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スクール・フェスティバル

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 日が残す薄明かりのなか、後夜祭が始まる。
 落ちた屋上にまた戻って、「お前、大丈夫か? どっか痛いとこねぇのか?」横のオカンを「あぁうん、へいきへいき」適当に受け流していると、クラスメイトたちが集まってきた。
 
「——あれ、ヒナくん? 元気そうだね?」
 
 出会い頭にルイが意外そうな顔で小首を傾げるものだから、(いや、今おれ屋上から落下したとこ。死にかけたとこ)とは言わず、
 
「あ、うん。体調よくなったから見にきた」
「そうなんだ、よかったね」
 
 サボってましたとも言えず、嘘をついた。みんなにも「よかった」と言われ、若干良心の呵責かしゃくも覚えつつ。
 
 遠くに見える高等部の校庭で、吹奏楽部によるマーチングバンドが始まりの音楽を鳴らした。屋上に集合した面々はジュースやら水筒やらを手に喋っていて、マーチングは見ていない。そもそも遠い。
 自由気ままに学校祭の終幕を過ごしているクラスメイトたちに目を投げて、
 
(おれたちがマーチングしたらバラバラだろなぁ……)
 
 遠くの隊列と比較し、肩をすくめた。
 
 自分の出自のことで悩まされていた頭は、思ったよりも落ち着いている。が効いた。生命の危機にさらされた恐怖が、悩みを吹っ飛ばすくらいに強烈だった。
 ……母が亡くなっていたことだけは、考えると、どうしても辛いけれど。
 
「……なぁ」
 
 運ばれてくるトランペットの突き抜けた音に被せて、ハヤトが声を掛けてきた。
 横を向く。ハヤトは屋上の縁に片手を乗せ、言いづらそうに瞳を泳がせてから、
 
「お前……大丈夫か?」
 
 それは、何についての問いだろう。
 分かっていたけれど、勘違いすることにした。
 
「うん、へいき。あやうくサクラ先生の飛び降りに巻き込まれて死ぬとこだったな」
「………………」
「というかさ、サクラ先生『おれが押した』とか言ってきて。殺人犯に仕立て上げられそうで怖い。ハヤト、頼むからおれの無実を証明してくれよな」
「…………ん? いや、俺からはよく見えなかったけど……『押した』って言われると……そう見えなくもなかったな?」
「はぁっ? お前なに言っちゃってんのっ? いくらなんでも、おれそこまでしないけどっ?」
「……いや、まぁ……そうだな?」
「え……なんで疑いを残す感じなんだ?」

 衝撃に目を開いて見上げれば、微妙な表情をしていたハヤトが、ほっとしたように笑った。
 
「いつものお前だな」
「……いつものおれだよ」
 
 軽口をたたくように返した。
 ハヤトの瞳に映る、案じるような色が、サクラの言葉を脳裏に響かせる。
 
——君が忘れているだけで、君を大切に思う者はいる。目の前の彼も、クラスメイトたちも……君に関わってきた、他のひとたちも。
 
「……ハヤト」
「ん?」
「……お母さんに、会いたくならない?」

 一瞬、重なる視線の奥で瞳が揺らいだ。
 ごめん、と。反射的に言いそうになったが、謝罪を口にして流してしまったら、答えは聞けない気がする。
 ——どうしても、答えを聞きたかった。
 ひとときのあいだ、言葉なく見つめていると……ハヤトは、ふっと笑うように息をもらして、
 
「会いてぇよ。もし、会えるなら——なんだってすると思う。……お前と一緒だ」
 
 屋上を吹き抜ける風が、髪をあおった。
 おれの髪と、目の前のくすんだ金髪を——ふわりと。
 
 優しく笑うハヤトの顔に、目の奥が痛んだけれど……笑ってみせた。
 『悲しい』よりも、今は。
 同じ気持ちを受け取ってくれたことが——『うれしい』だと、思ったから。
 
「……そうだよな」
 
——櫻屋敷を継げるくらい、頑張って良い子になろう。いつかきっと、母さんと一緒に暮らすんだ。
 
 馬鹿みたいに抱きしめていた夢を、今ようやく手放せそうだった。
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