致死量の愛と泡沫に+

藤香いつき

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ハウス・トーナメント

Ready, Fight! 1

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「——セト、あんた最近トレーニングしてなかったやろ?」
 
 突としたハオロンの投げかけに反応したセトは、自身のそばに近寄った小柄な彼を見下ろした。
 セトの腕を掴んだハオロン。
 
「筋肉落ちてないかぁ?」
「仕方ねぇだろ。調査やらアトランティスやらで、トレーニングなんてしてる暇なかったんだよ」
「………………」
 
 ふむふむ。そんな顔つきでセトの身体をじっくり見ていたハオロンと別れたのは、昨夜。
 そのときは責められているのだと思ったセトは、翌日にハオロン発信の連絡を受けて片眉を上げていた。
 
《対戦試合を開催するわ! 来て!》
 
(……は?)
 
 呼び出されて行ったトレーニングルームには、先客がいた。
 ウサギ、ハオロン、ロキ、ティア、メルウィン。
 サクラ、イシャン、アリアはいない。というより、呼び出されたのはセトのみで、他は食堂で直接ハオロンが声を掛けたようだった。全員トレーニングウェアか動きやすい服を着用している。
 ドアの近くにいたティアが片手を上げ、セトに向けて指先をひらりと揺らした。
 
「本命は遅い登場だね?」
「は? ……なんの話だ?」
「え? 対戦試合の参加で来たんじゃないの?」

 対戦試合。ハオロンのメッセージにあったワード。
 眉根を詰めたセトに、ティアが不思議そうな顔をする。
 
「ロン君の提案で、トーナメント試合をするらしいよ?」
「なんだそれ……?」
「昨今の情勢を鑑みて、護身術の活性化? 意味わからないけど、みんなのやる気が出るようにって」
「………………」
 
(いや、それ普通にハオロンが楽しみたいだけだろ)
 
 セトの心うちに、ティアがうなずく。
 
「うん、僕もそう思う」
「なら、なんで参加してんだよ」
「参加賞で、」
「——もういい。読めた。ワインだな」
「違う違う。僕といえばワインって……パブロフの犬じゃないんだからね?」
「……違うのか?」
「ぜんぜん違うよ。参加したら、今月の射撃ノルマを免除してくれるんだ」
「はぁ? そんなん聞いてねぇぞ?」
「いま聞いたでしょ?」
「俺の管理だろ。なに勝手に決めて——」
 
 セトのクレームには、準備運動のストレッチをしていたハオロンの声が。
 
「あっ! みんなそろったかぁ~?」
 
 気配に振り向けば、セトの背後のドアから残りのメンバーが姿を見せていた。
 イシャンとアリアもトレーニングウェア。サクラまで着物のないシンプルな服装。首周りの髪を後ろで結び、参加を表明している。
 
「全員参加かよ……」

 暇人か、俺ら。
 口の中で突っこむセトに、ティアがぽそりと、
 
「……もしかしてセト君、優勝者の権利、知らない?」
「知らねぇ。なんか貰えんのか?」

 セトの疑問には、ルール説明するミヅキの声が答えた。
 
《対戦ごとにフィールドがランダムで変化します。地面に手をついたり、倒されたりしたら負け。降参しても負けだよ。優勝者のご褒美は〈ワンデイ王様権利〉です!》
 
「……ワンデイ王様権利? なんだそれ」
「みんなに好きな命令が出せるらしいよ? つまり、暴君権利だよね。今日の残り時間、サクラさんになれるんだ」
たとえに悪意あるぞ」

 肩をすくめるティアの奥で、メルウィンが、
 
「王様は……なんでも命令していいわけじゃ、ないよね?」
《多数が許せるものと限定いたしました!》
「多数が許せるもの……?」
《王様が出した命令を他のみんながジャッジして、多数決で肯定されたもののみ叶います》
「……えっと……?」
 
 悩むメルウィンに、ティアが応える。
 
「みんなが納得いく程度であればなんでもいいんじゃない? サクラさんの所持リスト、全部ちょうだい、とかさ」
「それは……」
「可哀想と思って反対したくなるよね? でも、ワイン1本ちょうだい、だったら?」
「……そっか、それくらいだったら……」
「さじ加減は、王様と命令される側次第だね。……ま、僕は勝利に程遠いから、参加賞だけもらえればいいよ。優勝がセト君なら、そう被害はないでしょ。——というわけで、セト君、がんばってね?」
「お前はいつも他人ひと任せだな……」
 
 ぽんっとセトの肩に置かれたティアの手を払う。

《こちらがトーナメント表になります》
 
 空間に映るのは、各個人の名前が並んだトーナメント表。
 上から順にアリス(ウサギ)、セト、ロキ、ハオロン、イシャン、メルウィン、ティア、サクラ、アリア。

(ウサギと対戦?)
 
 と思ったが、勘違いだった。トーナメントのラインはセトとロキが初戦で結ばれている。
 つまり、


 
「ウサギだけシード待遇か……まあ、妥当だな?」

 実質は兄弟8人でのトーナメント。最終勝者と彼女が対戦。一見すると不平等だが、誰も文句はなかった。
 彼女だけ(あれ?)と首をかしげている。
 
「わたしの〈しあい〉は、いっかいだけ……?」
 
 それでも不安だが。
 自分が勝って最終戦でウサギを軽く押さえ込めばいいか——との認識でいたセトであった。しかし。
 
《——では、第1回戦! 2組同時に行います。セト・ロキ、メルウィン・ティア。それぞれペアで移動してね》
 
 ボールルームよりも更に広い、東西に伸びたトレーニングルームに2つのエリアが現れる。
 待機組も、中央で小部屋のような透明な仕切りによって隔離された。
 
 セトがロキと移ったのは東側。二人が着くと、周囲はボコボコとした高い柱がいくつも生え、フィールドを制限した。
 遠くのもう片方のペアは、ブロックで囲まれているように見える。
 フィールドを眺めるロキの目が、「らっきィ」と。全体像を捉えてニヤリと笑った。
 セトは眉をひそめ、
 
「……は? お前、俺に勝つ気でいるんじゃねぇよな?」
「はァ? 勝つ気に決まってンじゃん。負けるゲームなんてしねェよ」
「お前は俺に勝ったことねぇじゃねぇか」
「それは格闘技の話だよなァ?」
「今からやるの格闘だろ?」
「そんなん誰が言ったワケ?」
 
 ——ん?
 
《それでは——ReadyよういFightはじめ!》
 
 始まりの合図に、疑問はき消される。
 ひとまずロキを倒してしまおうと、勢いよく踏み出したセトの足に、ロキが反応して身を下げるかと思いきや、
 
 ピョーン、と。跳んだ。
 比喩ひゆでもなんでもなく、文字どおりロキが跳んだ。人外の高さで。
 
「……は?」
 
 思わず間の抜けた声で見上げれば、高い柱の側面に左手を掛けてぶら下がるロキが、右手で腰からハンドガン(トレーニング用と思われる)を取り出し、こちらに照準を——

 間一髪で、別の柱のかげに隠れた。
 発射された弾が背後で弾け飛ぶ。
 
「あァ~あ。開幕、秒でやってやろうと思ったのになァ~?」
 
 ロキの残念そうな声が耳に届き、ようやく理解した。
 
(なんでもありかよ!)
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