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Bal masqué
Chap.4 sec.8
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その夜、ルネが発言どおりに彼女の寝室を訪れると、ベッドに腰掛けた彼女は手にしたオイルランプの明かりをじっと見守っていた。ルネの入室に気づくと、ランプをサイドテーブルへと載せる。ルネを見る瞳に、拒む気はないようだった。
言葉なく身を寄せて、くちづけを落とす。ベッドの上で大人しく夜着を脱ぎ、わずかに頬を染めて恥じらう姿は従順だった。ルネが明かりを消そうかと伸ばした手を、彼女はそっと引き留める。
「そのままで……」
ぽつ。灯火のなか落ちる音に、ルネは疑念をいだく。
それを見越していたのか、彼女は様子をうかがうように瞳だけでルネを見上げ、
「……ちゃんと、顔を見ていたいの」
「私は構いませんが……」
ベッドに腰掛けるルネに、彼女が両手を出して、恐るおそる抱きついた。燕尾服は脱いでいる。シャツの上に身につけたベストのボタンによる冷たい感触に、彼女は身をかすかに震わせた。ルネに伝わるのは、柔らかく温かなぬくもりだけ。
(妙に大人しいな……)
ルネの胸に浮かんだ疑念は消えていない。返すように抱きしめると、腕のなかの裸身はそろそろと身を預けた。従順な彼女を作りあげようと優しくしてはいるが、あからさますぎる変化を目の当たりにして、ルネは慎重に観察していた。
腕のなかを見下ろせば、恐れる雛鳥のような目がこちらを見上げている。えさを待ち望むように薄く開かれた唇をついばむと、静やかに瞳を閉じた。絡む舌はやわらかく、受けいれる用意がされている。しかし、こわばりの残る体は——何を狙っているのか。緊張しているにしては、どこか違和感が拭えない。
「……ルネは服を……脱がないの?」
ベッドに押し倒すと、彼女は小さな問いを口にした。
「……服の乱れがないほうが、ごまかしが利きますので」
「誰も……来ないでしょう?」
「必ずしもそうとは限りません」
「………………」
「……何か不都合がございますか?」
「……肌に触れてみたいのよ」
「でしたら——」
シャツの下側のボタンを外すと、彼女の手を取り、その隙間から素肌へと誘い込む。びくりと身を縮めた彼女は、考えるように眉を寄せている。
「……そういうことではないの」
「これ以上は差し支えございます」
「……わたしだけすべてを曝け出しているのは……不公平だわ」
——おかしい。
固執するものの正体は突き止められないが、やはり何かを狙っている。身につけている物を盗ろうとしているのか、決定的な証拠を用意することで、他の使用人でも呼びつけて事をつまびらかにしようと画策しているのか。
どうするか——思考を巡らしたルネは、その顔に薄く笑みをのせた。
「申し訳ございませんが、あまり素肌を晒したくないのでございます」
「……どうして?」
「お見苦しい傷痕がございますので、お嬢様の目に映すことのないよう……」
「そう……なの……」
それ以上、強く求めることはできない。彼女の性格を理解したうえでの偽りは、正しく効果を成した。
会話は途絶え、唇は言葉を発するためではなく、欲を満たすためだけに使われる。彼女の薄い皮膚をキスでなぞれば、小さな肩がひくりと震えた。その反応に、この唇でどこまでもたどってみたい欲に駆られる。
大切に育てあげた花は、思いのほか早く手折ることとなった。
できるならば、綺麗なままで咲かせておきたかったのだが——
(——さすがに、それは無理か)
いずれにせよ、両親もろとも壊すつもりで始めたのだから——今さら、何を言ったところで。
破滅はもう、すぐ目の前に迫っている。
言葉なく身を寄せて、くちづけを落とす。ベッドの上で大人しく夜着を脱ぎ、わずかに頬を染めて恥じらう姿は従順だった。ルネが明かりを消そうかと伸ばした手を、彼女はそっと引き留める。
「そのままで……」
ぽつ。灯火のなか落ちる音に、ルネは疑念をいだく。
それを見越していたのか、彼女は様子をうかがうように瞳だけでルネを見上げ、
「……ちゃんと、顔を見ていたいの」
「私は構いませんが……」
ベッドに腰掛けるルネに、彼女が両手を出して、恐るおそる抱きついた。燕尾服は脱いでいる。シャツの上に身につけたベストのボタンによる冷たい感触に、彼女は身をかすかに震わせた。ルネに伝わるのは、柔らかく温かなぬくもりだけ。
(妙に大人しいな……)
ルネの胸に浮かんだ疑念は消えていない。返すように抱きしめると、腕のなかの裸身はそろそろと身を預けた。従順な彼女を作りあげようと優しくしてはいるが、あからさますぎる変化を目の当たりにして、ルネは慎重に観察していた。
腕のなかを見下ろせば、恐れる雛鳥のような目がこちらを見上げている。えさを待ち望むように薄く開かれた唇をついばむと、静やかに瞳を閉じた。絡む舌はやわらかく、受けいれる用意がされている。しかし、こわばりの残る体は——何を狙っているのか。緊張しているにしては、どこか違和感が拭えない。
「……ルネは服を……脱がないの?」
ベッドに押し倒すと、彼女は小さな問いを口にした。
「……服の乱れがないほうが、ごまかしが利きますので」
「誰も……来ないでしょう?」
「必ずしもそうとは限りません」
「………………」
「……何か不都合がございますか?」
「……肌に触れてみたいのよ」
「でしたら——」
シャツの下側のボタンを外すと、彼女の手を取り、その隙間から素肌へと誘い込む。びくりと身を縮めた彼女は、考えるように眉を寄せている。
「……そういうことではないの」
「これ以上は差し支えございます」
「……わたしだけすべてを曝け出しているのは……不公平だわ」
——おかしい。
固執するものの正体は突き止められないが、やはり何かを狙っている。身につけている物を盗ろうとしているのか、決定的な証拠を用意することで、他の使用人でも呼びつけて事をつまびらかにしようと画策しているのか。
どうするか——思考を巡らしたルネは、その顔に薄く笑みをのせた。
「申し訳ございませんが、あまり素肌を晒したくないのでございます」
「……どうして?」
「お見苦しい傷痕がございますので、お嬢様の目に映すことのないよう……」
「そう……なの……」
それ以上、強く求めることはできない。彼女の性格を理解したうえでの偽りは、正しく効果を成した。
会話は途絶え、唇は言葉を発するためではなく、欲を満たすためだけに使われる。彼女の薄い皮膚をキスでなぞれば、小さな肩がひくりと震えた。その反応に、この唇でどこまでもたどってみたい欲に駆られる。
大切に育てあげた花は、思いのほか早く手折ることとなった。
できるならば、綺麗なままで咲かせておきたかったのだが——
(——さすがに、それは無理か)
いずれにせよ、両親もろとも壊すつもりで始めたのだから——今さら、何を言ったところで。
破滅はもう、すぐ目の前に迫っている。
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