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旅は道連れ

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 体調が落ち着いたところで温泉へ。
 ——と、思ったが、歴史は繰り返す。
 
「先輩!」
 
 まさかもう元彼もいないだろう。予約の温泉に向けて、警戒なく部屋から出たレイコに声をかけて来たのは、セットの片割れ。みのりであった。
 
「……え」
 
 固まるレイコに構わず、みのりは、
 
「タイチくんを誘惑するなんてひどいです!」
「ん? んん? ちょっと待って激しい誤解を」
「誤解じゃないです! 私と別れたいって言ってきました!」
「え、えぇ……?」
「旅行中に奪うなんてひどくないですかっ?」 
「いや誤解なんだって」
「ひどいです!」
 
 前のめりに迫って来るみのりの肩を押さえていると、レイコの背後から出て来たティアが「また?」あきれた顔で肩をすくめてみせた。
 
「あ! ティアくん、ほら! あれあれ!」
「……あれ?」
「水戸黄門みたいなやつ! 名刺出して見せて!」
「……ミトコウモン?」
 
 前半の比喩ひゆには首をかしげたが、名刺で理解したらしい。
「あぁ」と返したティアは名刺を出すのかと思いきや、すこしばかり考えるように停止して、
 
「……とりあえずさ、うるさいから中に入って」
「——えっ!」
 
 この間、みのりはずっと怒って「ひどいですよ」を、限りある語彙ごいで言い回して訴えていた。
 
 ティアがドアを大きく開け、「どうぞ」と招けば、みのりは困惑しながらも入室する。
 
(入るんかい!)
 
 ティアがレイコを手招きしたため、突っこみは不発に終わった。
 
 室内の座イスに、レイコとみのりが向かい合って座る。ティアはベッドの端に腰掛ける。
 
(なにこれ)
 
 レイコの疑問を無視して、ティアが口火を切った。
 
「——えっと、みのりさん? まずは落ち着いてね? うるさいと他のお客さんの迷惑だから」
「…………はい」
 
 ティアがあいだに入ったことで落ち着いたのか、みのりの勢いは下がった。ただ、瞳はレイコを訴えるように見据えている。
 ハーフアップされた髪に、ぱっちりとした目。マツエクで強化された目許めもとは、強い印象でレイコを捉えている。
 
「……レイちゃんに、なんの用かな?」
「安井先輩は、タイチくんを誘惑したんです」
「してないよ!」
「レイちゃんも静かにしてね」
 
 まっとうに主張したが、ティアによって注意を受けた。
 
(異議あり!)
 レイコの無言の訴えを無視して、ティアは苦笑いを浮かべつつ、
 
「それは誤解だね。レイちゃんと僕はずっと一緒にいるから、元彼なんかを誘惑してる暇はなかったよ?」
 
 元彼
 言葉の端にティアのストレスを感じる。レイコだけでなく、みのりにも伝わった。
 
「……でも、先輩は……そんな可愛くしてるじゃないですか」
「うん?」
「私たちが来たときより、今日のほうが。今だって、髪までキレイにして……誘惑しようとしてますよね?」
「——してないよ? これはレイちゃんがキレイになろうと思って頑張ってるだけで、あっちのためじゃないよ。あえて言うなら……僕のために可愛くしてくれてるようなものかな?」
「………………」
会った元彼なんかより、隣にいる僕のほうが、大事だと思わない?」
「………………」
「思わないかな。僕なんかじゃ、レイちゃんに釣り合わないかな?」
「……そんなことは……」
 
 小さな声で返された言葉に、ティアが意外そうな目を送っていた。
 レイコは眉を寄せて黙っている。当事者なのに参加させてもらえない。もどかしさにジリジリしている。
 
 ティアの言葉に目を伏せていたみのりは、そろそろと目を上げた。
 ティアは微笑の唇で問いかける。
 
「——偶然、じゃないよね? 君が、わざとレイちゃんの旅行先を狙って来たんだよね?」
「………………」
「彼氏さんとの仲を、レイちゃんに見せつけようとした?」
「………………」
「彼氏だって、レイちゃんの相手って分かっててったよね?」
「……違います……」
「否定しても、意味はないんだけどね。僕は疑ってるし……あ、レイちゃんは疑ってないんだっけ?」
 
 みのりの目が、レイコに流れた。
 
「え、私っ? ……いや、まあ、うん? そうだね? 半信半疑?」
 
 あいまいに返したレイコに、みのりが信じられないといった顔をした。
 その表情の意味を捉え違えたレイコは、慌てて首を振った。
 
「疑ってない! ぜんぜん疑ってないよ!」
「先輩、疑ってないんですかっ?」
「も、もちろん! 私の彼氏って知らなかったんだよねっ? 旅行は……あれだ! サブリミナル効果! 私がここの旅館の記事ばっかり見てたから、自然と目に入って行きたく……」
「違います! わざとです!」
「そうだよね! …………ん? わざとです?」
 
 みのりの言葉に乗っかって同意したレイコが、首をひねった。
 長いまつげに囲まれたみのりの目が、怒りいっぱいで、
 
「そういうとこです! 先輩のずるいのはそういうとこですよ!」
「えっ、えっ?」
「相手のこと全然見てない! 私なんてどうでもいいんですよね!」
「えぇっ? そんなことはないよ? 後輩の成長はいつも温かく見守ろうと心がけて……」
「仕事の話じゃないです!」
「……?」
「……先輩はいつも、メイクも適当で服も適当で……なのに、みんなに愛されてて……」
「愛されてる? ……あれ? その前に、さらっと酷いこと言った?」
「課長にも“セクハラ!”なんて言い返して許されるの、先輩だけですよねっ?」
「えぇぇ? そんなことないよ? 悪いのはあっちなんだから……」
「私が言ったら変な空気になって距離を取られます!」
「そ、それは反省してるんだから良いことなのでは……?」
「先輩だったら、より仲いい空気になるじゃないですか!」
「なってないよ!?」
「なってます! 私は必死に頑張って好かれようとしてるのに、先輩はいつも適当でみんなから好かれてます! ずるいです!」
「えぇぇぇぇ……?」
 
 なんだか論点がおかしなところに。
 怒りなのか悲しみなのか、みのりの目には涙まで浮かんでいた。
 
 戸惑うレイコが、救いを求めてティアを振り返る。
 静かに聞いていたティアは、「落ち着いて?」再三の注意を口にしてから、立ち上がった。その表情は不思議と優しく、苦笑に近い。
 
 レイコの近くに寄ったティアは、みのりの顔をうかがうようにして、
 
「……分かるよ。レイちゃんって、そういうとこあるよね?」
 
 ぽんっと自分の肩に置かれたティアの手に、レイコが(え! あっちの味方?) ティアの顔を見上げる。
 ティアは苦笑を浮かべたまま、
 
「周りの目を気にしてなくて、すごく自由。そのわりに配慮は完璧でイケメンだから、人付き合いも得意そう。……コンプレックスなんてないんだろうなぁ……って感じだよね?」
 
 みのりは涙を抑えるように顔をこわばらせ、ティアの言葉に小さくうなずいた。
 
「……そうだよね、周りからしたら、そう見えるんだよね?」
「………………」
「でも……君が知らないだけで、レイちゃんも失恋して君をうらやんでたし、僕のことを羨んだりもするんだよ?」
「………………」
 
 本当だろうか。みのりの目が、レイコに向いていた。
 レイコは一応うなずいた。
 
 空気を変えるように、ティアが明るく笑い、
 
「みのりさんは、キレイな髪だね?」
「……?」
「爪も、メイクも……手を掛けられるところは、すごく頑張ってるのが分かるよ」
「………………」
「……でもさ、外見だけ頑張っても、君が欲しいものは手に入らない気がするな」

 首を傾けて優しく笑うティアの髪が、さらさらと流れた。
 
「……君は、レイちゃんに嫉妬してたのかも知れないけど……それは、言い換えれば、憧れてたってことなんだよ。……だからね、レイちゃんを不幸にすることに頑張るんじゃなくて……本人から学んで、身につけるほうに頑張ってみたらどうかな?」

 え?
 と、驚いたのは、一人ではなく。
 レイコもみのりも、ぽかんとした顔でティアを見上げていた。
 
 綺麗な瞳は、細く、すこし茶目っけに。
 親しげな笑顔を浮かべて。
 
「呑みながら——ね?」
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