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真実が終わりを告げる
Chap.6 Sec.3
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世間から蝶の屋敷と呼ばれる家のエントランスホールでは、夜のとばりが降りるなか高い声が響いていた。
「だから! 彼女に会わせなさいと言ってるのよ! あなたじゃ話にならないわ、せめてルネさん——様を呼んでらっしゃい!」
「ただいまルネ様は外出中でして……」
「だったら彼女を連れくればいいでしょう! どこに隠してるの!」
「わたくしに言われましても……主人の命がございますので……」
「彼女だって長らくあなたたちの主人だったはずよ!」
「そうではございますが……」
怒濤のごとく迫るエレアノールに、接客のメイドがたじたじとして後ずさる。エレアノールの横に並んでいたジョゼフィーヌも、いつもなら止めるところだが、同じように厳しい顔で勢力に加わっていた。
「——あのね、私たちは貴女を困らせたいわけではないのよ? ……少しのあいだでいいの、彼女に会わせてもらえないかしら? ご葬儀も知らぬまに密葬で……私たちは、ご両親が亡くなられてから彼女にまったく会えていないのよ。連れ出すなんてことは決してしないから、どうか会わせてくれない……?」
言葉は控えめながらも、ジョゼフィーヌの声は強く、令嬢としての圧がある。下級使用人の自分では太刀打ちできないと判断したメイドが、上の者を呼ぼうとしたところ、表の方で馬車の音がした。
はっとした二人が振り返り待つと、付き添いの使用人たちと、それから——
「——ああ、久方ぶりですね。クール嬢、フーシェ嬢……どうしました?」
令嬢二人は一瞬、その相手が誰か分からなかった。
彼女らの知る本来の彼は影のようで、いつも目立たないように立ち振るまっていたからか、穏やかで控えめな印象を受けていた。
——しかし、いま目の前に立つ彼は、まるで別人。
オーダーメイドではないと思われるが、上質なブルーのコートはすらりとした長躯を際立たせ、白の光沢のあるスカーフ・タイが華やかだった。髪型も以前のきちりと固められたものではなく、緩く流されているのみで額にも掛かっている。もともと整った顔をしているのは知っていたが、装い新たにこうして正面をきって見下ろされると、重たい威圧感と——妖しい艶のようなものがあった。
微笑みは薄く、グレーの眼は向かい合う者を射抜くように見据えている。
——小娘など相手にならない。
そんな敗北感と、恐怖に似た寒気を覚えるような、圧倒的な存在感。
「……どうしました?」
硬直していた二人に、ルネが同じ言葉をくり返した。はたりと先に我に返ったのは、フーシェ嬢と呼ばれたジョゼフィーヌだった。
「ルネさん……いえ、ルネ様。わたくしたち、彼女に会わせていただきたくて……」
「——父君の許可は取られましたか?」
「え……?」
「法的に罪はないとみなされましたが、今後世間からの批判が出ることを恐れ、議員の皆様は私に一任し彼女に関わらぬことを決めました。もちろん、貴方がたの父君たちも。ご存知でしょう?」
「……わたくしたちの意思のみでは、彼女への面会は認めてもらえないと……?」
「ええ、そうです。認められない。なにぶん私も新参者で……他の方の目につくような事態は避けたいのです。……つまり、」
浅く曲げた唇から、微笑みが消えた。
「貴方がたの我儘には付き合えない」
射すくめられたジョゼフィーヌは、そっと口を閉ざした。
「話は以上ですね?」
冷淡な声で確認してから、ルネは出迎えに集まっていた使用人たちに見送りを指示する。使用人たちに対しての態度は控えめだが、執事として采配を取っていたころとは違う。ジョゼフィーヌには、使用人たちのあいだにも戸惑いがあるのを感じられた。
「——ま、まちなさいっ!」
立ち去ろうとするルネを、エレアノールが呼び止めた。
ジョゼフィーヌが振り返ると、エレアノールは小さく震えていて……それは、きっと恐怖もあるのだろうが、それよりも強い怒りを帯びて、
「これはっ……どういうことなの! あなたは真実を知っていたのっ? 知っていて……ずっと、彼女を……こんなにも長いあいだ騙していたというのっ?」
震える声には、悲しみがにじむ。
背中で聞き流していたルネが首だけで振り返ると、激昂に染まった瞳が涙をたずさえて睨みつけていた。
「……いえ、知りませんでしたよ」
「嘘だわ! あなたは嘘つきだもの! あたしには分かるのよ!」
「それは投影では? ご自分のことを話されているようにお見受けしますよ」
「あっ……あたしが嘘つきだというのっ?」
「どうでしょうね? 真実は本人のみぞ知るところでしょう」
静かに唱えたのを最後に、もう振り返ることはなかった。
追い出されるように見送られた二人は、共に乗り合わせたクール家の馬車のなか、
「なんてことなの……どうしたらいいのっ……」
「ネリー、しっかりして。私たちにできることを、一緒に探してみましょう?」
「……無理よ、あたしたちなんて親の威光がなければなんの力もないじゃない……」
「………………」
「せめて彼女がどこにいるか……それさえ分かれば……」
「……居場所が分かれば、なにか打開策があるの?」
「居場所がはっきりさえすれば、手薄なときを狙って乗り込むことで……連れ出せないかしら。屋敷全部を捜していたら警察や使用人が集まってきてしまうでしょ? 短時間でなら無理やり攫えそうじゃない?」
「……すくなくとも私たち二人では無理ね」
「フィリップ様も無理やり引っぱりこむわ」
「ああ、フィリップ様なら……ルネさんに話をつけてくださるかも……」
「どちらにせよ『もう居ない』と宣言されたら終わりよ。先に居場所を特定して、居るという事実を突きつけたうえでルネさんと交渉しないと……」
「……どこにいるか、なら……私に思い当たるところがあるわ」
「えっ?」
向かい合うエレアノールに顔を寄せると、ジョゼフィーヌはひときわ声を落として囁いた。
「……尖塔の小部屋」
——ルネの部屋はね、尖塔にあるのよ。外から出入りできないし、人の抜けられる窓もない……牢獄みたいで真っ暗なの。
二人の頭には、記憶から彼女の声が響いていた。
「だから! 彼女に会わせなさいと言ってるのよ! あなたじゃ話にならないわ、せめてルネさん——様を呼んでらっしゃい!」
「ただいまルネ様は外出中でして……」
「だったら彼女を連れくればいいでしょう! どこに隠してるの!」
「わたくしに言われましても……主人の命がございますので……」
「彼女だって長らくあなたたちの主人だったはずよ!」
「そうではございますが……」
怒濤のごとく迫るエレアノールに、接客のメイドがたじたじとして後ずさる。エレアノールの横に並んでいたジョゼフィーヌも、いつもなら止めるところだが、同じように厳しい顔で勢力に加わっていた。
「——あのね、私たちは貴女を困らせたいわけではないのよ? ……少しのあいだでいいの、彼女に会わせてもらえないかしら? ご葬儀も知らぬまに密葬で……私たちは、ご両親が亡くなられてから彼女にまったく会えていないのよ。連れ出すなんてことは決してしないから、どうか会わせてくれない……?」
言葉は控えめながらも、ジョゼフィーヌの声は強く、令嬢としての圧がある。下級使用人の自分では太刀打ちできないと判断したメイドが、上の者を呼ぼうとしたところ、表の方で馬車の音がした。
はっとした二人が振り返り待つと、付き添いの使用人たちと、それから——
「——ああ、久方ぶりですね。クール嬢、フーシェ嬢……どうしました?」
令嬢二人は一瞬、その相手が誰か分からなかった。
彼女らの知る本来の彼は影のようで、いつも目立たないように立ち振るまっていたからか、穏やかで控えめな印象を受けていた。
——しかし、いま目の前に立つ彼は、まるで別人。
オーダーメイドではないと思われるが、上質なブルーのコートはすらりとした長躯を際立たせ、白の光沢のあるスカーフ・タイが華やかだった。髪型も以前のきちりと固められたものではなく、緩く流されているのみで額にも掛かっている。もともと整った顔をしているのは知っていたが、装い新たにこうして正面をきって見下ろされると、重たい威圧感と——妖しい艶のようなものがあった。
微笑みは薄く、グレーの眼は向かい合う者を射抜くように見据えている。
——小娘など相手にならない。
そんな敗北感と、恐怖に似た寒気を覚えるような、圧倒的な存在感。
「……どうしました?」
硬直していた二人に、ルネが同じ言葉をくり返した。はたりと先に我に返ったのは、フーシェ嬢と呼ばれたジョゼフィーヌだった。
「ルネさん……いえ、ルネ様。わたくしたち、彼女に会わせていただきたくて……」
「——父君の許可は取られましたか?」
「え……?」
「法的に罪はないとみなされましたが、今後世間からの批判が出ることを恐れ、議員の皆様は私に一任し彼女に関わらぬことを決めました。もちろん、貴方がたの父君たちも。ご存知でしょう?」
「……わたくしたちの意思のみでは、彼女への面会は認めてもらえないと……?」
「ええ、そうです。認められない。なにぶん私も新参者で……他の方の目につくような事態は避けたいのです。……つまり、」
浅く曲げた唇から、微笑みが消えた。
「貴方がたの我儘には付き合えない」
射すくめられたジョゼフィーヌは、そっと口を閉ざした。
「話は以上ですね?」
冷淡な声で確認してから、ルネは出迎えに集まっていた使用人たちに見送りを指示する。使用人たちに対しての態度は控えめだが、執事として采配を取っていたころとは違う。ジョゼフィーヌには、使用人たちのあいだにも戸惑いがあるのを感じられた。
「——ま、まちなさいっ!」
立ち去ろうとするルネを、エレアノールが呼び止めた。
ジョゼフィーヌが振り返ると、エレアノールは小さく震えていて……それは、きっと恐怖もあるのだろうが、それよりも強い怒りを帯びて、
「これはっ……どういうことなの! あなたは真実を知っていたのっ? 知っていて……ずっと、彼女を……こんなにも長いあいだ騙していたというのっ?」
震える声には、悲しみがにじむ。
背中で聞き流していたルネが首だけで振り返ると、激昂に染まった瞳が涙をたずさえて睨みつけていた。
「……いえ、知りませんでしたよ」
「嘘だわ! あなたは嘘つきだもの! あたしには分かるのよ!」
「それは投影では? ご自分のことを話されているようにお見受けしますよ」
「あっ……あたしが嘘つきだというのっ?」
「どうでしょうね? 真実は本人のみぞ知るところでしょう」
静かに唱えたのを最後に、もう振り返ることはなかった。
追い出されるように見送られた二人は、共に乗り合わせたクール家の馬車のなか、
「なんてことなの……どうしたらいいのっ……」
「ネリー、しっかりして。私たちにできることを、一緒に探してみましょう?」
「……無理よ、あたしたちなんて親の威光がなければなんの力もないじゃない……」
「………………」
「せめて彼女がどこにいるか……それさえ分かれば……」
「……居場所が分かれば、なにか打開策があるの?」
「居場所がはっきりさえすれば、手薄なときを狙って乗り込むことで……連れ出せないかしら。屋敷全部を捜していたら警察や使用人が集まってきてしまうでしょ? 短時間でなら無理やり攫えそうじゃない?」
「……すくなくとも私たち二人では無理ね」
「フィリップ様も無理やり引っぱりこむわ」
「ああ、フィリップ様なら……ルネさんに話をつけてくださるかも……」
「どちらにせよ『もう居ない』と宣言されたら終わりよ。先に居場所を特定して、居るという事実を突きつけたうえでルネさんと交渉しないと……」
「……どこにいるか、なら……私に思い当たるところがあるわ」
「えっ?」
向かい合うエレアノールに顔を寄せると、ジョゼフィーヌはひときわ声を落として囁いた。
「……尖塔の小部屋」
——ルネの部屋はね、尖塔にあるのよ。外から出入りできないし、人の抜けられる窓もない……牢獄みたいで真っ暗なの。
二人の頭には、記憶から彼女の声が響いていた。
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