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まずはナイアシンアミド
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しおりを挟む背まで伸ばした髪に、真っ白な肌、ブルーグレーの虹彩。誰が見ても美青年。
以前、「眼皮膚白皮症なんだ」と自己紹介したティアは、日光アレルギーもあって日中はほとんど外に出ない。
出たとしても完全防御で、誰かまったく分からないレベルの全身装備をしている。
そんな彼は、美容系のインフルエンサー……?
詳しくは私も知らない。
「まずはナイアシンアミドから!」
ほろ酔いなのか少し赤い頬をしたティアが、きっぱりと言い張った。
燻されたチーズと日本酒の掛け合わせを吟味しつつ、彼に目を向けて、
「それ、なんか前も聞いた気がする」
「うん、だって言ったからね? アドバイス沁みてないよね? 呑んだ夜は寝て起きたら忘れちゃうの?」
「いや、そういうわけじゃないよ。カタカナ多いと忘れるだけで」
「やっぱり忘れてるんだ……」
あきれた目が突き刺さってくる。
お酒はフレッシュで美味しい。燻製と合っているのかは分からないけれど、燻製シリーズはどれも旨みがぎゅっと詰まっていて、口に入れた瞬間から味わえる。ただ、お酒には、ティアが用意してくれた豆腐サラダが意外に一番合うような?
「キレイになりたいって言ったのに……僕のアドバイス、全然聞いてくれない……」
じっとりとした瞳に目を返すと、ティアはまじめぶった顔で、
「ほんとはね、君に紹介したい美容成分がいーっぱいあるんだよ? レチノールとか、セラミドとか。でも、そんなの一気に言っても困るでしょ? 肌に合う合わないもあるし……レイちゃん、ケチだし」
「ケチじゃないよ、無駄使いしたくないだけ」
「——だからね? 僕は激選したうえで言ってるんだよ?」
あいだの突っこみは無視された。
「ナイアシンアミドは、比較的に敏感肌とも相性がいいんだ。まずは、ナイアシンアミドが入ったスキンケア用品から使ってみようよ!」
「うーん……」
「まだ悩むの!?」
「……何に効くの?」
「美白とシミ予防! シワにも効くから、さっき言ってた『肌が劣化してる問題』の対策にもなるよ?」
「……それなら」
「えっ? 買う気になった?」
「うん。例の後輩に言われた『先輩、顔が疲れてますー』はシンプルにイラっとしたから」
「わぁ……引きずってるね?」
「……たいていの人間は、結婚間近の彼氏にフラれたら落ち込むし、それでさらに若い子なんかに行かれたらダメージくらうし、それが知り合いだったりしたら引きずる」
「うんうん、分かるよ」
「いや、ぜったい分かってない」
「さ、呑もう呑もう!」
あいまいに笑って流される。不満たっぷりで閉口したが、ティアによって差し出された瓶から、おかわりだけは貰っておく。
「——で、私はなに買うといいの?」
「うん? まさか僕に丸投げ?」
「そこまで言ったらオススメ教えてくれないと」
「でも……レイちゃんって買う場所決まってるよね?」
「うん、そこのドンキで買えるものにしてほしい」
「えぇぇぇ……」
眉じりを下げて、考えるティア。
石膏のように完璧に見える彼の肌は、こう見えて弱く、彼の努力によって維持されている……らしい。
「——あ、わかった!」
ひらめく瞳が、きらり。
「僕が前にあげた、マニョのパック……レイちゃん、すごくいいって言ってたよね?」
「……白いやつ?」
「うん、たぶんパッケージは白っぽいかな?」
「あれはよかった。目に見えてキメが整ったし、ちょっと感動した」
「でしょ? ——だから、あれの美容液を買ってみたら?」
ティアはスマホを取り出して、長い指でサラサラと画面をなぞると、こちらに見せてきた。
「レイちゃんでも許容範囲の値段でしょ?」
「……魔女工場?」
「そうそう。韓国系で、僕はma:nyoって呼んでるよ」
「あ、わたし韓国系はちょっとあれなんで」
「あれってなに!?」
「肌に悪いイメージ?」
「偏見!? ——や、言いたいことは分かるよ? 日本のは安全第一だしね? でも……デパコス却下のレイちゃんからしたらコスト面でいいと思うよ……?」
「そうなんだ。でもきっと肌に合わない気がする」
「いやいや、パック良かったって言ってたよね?」
「ほんとだ、言ってたね」
細い目で見てくるティアの視線を受け流し、スマホの画面を眺めた。理科の実験で使ったようなガラスのボトル。どうやらフタはスポイトになっているらしい。
「これ、ドンキに売ってるの?」
「あるらしいね? でも、ネットショップのセールが安いね」
「……どうしよう、迷うな……」
「あ、ネットならいいんだ? 近所オンリーじゃないんだ?」
「近所っていうか、基本ドンキが最安だと思ってる」
「や、絶対そんなことないでしょ」
「そんなことあるある。ティアくんドンキ行ったことないでしょ? 絶対ないよね? 今度案内してあげるよ」
「え……いらない……」
「せっかく近所にできたんだから活用しよう」
「そこまで行きたくな——じゃなくて、僕は目立ちたくないんだよ」
「大丈夫、あそこ多様性に富んでる」
「それフォローになってる……?」
脳裏に情報を焼き付けて、つい借りていたスマホを返した。
「レイちゃん、買う気ある?」
「……ある」
「え~……すっごくあやしい」
「まぁ、それより呑もうよ」
「話そらした!」
怒ってみせる彼の手許に向けて、日本酒の瓶を傾ける。
そそがれる透明の液体はキラキラとして、水のようなのに不思議な七色の色彩が見える気がする。
ティアの手のなかだと——よりいっそう。
——魔法をかけてあげる。
優しい声が、記憶から舞い起こる。
目の前の彼が発した、大切な響き。
あの日もらった勇気が、綺麗になりたいと思ったきっかけ。
「……こんなに力説したのに、レイちゃん、ぜったい買ってくれないんだ……」
日本酒に口をつける拗ねた顔に、思わず笑っていた。
「ほんとに買うよ?」
「ほんとに?」
「うん、私もティアみたいに——綺麗になりたいから」
ストレートに褒めれば、赤い頬がはっきりと色づいた。
嬉しそうな笑顔の彼に、空になった瓶を掲げて見せ、
「次は、何いく?」
「ワイン! じつは僕も用意してたんだよねっ」
「グラスから見て、そうかなって思ってた。でも……今日のつまみに合う?」
「またそんなこと言って……なんでも合わせにいこうよ。組み合わせを決めたりしないで」
「私はなんでもいいんだけど……日本酒とワインをちゃんぽんすると悪酔いするらしいよ?」
「そうやって脅しても無駄だよ」
(いや、ほんとに。上司に言われたんだよ)
言いぶんを聞く前に、ティアは新しい瓶を取りに行ってしまった。
ニコニコとして戻ってくる顔が可愛かったので、
(まぁいっか……)
この甘い認識が、翌日の二人を苦しめるとは。
このとき、すこしも気づいていない。
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