【完結】好奇心に殺されたプシュケ

藤香いつき

文字の大きさ
上 下
29 / 72
Bal masqué

Chap.4 Sec.1

しおりを挟む
 明るい陽射しが、金の柔らかな髪を透かしていた。
 ワインのアロマに意識を傾けていたフランソワは、向かいに座った神妙な顔のフィリップに目を向ける。彼は本日、フランソワをたたき起こすことなく、静かに〈待て〉をしていた。

「——女の落とし方を教えてくれ」

 天変地異の前触れなのだろうか。革命が為されたばかりだというのに、世も末だ。
 思わず無常を憂いてしまうほど、普段とまったく違う彼のまじめな顔を眺めていて……

「……ん? なんだって?」
「だから! 女の落とし方を教えろって言ってんだろ!」

 通常どおりに戻る。やかましくなった声量に片耳を押さえ、話の内容をよくよく捉えようと試みた。

「いやいや、聞いてるさ。ちょっと驚いただけだっていうのに……まったく。パピヨンの娘を落とすのかい?」
「……そうだ」
「ふむ。それはまた、どういう心境の変化なのかな? 君は彼女に怒っていたよねぇ?」
「……なんだっていいだろ」

 たしかに、なんだっていい。
 タレラン夫人からは(なんとしてもフィリップの目を女性に向けてちょうだい!)とさんざん頼まれていたし、これで婚姻がまとまって世継ぎでもできれば、夫人もご満悦のことだろう。フランソワの肩の荷も降りる。
 ——しかし、

「君にあの子は、すこし難度が高いように思うんだよねぇ……」
「なんでだ! 俺は人気あるだろ!」
「それは否定しないけれど……あの子は俺から見ても、君に……どころか、他の男にすら興味がないようだから。執事くんに夢中なようだねぇ」
「あ? ……あの使用人か?」
「そう、ピアノの上手な彼。演奏中もずっと見ていたよ……あの瞳は恋する乙女だ」
「使用人だぞ」
「——使用人だから。いちばん身近で、手頃な恋愛対象だ」

 ワイングラスを傾ける。シルクのように滑らかな舌触り。昨夜に手を出した、例のメイドの肌を思い出す。

「さすがに——深い関係はないと思うけどね。頭のよさそうな彼が、先を考えられないわけがないだろうし……熱に浮かされる感じでもない。現状はお嬢様の片想いで、気持ちを伝えてもいないんじゃないかなぁ……?」
「………………」
「……あぁ、ごめんよ? 君には酷な話だったかい?」
「いや……むしろ、いい情報だ。ほかの貴族に目が行ってるなら面倒だが、使用人相手なら勝てる。……奪ってやる」
「……ふむ。俺が思うより、やる気があるようだね? もしや、本気でれてるのかな?」
「……うるさい」

 ほのかに染まる頬に、フランソワは笑った。思いのほかピュアな気持ちもあるらしい。
 みを隠すようにしてグラスに口をつけ、ワインを味わっていると、赤面が見え隠れしたフィリップの顔は不意に表情を消した。

「……あの女、病気持ちらしいんだ」
「そうなのかい? ……あぁ、母親も病気か。……それは、大丈夫なのかな? 血がなすやまいなら……婚姻に関わるように思うけど……」
「俺は気にしない」
「君が気にしなくとも、ご両親が——」
「関係ない」

 きっぱりと言い切り、フランソワに向けて強い目を返した。

「仮に病にかかっても、離縁はしない。俺は、最期まで一緒にいてやるって約束したんだ」

 俺、か。
 フランソワは深く吐息した。タレラン夫人は後妻である。前妻であるフィリップの生母は——。

 軽々しく捉えていた彼の些末さまつな恋心について、少しだけ見直す。どうやら本当に本気らしい。おそらく、もうどうにもできない。

「——なら、俺も協力しよう」

 グラスを置いて、イスの背面から上体を離した。頼りがいのある笑顔を貼り付けてみせる。
 フランソワが乗り気になったことを、フィリップも察した。

「まずは、彼を引き離さないといけないなぁ……ちょうど俺のほうも、あの使用人が気になっていたところなんだよ……利害の一致だねぇ……」

 整った顔で、くすりと微笑ほほえめば、魔女のようにあやしい仮面をまとう。

 不穏な仮面舞踏会バル・マスケが始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】

てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。 変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない! 恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい?? You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。 ↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ! ※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...