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真実が終わりを告げる

Chap.6 Sec.4

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 尖塔せんとうの小部屋は、壁に沿う螺旋らせん階段に囲まれているため窓がない。1階に外への出入り口もなく、部屋からエントランスへと行くには2階か3階の廊下を突っきる必要がある。
 屋敷の最上かつ最奥に位置する元ルネの私室は、人目を避けて閉じめるには最適な場所だった。

「……彼女は?」

 帰宅後、余計な訪問客をあしらったルネは廊下を歩きながらゲランへと尋ねた。現当主をエントランスまで迎えに来ていたゲランは、たどり着いた書斎のドアを開きつつ返答する。

「お部屋におられます。ただ、食事を運び入れたおりに脱走を図られまして……」
「……どこまで逃げ出したのですか?」
「いえ、すぐに見張りの者に捕まり戻されましたので、どこと言うほどもなく。そのときに食事を運んでいたメイドが転んで怪我をしたのを見られたせいか……それ以降は非常に大人しくしておられました。食事には手をつけておりません」
「そうですか……今しばらく大人しくしていてもらえると助かりますね」
「…………何か、お飲み物は?」
「要りません。お気遣いなく」

 ルネは着替えの手伝いも不要であると宣言していた。自分にまつわることは最低限の使用人でよいとし、事業とこれから増える交際の管理に多数を回して、使用人の一部にはいとまを与えた。
 事業については醸造施設や畑を回らなければならない。前当主への好意や忠誠心からルネへと反発が生まれないよう、誠心誠意つくしてみせる必要がある。
 やるべきことは山ほどある。

 しかし、それらの予定組みのための手紙確認などを後回しにし、ルネは室内着に着替えるとひとりで尖塔へと向かった。
 尖塔に繋がるドアを開けて細い通路を進み、小部屋のドアの前へ。見張りの使用人に休憩を取るよう指示してから、鍵を開けて入室した。

 飛び出てきた人影を、きれいに受け止める。
 ルネの胸に抱き止められた彼女は、なおも押しのけて逃げようとしたが、ルネが腕の力を強めると痛みを覚えたのか抵抗を止めた。
 代わりに、見上げる瞳でルネへと訴える。

「放して」
「……どこへ行くおつもりですか?」
「ここから出して。仕事でもなんでもするから……娘のわたしが父と母の葬儀にも出してもらえないなんて……ひどいわ……」
「貴方の父君は、裁かれませんでしたが罪人とみなされています。無事に葬儀を終えられただけでも幸運に思うべきですよ」
「……死んだ者にまで罪があるというの?」
混沌こんとんとした今の世で、人々は常に敵を探しているのですよ……」

 室内に彼女を戻すと、ルネはドアを閉めた。念のために鍵も回し、運ばれていた手付かずの食卓に目を流す。

「お食事を取っていないそうですね?」
「……食欲などないと伝えたわ」
「食べなければお体がもちませんよ」
「ここから出してくれたらちゃんと食べるわ。わたしはもう貴族でもなんでもないのでしょう? 働かずして食べる資格はないはずよ」
「貴方に出歩かれるとわたくしが迷惑なのです。……余計なことを吹聴されても困りますからね」

 唇の端を持ち上げて浅く笑ったルネに、彼女の眉間がぎゅっと寄った。何か言いたげに開かれた唇は、言葉を発することなく閉じられる。
 それを見たルネが代わるように言葉を紡いだ。

「——父君のかたきを取るため、私を殺してみますか?」

 微笑みのまま、薄い色の眼で彼女を捉える。
 応えない彼女に、ルネは軽い吐息をこぼして近寄った。

「そんな度胸はございませんね? ……ならば素直に閉じ籠められていてください。助けに来てくれる王子様でも夢見て……大人しく」

 質問の問いには何も答えず、彼女は小さな声で尋ねる。

「……ほんとうに、父を殺したの?」
「ええ」
「………………」
「信じなくとも構いませんが、この屋敷で私以外に父君を殺害する動機のある方はおりませんよ」

 冷たく見下ろす灰色の眼を、彼女はじっと見つめている。
 目を合わせたまま、ルネは彼女の顔をのぞき込んだ。

「それにしても……家も何もかも奪われて、もっと嘆き悲しまれるかと思いましたのに……涙のひとつもこぼしませんね」
「母の死は覚悟していたわ。父のことは……まだ片付いていない。嘆いている暇はないのよ」
「さすが、元名家のお嬢様」

 フッと嘲笑を鳴らした唇を、彼女はとがめるように睨んだ。
 すると、その強気な瞳を受けたルネはあざ笑う顔で彼女の顎に指を掛けた。

「気高く生きるのは結構でございますが……あまり反抗的な態度だと手折たおりたくなりますね」
「……今さら何をされても、わたしは平気よ」
「さようでございますか?」

 トンっと軽く押されてふらついた彼女の体が、背後のベッドに足を取られて腰をついた。肩をつかんでベッドへと押し倒したルネを見上げると、彼女の表情にはかすかに動揺が浮かんだ。

「……ここは、わたしの部屋と違って防音がないのよ。分かってるの?」
「——貴方こそ、理解していないようですね?」

 長い指先が、彼女の手首を捕らえる。

「今や何者でもない貴方に、主人である私が手を出したところで……屋敷の使用人は誰も止めやしません。たとえ貴方が悲鳴をあげても——誰ひとり、助けてはくれませんよ?」

 手首に掛かった痛みに、彼女の口から小さな声がもれた。
 拘束の手はすぐに緩まったが、解くことなく低い声で、

「最低限、食事は取るように。こんな所で死なれても困ります。今後も食べないのなら……どうされるか、ご理解いただけましたか?」

 彼女の瞳に脅しが足りていないと感じたのか、ルネは彼女の耳に唇を寄せると、ぞっとする響きを奏でた。

「食事を運んだメイドの前で、私に犯されたくはないでしょう?」

 そそがれる悪意に身を震わせた彼女は食事を約束してみせたが、その強い瞳だけは最後まで揺るがなかった。
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