【完結】美容講座は呑みながら

藤香いつき

文字の大きさ
上 下
6 / 31
出会いは失恋の夜に

6

しおりを挟む


「重い……」

 ぼそっとつぶやいたティアを、細くにらんだ。
 酔いの力もあって話した失恋エピソードに対して、
 
「ティアくん、いま重いって言った?」
「や、だって……初めての家呑みで、まさかそんな重いエピソードが出てくるなんて思わないよね?」
「失恋してなかったら知らないひとと呑んでないんだよ」
「僕ら知り合いだよ? 半年くらい挨拶してるよね?」
「挨拶していても顔は知らなかったから」
「僕は知ってたよ?」

(そらそうだ。私の顔はさらされまくりだ)
 
 憤慨することなく、代わりにテーブルの上のメロンを口に放った。みずみずしい甘さとワインの酸味が口の中で重なる。
 と言っていたけれど、食材は豪華な気がする。蜂蜜づけのナッツ、生のバジルが使われたカラフルなミニトマトとチーズのイタリアンサラダ、ローストポーク。どれもイタリア産のスパークリングワイン——スプマンテと合っていて、とても美味しい。(私のチーズ&クラッカーも美味しいけどね!)
 
 ワイングラスを片手にくるりと回した彼は、ふうっと白々しく息を吐き、
 
「それにしても、そんなドラマみたいなことがあるなんてすごいね? 女優みたいな人生だね?」
「全然すごくないし全然うれしくない」
「そうだよね」
「あれ? 適当に褒めた?」
「……ちょっと気になったんだけど、相手の女の子って君と同じ職場のコなんだよね? なんで元彼さんが知り合えるの?」
「事業の関係で、元彼も職場に来てたから……知り合おうと思えば知り合える」
「知り合おうと思えば、でしょ? ほんとなら知り合わない関係ってことだよね?」
「……まあ知り合う必然性はないような?」
「それって、最初から君の彼氏って知ってて誘惑してない?」
「え……」
「ひょっとして、きみ、後輩さんにねたまれてたのかもね」
「………………」
 
 はからずしも閉口していた。
 衝撃的なことを、まるで「明日は雨が降るかもね?」くらいの感じで言われて……一瞬情報が素っ飛んでいた。
 
「…………いや、ない。ないよ、ありえない」
「なんで?」
「だって……その子、すごく可愛いから。ブスって言われるような私なんて比べものにならない」

 感情が出ないようにしたせいか、早口になっていた。
 自虐的に笑って流そうかと——思ったけれど、向き合う彼の表情に笑えなくなった。
 眉に力が入った、少しこわい顔。
 怒る顔つきで、彼は静かに口を開いた。
 
「きみは、可愛いよ」
 
 薄い唇からこぼれた言葉が、胸にそっと響く。
 しばらくのあいだ、時が止まったような不思議な心地がした。
 
「……い、いや……可愛くは、ない」
「なんでそんなこと言うかな……もしかして鏡見てないの?」
「見てるよ……でも、顔も地味だし……メイクしてるのに、『メイクしないんですか?』ってかれるくらいだし……」
「それ、誰が訊くの?」
「……さっきの、後輩のコ?」
「そんな嫌みに負けてるの? さっきはかっこよく『お前だろっ』みたいに返したのに?」
「……いや、なんか違うと思う。『お前がな?』じゃなかった?」
「どっちでもいいよ。それくらいの気持ちがあるのに、なんでに受けちゃうのって話だよ」
「………………」

 掴んだグラスのなかに目を落とした。
 ゆらゆらとした水面に何か答えを探していた。
 
 考えながら、ぽつりと、
 
「他人に言われる言葉と……身近な人間に言われる言葉の重さは、違う気がする」
 
 淡い色の眼を見返す。
 優しい色は、なるほど……と少しだけ共感を見せていた。

「——だったら、身近なひとに可愛いって言われたら納得する?」
「え……」
「僕じゃ全然響いてないでしょ? でも、職場のひとあたりに言われたら——可愛いって、納得する?」
「……え? いや……まぁ……そう?」

 目を上に向けて、理解半分で肯定していた。
 思考力が一段落ちている。よく分かっていない私に、ティアは口角を持ち上げてクスリと微笑ほほえんだ。
 
「——きみに、魔法をかけてあげる」

 優しく唱えられた言葉は、甘くとろけるような声。
 ワインを飲んだあとに香る、ふわりとした樽香たるこうみたいに——

 魅力的な余韻を、耳に残していた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ある雪の日に…

こひな
ライト文芸
あの日……貴方がいなくなったあの日に、私は自分の道を歩き始めたのかもしれない…

処理中です...