、もちろん」
(……ほんとに? 最近たまに僕に向ける目が優しくて恥ずかしいんだけど、なんとかならない?)
そんな本心もまた、紅茶のやわらかなアロマに溶けていった。
「サクラさんって、どうしてセト君を追い出したいんだろうね~?」
ティーカップをソーサーに戻す動作に合わせて、軽い響きで問いかけた。共に紅茶を飲んでいた彼女は、思案する顔つきで「わたしも、りゆうをしりたい……」答えてから、はたり。気づいたようで、瞳を大きくしたまま固まった。
ティアの私室、レースのクロスが掛かったテーブルには、高価なバター(らしい)を使ったパイの茶菓子。薄くキャラメリゼされた表面が、カリッと楽しい食感をくれる。これでバターは使いきったとのこと。
そのバターの出どころである、彼の話題。
止まってしまった彼女の顔に、ティアは苦笑ぎみに微笑んだ。
「……そっか、やっぱりこれは内緒なんだ?」
「……てぃあは、しってた?」
「うん、直接サクラさんに脅されたからね。セト君を追い出すのを邪魔するな——って」
「………………」
「アリスちゃんは、いつ知ったの?」
「……〈ぱーてぃ〉の、日に」
「サクラさんを迎えに行ったときかな?」
「はい」
サクリとパイを噛み砕いて、甘やかな余韻を紅茶で覆い隠す。傍らの窓には凍てつくような星空。
言おうかどうか。迷いを見せつつ、彼女は口を開いた。
「さくらさんは……せとが、……さくらさんといるときのせとが、いやだと……いってました」
「うん? よく分からないね?」
「……〈いしゅく〉する、と」
「……萎縮?」
「はい」
「あぁ、たしかに——セト君は、サクラさんに対して従順だね」
「……はい」
「……それなら、今の状態はサクラさんからしたら望ましいのかな? あのふたり、ずっと冷戦状態だよね。必要最低限しか話してないし」
「………………」
「……君のせいじゃないよ? サクラさんの自業自得なんだから、気にしないで」
ティアのフォローは響いていないようで、彼女は思いつめた顔をしている。彼女がどこまで把握しているか知らないが、現在サクラの権限のレベルは低下していて、周りの反発が大きすぎるから追放する権利もない。よってティアはサクラへの恐れもなく……わりあい好き勝手に行動している。スキーの待機中でも警告されなかった。サクラの盤上から、駒としてのティアは外されたということだろうか。
「……アリスちゃん、」
落ちていた彼女の目が、そろりと上がる。その瞳に、誰かを恨む色はない。むしろそこには、案じるような——。
「サクラさんの……眼鏡を、見たことがある?」
「? ……いいえ」
「僕さ、ちょっと隙を見て触ったことがあるんだけどね……サクラさんって、紙の本を手にしているときは、文字に重ねて映像を見てるんだよ」
「えいぞう?」
「うん、過去の——誰かの思い出だね。サクラさんって、人の頭のなか……とくに、脳に残る記憶を研究してたらしいんだ。死んだ人の脳から、その人の生前の映像記憶を見られるマシンも作り上げてる。……ほんと、神様みたいなことをしてるね?」
「……しんだひとの、きおく」
「うん。……サクラさんは、人間を知りたいのかもしれないね」
「………………」
「……サクラさんが、セト君を追い出したい理由なんて、僕には見当もつかないけど……」
——いや、どうだろうか。現状で、ティアの頭にはいくつか仮説が浮かんでいる。検証するすべはないが……
「——きみは、気にしなくていいんだよ。彼らのために、アリスちゃんが何かを犠牲にする必要なんてないんだから。……好きにすごそうよ。一緒に、ね」
優しく笑ってみせたが、彼女の表情は難しいまま。
(昨夜、サクラさんの部屋に行ったでしょ? 僕、見ちゃったんだよね。サクラさんのことは、もう放っておいていいんだよ)
——なんて言うつもりだったのに、言える感じじゃない。
向かいの双眸は、優しい黒。自分のことよりも、誰かの為になることを願っている。
「……きみは、〈お母さん〉だね」
「……?」
傾いた頭。今日の髪型は、すっきり。ひとつにくくられている。
「君の本質だよ。〈慈悲〉かなって思ってたけど、それよりは〈慈愛〉で、よりはっきり表すなら——母。母性を覚えた相手には、怒れなくなる。どんな悪いことをしても、赦してしまう。絶対的な味方。……困ったね?」
「……わたしが、〈おかあさん〉?」
「そう、そんな感じ」
「……だれの?」
「誰かな? いちばん手が掛かるのは、ロキ君だろうけど……」
——もしかしたら、君にとっては、サクラさんだったりしてね。
その先は、伝えなかった。
彼女は、「ろきは、こども……わたしも、おもうときが、ある。……これは、ないしょ」小さく笑って、紅茶に口をつけた。ふんわりと香る、温かなアロマ。
「うん、でも……僕のことは、子供に見ないでね? 対等に見てね?」
「はい、もちろん」
(……ほんとに? 最近たまに僕に向ける目が優しくて恥ずかしいんだけど、なんとかならない?)
そんな本心もまた、紅茶のやわらかなアロマに溶けていった。
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