4 / 28
おもてなし
しおりを挟む
——彼女がここにいたくなるような、“おもてなし”を、みんなで。
メルウィンの発案で行なわれた、彼女の歓迎会。事前の話し合いの結果、彼らにはそれぞれ役割があった。メルウィンは料理、ティアは全員分のドレスと燕尾服のデザイン、演奏はクラシック組とバンド組に別れて。こまかい話を始めると他にもいろいろあって、飾りつけや演出など。
練習や下準備で、全員がまんべんなく大変そうではあったのだが、そのなかでも睡眠を大幅に削っていた彼のことを——彼女は知っているのだろうか。
「ありす、ありす!」
トレーニングルームから出たハオロンは、図書室に行っていたらしい彼女を目の端に捉え、ぴんときた直感のままに呼び止めた。
抱えていた本を(なぜか彼女はロボを使わないことが多いので)大事そうに運びながら、そろりと振り返った彼女の顔は……おびえている。かわいい。
「……はおろん、どうかした?」
にっこり笑って彼女に近寄る。可愛いからといって、ちょっかいは出せない。彼女のそれは演技ではなく、本気らしい。
「今さらなんやけどぉ、パーティのツリーって見たかぁ?」
「? ……おおきな、くりすますつりー?」
「それ! あれって立体投影やなくて本物やったんやよ? 知ってた?」
「……しらなかった」
「ほやろ? 触ってなかったし、気づいてないんかなぁ? って思ってたんやぁ」
「……あれが、ほんもの? とても、おおきかった」
「うん。運ぶの大変やったらしいよ?」
距離を詰めると、じりじり少しずつ下がっていく。……わ! ってやりたい。でも、やればきっと怒られる。彼に。
「実はの、あれ、セトが用意したんやって」
「……せとが?」
「セトが」
「………………」
ハオロンを警戒するせいで話半分の彼女は、ゆっくりと言葉の意味を咀嚼している。頭の上に〈NOW LOADING……〉の幻も見える。
イタズラしたくなる気持ちは、南西エレベータから降りてきたらしい彼の姿を見て、するりと溶けた。ハオロンにとって一番大切なものは、今も昔も家族。
「ありすからしたら、ティアやメルウィンが“おもてなし”を頑張ってるように見えたやろ? でも、みんなけっこう頑張ってたんやよ。とくに——」
彼女の背後を目で示す。ハオロンの視線を追った彼女は、目つきの悪い金色を見つけた。あちらはとっくに気づいていただろうが、こちらの会話は聞こえていないはず。いくら耳ざといセトでも、こんなに離れた小声なんて聞こえない。
セトに気を取られた彼女の耳に、そっと唇を寄せて、
「ありすに一番残ってほしかったのは、もしかしたら……」
答えの前に、ばっ、と。勢いよく距離を取られてしまった。
……まずい。セトが見ている前で、その(めっちゃおびえてる)反応は……
「——ハオロン!」
鋭い声に呼ばれ、背を向けた。怒られるのが苦手なハオロンは、迷いなく逃走を選択する。
「はっ? おい、逃げんな!」
図書室の入り口がある北の廊下を走り抜けて、そのまま1階の廊下をぐるっと回ってしまおう。おそらくセトは追いかけてこない。彼女のほうが大切だから……
(それもちょっと、淋しいけどの)
胸に差す孤独からは、逃げられない。廊下の半周あたり、医務室の前で足を止め、誰も追いかけて来ない背後を振り返る。
「あんたのために言ってあげたんやがぁー!」
叫んだ声が、耳のよい彼に届いていることを。
願ったり、願わなかったり。
メルウィンの発案で行なわれた、彼女の歓迎会。事前の話し合いの結果、彼らにはそれぞれ役割があった。メルウィンは料理、ティアは全員分のドレスと燕尾服のデザイン、演奏はクラシック組とバンド組に別れて。こまかい話を始めると他にもいろいろあって、飾りつけや演出など。
練習や下準備で、全員がまんべんなく大変そうではあったのだが、そのなかでも睡眠を大幅に削っていた彼のことを——彼女は知っているのだろうか。
「ありす、ありす!」
トレーニングルームから出たハオロンは、図書室に行っていたらしい彼女を目の端に捉え、ぴんときた直感のままに呼び止めた。
抱えていた本を(なぜか彼女はロボを使わないことが多いので)大事そうに運びながら、そろりと振り返った彼女の顔は……おびえている。かわいい。
「……はおろん、どうかした?」
にっこり笑って彼女に近寄る。可愛いからといって、ちょっかいは出せない。彼女のそれは演技ではなく、本気らしい。
「今さらなんやけどぉ、パーティのツリーって見たかぁ?」
「? ……おおきな、くりすますつりー?」
「それ! あれって立体投影やなくて本物やったんやよ? 知ってた?」
「……しらなかった」
「ほやろ? 触ってなかったし、気づいてないんかなぁ? って思ってたんやぁ」
「……あれが、ほんもの? とても、おおきかった」
「うん。運ぶの大変やったらしいよ?」
距離を詰めると、じりじり少しずつ下がっていく。……わ! ってやりたい。でも、やればきっと怒られる。彼に。
「実はの、あれ、セトが用意したんやって」
「……せとが?」
「セトが」
「………………」
ハオロンを警戒するせいで話半分の彼女は、ゆっくりと言葉の意味を咀嚼している。頭の上に〈NOW LOADING……〉の幻も見える。
イタズラしたくなる気持ちは、南西エレベータから降りてきたらしい彼の姿を見て、するりと溶けた。ハオロンにとって一番大切なものは、今も昔も家族。
「ありすからしたら、ティアやメルウィンが“おもてなし”を頑張ってるように見えたやろ? でも、みんなけっこう頑張ってたんやよ。とくに——」
彼女の背後を目で示す。ハオロンの視線を追った彼女は、目つきの悪い金色を見つけた。あちらはとっくに気づいていただろうが、こちらの会話は聞こえていないはず。いくら耳ざといセトでも、こんなに離れた小声なんて聞こえない。
セトに気を取られた彼女の耳に、そっと唇を寄せて、
「ありすに一番残ってほしかったのは、もしかしたら……」
答えの前に、ばっ、と。勢いよく距離を取られてしまった。
……まずい。セトが見ている前で、その(めっちゃおびえてる)反応は……
「——ハオロン!」
鋭い声に呼ばれ、背を向けた。怒られるのが苦手なハオロンは、迷いなく逃走を選択する。
「はっ? おい、逃げんな!」
図書室の入り口がある北の廊下を走り抜けて、そのまま1階の廊下をぐるっと回ってしまおう。おそらくセトは追いかけてこない。彼女のほうが大切だから……
(それもちょっと、淋しいけどの)
胸に差す孤独からは、逃げられない。廊下の半周あたり、医務室の前で足を止め、誰も追いかけて来ない背後を振り返る。
「あんたのために言ってあげたんやがぁー!」
叫んだ声が、耳のよい彼に届いていることを。
願ったり、願わなかったり。
40
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる