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スクール・フェスティバル
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照明が落とされた暗い体育館で、スポットライトがステージを照らしあげる。
ヒナは眩しさを受け止めて、ステージ前を埋め尽くす人の顔に目を向けた。近い。観客が立っているせいもあるが、ミュージック甲子園のときよりも座席が無いぶん距離が近い。ライトに慣れれば、ひとりひとりの表情まで分かった。
ステージから見る世界は、上がる前に思っていたよりもずっと鮮明だ。
楽器を手にして、静止する。
観客のざわめきを支配した、一瞬の静寂。ハヤトのドラムが大きく空気を震わせた。
耳鳴りに似たギターのエフェクトが広がる。バスドラムの重い音が体の芯まで響いて、合わさるように竜星のベースが重低音を奏でる。
ハヤトの手にしたスティックは、並ぶドラムやシンバルを駆け巡ってビートを刻んだ。この激しい振動が——ロックだ!
獣の咆哮みたいな音楽!
マイク無しで琉夏が叫んで、掛け声なのかと流暢な英語に関心するまなくキーボードのパートがやって来た。
鍵盤を下から上まで駆け上がる。指の背と爪で強く滑らせると、音が流れて弾け飛んだ。おれの音がロックの一部になる。
琉夏がギターの弦を指先で揺らし、そのビブラートがゾクゾクと背筋を這う。
アカペラとは違う。同じステージなのに、心が叫びたくなる感情の昂りがあった。
琉夏の歌声も、練習のときよりもずっとずっと伸びやかで。
竜星の低いベースやハヤトが生み出す振動も、体全身で感じられた。
ここにずっといたくなるくらい。暗闇を貫く閃光のような、最高潮のステージ。
曲をひとつ終えて、それでも心臓は心地よく飛び跳ねていた。
琉夏が慣れたようすでバンドの自己紹介を始める。執事喫茶で誘った子たちが多いらしく、手前の女子にはひらひらっと手まで振った。
「ボーカルのオレだけ見ててくれればい~から」
ふざけたことまで言ってる。
竜星が「あほ」と貶したけれど、マイクがないせいか琉夏まで届いているか怪しい。ハヤトは背後から細い目つきで呆れている。
同じく文句か呆れの目を送ってやりたかったけど、つい笑ってしまった。一番ライブをやりたがっていたのは琉夏だ。多少の悪ふざけは流してやろう。
2曲目は和音をジャンジャン鳴らしていくだけの簡単な演奏。指が押さえるキーは4パターンしかない。楽譜を書いてくれた壱正には恩しかない。
と、クラスメイトの顔が浮かんだのをきっかけに、3曲目に移るあいまで観客をつぶさに見ていた。麦のメッセージどおりなら、クラスメイトたちがいるはず。
(どこに——あっ)
目が止まったのは、クラスメイトではなく。外へのドア付近に立っていた長身のサクラだった。
目立つ。そこそこ暗い空間なのに、周りから離れて立つスーツ姿は目をひく。上質な布地が薄くツヤめいているせいもある。
目が合ったと判断したのか、組んでいた腕の上でサクラの顔は微笑んだような気がした。
せっかく見に来てくれたのだから、こちらも笑い返そうと——笑顔を作った、一刹那に。
サクラの立つドアの隙間から、ひとりの女性が入ってきた。
まだ明るい外の陽光を背負っていたため、自然と意識が向き、その姿に脳裏で結びついた記憶が頭を冷たくした。
(……なんで……)
女性の後ろからは、もうひとり。男性も。
連れ合ってやってきたような二人は、どちらも上等な衣服に身を包んでいる。歳は50代あたり。気づいたサクラが振り返り、少し驚くような、戸惑う気配があった。
メディアでも目にしたことがある、櫻屋敷グループ代表の息子と妻。すなわち——サクラの両親。
遠くの光景から目を離せない。何か話している。サクラに向けて、二人は笑っていた。父親と不仲であると——ネットニュースで見たのに。
「………………」
困ったような空気のまま、サクラがこちらのステージを両親に示した。
私の生徒ならあちらにいるよ……とでも言ったのだろうか。
ただ、二人の目は、迷いなくヒナひとりを見た気がする。
おそらく、曲が始まった。
動かない指先に、仲間の目が向くのを感じるけれど……動けない。体のすべてが、頭から途切れたみたいに感覚がない。
頭も、まっしろだ。音楽なんて聞こえない。
だって、あそこに、おれの——
「——ヒナ」
斜め後ろから、呼ばれただろうか。
低い声が、聞き慣れ声が、たぶん名前を——母がくれたと思う、大事な名前を——呼んだかも知れない。
……音が、遠すぎて分からない。
スポットライトの光が、世界を焼き尽くすように白く目を刺していた。
ヒナは眩しさを受け止めて、ステージ前を埋め尽くす人の顔に目を向けた。近い。観客が立っているせいもあるが、ミュージック甲子園のときよりも座席が無いぶん距離が近い。ライトに慣れれば、ひとりひとりの表情まで分かった。
ステージから見る世界は、上がる前に思っていたよりもずっと鮮明だ。
楽器を手にして、静止する。
観客のざわめきを支配した、一瞬の静寂。ハヤトのドラムが大きく空気を震わせた。
耳鳴りに似たギターのエフェクトが広がる。バスドラムの重い音が体の芯まで響いて、合わさるように竜星のベースが重低音を奏でる。
ハヤトの手にしたスティックは、並ぶドラムやシンバルを駆け巡ってビートを刻んだ。この激しい振動が——ロックだ!
獣の咆哮みたいな音楽!
マイク無しで琉夏が叫んで、掛け声なのかと流暢な英語に関心するまなくキーボードのパートがやって来た。
鍵盤を下から上まで駆け上がる。指の背と爪で強く滑らせると、音が流れて弾け飛んだ。おれの音がロックの一部になる。
琉夏がギターの弦を指先で揺らし、そのビブラートがゾクゾクと背筋を這う。
アカペラとは違う。同じステージなのに、心が叫びたくなる感情の昂りがあった。
琉夏の歌声も、練習のときよりもずっとずっと伸びやかで。
竜星の低いベースやハヤトが生み出す振動も、体全身で感じられた。
ここにずっといたくなるくらい。暗闇を貫く閃光のような、最高潮のステージ。
曲をひとつ終えて、それでも心臓は心地よく飛び跳ねていた。
琉夏が慣れたようすでバンドの自己紹介を始める。執事喫茶で誘った子たちが多いらしく、手前の女子にはひらひらっと手まで振った。
「ボーカルのオレだけ見ててくれればい~から」
ふざけたことまで言ってる。
竜星が「あほ」と貶したけれど、マイクがないせいか琉夏まで届いているか怪しい。ハヤトは背後から細い目つきで呆れている。
同じく文句か呆れの目を送ってやりたかったけど、つい笑ってしまった。一番ライブをやりたがっていたのは琉夏だ。多少の悪ふざけは流してやろう。
2曲目は和音をジャンジャン鳴らしていくだけの簡単な演奏。指が押さえるキーは4パターンしかない。楽譜を書いてくれた壱正には恩しかない。
と、クラスメイトの顔が浮かんだのをきっかけに、3曲目に移るあいまで観客をつぶさに見ていた。麦のメッセージどおりなら、クラスメイトたちがいるはず。
(どこに——あっ)
目が止まったのは、クラスメイトではなく。外へのドア付近に立っていた長身のサクラだった。
目立つ。そこそこ暗い空間なのに、周りから離れて立つスーツ姿は目をひく。上質な布地が薄くツヤめいているせいもある。
目が合ったと判断したのか、組んでいた腕の上でサクラの顔は微笑んだような気がした。
せっかく見に来てくれたのだから、こちらも笑い返そうと——笑顔を作った、一刹那に。
サクラの立つドアの隙間から、ひとりの女性が入ってきた。
まだ明るい外の陽光を背負っていたため、自然と意識が向き、その姿に脳裏で結びついた記憶が頭を冷たくした。
(……なんで……)
女性の後ろからは、もうひとり。男性も。
連れ合ってやってきたような二人は、どちらも上等な衣服に身を包んでいる。歳は50代あたり。気づいたサクラが振り返り、少し驚くような、戸惑う気配があった。
メディアでも目にしたことがある、櫻屋敷グループ代表の息子と妻。すなわち——サクラの両親。
遠くの光景から目を離せない。何か話している。サクラに向けて、二人は笑っていた。父親と不仲であると——ネットニュースで見たのに。
「………………」
困ったような空気のまま、サクラがこちらのステージを両親に示した。
私の生徒ならあちらにいるよ……とでも言ったのだろうか。
ただ、二人の目は、迷いなくヒナひとりを見た気がする。
おそらく、曲が始まった。
動かない指先に、仲間の目が向くのを感じるけれど……動けない。体のすべてが、頭から途切れたみたいに感覚がない。
頭も、まっしろだ。音楽なんて聞こえない。
だって、あそこに、おれの——
「——ヒナ」
斜め後ろから、呼ばれただろうか。
低い声が、聞き慣れ声が、たぶん名前を——母がくれたと思う、大事な名前を——呼んだかも知れない。
……音が、遠すぎて分からない。
スポットライトの光が、世界を焼き尽くすように白く目を刺していた。
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