致死量の愛を飲みほして+

藤香いつき

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宴のあとは

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「パーティ、楽しかったな……」

 しんみりしたティアの声が、食堂の長いリフェクトリーテーブルに落ちた。

 “彼女のための歓迎会”と称したパーティの翌日。
 すっかりいつもどおりの食卓に、(不満はないけれど昨夜が恋しすぎて)ティアは思わずつぶやいていた。廊下側、端から4番目の席で。
 左手の3番目に座るセトから、「メシが最高だったよな」同意をもらえたけど、そういうことじゃない。同じ食事がここに並んでいればいいわけじゃないんだよ、分かるかな、分からないよね、セト君だもんね。

「……お前、なんか俺に失礼なこと思ってねぇか?」

 セトの疑惑は横顔で受け流す。向こう窓側の正面はロキなのだが、左のハオロンが「今日のディナー、なんでこんな質素なんやろか……?」うっすらと全員が察していた事実を口にした。
 いつもの窓側の端の席で、メルウィンが反応し、

「昨日、今月分の肉や魚を、ほとんど使っちゃったから……」
「うそぉ……うちら、月末までずっとこんな感じ……?」
「ぁ、ううん、そんなことないよ。年末年始の分は、ちゃんとあるよ。今日がいちばん……素朴な、はず」
「そぉなんか。よかったわ」

 安心してパンを頬に詰めるハオロン。セトも似た安堵あんどを浮かべていた。ロキだけは「スナック食べりゃいいじゃん?」ひとりズレた意見をもって唱える。横に座る彼女(メルウィンとは反対の端で、静かに食べていた)から、横目を投げられていた。
 (スナックは、ごはんじゃないよ) 一般常識を教えてあげたいのだと思う。

 そんな、ひとまずの安心感に満ちた食卓を不意に壊したのは、サクラだった。廊下側の奥、メルウィンの向かいで、

「気づいていない者もいるようだから、伝えておくが……今週でエネルギーを大量に消費した分、ハウスは今夜からに入る。気をつけるように」
「えぇっ!」

 真っ先に大声をあげたハオロンの声に、隣のロキが顔をしかめた。「うるさ……」この光景、よく見る。

「うそやろっ? 節電モードってことは……」

 世界の滅亡かな? ってくらい青い顔をするハオロンに、ティアは左のセトへと、

「節電モードってなに? 聞いたことないけど……」
「ああ、実際に発動したことねぇからな。平均値を超えて過剰にエネルギーが使われると制限が掛かるんだよ。しばらくのあいだ最低限の設備しか使えなくなるだけだ。そんな危機的なもんじゃねぇよ」
「そうなの? じゃ、なんでロン君はあんな感じなの?」
「それは多分……」

 ハオロンの横で、ロキがニヤニヤとしながら「ゲームは禁止だなァ~?」
 ……あぁ、そういうこと。

「うそやぁぁぁぁぁ!」

 絶叫するハオロンと、今度は耳を塞いで騒音対策したロキ。反対側のアリアもきちんと耳を塞いだ。ついでに耳のよいセトも。
 ハオロンは、世界滅亡というほどではないけれど、実の父親が悪のボスだったくらいにはダメージを受けたようす。悲しみいっぱいの目で「せっかくのハッピーホリデーやのに……」すんすんと顔を覆い出した。泣いていないと思う。

 セトのひとつ奥で、ハオロンを見守ってはいるが黙々と食べているイシャンを(ノーリアクションってすごいな……)と思いつつ、「僕ら年中ホリデーみたいなものだよね……?」ティアは小さく突っこんでみる。
 両手から出てきた可愛い顔(涙はない)が、訴えるように乗り出した。

「どこがっ? うち仕事もちゃんとしてるよっ? マシンの修理もしてるし、監視ロボもアップデートしたとこやし、射撃とかの訓練も毎日かかさず受けてるのにっ……」
「そ、そんなに頑張ってたんだ……ごめん、僕の認識が間違ってたよ……」

 必死なようすに誤解を謝罪すると、セトが口を開いた。

「いやまて。お前が言う射撃を含んだ訓練はゲームだろ」

 ん?
 ティアの疑問に、正面のロキも、

「ついでに言うと、監視ロボは99パーセントがオレ。ハオロンはオレの作ったソフトを読み込んだだけじゃん」
「……ほやけど! 修理もいっぱいしてるし!」

 食い下がるハオロンに、ロキがブレス端末を触って空間にハオロンの受け持つのデータを引き出した。

「……データからみるとさァ、修理必要なエラーなんて毎日もなくねェ? ほとんどミヅキモドキが回すロボで対応終わってンじゃん」
「はっ! うちのハッピーライフがバレた……!」
「……オレの仕事のほうがめちゃくちゃ多いじゃん……。明日から3分の1ハオロンに回す」
「無理やって! うち、明日は24時間耐久でゲームする予定やし!」
「いや、だから節電でゲーム禁止だって」
「えぇぇぇっ? そんなん嫌やぁ……サクラさん、お願いやからぁ!」

 うるうるきらきら。サクラに固定された哀願の目。どうするのだろうと集まった視線の真ん中で、サクラは淡々と、

「今まで目をつぶってあげていた分、明日は働いたらどうだ?」
「そんな……ひどい……」

 悲嘆に暮れるハオロンはどうでもいいのだが、ティアは衝撃で声をもらした。

「まったくひどくないうえに、今までサクラさんが甘やかしていたことにびっくり」

 ティアの驚きを、セトが「みんなハオロンには甘い」シンプルな答えで片付けようとする。視界の端で、彼女も(たしかに)とうなずいている。絶望のふちにいるハオロンの横、ロキだけは同情をいっさい見せずに、

って表現が合ってンのか分かんねェけど、このなかじゃ最後に生まれてきてるからねェ~……あれじゃん? 末子成功譚まっしせいこうたん

 セトが片眉を上げて、「意味わかんねぇ。それは違うだろ」

「じゃァなに?」
「単に愛されキャラってだけじゃねぇの?」
「……末っ子に生まれたら、そんなチートスキルもらえンだ? ……へェ~? 一人っ子も末子なわけじゃん? 長子も兼ねてるとダメなわけ? なんで?」
「お前はなんの話をしてんだよ?」

 納得いかないロキがセトに絡んでいるが、何に不満をいだいているのか分からない。とりあえず、セトの言う“みんなハオロンには甘い”に、ロキは当てまっていない。

「ひどい……うちからゲーム取ったら何が残るの……?」

 アイデンティティを失ったみたいななげき。横のアリアがなぐさめている。

「ハオロンさん、それなら、エネルギーを使わないゲームはいかがですか?」
「そんなんないわ……」
「そんなことありませんよ。昔のレクリエーションのように、鬼ごっこあたりなどは……」
「——アリア!」

 反射的にセトが制した。アリアのきょとりとした顔の横で、ハオロンが、ぱぁぁっと。

「それやわ! 森で鬼ごっこしよか! みんなで!」

 全員、心が重なったはず。
 ——いま、真冬だけど?

「……ハオロンさん、今の私の発言は無かったことに……」
「しよっさ! 節電モードやから、生活に関係ない研究も制限かかるやろ? アリアも暇やが!」
「……ええ、まぁ……」
「メルウィンは? 料理で忙しい?」
「うん、とってもとっても忙しいと思う」

 メルウィンの首が全力で肯定している。

「セトは?」
「……俺は、やるっつぅなら付き合うけど……」
「やる! ティアも暇やろ? やろな!」
「いやいや! むりむり!」
「またそんなこと言って! コミュニケーション避けてたらあかんよ!」
「それが鬼ごっこである必要性はないよねっ? あと僕は日光が苦手なの!」
「ほやったら明日の夕方にしよか」

 しまった。日光を言い訳にしたらそうなるに決まってる……

「イシャンは?」
「……やろう。いいトレーニングになると思う」
「やった! ありすもやろなぁ~♪」
「…………はい」

 アリスちゃん!
 巻き込まれた彼女は、どうしてか真剣な顔をしている。(私も運動不足かもしれない、トレーニングしよう)とでも思っていそう……。ゆいいつのがれたメルウィンも、彼女のことを激しく心配している。

「——サクラさんは?」
「……そうだね、最初のオニをやらなくていいのなら参加しようか」
「ほんとかぁ? やったぁ!」

 意外とすんなり受け入れたサクラに、兄弟の半分くらいが(……行方ゆくえくらましてハウス帰る気だ……)彼の作戦を読み取った。

「よぉし! 明日は久しぶりのレク! 鬼ごっこやぁ~っ!」

 軽快な声で拳を上げたハオロン。「なァ、オレ誘われてねェよ?」ロキが何か言っているが、それどころじゃない。

(えぇぇぇぇ……)

 戸惑いの渦に流されていく。
 鬼ごっこが実行されたかどうかは、また別のお話。
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