【完結】美容講座は呑みながら

藤香いつき

文字の大きさ
上 下
4 / 31
出会いは失恋の夜に

4

しおりを挟む
 悲しいと思う気持ちよりも、むなしさとやるせなさ。
 平べったい感情で自宅までの道を歩いていたところ、だんだんと胸に疑問が——
 
(え? けっきょく外見が可愛いコと浮気したってこと? ん? 中身が外見に出てくるんだから、そもそも心もキレイってこと? でもみのりちゃんはメイクばっちりで、どう見てもお金かけてるよね? 服も流行はやり物ばっかりだよね? 普段のバッグも地味にハイブランドだったよね?)
 
 疑問は、不満に変わる。
 ——つまり、安井レイコは荒れていた。
 
 できたばかりのドンキがまぶしすぎる。マスコットキャラのペンギンにさえバカにされている気がする。
 にらみつけながら足早に横を過ぎていくと、赤信号に足を止められた。
 横断歩道で待ちながら、ふと自分の斜め前にいるひとが、
 
(あ、お隣さん)
 
 ストンと目許まで掛かるようなハットに、サングラス。首まで繋がったフェイスカバーに、薄い手袋。すべて黒。
 すらりとした全身をきっちり覆った姿はけっこう印象的で、すぐにだと気づいた。挨拶くらいしかしないけど、マンションの隣に住んでいる。

 私が住む1702号室は、もとは親戚の3人家族が住んでいた。父親の海外赴任に合わせて家族みんなでベルギーに3年間住むらしく、そのあいだマンション管理をする代わりに格安で貸してもらっている。
 結婚するまでのいい仮住まいだと思っていたのに……。
 
 
 信号が変わる。
 挨拶するタイミングをのがし、その背のあとを辿たどりながら眺めていた。

(夜でも日焼け対策? すごいな……それだけ意識高いなら、肌も……あ、)
 
 向かいから歩いてきた50代くらいの男性が、酔っていたのかバランスを崩して、すれ違いざま彼女にぶつかった。
 華奢きゃしゃに見える身体がふらりと揺れる。
 男性は軽く振り返っただけで謝罪もなく行こうとした。なので、つい——
 
「あの、彼女にぶつかりましたよ?」
 
 いつもならスルーしていた。
 面倒事に関わりたくないから、絶対に流していた。
 
 が生まれたのは、ささくれ立った心のせいだ。
 
 不愉快そうに顔をしかめた男性の肌は、薄く黒ずんでいる。タバコかアルコールでくすんだような肌。
 黙って私をけていこうとする様子に、それ以上は何も言わなかったが……
 
「……ブスが偉そうに」
 
 ぼそりとした悪態に、スイッチが入ってしまった。
 
「——お前がな?」
 
 思わず、はっきりとした声で返していた。
 驚いた男性が肩越しに振り返ったが、無視して先を進んだ。
 知らん。何も知らん。今のは私の心にむ悪魔的なやつであって、普段の私はこんなこと言わない。なんて言い訳したところであっちも困るだろう。ごめんなさい。でもブスって言うほうがブスだ。お互いさまだ。
 
 なかったことにして足を進めたが、その先にいた彼女がこちらを見ていて——薄い色をしたサングラス越しに——目が合った。
 間違いなく、視線が重なっている。遅れて芽生えた羞恥心が、頬を熱くさせた。
 
「……こんばんは」
 
 ごまかすように軽く会釈する。
 足を止めていた彼女は、私に釣られるようにしてを再開した。

 マンションまで、そう距離はない。
 一緒にエレベータへと乗り込み、17階まで。
 
「………………」
「………………」
 
 最上階で、共に降りる。
 各階には4室しかない。彼女のうちは最奥になる。
 
 先に自分の家のドアに到着した私が、「おやすみなさい」と声をかけてドアを開けようとしていた。
 すると、彼女が少し過ぎた足を止める気配がした。振り返ると、目が合う。こちらを見て、ためらいがちに、
 
「ね、よかったら……うちで一緒にまない?」
 
(——ん?)
 
 意味を捉えきれず停止した私に、彼女は慌てて、
 
「や……ごめん、急に変なこと言ったね? 気にしないで。おやすみなさい」
 
 ひらりと手を振って、背を向ける。
 びっくりして固まっていた私は、その背中を見送りかけていたが、
 
「あの!」
 
 とっさに出たのは、呼び止めるための大きな声。
 
 普段だったら、絶対にスルーしていた。
 あいまいに流していた。
 ——でも、今日は、
 
「ぜひ呑みましょう!」

 力強い私の声は、外に面した廊下に気持ちよく響いていた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件

石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」 隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。 紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。 「ねえ、もっと凄いことしようよ」 そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。 表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

Rotkäppchen und Wolf

しんぐぅじ
ライト文芸
世界から消えようとした少女はお人好しなイケメン達出会った。 人は簡単には変われない… でもあなた達がいれば変われるかな… 根暗赤ずきんを変えるイケメン狼達とちょっと不思議な物語。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...