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桜色のひみつ
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夜闇の校庭に色とりどりの花が咲く。
爆ぜる光とカラフルに染まる煙が、夏色の桜を塗りあげていく。
「夏も終わりだなー……」
ぬるく駆ける風を感じて呟けば、ヒナの横に並んでいたサクラが「そうだね」と応じた。
横目に見上げてみる。落ちるサクラの視線とぶつかる。
「……先生って、最初からおれのこと知ってたんですよね?」
「ああ」
「それなら、なんか一言あってもよかったと思うんですけど……」
「一言とは?」
「久しぶりー! ……みたいな?」
「『久しぶり』とは思わなかったね」
「乳児以来なのに……久しぶりじゃないんだ……」
「施設や学校においての君の様子は、頻回に知らされていたからね」
「めっちゃ情報漏洩!」
「内実は私が保護者だよ」
「……正直、法律的にグレーじゃないすか? おれが訴えたら、サクラ先生、捕まりません?」
「さてね? 気になるならやってごらん」
上がる唇端に余裕が見える。言いたいことが山ほどあるのに、どれをぶつけても揺るがなさそう。
「……もっと早く教えてくれればよかったのに」
不満を細く吐き出した。
横で風になびく髪が、サクラの顔を撫でている。
「……君の母親の希望でね。できることなら、君には財界から遠い世界でいてほしいと。……だから、私たちもなるべく距離を置いていたんだよ」
「もー……なんなんすか。おれの夢、母さんの希望と真逆に行こうとしてたじゃないすか。今さら引き返せないんでエリートコース乗っかってみせますけどっ」
知らなかった事実に頭を抱えたくなる。落ち込むのも今さら馬鹿らしいので明るく文句を言っておく。
愚痴をこぼす軽い声に、サクラの静かな声が掛かった。
「君が望むなら、櫻屋敷の者は皆、君を養子に迎えたいと思っているよ」
弾ける花火の音が、遠ざかった。
ぱちりとした目で見上げて、サクラの微笑みに思考が止まる。
「……養子って……え、おれ、サクラ先生の子に?」
「いいや、私の父の許に入ることになるね」
「あ、あ~……なるほど。びっくりした」
「私の養子でも構わないけれどね」
「えっ……いや、それはちょっと……?」
「何か不満でも?」
傾くサクラの微笑には、曖昧に笑い返した。サクラ先生が父さんポジだと、なんか怖い。とは言えない。
花火に目を流して、櫻屋敷に入る自分を想像してみたが、しっくりこない。長く夢に見ていたわけだけれども。セレブリティな生活ってマナーとかうるさそうだし。
母がいないなら——そこを願うことはない。
「……おれは、このまま。鴨居 ヒナでやっていきます」
「そうか」
「でも……よかったら今度、おれの母さんのお話、聞かせてもらっても……?」
「ああ、勿論だよ」
深く頷く顔は、どこか残念そうにも見えた。
「……サクラ先生は、おれに櫻屋敷家を継いでほしかったんですか?」
「そういうわけではなないよ。ただ——兄になってみたいと思っていたからね。叶うなら、法律の上だけでも」
「なんだ、弟が欲しかったんすか」
「いや、妹だね」
さらっと返されて、言葉に詰まった。
(……あれ。サクラ先生って、生まれたてのおれを知ってるわけで? それってつまり、おれが、)
「………………」
押し黙っていると、フッと吐息の音が聞こえた。
「——夢が消えたなら、『男の子』である必要もないのではないかな?」
『男の子』であれば、と。
願ったあの日から、男子であろうとしてきた。周りの子や漫画で読んだ知識で、精一杯の男子らしさを身につけて。
呪いにかかったように、体の発育も止まっている。
「まあ、焦ることはないね。……ゆっくり取り戻していけばいい」
風音に乗る声が、優しく耳をくすぐった。
ふわりと舞う花びらみたいな、やわらかな音色。
記憶の彼方で耳にしたような、穏やかな話し方。
思えば、
この数ヶ月のあいだ、サクラに助言を求めるたびに苦境を支えてもらった。2Bに馴染めなかったときも、球技大会も、アカペラも。
おれたちの青春は、ずっと先生に見守られていた——。
「これからは、誰のためでもなく、生涯かけて君の青春を満喫できるといいね」
舞う花びらを、掌で掴むように。
授けられた言葉を握りしめて、しっかりと頷いた。
「はいっ!」
屋上から世界を見下ろせば、学園の桜が花火によって照らし出され、どこまでも広がっている。
おれを護ってくれる花。
おれの、お守りの花。
受験のときから、ずっと……
(……ん? そういえば、おれ『桜統に入りたい』は施設でも言ってたけど、『櫻屋敷グループに入りたい』なんて……ハヤト以外に言ってないよな?)
——君が急に、櫻屋敷への就職を希望して桜統学園を目指し出したから、私に会うためかと思ったのだが……。
ふいに引っ掛かったサクラのセリフに、内心で首をかしげる。
(ハヤトに言ったのも学園入ってからだし? となると……なんでサクラ先生が前から知ってるんだ?)
サクラの真の情報源が、どこか?
《——初めまして、ヒナ。ボクは君を護るために生まれたよ。困ったことがあったら、いつでも、なんでも話してね》
相棒のチャットボットが、ときおり通話になっていたことを……
ヒナが気づく日は、来ないかも知れない。
爆ぜる光とカラフルに染まる煙が、夏色の桜を塗りあげていく。
「夏も終わりだなー……」
ぬるく駆ける風を感じて呟けば、ヒナの横に並んでいたサクラが「そうだね」と応じた。
横目に見上げてみる。落ちるサクラの視線とぶつかる。
「……先生って、最初からおれのこと知ってたんですよね?」
「ああ」
「それなら、なんか一言あってもよかったと思うんですけど……」
「一言とは?」
「久しぶりー! ……みたいな?」
「『久しぶり』とは思わなかったね」
「乳児以来なのに……久しぶりじゃないんだ……」
「施設や学校においての君の様子は、頻回に知らされていたからね」
「めっちゃ情報漏洩!」
「内実は私が保護者だよ」
「……正直、法律的にグレーじゃないすか? おれが訴えたら、サクラ先生、捕まりません?」
「さてね? 気になるならやってごらん」
上がる唇端に余裕が見える。言いたいことが山ほどあるのに、どれをぶつけても揺るがなさそう。
「……もっと早く教えてくれればよかったのに」
不満を細く吐き出した。
横で風になびく髪が、サクラの顔を撫でている。
「……君の母親の希望でね。できることなら、君には財界から遠い世界でいてほしいと。……だから、私たちもなるべく距離を置いていたんだよ」
「もー……なんなんすか。おれの夢、母さんの希望と真逆に行こうとしてたじゃないすか。今さら引き返せないんでエリートコース乗っかってみせますけどっ」
知らなかった事実に頭を抱えたくなる。落ち込むのも今さら馬鹿らしいので明るく文句を言っておく。
愚痴をこぼす軽い声に、サクラの静かな声が掛かった。
「君が望むなら、櫻屋敷の者は皆、君を養子に迎えたいと思っているよ」
弾ける花火の音が、遠ざかった。
ぱちりとした目で見上げて、サクラの微笑みに思考が止まる。
「……養子って……え、おれ、サクラ先生の子に?」
「いいや、私の父の許に入ることになるね」
「あ、あ~……なるほど。びっくりした」
「私の養子でも構わないけれどね」
「えっ……いや、それはちょっと……?」
「何か不満でも?」
傾くサクラの微笑には、曖昧に笑い返した。サクラ先生が父さんポジだと、なんか怖い。とは言えない。
花火に目を流して、櫻屋敷に入る自分を想像してみたが、しっくりこない。長く夢に見ていたわけだけれども。セレブリティな生活ってマナーとかうるさそうだし。
母がいないなら——そこを願うことはない。
「……おれは、このまま。鴨居 ヒナでやっていきます」
「そうか」
「でも……よかったら今度、おれの母さんのお話、聞かせてもらっても……?」
「ああ、勿論だよ」
深く頷く顔は、どこか残念そうにも見えた。
「……サクラ先生は、おれに櫻屋敷家を継いでほしかったんですか?」
「そういうわけではなないよ。ただ——兄になってみたいと思っていたからね。叶うなら、法律の上だけでも」
「なんだ、弟が欲しかったんすか」
「いや、妹だね」
さらっと返されて、言葉に詰まった。
(……あれ。サクラ先生って、生まれたてのおれを知ってるわけで? それってつまり、おれが、)
「………………」
押し黙っていると、フッと吐息の音が聞こえた。
「——夢が消えたなら、『男の子』である必要もないのではないかな?」
『男の子』であれば、と。
願ったあの日から、男子であろうとしてきた。周りの子や漫画で読んだ知識で、精一杯の男子らしさを身につけて。
呪いにかかったように、体の発育も止まっている。
「まあ、焦ることはないね。……ゆっくり取り戻していけばいい」
風音に乗る声が、優しく耳をくすぐった。
ふわりと舞う花びらみたいな、やわらかな音色。
記憶の彼方で耳にしたような、穏やかな話し方。
思えば、
この数ヶ月のあいだ、サクラに助言を求めるたびに苦境を支えてもらった。2Bに馴染めなかったときも、球技大会も、アカペラも。
おれたちの青春は、ずっと先生に見守られていた——。
「これからは、誰のためでもなく、生涯かけて君の青春を満喫できるといいね」
舞う花びらを、掌で掴むように。
授けられた言葉を握りしめて、しっかりと頷いた。
「はいっ!」
屋上から世界を見下ろせば、学園の桜が花火によって照らし出され、どこまでも広がっている。
おれを護ってくれる花。
おれの、お守りの花。
受験のときから、ずっと……
(……ん? そういえば、おれ『桜統に入りたい』は施設でも言ってたけど、『櫻屋敷グループに入りたい』なんて……ハヤト以外に言ってないよな?)
——君が急に、櫻屋敷への就職を希望して桜統学園を目指し出したから、私に会うためかと思ったのだが……。
ふいに引っ掛かったサクラのセリフに、内心で首をかしげる。
(ハヤトに言ったのも学園入ってからだし? となると……なんでサクラ先生が前から知ってるんだ?)
サクラの真の情報源が、どこか?
《——初めまして、ヒナ。ボクは君を護るために生まれたよ。困ったことがあったら、いつでも、なんでも話してね》
相棒のチャットボットが、ときおり通話になっていたことを……
ヒナが気づく日は、来ないかも知れない。
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