11 / 28
白い嘘
しおりを挟む
「わ。すごくいい匂いのパンだね?」
メルウィンから朝食のしらせが入ったので、これはきっと何か美味しいものだろうなと勘づいたティアは、普段よりも早めに朝食へと出向いていた。
——といっても、朝食には遅い時間である。よって食卓にいるメンバーも遅組だった。ハオロンとティアのみ。……視界に入れないようにしているけれど、奇跡のロキも。
「てぃあも、どうぞ」
ロボではなく彼女が手ずから持ってきてくれたプレートには、とても香ばしい香りのクロワッサン。ひとくち食べただけでも分かる、ぎゅっと旨みの詰まった幸せ。紅茶の香りをまとって、温かく芳しい風味を広げていく。
「……すごい。なにこれ? いつものパンから数段格上げされたみたいな……」
自然とこぼれ落ちる感想に、待機していた彼女は顔をほころばせた。
「とくべつな〈ばたー〉と、〈こむぎこ〉を、つかいました」
「へぇ……こんなに変わるんだ。すごいね?」
ティアの感動に対して、彼女の笑顔はどこか達成感めいたものが見え隠れしている。気づいてくれてありがとう。そんな感謝さえも見える。向かいではハオロンが「ん~? 言われるとなんか……めっちゃバター? 的な?」ふわっとした感想を述べた。
ひとつしか出てこなかったところを見るに、とても貴重なものなのだろう。なぜそんな貴重な物が急に出てきたのか——は、さておき。真っ赤なジュースをすすっているロキが、先ほどから不満そうな瞳を彼女に向けている。
「……なァ、ウサちゃん」
「……はい」
「それ、オレには持ってきてくんねェの?」
「……ろき、きょうは、はやおきだね?」
「それは、どォでもよくね?」
「……ろきは、ぱん、なんでもいい……よね?」
「オレもそれが欲しい」
「………………」
ものすごく考えているような沈黙があった。ティアから見える横顔だけでも、(手作りとロボの差が分からないロキには、このパンはもったいないんじゃ……)悩めるようすが伝わってきた。(同感、あげなくていいよ。その分を僕にくれる?)ティアの心の声は当然だが届かず、ためらいながらも彼女はクロワッサンを運んできた。
ぱくんっと軽い感じで食いつくロキ。黙って見守る彼女。
「……おいしい?」
「めちゃくちゃうまい」
「ほんと?」
ぱっと。彼女の表情が明るくなった。ロキの言葉を(ぜったい嘘なんだけど)素直に受け取ったらしく、安心したように喜んでいる。
「〈ばたー〉が、おいしい。〈こむぎこ〉のかおりも、いっぱいする。とてもおいしい?」
「……まァね」
——あのさ、それ完全なる嘘だよね?
場を割ってみようかと思ったティアだが、ロキの表情に気づいて、ささやかな悪意は消え失せた。
集中して味わっているけれど、彼女の言っている言葉の一粒も分からない。何がどう違うのか本気で分からない。まさか自分は騙されているのではないか。
(……騙してるのは君なのにね)
真剣に思い悩んでいるようなので、黙って紅茶を口に含むことにした。
ロキの横で、彼女は非常に嬉しそう。
「とくべつな、ぱん。ろきもわかるくらい、おいしい。……よかった」
窓の外は雪景色。
汚れのない、純白。
メルウィンから朝食のしらせが入ったので、これはきっと何か美味しいものだろうなと勘づいたティアは、普段よりも早めに朝食へと出向いていた。
——といっても、朝食には遅い時間である。よって食卓にいるメンバーも遅組だった。ハオロンとティアのみ。……視界に入れないようにしているけれど、奇跡のロキも。
「てぃあも、どうぞ」
ロボではなく彼女が手ずから持ってきてくれたプレートには、とても香ばしい香りのクロワッサン。ひとくち食べただけでも分かる、ぎゅっと旨みの詰まった幸せ。紅茶の香りをまとって、温かく芳しい風味を広げていく。
「……すごい。なにこれ? いつものパンから数段格上げされたみたいな……」
自然とこぼれ落ちる感想に、待機していた彼女は顔をほころばせた。
「とくべつな〈ばたー〉と、〈こむぎこ〉を、つかいました」
「へぇ……こんなに変わるんだ。すごいね?」
ティアの感動に対して、彼女の笑顔はどこか達成感めいたものが見え隠れしている。気づいてくれてありがとう。そんな感謝さえも見える。向かいではハオロンが「ん~? 言われるとなんか……めっちゃバター? 的な?」ふわっとした感想を述べた。
ひとつしか出てこなかったところを見るに、とても貴重なものなのだろう。なぜそんな貴重な物が急に出てきたのか——は、さておき。真っ赤なジュースをすすっているロキが、先ほどから不満そうな瞳を彼女に向けている。
「……なァ、ウサちゃん」
「……はい」
「それ、オレには持ってきてくんねェの?」
「……ろき、きょうは、はやおきだね?」
「それは、どォでもよくね?」
「……ろきは、ぱん、なんでもいい……よね?」
「オレもそれが欲しい」
「………………」
ものすごく考えているような沈黙があった。ティアから見える横顔だけでも、(手作りとロボの差が分からないロキには、このパンはもったいないんじゃ……)悩めるようすが伝わってきた。(同感、あげなくていいよ。その分を僕にくれる?)ティアの心の声は当然だが届かず、ためらいながらも彼女はクロワッサンを運んできた。
ぱくんっと軽い感じで食いつくロキ。黙って見守る彼女。
「……おいしい?」
「めちゃくちゃうまい」
「ほんと?」
ぱっと。彼女の表情が明るくなった。ロキの言葉を(ぜったい嘘なんだけど)素直に受け取ったらしく、安心したように喜んでいる。
「〈ばたー〉が、おいしい。〈こむぎこ〉のかおりも、いっぱいする。とてもおいしい?」
「……まァね」
——あのさ、それ完全なる嘘だよね?
場を割ってみようかと思ったティアだが、ロキの表情に気づいて、ささやかな悪意は消え失せた。
集中して味わっているけれど、彼女の言っている言葉の一粒も分からない。何がどう違うのか本気で分からない。まさか自分は騙されているのではないか。
(……騙してるのは君なのにね)
真剣に思い悩んでいるようなので、黙って紅茶を口に含むことにした。
ロキの横で、彼女は非常に嬉しそう。
「とくべつな、ぱん。ろきもわかるくらい、おいしい。……よかった」
窓の外は雪景色。
汚れのない、純白。
38
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる