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プロローグ
Prol. Sec.3
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ひどく奇妙な感覚だった。
自分の体内に異質な存在感があって、その知らない熱が何度も何度も、嫌というほど中をえぐっては、わたしの心に残る意志を削いでいく。
奥まで深く刺さった彼の楔は、最初、わたしの気がゆるむまで少しも動くことなく、その存在を潜めてじっとしていた。
そのあいだ、口腔内で絡まる舌の感覚だけが全身を支配していて、痛みを紛らわすためならば——と、(あるいは、もっと他の想いが自分の中にあったのかもしれないが)わたし自身もその粘膜のたわむれに集中した。
彼の舌先は器用で、ぎこちなく求めるわたしを、巧みに包んでは味わうようにぬるりと動いてみせる。粘膜が擦れるたびにぞくぞくと背筋が震え、知らずしらずのうちに力の入った下腹部が、きうっと彼に縋りついた。
体の奥に突き立てられた、硬い熱。その違和感に、わたしの体は確かに彼とひとつになっていることを感じていた。
「……どうした、こんなに締め付けて」
長いくちづけを終えた唇が、炎に照らされて艶やかに輝く。
それが危険なほど官能的で、返す言葉をなくしてしまった。
そんなわたしの様子をどう捉えたのか、静止していた体内の熱が、緩慢な動きで律動を始める。
「キスで解れたな……使用人に犯されてるっていうのに」
ぬる、と。
挿入のときよりも、なめらかに肉棒が動く。
出し入れするというよりは、入れたまま内部を押すだけのようなゆるゆるとした動きだったが、摩擦が弱いぶん痛みはなく、先ほどのくちづけと同じように甘い感覚が広がるのが分かった。
「いや……やめて……」
体の芯を溶かそうとする甘い熱に、反射的に腰が引ける。密着した彼の腰がゆるく動くたび、敏感な肉芽が圧迫され、ちりちりと脳の奧を灼く——痛みなのかなんなのか分からない刺激に苛まれた。
「おねがい……いや、なの……」
「いや?」
復唱して首をかしげて見せる彼は、密着していた腰を離した。挿入は浅くなったが、引き換えに下がった彼の頭が胸へと——舌を這わせ、その先をちゅっと軽く吸い上げた。ビクリと、体がこわばる。
「俺は、素直じゃない女は嫌いだな」
——私は、素直なお嬢様をお慕いしております。
重なる。
大好きだった、優しい彼の笑顔。
(忘れてしまいたいのに……)
「おねがい……お願いだから……」
「今さら何を乞うんだ?」
涙に濡れた顔を、彼の掌が包み込む。
一見すれば恋人たちの行為なのに、わたしの心は悲しみしか見出せない。
炎に染まった二つの宝石が、わたしをのぞき込むようにして尋ねる。
「君はもう、堕ちるだけだ。形だけの拒絶が必要か? 快楽に身を委ねればいいだろ?」
これは——悪魔の誘惑だ。
どんなに否定しようと、わたしの体は愛しいひとの肉体に触れられることを喜び、繋がる心地よさを感じている。
一生叶うはずがない憧憬の念が、図らずしも実現されたのだから。
「ほら、素直になりな」
彼の腰がいっそう深く沈み、抑えきれず声があがった。
胸の先端を指で優しくこねくり回され、ぐちゅりぐちゅりと卑猥な音を立てて腰を振られる。
「ひっ……あ……あ、あぁっ……」
「感じていると素直に認めたら、もう酷くはしない。最後まで優しく抱いてやるよ」
きつく胸先をつねあげられると、嬌声が悲鳴のように部屋に響いた。
顔を上げた彼の瞳が、妖艶な色気をまとって堕落を誘う。
毅然として闘おうという意志が、ゆれる。
どうせ穢れてしまったのだから、今更この体を守る理由なんてない。痛くされるくらいなら、好きなひとに優しく抱かれて、幸せな夢を見せてもらったほうがいい。
何をためらう必要があるのだろう。
だって、もう——戻れないのに。
「ほら、なんて言うんだ?」
あふれる涙におぼれた瞳で、その顔を見つめる。
昔から知っている、見慣れた愛しい顔。
ずっと、ずうっと前から、恋い焦がれていたひと。
もし、わたしの〈初めて〉をこのひとに貰ってもらえるなら、なんだって耐えられると思っていた。
——どんなかたちであっても、婚姻先の知らない誰かに捧げるよりは、はるかに幸せなことだと……
……でも、
「——お願い、やめて」
彼の表情から、笑みが消える。
それでも、震える喉に力を入れて、彼の目をまっすぐに見据えた。
「わたしは、これは、愛するひととする行為だと教わったの。だから——あなたとは、できない」
鋭く光る、彼の瞳。
怖いけれど、うすら寒い笑顔よりはずっといい。——だって、この瞳のほうが、わたしのよく知る彼に近い。
「……そのセリフ、後悔するなよ?」
後悔なんてしない。
いつだって気高く生きろと教えたのは、ほかでもない——大好きだった、あなたなのだから。
自分の体内に異質な存在感があって、その知らない熱が何度も何度も、嫌というほど中をえぐっては、わたしの心に残る意志を削いでいく。
奥まで深く刺さった彼の楔は、最初、わたしの気がゆるむまで少しも動くことなく、その存在を潜めてじっとしていた。
そのあいだ、口腔内で絡まる舌の感覚だけが全身を支配していて、痛みを紛らわすためならば——と、(あるいは、もっと他の想いが自分の中にあったのかもしれないが)わたし自身もその粘膜のたわむれに集中した。
彼の舌先は器用で、ぎこちなく求めるわたしを、巧みに包んでは味わうようにぬるりと動いてみせる。粘膜が擦れるたびにぞくぞくと背筋が震え、知らずしらずのうちに力の入った下腹部が、きうっと彼に縋りついた。
体の奥に突き立てられた、硬い熱。その違和感に、わたしの体は確かに彼とひとつになっていることを感じていた。
「……どうした、こんなに締め付けて」
長いくちづけを終えた唇が、炎に照らされて艶やかに輝く。
それが危険なほど官能的で、返す言葉をなくしてしまった。
そんなわたしの様子をどう捉えたのか、静止していた体内の熱が、緩慢な動きで律動を始める。
「キスで解れたな……使用人に犯されてるっていうのに」
ぬる、と。
挿入のときよりも、なめらかに肉棒が動く。
出し入れするというよりは、入れたまま内部を押すだけのようなゆるゆるとした動きだったが、摩擦が弱いぶん痛みはなく、先ほどのくちづけと同じように甘い感覚が広がるのが分かった。
「いや……やめて……」
体の芯を溶かそうとする甘い熱に、反射的に腰が引ける。密着した彼の腰がゆるく動くたび、敏感な肉芽が圧迫され、ちりちりと脳の奧を灼く——痛みなのかなんなのか分からない刺激に苛まれた。
「おねがい……いや、なの……」
「いや?」
復唱して首をかしげて見せる彼は、密着していた腰を離した。挿入は浅くなったが、引き換えに下がった彼の頭が胸へと——舌を這わせ、その先をちゅっと軽く吸い上げた。ビクリと、体がこわばる。
「俺は、素直じゃない女は嫌いだな」
——私は、素直なお嬢様をお慕いしております。
重なる。
大好きだった、優しい彼の笑顔。
(忘れてしまいたいのに……)
「おねがい……お願いだから……」
「今さら何を乞うんだ?」
涙に濡れた顔を、彼の掌が包み込む。
一見すれば恋人たちの行為なのに、わたしの心は悲しみしか見出せない。
炎に染まった二つの宝石が、わたしをのぞき込むようにして尋ねる。
「君はもう、堕ちるだけだ。形だけの拒絶が必要か? 快楽に身を委ねればいいだろ?」
これは——悪魔の誘惑だ。
どんなに否定しようと、わたしの体は愛しいひとの肉体に触れられることを喜び、繋がる心地よさを感じている。
一生叶うはずがない憧憬の念が、図らずしも実現されたのだから。
「ほら、素直になりな」
彼の腰がいっそう深く沈み、抑えきれず声があがった。
胸の先端を指で優しくこねくり回され、ぐちゅりぐちゅりと卑猥な音を立てて腰を振られる。
「ひっ……あ……あ、あぁっ……」
「感じていると素直に認めたら、もう酷くはしない。最後まで優しく抱いてやるよ」
きつく胸先をつねあげられると、嬌声が悲鳴のように部屋に響いた。
顔を上げた彼の瞳が、妖艶な色気をまとって堕落を誘う。
毅然として闘おうという意志が、ゆれる。
どうせ穢れてしまったのだから、今更この体を守る理由なんてない。痛くされるくらいなら、好きなひとに優しく抱かれて、幸せな夢を見せてもらったほうがいい。
何をためらう必要があるのだろう。
だって、もう——戻れないのに。
「ほら、なんて言うんだ?」
あふれる涙におぼれた瞳で、その顔を見つめる。
昔から知っている、見慣れた愛しい顔。
ずっと、ずうっと前から、恋い焦がれていたひと。
もし、わたしの〈初めて〉をこのひとに貰ってもらえるなら、なんだって耐えられると思っていた。
——どんなかたちであっても、婚姻先の知らない誰かに捧げるよりは、はるかに幸せなことだと……
……でも、
「——お願い、やめて」
彼の表情から、笑みが消える。
それでも、震える喉に力を入れて、彼の目をまっすぐに見据えた。
「わたしは、これは、愛するひととする行為だと教わったの。だから——あなたとは、できない」
鋭く光る、彼の瞳。
怖いけれど、うすら寒い笑顔よりはずっといい。——だって、この瞳のほうが、わたしのよく知る彼に近い。
「……そのセリフ、後悔するなよ?」
後悔なんてしない。
いつだって気高く生きろと教えたのは、ほかでもない——大好きだった、あなたなのだから。
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