【完結】好奇心に殺されたプシュケ

藤香いつき

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 ひどく奇妙な感覚だった。
 自分の体内に異質な存在感があって、その知らない熱が何度も何度も、嫌というほど中をえぐっては、わたしの心に残る意志をいでいく。

 奥まで深く刺さった彼のくさびは、最初、わたしの気がゆるむまで少しも動くことなく、その存在をひそめてじっとしていた。
 そのあいだ、口腔内で絡まる舌の感覚だけが全身を支配していて、痛みを紛らわすためならば——と、(あるいは、もっと他の想いが自分の中にあったのかもしれないが)わたし自身もその粘膜のたわむれに集中した。
 彼の舌先は器用で、ぎこちなく求めるわたしを、たくみに包んでは味わうようにぬるりと動いてみせる。粘膜がこすれるたびにぞくぞくと背筋が震え、知らずしらずのうちに力の入った下腹部が、きうっと彼にすがりついた。
 体の奥に突き立てられた、硬い熱。その違和感に、わたしの体は確かに彼とひとつになっていることを感じていた。

「……どうした、こんなに締め付けて」

 長いくちづけを終えた唇が、炎に照らされてつややかに輝く。
 それが危険なほど官能的で、返す言葉をなくしてしまった。
 そんなわたしの様子をどう捉えたのか、静止していた体内の熱が、緩慢な動きで律動を始める。

「キスでほぐれたな……使用人に犯されてるっていうのに」

 ぬる、と。
 挿入のときよりも、なめらかに肉棒が動く。
 出し入れするというよりは、入れたまま内部を押すだけのようなゆるゆるとした動きだったが、摩擦が弱いぶん痛みはなく、先ほどのくちづけと同じように甘い感覚が広がるのが分かった。

「いや……やめて……」

 体の芯を溶かそうとする甘い熱に、反射的に腰が引ける。密着した彼の腰がゆるく動くたび、敏感な肉芽が圧迫され、ちりちりと脳の奧をく——痛みなのかなんなのか分からない刺激にさいなまれた。

「おねがい……いや、なの……」
「いや?」

 復唱して首をかしげて見せる彼は、密着していた腰を離した。挿入は浅くなったが、引き換えに下がった彼の頭が胸へと——舌をわせ、その先をちゅっと軽く吸い上げた。ビクリと、体がこわばる。

「俺は、素直じゃない女は嫌いだな」
——わたくしは、素直なお嬢様をお慕いしております。

 重なる。
 大好きだった、優しい彼の笑顔。
(忘れてしまいたいのに……)

「おねがい……お願いだから……」
「今さら何をうんだ?」

 涙に濡れた顔を、彼の掌が包み込む。
 一見すれば恋人たちの行為なのに、わたしの心は悲しみしか見出せない。

 炎に染まった二つの宝石が、わたしをのぞき込むようにして尋ねる。

「君はもう、ちるだけだ。形だけの拒絶が必要か? 快楽に身を委ねればいいだろ?」

 これは——悪魔の誘惑だ。
 どんなに否定しようと、わたしの体はいとしいひとの肉体に触れられることを喜び、繋がる心地よさを感じている。
 一生叶うはずがない憧憬しょうけいの念が、図らずしも実現されたのだから。

「ほら、素直になりな」

 彼の腰がいっそう深く沈み、抑えきれず声があがった。
 胸の先端を指で優しくこねくり回され、ぐちゅりぐちゅりと卑猥ひわいな音を立てて腰を振られる。

「ひっ……あ……あ、あぁっ……」
「感じていると素直に認めたら、もうひどくはしない。最後まで優しく抱いてやるよ」

 きつく胸先をつねあげられると、嬌声が悲鳴のように部屋に響いた。
 顔を上げた彼の瞳が、妖艶な色気をまとって堕落を誘う。

 毅然きぜんとして闘おうという意志が、ゆれる。
 どうせけがれてしまったのだから、今更この体を守る理由なんてない。痛くされるくらいなら、好きなひとに優しく抱かれて、幸せな夢を見せてもらったほうがいい。

 何をためらう必要があるのだろう。
 だって、もう——戻れないのに。


「ほら、なんて言うんだ?」

 あふれる涙におぼれた瞳で、その顔を見つめる。

 昔から知っている、見慣れた愛しい顔。
 ずっと、ずうっと前から、恋い焦がれていたひと。

 もし、わたしの〈初めて〉をこのひとにもらってもらえるなら、なんだって耐えられると思っていた。
 ——どんなかたちであっても、婚姻先の知らない誰かに捧げるよりは、はるかに幸せなことだと……

 ……でも、

「——お願い、やめて」

 彼の表情から、笑みが消える。
 それでも、震える喉に力を入れて、彼の目をまっすぐに見据えた。

「わたしは、これは、愛するひととする行為だと教わったの。だから——あなたとは、できない」

 鋭く光る、彼の瞳。
 怖いけれど、うすら寒い笑顔よりはずっといい。——だって、この瞳のほうが、わたしのよく知る彼に近い。

「……そのセリフ、後悔するなよ?」

 後悔なんてしない。
 いつだって気高く生きろと教えたのは、ほかでもない——大好きだった、あなたなのだから。
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