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ハウス・トーナメント
Ready, Fight! Fin.
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——と、なると。
「………………」
無言の視線が彼女に集中する。
ゆるやかに下降していく観戦席で、
(セトが負けた……ということは、みんなの欲しい物を私が探しにいくことに……)
ささやかな絶望感を胸にした彼女は、集まる視線を察していない。
最終は彼女の参戦なのだが、本人はすっかり忘れていないだろうか。
「ウサちゃん、バトン持ってンの?」
見るからにノーアイテムの彼女へ、返答を知りつつロキが尋ねる。
顔を上げた彼女が首を振ると、
「ハンドガン貸すから。サクラも(オレは知ってたけど)隠し持ってたんだし、ウサギちゃんが使うのも全然オーケーじゃん? 自動照準にしとくしさ、サクラを蜂の巣にしてきて」
「……〈はんどがん〉は、まだ、うまくない」
「いけるって。適当に向けりゃ勝手に弾出るやつだから。当たっても痛くねェからやっちゃって」
それは嘘だよね? ぜったい痛いよね?
ティアが突っみたいのを堪えていると、一足先にぴょんっと地上へ飛び降りたハオロンが、こしょこしょとセトに声を掛けていた。
「セト、うちに怒ってるんやろ? けどの、先に聞いてほしい話があるんやって」
「あ?」
「うちら、今の試合で賭けてたんやっての。ほんで、みんなサクラさんに賭けたのに、ありすだけセトに賭けたんやわ! ありすはセトの味方やの!」
バッドエンド回避のため、少しでも機嫌を取ろうと必死なハオロン。
目つきの悪い金眼が、細く見下ろす。
「つまり他は? 全員サクラさんの味方っつぅ話だな?」
「えぇっ? なんでそぉなるんやぁ~!?」
小柄なハオロンの身体を捕まえると、セトはフィールドの雷に向けて放り投げた。空気を読んだミヅキは電流を止めることなく、そのまま。
断末魔の叫びが聞こえた。
(やっぱり痛いんだ……)
彼女やティアが青白い顔で見ていると、セトが彼女の方へ。
「……俺に賭けたって?」
「……はい」
きゅっと寄せられたセトの眉には、期待に応えられなかった無念が見える。
「……つぅか。次、お前だよな?」
「(そういえば)……そうです」
セトの目が、ちらりと。離れた場所でイシャンと話すサクラに流れる。
ミヅキが電撃エリアをリセットし、次の試合を呼びかける——前に、彼女の耳許に顔を寄せたセトが、内緒話のトーンで何かを囁いた。
(……うん?)
近くにいたティアが、疑問の顔をする。真剣に耳を傾けていた彼女が、ミヅキに呼ばれて闘いの場へ向かうのを見送りながら……セトへと、
「なに言ったの?」
「サクラさん対策。あと、賭けをひっくり返す助言」
「(賭けをひっくり返す?) ——君、負けたのにサクラさん対策なんて言えるの?」
「……お前、サクラさんに賭けたらしいな?」
「えっ?」
「え、じゃねぇよ。お前、俺に勝てって言っておきながら……」
「や、まってまって! ちがうちがう! 説明させて!」
「違わねぇ」
一生懸命に弁明するティアの話を聞き流しながら、セトの目は彼女へ。
彼女の試合は特殊な環境下にならず、通常のトレーニングルームのまま行われるらしい。ハオロンの配慮かミヅキの判断か——もしかすると、まったく別の誰かの指示か。
天上に行くことなく地上に並ぶ兄弟たちの目を、ひとつ残らず集める試合が始まった。
——が、膠着状態。
双方とも動くことなく、1分近く(あれ? これは静止画か?)と観客側が首を捻りたくなったころ、ようやくサクラが足を進めた。
(そっか、アリスちゃんって受け身の護身術しかやってないから、向かってきてくれないと攻撃に転じられない……?)
はたりと気づいたのはティアだったが、同じことを兄弟たちもすでに思っていたらしく、静かに様子を見守る。
誰しも勝てるとは思っていない。彼女の護身術のレベルを知るにはいい機会だろう——くらいの認識。
サクラも同様なのか、勢いなく彼女の身体に手を伸ばし、遅ればせながら逃げようとした彼女を捕まえる。
(なんかちょっとバックハグ的な……?)
近すぎる距離に眉をひそめたのは、ティアだけらしい。やましい発想をしたのもティアだけらしい。
わりあい固唾を呑む雰囲気の兄弟たち。そろりと目を回して確認したティアは、(……うん?)ゆいいつ怒りそうなセトが意外にも口角を上げていて、理由を推測していると、
サクラが、腕を解いた。
せっかく捕まえた彼女の身体を、反射的に離すように——したが、離れない。彼女の右手はサクラの小指を握りしめていて、何やらあらぬ方向に曲げようと、
(うわ、痛いっ……)
見ているほうも痛みを覚える。
表情に変化のなかったサクラだが、
「……降参しよう」
短く唱えられた言葉に、「え?」ティアを含め、方々から声がもれていた。
《降参が出ました。アリスさんの勝ち!》
表情を明るくした彼女が、サクラの指を離して……はっと思い起こしたように謝罪した。
『痛くして、すみません』
『いや、趣旨に沿っているのだから、謝る必要は無いよ。拘束を振り払う護身術を見せてもらおうかと思ったが、指を折りにくるとはね……』
『折るつもりは……ただ、それくらいの気持ちでやらないと、サクラさんは降参しないと……』
——セトが。
言語の切り替わった会話が、中途半端なところで途切れる。
黙った彼女だったが、自然と向いてしまった目線で教唆犯はサクラへと知れた。
『すみません……』
『謝罪の代わりに、あの子に眼の治療をするよう、お前から言ってもらえるか?』
『? ……眼、ですか?』
『少し充血している。私のハンドガンに全く気づかなかったのだから、視界も悪いのだろう』
『え……』
二人の会話は届いてこないが、ティアは情報の点と点をつないで線を結んだらしく、
「セト君、アリスちゃんに物騒な技を教えないでよ……なにあれ」
「指折り、な。力が弱いやつ向きの護身術を調べてて見つけた。次のトレーニングでウサギに教えてやろうと思ってたんだけど——役に立ったな?」
曲がった唇が、愉しげに笑っていた。
(反抗期……や、本を正せば挑発したサクラさんが悪いか)
あきれるティアの嘆息は、ハオロンの歓喜の声に打ち消される。
「すごいわ、ありす! ハウスで最強や!」
こうして、決着したわけだが。
(つまるところ、ワンデイ王様権利って……)
「あの、〈おうさま〉なので……さっきの〈かけ〉を、なかったことにする——を、〈めいれい〉してもいいですか?」
挙手つきの彼女の発言に、ティアは、(あっ!)
——あと、賭けをひっくり返す助言。
ミヅキが確認する多数決に、サクラ・メルウィン・イシャン・アリアの4人が速やかに肯定を返した。
ふんっと鼻を鳴らす横の彼も、無論肯定する。
《過半数に肯定されました。命令として認めます》
「そんな! うちの〈手裏剣を探して三千里〉の夢が、一瞬で泡にっ?」
ハオロンの嘆きをもって、対戦試合は幕を閉じる。
その日を終えるまで、ワンデイ王様権利を保持する彼女が他に何を命じたか——それはまた、別のお話。
「………………」
無言の視線が彼女に集中する。
ゆるやかに下降していく観戦席で、
(セトが負けた……ということは、みんなの欲しい物を私が探しにいくことに……)
ささやかな絶望感を胸にした彼女は、集まる視線を察していない。
最終は彼女の参戦なのだが、本人はすっかり忘れていないだろうか。
「ウサちゃん、バトン持ってンの?」
見るからにノーアイテムの彼女へ、返答を知りつつロキが尋ねる。
顔を上げた彼女が首を振ると、
「ハンドガン貸すから。サクラも(オレは知ってたけど)隠し持ってたんだし、ウサギちゃんが使うのも全然オーケーじゃん? 自動照準にしとくしさ、サクラを蜂の巣にしてきて」
「……〈はんどがん〉は、まだ、うまくない」
「いけるって。適当に向けりゃ勝手に弾出るやつだから。当たっても痛くねェからやっちゃって」
それは嘘だよね? ぜったい痛いよね?
ティアが突っみたいのを堪えていると、一足先にぴょんっと地上へ飛び降りたハオロンが、こしょこしょとセトに声を掛けていた。
「セト、うちに怒ってるんやろ? けどの、先に聞いてほしい話があるんやって」
「あ?」
「うちら、今の試合で賭けてたんやっての。ほんで、みんなサクラさんに賭けたのに、ありすだけセトに賭けたんやわ! ありすはセトの味方やの!」
バッドエンド回避のため、少しでも機嫌を取ろうと必死なハオロン。
目つきの悪い金眼が、細く見下ろす。
「つまり他は? 全員サクラさんの味方っつぅ話だな?」
「えぇっ? なんでそぉなるんやぁ~!?」
小柄なハオロンの身体を捕まえると、セトはフィールドの雷に向けて放り投げた。空気を読んだミヅキは電流を止めることなく、そのまま。
断末魔の叫びが聞こえた。
(やっぱり痛いんだ……)
彼女やティアが青白い顔で見ていると、セトが彼女の方へ。
「……俺に賭けたって?」
「……はい」
きゅっと寄せられたセトの眉には、期待に応えられなかった無念が見える。
「……つぅか。次、お前だよな?」
「(そういえば)……そうです」
セトの目が、ちらりと。離れた場所でイシャンと話すサクラに流れる。
ミヅキが電撃エリアをリセットし、次の試合を呼びかける——前に、彼女の耳許に顔を寄せたセトが、内緒話のトーンで何かを囁いた。
(……うん?)
近くにいたティアが、疑問の顔をする。真剣に耳を傾けていた彼女が、ミヅキに呼ばれて闘いの場へ向かうのを見送りながら……セトへと、
「なに言ったの?」
「サクラさん対策。あと、賭けをひっくり返す助言」
「(賭けをひっくり返す?) ——君、負けたのにサクラさん対策なんて言えるの?」
「……お前、サクラさんに賭けたらしいな?」
「えっ?」
「え、じゃねぇよ。お前、俺に勝てって言っておきながら……」
「や、まってまって! ちがうちがう! 説明させて!」
「違わねぇ」
一生懸命に弁明するティアの話を聞き流しながら、セトの目は彼女へ。
彼女の試合は特殊な環境下にならず、通常のトレーニングルームのまま行われるらしい。ハオロンの配慮かミヅキの判断か——もしかすると、まったく別の誰かの指示か。
天上に行くことなく地上に並ぶ兄弟たちの目を、ひとつ残らず集める試合が始まった。
——が、膠着状態。
双方とも動くことなく、1分近く(あれ? これは静止画か?)と観客側が首を捻りたくなったころ、ようやくサクラが足を進めた。
(そっか、アリスちゃんって受け身の護身術しかやってないから、向かってきてくれないと攻撃に転じられない……?)
はたりと気づいたのはティアだったが、同じことを兄弟たちもすでに思っていたらしく、静かに様子を見守る。
誰しも勝てるとは思っていない。彼女の護身術のレベルを知るにはいい機会だろう——くらいの認識。
サクラも同様なのか、勢いなく彼女の身体に手を伸ばし、遅ればせながら逃げようとした彼女を捕まえる。
(なんかちょっとバックハグ的な……?)
近すぎる距離に眉をひそめたのは、ティアだけらしい。やましい発想をしたのもティアだけらしい。
わりあい固唾を呑む雰囲気の兄弟たち。そろりと目を回して確認したティアは、(……うん?)ゆいいつ怒りそうなセトが意外にも口角を上げていて、理由を推測していると、
サクラが、腕を解いた。
せっかく捕まえた彼女の身体を、反射的に離すように——したが、離れない。彼女の右手はサクラの小指を握りしめていて、何やらあらぬ方向に曲げようと、
(うわ、痛いっ……)
見ているほうも痛みを覚える。
表情に変化のなかったサクラだが、
「……降参しよう」
短く唱えられた言葉に、「え?」ティアを含め、方々から声がもれていた。
《降参が出ました。アリスさんの勝ち!》
表情を明るくした彼女が、サクラの指を離して……はっと思い起こしたように謝罪した。
『痛くして、すみません』
『いや、趣旨に沿っているのだから、謝る必要は無いよ。拘束を振り払う護身術を見せてもらおうかと思ったが、指を折りにくるとはね……』
『折るつもりは……ただ、それくらいの気持ちでやらないと、サクラさんは降参しないと……』
——セトが。
言語の切り替わった会話が、中途半端なところで途切れる。
黙った彼女だったが、自然と向いてしまった目線で教唆犯はサクラへと知れた。
『すみません……』
『謝罪の代わりに、あの子に眼の治療をするよう、お前から言ってもらえるか?』
『? ……眼、ですか?』
『少し充血している。私のハンドガンに全く気づかなかったのだから、視界も悪いのだろう』
『え……』
二人の会話は届いてこないが、ティアは情報の点と点をつないで線を結んだらしく、
「セト君、アリスちゃんに物騒な技を教えないでよ……なにあれ」
「指折り、な。力が弱いやつ向きの護身術を調べてて見つけた。次のトレーニングでウサギに教えてやろうと思ってたんだけど——役に立ったな?」
曲がった唇が、愉しげに笑っていた。
(反抗期……や、本を正せば挑発したサクラさんが悪いか)
あきれるティアの嘆息は、ハオロンの歓喜の声に打ち消される。
「すごいわ、ありす! ハウスで最強や!」
こうして、決着したわけだが。
(つまるところ、ワンデイ王様権利って……)
「あの、〈おうさま〉なので……さっきの〈かけ〉を、なかったことにする——を、〈めいれい〉してもいいですか?」
挙手つきの彼女の発言に、ティアは、(あっ!)
——あと、賭けをひっくり返す助言。
ミヅキが確認する多数決に、サクラ・メルウィン・イシャン・アリアの4人が速やかに肯定を返した。
ふんっと鼻を鳴らす横の彼も、無論肯定する。
《過半数に肯定されました。命令として認めます》
「そんな! うちの〈手裏剣を探して三千里〉の夢が、一瞬で泡にっ?」
ハオロンの嘆きをもって、対戦試合は幕を閉じる。
その日を終えるまで、ワンデイ王様権利を保持する彼女が他に何を命じたか——それはまた、別のお話。
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