上 下
63 / 72
真実が終わりを告げる

Chap.6 Sec.3

しおりを挟む
 世間から蝶の屋敷と呼ばれる家のエントランスホールでは、夜のとばりが降りるなか高い声が響いていた。

「だから! 彼女に会わせなさいと言ってるのよ! あなたじゃ話にならないわ、せめてルネさん——様を呼んでらっしゃい!」
「ただいまルネ様は外出中でして……」
「だったら彼女を連れくればいいでしょう! どこに隠してるの!」
「わたくしに言われましても……主人あるじめいがございますので……」
「彼女だって長らくあなたたちの主人だったはずよ!」
「そうではございますが……」

 怒濤どとうのごとく迫るエレアノールに、接客のメイドがたじたじとして後ずさる。エレアノールの横に並んでいたジョゼフィーヌも、いつもなら止めるところだが、同じように厳しい顔で勢力に加わっていた。

「——あのね、私たちは貴女を困らせたいわけではないのよ? ……少しのあいだでいいの、彼女に会わせてもらえないかしら? ご葬儀も知らぬまに密葬で……私たちは、ご両親が亡くなられてから彼女にまったく会えていないのよ。連れ出すなんてことは決してしないから、どうか会わせてくれない……?」

 言葉は控えめながらも、ジョゼフィーヌの声は強く、令嬢としての圧がある。下級使用人の自分では太刀打ちできないと判断したメイドが、上の者を呼ぼうとしたところ、表の方で馬車の音がした。
 はっとした二人が振り返り待つと、付き添いの使用人たちと、それから——

「——ああ、久方ぶりですね。クール嬢、フーシェ嬢……どうしました?」

 令嬢二人は一瞬、その相手が誰か分からなかった。
 彼女らの知る本来の彼は影のようで、いつも目立たないように立ち振るまっていたからか、穏やかで控えめな印象を受けていた。

 ——しかし、いま目の前に立つ彼は、まるで別人。

 オーダーメイドではないと思われるが、上質なブルーのコートはすらりとした長躯ちょうくを際立たせ、白の光沢のあるスカーフ・タイクラバットが華やかだった。髪型も以前のきちりと固められたものではなく、緩く流されているのみで額にも掛かっている。もともと整った顔をしているのは知っていたが、装い新たにこうして正面をきって見下ろされると、重たい威圧感と——妖しいつやのようなものがあった。
 微笑みは薄く、グレーの眼は向かい合う者を射抜くように見据えている。

 ——小娘など相手にならない。
 そんな敗北感と、恐怖に似た寒気を覚えるような、圧倒的な存在感。

「……どうしました?」

 硬直していた二人に、ルネが同じ言葉をくり返した。はたりと先に我に返ったのは、フーシェ嬢と呼ばれたジョゼフィーヌだった。

「ルネさん……いえ、ルネ様。わたくしたち、彼女に会わせていただきたくて……」
「——父君の許可は取られましたか?」
「え……?」
「法的に罪はないとみなされましたが、今後世間からの批判が出ることを恐れ、議員の皆様はわたくしに一任し彼女に関わらぬことを決めました。もちろん、貴方がたの父君たちも。ご存知でしょう?」
「……わたくしたちの意思のみでは、彼女への面会は認めてもらえないと……?」
「ええ、そうです。認められない。なにぶん私も新参者で……他の方の目につくような事態は避けたいのです。……つまり、」

 浅く曲げた唇から、微笑みが消えた。

「貴方がたの我儘わがままには付き合えない」

 射すくめられたジョゼフィーヌは、そっと口を閉ざした。

「話は以上ですね?」

 冷淡な声で確認してから、ルネは出迎えに集まっていた使用人たちに見送りを指示する。使用人たちに対しての態度は控えめだが、執事として采配を取っていたころとは違う。ジョゼフィーヌには、使用人たちのあいだにも戸惑いがあるのを感じられた。

「——ま、まちなさいっ!」

 立ち去ろうとするルネを、エレアノールが呼び止めた。
 ジョゼフィーヌが振り返ると、エレアノールは小さく震えていて……それは、きっと恐怖もあるのだろうが、それよりも強い怒りを帯びて、

「これはっ……どういうことなの! あなたは真実を知っていたのっ? 知っていて……ずっと、彼女を……こんなにも長いあいだだましていたというのっ?」

 震える声には、悲しみがにじむ。
 背中で聞き流していたルネが首だけで振り返ると、激昂に染まった瞳が涙をたずさえてにらみつけていた。

「……いえ、知りませんでしたよ」
「嘘だわ! あなたは嘘つきだもの! あたしには分かるのよ!」
「それは投影では? ご自分のことを話されているようにお見受けしますよ」
「あっ……あたしが嘘つきだというのっ?」
「どうでしょうね? 真実は本人のみぞ知るところでしょう」

 静かに唱えたのを最後に、もう振り返ることはなかった。

 追い出されるように見送られた二人は、共に乗り合わせたクール家の馬車のなか、

「なんてことなの……どうしたらいいのっ……」
「ネリー、しっかりして。私たちにできることを、一緒に探してみましょう?」
「……無理よ、あたしたちなんて親の威光がなければなんの力もないじゃない……」
「………………」
「せめて彼女がどこにいるか……それさえ分かれば……」
「……居場所が分かれば、なにか打開策があるの?」
「居場所がはっきりさえすれば、手薄なときを狙って乗り込むことで……連れ出せないかしら。屋敷全部を捜していたら警察や使用人が集まってきてしまうでしょ? 短時間でなら無理やり攫えそうじゃない?」
「……すくなくとも私たち二人では無理ね」
「フィリップ様も無理やり引っぱりこむわ」
「ああ、フィリップ様なら……ルネさんに話をつけてくださるかも……」
「どちらにせよ『もう居ない』と宣言されたら終わりよ。先に居場所を特定して、居るという事実を突きつけたうえでルネさんと交渉しないと……」
「……どこにいるか、なら……私に思い当たるところがあるわ」
「えっ?」

 向かい合うエレアノールに顔を寄せると、ジョゼフィーヌはひときわ声を落として囁いた。

「……尖塔せんとうの小部屋」

——ルネの部屋はね、尖塔にあるのよ。外から出入りできないし、人の抜けられる窓もない……牢獄ろうごくみたいで真っ暗なの。

 二人の頭には、記憶から彼女の声が響いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寵愛の檻

枳 雨那
恋愛
《R18作品のため、18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。》 ――監禁、ヤンデレ、性的支配……バッドエンドは回避できる?  胡蝶(こちょう)、朧(おぼろ)、千里(せんり)の3人は幼い頃から仲の良い3人組。胡蝶は昔から千里に想いを寄せ、大学生になった今、思い切って告白しようとしていた。  しかし、そのことを朧に相談した矢先、突然監禁され、性的支配までされてしまう。優しくシャイだった朧の豹変に、翻弄されながらも彼を理解しようとする胡蝶。だんだんほだされていくようになる。  一方、胡蝶と朧の様子がおかしいと気付いた千里は、胡蝶を救うために動き出す。 *表紙イラストはまっする(仮)様よりお借りしております。

母の日 母にカンシャを

れん
恋愛
母の日、普段は恥ずかしくて言えない、日ごろの感謝の気持ちを込めて花束を贈ったら……まさか、こうなるとは思わなかった。 ※時事ネタ思いつき作品です。 ノクターンからの転載。全9話。 性描写、近親相姦描写(母×子)を含みます。 苦手な方はご注意ください。 表紙は画像生成AIで出力しました

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

優しい先輩に溺愛されるはずがめちゃくちゃにされた話

片茹で卵
恋愛
R18台詞習作。 片想いしている先輩に溺愛されるおまじないを使ったところなぜか押し倒される話。淡々S攻。短編です。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

致死量の愛と泡沫に+

藤香いつき
キャラ文芸
近未来の終末世界。 世間から隔離された森の城館で、ひっそりと暮らす8人の青年たち。 記憶のない“あなた”は彼らに拾われ、共に暮らしていたが——外の世界に攫われたり、囚われたりしながらも、再び城で平穏な日々を取り戻したところ。 泡沫(うたかた)の物語を終えたあとの、日常のお話を中心に。 ※致死量シリーズ 【致死量の愛と泡沫に】その後のエピソード。 表紙はJohn William Waterhous【The Siren】より。

【完結】彼女が18になった

チャフ
恋愛
《作品説明》 12歳差の男女カップルの話です。30歳と18歳という年齢設定ですが、合法的にイチャラブさせたいと考えています。 《あらすじ》  俺は30歳になり、彼女は18歳になった。 「誕生日か……。」  また一雨降りそうな薄暗い雲を見やりながら、改めて7月13日という奇跡的な日付に感謝をする。  誕生日、加えて干支まで一緒になってしまった夏実を女と意識したのはいつだったか覚えてはいない。  けれども俺は可愛い夏実を手放したくはないのだ。  何故なら俺は、「みなとくんのお嫁さんになりたい」と10年もの間思い続けている夏実の事を、世界中の誰よりも『可愛い』と日々思っているのだから……。 ☆登場人物紹介☆ ・広瀬 湊人(ひろせ みなと)30歳。会社員。2年前から付き合っている夏実とは幼馴染で赤ん坊の頃から知っている。 ・薗田 夏実(そのだ なつみ)18歳。高校3年生。幼少期から湊人の事が大好きで「みなとくんのお嫁さんになりたい」と8歳の頃から夢見ていた。16歳の誕生日から湊人と付き合っている。 ※本作は第一稿を2019年に書いている為、時流も2019年に合わせたものとなっております。ヒロインは18歳ですが本作では「未成年」としています。 ※主人公の湊人は煙草の煙が体質に合わないので症状を軽減させる為に不織布マスクを外出時にしている設定です。 「風邪でもないのに不織布マスクをしている少し変わった主人公を描いたつもり」がこのような時代となり作者自身非常に驚いております。 マスク中年の男性主人公ではありますが、ゆる〜くほんわかと読んで下さると有り難いです。 ※話タイトルの記号(★)について…… 濃厚な性描写がある話には★記号をつけています。 ※この作品はエブリスタでも公開しております。

処理中です...