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Bal masqué
Chap.4 Sec.4
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お茶をして話したのは30分ほど。オペラ座へ行くための用意でエレアノールは一時帰宅し、時間を置いてからわたしも用意のために別室へと移った。
外出用のドレスに着替え、崩れていた化粧を整えるついでに華やかなものへと直される。綺麗に仕上がり終えると、ちょうどよくルネがやってきて、メイドに何か命じた。入れ替わるようにメイドたちが出ていくと、部屋には二人きりで取り残され、空気が薄くなったような——動悸がする。
歩み寄る彼の姿に、「どうしたの?」と平常心をもって声をかけたが、ルネは適切な距離で止まることなく、
「——お嬢様」
なめらかな声を鳴らしてから、わたしの顎を指先で掬いあげるようにして、唇を重ねた。
突然のことに目を開くしかできず、数秒遅れで彼の体を押し返すと、すぐに唇は離れた。ただ、近しい距離のまま、微笑みを取ることなく目を合わせる。
「いきなり何を——」
「お嬢様があまりにもお美しいので、このままフィリップ様にお見せするのが惜しくなりまして……」
まとめられた毛流れをたどるように、ルネの手が頭に回されたかと思うと、急に強い力で引き寄せられた。耳に当たったルネの唇が、軽い響きで唱える。
——少し、乱してしまおうかと。
勢いのままに、再度、唇を奪われた。丁寧に引かれた紅を拭くように皮膚を食み、舌先でわずかになぞり取る。身を引こうにも、頭のうしろに回された手が放してくれない。口腔に流れこむ舌は、独特な紅の味をまとって、わたしの舌に擦りついた。後頭部を押さえる力は強いのに、唇と舌先だけが優しく触れ合わされる。
昨夜の出来事が、夢ではないと——
告げ知らせるような、甘いくちづけだった。
「る、……ね」
キスの合間で呼び止めると、顔は離れたけれども、
「きゃっ……?」
体を抱きあげられ、そばの長ソファへと優しく落とされた。どういうことなのか。驚きに戸惑うわたしの上に覆いかぶさると、くすりと笑みのかたちをした唇に、彼は自身の手を持っていく。瞳が、わずかに好戦的な色を帯びたかと思うと、歯先で手袋を咬み、手を抜き去った。着たばかりのドレスへと手を掛け、素手で中へと——
「やっ……ルネ、待って!」
「——お嬢様、こちらは防音のない部屋でございますので、声をお控えいただかないと……ひとが来ますよ?」
穏やかな声で、おそろしい脅しをかける。ためらいなく下着の緩いズボンの隙間をなぞって手を差し入れると、たどり着いた先に、指先を沈めた。
「んっ……」
「おや? すんなり入りましたね……夜の名残でございましょうか? それとも……はじめから、こうされることをお望みでございましたか?」
ピアノを弾くためにあるかのような、長くしなやかな指。沈んだそれがゆっくりと抜かれるだけで、ぞくりと体がわななく。
「や、めて……やめて……」
力の抜ける手でルネの胸板を押し、拒絶を伝えようと首を振る。しかし、手は止まることなく、また中へと沈められた。とろりと迎え入れるそこは、指の動きに合わせて濡れた音を立て、やわく彼を締めつけた。
「こんなに濡れていらっしゃったなら……私自身でも、構いませんでしたね……」
囁く言葉が、羞恥を煽る。赤く恥じらう頬を慈しむように、ルネの唇がキスを落とした。
くちゅくちゅと音を奏でる指先に、すべての神経が搦め捕られる。
かろうじて残る意志で、唇を動かした。
「……だめ、こんなこと……こんな、明るい場所で……」
「夜に——と、命じておられるのでしょうか?」
「そうでは……なくて……」
下には、フィリップ様もいるのに——。
言葉にせずとも伝わったのか、彼はフッと鼻で笑うと、首筋に唇を添わせた。
「あの者など、放っておけばよろしいのでは?」
浅く触れたまま、肌を唇でたどっていく。
「そんなこと……」
できるはずもない。
いつになく状況を考えないルネの行動は、今の思考では捉えきれない。
困惑のうずに巻きこまれ、溶ける指先に意識をさらわれて、底まで引き落とされそうになったとき、
——コン、と。硬い音が、連続して響いた。
メイドが戻ってきたらしく、入室を求める呼び声が届く。
優しく蠢いていた指先が、ぬるりと引き抜かれた。
「続きは、夜に致しましょうか……ああ、帰りの馬車でもよいかも知れませんね……」
かすれた小さな声で、独り言のように。
見下ろす顔で視線を重ねると、甘く微笑んだ。
「オペラも、愉しみでございますね」
見つめ返す目に灯る熱は、ごまかしようのないほど潤んでいた。
外出用のドレスに着替え、崩れていた化粧を整えるついでに華やかなものへと直される。綺麗に仕上がり終えると、ちょうどよくルネがやってきて、メイドに何か命じた。入れ替わるようにメイドたちが出ていくと、部屋には二人きりで取り残され、空気が薄くなったような——動悸がする。
歩み寄る彼の姿に、「どうしたの?」と平常心をもって声をかけたが、ルネは適切な距離で止まることなく、
「——お嬢様」
なめらかな声を鳴らしてから、わたしの顎を指先で掬いあげるようにして、唇を重ねた。
突然のことに目を開くしかできず、数秒遅れで彼の体を押し返すと、すぐに唇は離れた。ただ、近しい距離のまま、微笑みを取ることなく目を合わせる。
「いきなり何を——」
「お嬢様があまりにもお美しいので、このままフィリップ様にお見せするのが惜しくなりまして……」
まとめられた毛流れをたどるように、ルネの手が頭に回されたかと思うと、急に強い力で引き寄せられた。耳に当たったルネの唇が、軽い響きで唱える。
——少し、乱してしまおうかと。
勢いのままに、再度、唇を奪われた。丁寧に引かれた紅を拭くように皮膚を食み、舌先でわずかになぞり取る。身を引こうにも、頭のうしろに回された手が放してくれない。口腔に流れこむ舌は、独特な紅の味をまとって、わたしの舌に擦りついた。後頭部を押さえる力は強いのに、唇と舌先だけが優しく触れ合わされる。
昨夜の出来事が、夢ではないと——
告げ知らせるような、甘いくちづけだった。
「る、……ね」
キスの合間で呼び止めると、顔は離れたけれども、
「きゃっ……?」
体を抱きあげられ、そばの長ソファへと優しく落とされた。どういうことなのか。驚きに戸惑うわたしの上に覆いかぶさると、くすりと笑みのかたちをした唇に、彼は自身の手を持っていく。瞳が、わずかに好戦的な色を帯びたかと思うと、歯先で手袋を咬み、手を抜き去った。着たばかりのドレスへと手を掛け、素手で中へと——
「やっ……ルネ、待って!」
「——お嬢様、こちらは防音のない部屋でございますので、声をお控えいただかないと……ひとが来ますよ?」
穏やかな声で、おそろしい脅しをかける。ためらいなく下着の緩いズボンの隙間をなぞって手を差し入れると、たどり着いた先に、指先を沈めた。
「んっ……」
「おや? すんなり入りましたね……夜の名残でございましょうか? それとも……はじめから、こうされることをお望みでございましたか?」
ピアノを弾くためにあるかのような、長くしなやかな指。沈んだそれがゆっくりと抜かれるだけで、ぞくりと体がわななく。
「や、めて……やめて……」
力の抜ける手でルネの胸板を押し、拒絶を伝えようと首を振る。しかし、手は止まることなく、また中へと沈められた。とろりと迎え入れるそこは、指の動きに合わせて濡れた音を立て、やわく彼を締めつけた。
「こんなに濡れていらっしゃったなら……私自身でも、構いませんでしたね……」
囁く言葉が、羞恥を煽る。赤く恥じらう頬を慈しむように、ルネの唇がキスを落とした。
くちゅくちゅと音を奏でる指先に、すべての神経が搦め捕られる。
かろうじて残る意志で、唇を動かした。
「……だめ、こんなこと……こんな、明るい場所で……」
「夜に——と、命じておられるのでしょうか?」
「そうでは……なくて……」
下には、フィリップ様もいるのに——。
言葉にせずとも伝わったのか、彼はフッと鼻で笑うと、首筋に唇を添わせた。
「あの者など、放っておけばよろしいのでは?」
浅く触れたまま、肌を唇でたどっていく。
「そんなこと……」
できるはずもない。
いつになく状況を考えないルネの行動は、今の思考では捉えきれない。
困惑のうずに巻きこまれ、溶ける指先に意識をさらわれて、底まで引き落とされそうになったとき、
——コン、と。硬い音が、連続して響いた。
メイドが戻ってきたらしく、入室を求める呼び声が届く。
優しく蠢いていた指先が、ぬるりと引き抜かれた。
「続きは、夜に致しましょうか……ああ、帰りの馬車でもよいかも知れませんね……」
かすれた小さな声で、独り言のように。
見下ろす顔で視線を重ねると、甘く微笑んだ。
「オペラも、愉しみでございますね」
見つめ返す目に灯る熱は、ごまかしようのないほど潤んでいた。
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