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ハウス・トーナメント
Ready, Fight! 3
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第2試合。
「ロン君とイシャン君に、サクラさんとアリア君か……」
ティアが対戦ペアを確認する。
高みの見物を体現する観客組は、地上の対戦に目を向けた。
「行っくよぉ~!」
元気いっぱいに宣言したハオロンは、周囲に垂れる紐(フィールドイメージがジャングルなのか、周囲には蔓状の太い紐がいくつも垂れ下がる)を掴んで、思いっきり下がった。跳び乗った振り子の慣性で、イシャンに体当たりを仕掛けるが、蔓による分かりやすい動きは読まれている。
しかし、それはハオロンも予想済み。慣性のままに周囲の蔓を跳び移り、予測不能な動きを前後左右から繰り広げた。
サーカスのように柔軟で奇怪な動きを、ティアとメルウィンが目で追う。
「わ。動きがめちゃくちゃで分かんない。イシャン君、よく受けられるね」
「イシャンくんは、普段からトレーニングをしっかりしてるから……反応が早いよね」
「イシャンくんは? あれ? なんか引っ掛かるな……?」
話す二人とは別に、ロキと彼女は、
「筋肉馬鹿が乗っかったせいで背中痛い。ウサちゃん、撫でて」
「だいじょうぶ……?」
よしよしよし。ティアから見れば母親が子供をあやす雰囲気だが、セトから見ると違うのか、不満げな半眼が刺さっていた。
「お前に体重なんて掛けてねぇよ」
ロキは衝撃吸収のインナーを着ている。落下ダメージを踏まえても、背中など1億パーセント痛んでいないはず。
ため息を吐いたセトの金眼は、下を向いた。視線は先ほどからハオロン・イシャンではなく、サクラ・アリアに注がれている。
トーナメント上、もっとも真っ当な闘いで護身術の活性化に繋がりそうなのは、ここだと思われる。
アリアの慎重な攻撃を、きれいに受け流すサクラ。
フィールドは床が波打つように歪んでいる。
互いにリーチが長いのもあって距離は縮まらず……と思ったが、サクラにできた隙を突いて、アリアのハイキックがサクラの肩に、
——いや、あれはサクラの誘導か。
高く上げられた脚にサクラの腕が回る。勢いを利用され、アリアの身体がバランスを崩した。並行でない床のせいで、体勢を立て戻すのは難しい。とっさに出したアリアの手が床に触れ、
《床に手をついたので、サクラ兄さんの勝ちです!》
「うわ。サクラさんって、やっぱり強いんだ」
見下ろしたティアが嫌そうな顔をする。メルウィンが、
「サクラさんも、トレーニングしっかりしてるから……」
「……ね、メル君。さっきから、トレーニングしてたらあの程度は当然みたいな感じで喋ってない? 間違ってるよ? 僕が普通だからね? ハウスのみんなが、ちょっとおかしいんだよ?」
「ぇ……?」
対戦を見ていても驚かないメルウィン。ティアが懇切丁寧にハウスの異常さを語り出したが、響いているような、いないような。
ひょいっと近寄ったセトが、口を挟み、
「——なあ、ティア。サクラさんの試合見てどう思った?」
「うん? 格闘未履修の僕に訊いてるの? 僕の目にはサクラさんの動きもアリア君の動きも曖昧だよ?」
「そんなことは訊いてねぇよ。サクラさんの筋力なんて俺よりねぇし、打撃も重くねぇ……のに、この前、対戦やって勝てなかったんだよな。(俺は負けてもねぇけど)」
「えっ……」
ティアの驚きには、メルウィンの声も重なっていた。困惑したまま、
「ぇ……セトくんが、ハウスで1番じゃないの……?」
今回のトーナメント試合の結果を、兄弟の半分は(セトが優勝だろうな)とみていて、ハオロンが適当に考えた褒美の〈ワンデイ王様権利〉をあまり吟味していなかった。セトが権利を得ても、自分に被害はないだろう——と。
しかし、ここにきて問題が。
ティアが神妙な顔で、
「サクラさんが優勝って……やだよ? なに命令されるか分かんないよね? しかも、ロキ君とかロン君とか、僕に対する命令ジャッジ班が不穏すぎる。イシャン君だってサクラさん派閥だし、メル君とアリア君は流されがちだし。……セト君、ちゃんと勝ってよ」
「俺の責任みたいに言うな。サクラさん対策、お前も考えろよ」
「え~?」
ティアとセトが話し合う横で、メルウィンが(僕は流されがち……)少しばかり流れ弾をくらっている。
そうこうしている内に、ハオロン勝利のしらせが入った。
「……あれっ? ロン君が勝った?」
うっかり見過ごしていたメンバーに、試合を見ていた彼女が、
「ハオロンが、イシャンに……あまえました」
「うん? どういうこと?」
彼女と同じく見ていたロキが、あきれがちに、
「イシャンの攻撃をわざと喰らったハオロンが、屈んで大げさに痛がったワケ。それで心配してのぞきこんで来たイシャンの手を掴んで、床にタッチ」
「……それ、ありなの?」
「審判が負けってゆ~んだから、アリなんじゃねェ?」
「もう格闘でもなんでもないよね……騙し合い?」
嘆息するティア。
セトが「俺もハオロンに騙されねぇよう気をつけるか……」サクラの前の難関に備えて、教訓を得ていた。
ロキがひらりとセトを振り返り、
「武器使わねェの? いつものウアスは?」
「……なんつった?」
「ウアス杖。エジプト神話の〈セト〉が持ってるやつ」
「バトンって言えよ」
ロキの話に、ティアは「そっか、セト君ってそっちの出身だ? クラシカルブームかと思ってたけど……本物のセト神に由来してるの? オオカミみたいな頭の神様だよね?」どうでもよさげに尋ねた。中央の安全区は、ゆっくりと地上に降りていく。
セトが眉頭を歪めて無言を貫いていると、代わりに機嫌のよくなったロキが、
「セトが生まれたときに、ヌグームが〈私の可愛いオオカミちゃん〉って思って付けたらし~よ?」
けらけらと笑いながら「似合うねェ~」と付け足した長躯が、地上に着く前の安全区から突き落とされた。「あっ」と声をこぼしたのは彼女だったが、今回は悲鳴ではなかった。
「わっ、空からロキが落ちてきた! そんなにうちに会いたかったんかぁ~!」
ちょうど真下にいたハオロンが下敷きになったらしいが、大した高さもなかったのでノーダメージ。地上に降り立った観戦組の目の先では、倒れ込む二人の姿があった。だが、誰も案じるようすはなかった。
「何すンだよ!」
起き上がって文句をぶつけるロキを無視して、セトはハオロンの首根を引っ張り上げる。
「ほら、やるぞ」
「結局セトとかぁ~……」
引きずられていくハオロンを見送りながら、ふとメルウィンは気づいた。
「ぇ、僕って……もしかして、サクラさんと闘うの……?」
振り返ったメルウィンの目に、サクラが、にこり。
「………………」
同情の目を送るティアは、無意味だろうと思いつつも、「がんばって」小さく応援の声だけ掛けておいた。
「ロン君とイシャン君に、サクラさんとアリア君か……」
ティアが対戦ペアを確認する。
高みの見物を体現する観客組は、地上の対戦に目を向けた。
「行っくよぉ~!」
元気いっぱいに宣言したハオロンは、周囲に垂れる紐(フィールドイメージがジャングルなのか、周囲には蔓状の太い紐がいくつも垂れ下がる)を掴んで、思いっきり下がった。跳び乗った振り子の慣性で、イシャンに体当たりを仕掛けるが、蔓による分かりやすい動きは読まれている。
しかし、それはハオロンも予想済み。慣性のままに周囲の蔓を跳び移り、予測不能な動きを前後左右から繰り広げた。
サーカスのように柔軟で奇怪な動きを、ティアとメルウィンが目で追う。
「わ。動きがめちゃくちゃで分かんない。イシャン君、よく受けられるね」
「イシャンくんは、普段からトレーニングをしっかりしてるから……反応が早いよね」
「イシャンくんは? あれ? なんか引っ掛かるな……?」
話す二人とは別に、ロキと彼女は、
「筋肉馬鹿が乗っかったせいで背中痛い。ウサちゃん、撫でて」
「だいじょうぶ……?」
よしよしよし。ティアから見れば母親が子供をあやす雰囲気だが、セトから見ると違うのか、不満げな半眼が刺さっていた。
「お前に体重なんて掛けてねぇよ」
ロキは衝撃吸収のインナーを着ている。落下ダメージを踏まえても、背中など1億パーセント痛んでいないはず。
ため息を吐いたセトの金眼は、下を向いた。視線は先ほどからハオロン・イシャンではなく、サクラ・アリアに注がれている。
トーナメント上、もっとも真っ当な闘いで護身術の活性化に繋がりそうなのは、ここだと思われる。
アリアの慎重な攻撃を、きれいに受け流すサクラ。
フィールドは床が波打つように歪んでいる。
互いにリーチが長いのもあって距離は縮まらず……と思ったが、サクラにできた隙を突いて、アリアのハイキックがサクラの肩に、
——いや、あれはサクラの誘導か。
高く上げられた脚にサクラの腕が回る。勢いを利用され、アリアの身体がバランスを崩した。並行でない床のせいで、体勢を立て戻すのは難しい。とっさに出したアリアの手が床に触れ、
《床に手をついたので、サクラ兄さんの勝ちです!》
「うわ。サクラさんって、やっぱり強いんだ」
見下ろしたティアが嫌そうな顔をする。メルウィンが、
「サクラさんも、トレーニングしっかりしてるから……」
「……ね、メル君。さっきから、トレーニングしてたらあの程度は当然みたいな感じで喋ってない? 間違ってるよ? 僕が普通だからね? ハウスのみんなが、ちょっとおかしいんだよ?」
「ぇ……?」
対戦を見ていても驚かないメルウィン。ティアが懇切丁寧にハウスの異常さを語り出したが、響いているような、いないような。
ひょいっと近寄ったセトが、口を挟み、
「——なあ、ティア。サクラさんの試合見てどう思った?」
「うん? 格闘未履修の僕に訊いてるの? 僕の目にはサクラさんの動きもアリア君の動きも曖昧だよ?」
「そんなことは訊いてねぇよ。サクラさんの筋力なんて俺よりねぇし、打撃も重くねぇ……のに、この前、対戦やって勝てなかったんだよな。(俺は負けてもねぇけど)」
「えっ……」
ティアの驚きには、メルウィンの声も重なっていた。困惑したまま、
「ぇ……セトくんが、ハウスで1番じゃないの……?」
今回のトーナメント試合の結果を、兄弟の半分は(セトが優勝だろうな)とみていて、ハオロンが適当に考えた褒美の〈ワンデイ王様権利〉をあまり吟味していなかった。セトが権利を得ても、自分に被害はないだろう——と。
しかし、ここにきて問題が。
ティアが神妙な顔で、
「サクラさんが優勝って……やだよ? なに命令されるか分かんないよね? しかも、ロキ君とかロン君とか、僕に対する命令ジャッジ班が不穏すぎる。イシャン君だってサクラさん派閥だし、メル君とアリア君は流されがちだし。……セト君、ちゃんと勝ってよ」
「俺の責任みたいに言うな。サクラさん対策、お前も考えろよ」
「え~?」
ティアとセトが話し合う横で、メルウィンが(僕は流されがち……)少しばかり流れ弾をくらっている。
そうこうしている内に、ハオロン勝利のしらせが入った。
「……あれっ? ロン君が勝った?」
うっかり見過ごしていたメンバーに、試合を見ていた彼女が、
「ハオロンが、イシャンに……あまえました」
「うん? どういうこと?」
彼女と同じく見ていたロキが、あきれがちに、
「イシャンの攻撃をわざと喰らったハオロンが、屈んで大げさに痛がったワケ。それで心配してのぞきこんで来たイシャンの手を掴んで、床にタッチ」
「……それ、ありなの?」
「審判が負けってゆ~んだから、アリなんじゃねェ?」
「もう格闘でもなんでもないよね……騙し合い?」
嘆息するティア。
セトが「俺もハオロンに騙されねぇよう気をつけるか……」サクラの前の難関に備えて、教訓を得ていた。
ロキがひらりとセトを振り返り、
「武器使わねェの? いつものウアスは?」
「……なんつった?」
「ウアス杖。エジプト神話の〈セト〉が持ってるやつ」
「バトンって言えよ」
ロキの話に、ティアは「そっか、セト君ってそっちの出身だ? クラシカルブームかと思ってたけど……本物のセト神に由来してるの? オオカミみたいな頭の神様だよね?」どうでもよさげに尋ねた。中央の安全区は、ゆっくりと地上に降りていく。
セトが眉頭を歪めて無言を貫いていると、代わりに機嫌のよくなったロキが、
「セトが生まれたときに、ヌグームが〈私の可愛いオオカミちゃん〉って思って付けたらし~よ?」
けらけらと笑いながら「似合うねェ~」と付け足した長躯が、地上に着く前の安全区から突き落とされた。「あっ」と声をこぼしたのは彼女だったが、今回は悲鳴ではなかった。
「わっ、空からロキが落ちてきた! そんなにうちに会いたかったんかぁ~!」
ちょうど真下にいたハオロンが下敷きになったらしいが、大した高さもなかったのでノーダメージ。地上に降り立った観戦組の目の先では、倒れ込む二人の姿があった。だが、誰も案じるようすはなかった。
「何すンだよ!」
起き上がって文句をぶつけるロキを無視して、セトはハオロンの首根を引っ張り上げる。
「ほら、やるぞ」
「結局セトとかぁ~……」
引きずられていくハオロンを見送りながら、ふとメルウィンは気づいた。
「ぇ、僕って……もしかして、サクラさんと闘うの……?」
振り返ったメルウィンの目に、サクラが、にこり。
「………………」
同情の目を送るティアは、無意味だろうと思いつつも、「がんばって」小さく応援の声だけ掛けておいた。
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