上 下
2 / 31
まずはナイアシンアミド

2

しおりを挟む


 背まで伸ばした髪に、真っ白な肌、ブルーグレーの虹彩こうさい。誰が見ても美青年。
 以前、「眼皮膚白皮症アルビニズムなんだ」と自己紹介したティアは、日光アレルギーもあって日中はほとんど外に出ない。
 出たとしても完全防御で、誰かまったく分からないレベルの全身装備をしている。
 そんな彼は、美容系のインフルエンサー……?
 詳しくは私も知らない。
 
 
「まずはナイアシンアミドから!」

 ほろ酔いなのか少し赤い頬をしたティアが、きっぱりと言い張った。
 いぶされたチーズと日本酒の掛け合わせを吟味ぎんみしつつ、彼に目を向けて、
 
「それ、なんか前も聞いた気がする」
「うん、だって言ったからね? アドバイスみてないよね? 呑んだ夜は寝て起きたら忘れちゃうの?」
「いや、そういうわけじゃないよ。カタカナ多いと忘れるだけで」
「やっぱり忘れてるんだ……」
 
 あきれた目が突き刺さってくる。
 お酒はフレッシュで美味おいしい。燻製と合っているのかは分からないけれど、燻製シリーズはどれも旨みがぎゅっと詰まっていて、口に入れた瞬間から味わえる。ただ、お酒には、ティアが用意してくれた豆腐サラダが意外に一番合うような?
 
「キレイになりたいって言ったのに……僕のアドバイス、全然聞いてくれない……」
 
 じっとりとした瞳に目を返すと、ティアはまじめぶった顔で、
 
「ほんとはね、君に紹介したい美容成分がいーっぱいあるんだよ? レチノールとか、セラミドとか。でも、そんなの一気に言っても困るでしょ? 肌に合う合わないもあるし……レイちゃん、ケチだし」
「ケチじゃないよ、無駄使いしたくないだけ」
「——だからね? 僕は激選したうえで言ってるんだよ?」
 
 あいだの突っこみは無視された。
 
「ナイアシンアミドは、比較的に敏感肌とも相性がいいんだ。まずは、ナイアシンアミドが入ったスキンケア用品から使ってみようよ!」
「うーん……」
「まだ悩むの!?」
「……何に効くの?」
「美白とシミ予防! シワにも効くから、さっき言ってた『肌が劣化してる問題』の対策にもなるよ?」
「……それなら」
「えっ? 買う気になった?」
「うん。の後輩に言われた『先輩、顔が疲れてますー』はシンプルにイラっとしたから」
「わぁ……引きずってるね?」
「……たいていの人間は、結婚間近の彼氏にフラれたら落ち込むし、それでさらに若い子なんかに行かれたらダメージくらうし、それが知り合いだったりしたら引きずる」
「うんうん、分かるよ」
「いや、ぜったい分かってない」
「さ、呑もう呑もう!」
 
 あいまいに笑って流される。不満たっぷりで閉口したが、ティアによって差し出された瓶から、おかわりだけは貰っておく。
 
「——で、私はなに買うといいの?」
「うん? まさか僕に丸投げ?」
「そこまで言ったらオススメ教えてくれないと」
「でも……レイちゃんって買う場所決まってるよね?」
「うん、そこのドンキで買えるものにしてほしい」
「えぇぇぇ……」
 
 眉じりを下げて、考えるティア。
 石膏のように完璧に見える彼の肌は、こう見えて弱く、彼の努力によって維持されている……らしい。
 
「——あ、わかった!」

 ひらめく瞳が、きらり。
 
「僕が前にあげた、マニョのパック……レイちゃん、すごくいいって言ってたよね?」
「……白いやつ?」
「うん、たぶんパッケージは白っぽいかな?」
「あれはよかった。目に見えてキメが整ったし、ちょっと感動した」
「でしょ? ——だから、あれの美容液を買ってみたら?」

 ティアはスマホを取り出して、長い指でサラサラと画面をなぞると、こちらに見せてきた。
 
「レイちゃんでも許容範囲の値段でしょ?」
「……魔女工場?」
「そうそう。韓国系で、僕はma:nyoマニョって呼んでるよ」
「あ、わたし韓国系はちょっとあれなんで」
「あれってなに!?」
「肌に悪いイメージ?」
「偏見!? ——や、言いたいことは分かるよ? 日本のは安全第一だしね? でも……デパコス却下のレイちゃんからしたらコスト面でいいと思うよ……?」
「そうなんだ。でもきっと肌に合わない気がする」
「いやいや、パック良かったって言ってたよね?」
「ほんとだ、言ってたね」
 
 細い目で見てくるティアの視線を受け流し、スマホの画面を眺めた。理科の実験で使ったようなガラスのボトル。どうやらフタはスポイトになっているらしい。
 
「これ、ドンキに売ってるの?」
「あるらしいね? でも、ネットショップのセールが安いね」
「……どうしよう、迷うな……」
「あ、ネットならいいんだ? 近所オンリーじゃないんだ?」
「近所っていうか、基本ドンキが最安だと思ってる」
「や、絶対そんなことないでしょ」
「そんなことあるある。ティアくんドンキ行ったことないでしょ? 絶対ないよね? 今度案内してあげるよ」
「え……いらない……」
「せっかく近所にできたんだから活用しよう」
「そこまで行きたくな——じゃなくて、僕は目立ちたくないんだよ」
「大丈夫、あそこ多様性に富んでる」
「それフォローになってる……?」
 
 脳裏に情報を焼き付けて、つい借りていたスマホを返した。

「レイちゃん、買う気ある?」
「……ある」
「え~……すっごくあやしい」
「まぁ、それより呑もうよ」
「話そらした!」
 
 怒ってみせる彼の手許に向けて、日本酒の瓶を傾ける。
 そそがれる透明の液体はキラキラとして、水のようなのに不思議な七色の色彩が見える気がする。
 ティアの手のなかだと——よりいっそう。
 
 
——魔法をかけてあげる。
 
 
 優しい声が、記憶から舞い起こる。
 目の前の彼が発した、大切な響き。
 
 あの日もらった勇気が、綺麗になりたいと思ったきっかけ。
 
「……こんなに力説したのに、レイちゃん、ぜったい買ってくれないんだ……」
 
 日本酒に口をつけるねた顔に、思わず笑っていた。
 
「ほんとに買うよ?」
「ほんとに?」
「うん、私もティアみたいに——綺麗になりたいから」
 
 ストレートに褒めれば、赤い頬がはっきりと色づいた。
 嬉しそうな笑顔の彼に、空になった瓶を掲げて見せ、
 
「次は、何いく?」
「ワイン! じつは僕も用意してたんだよねっ」
「グラスから見て、そうかなって思ってた。でも……今日のつまみに合う?」
「またそんなこと言って……なんでも合わせにいこうよ。組み合わせを決めたりしないで」
「私はなんでもいいんだけど……日本酒とワインをちゃんぽんすると悪酔いするらしいよ?」
「そうやって脅しても無駄だよ」

(いや、ほんとに。上司に言われたんだよ)
 言いぶんを聞く前に、ティアは新しい瓶を取りに行ってしまった。
 ニコニコとして戻ってくる顔が可愛かったので、
 
(まぁいっか……)
 
 この甘い認識が、翌日の二人を苦しめるとは。
 このとき、すこしも気づいていない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

二分後にオチがわかるショートストーリー

佐賀かおり
ライト文芸
二分で読めるお話です。全ての話にオチや種明かしがあります。最新話【気配りの人】投稿中

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

処理中です...